籠007 似通う姉弟
「ふう」
腰の裏で扉を閉めて、リゲルが一息つく。
「リゲルさん、お疲れ様です。わかりやすい講義でしたよ」
「セドミスト導師」
部屋では、紅茶だったものを飲むマコ導師の姿があった。
端由のローテーブルの向かいのソファーにはゲルーム導師が座り、長い顎鬚を撫でている。
「お二方も受講されていたとは、驚きましたよ」
「光属性術、私も興味がありますからね。いつか習得できたらなって」
カップから立ち上る湯気の中で微笑むマコ導師の微笑みに、リゲルも同じような笑みを返した。
その裏では“これで男性かぁ”などと考えているのだが、そんなことは当然、表に出すわけもない。
一室に集まった三人の導師。講義後の団欒に、リゲルも加わった。
マコ導師から受け取ったカップとコースターを手元に置き、さらにもう一息つく。
「三年の属性科ですか。末恐ろしいですね」
「はは、でしょうな」
まずは正直に述べられた感想に、ゲルームは愉快そうに笑う。
「今期の属性科三年は豊作でしてな。四年や五年も優秀ではありますが、三年は粒ぞろいと言えるでしょう」
「ふるいにかけるつもりで、最初から一歩飛ばしたくらいの所から始めたんですけどね」
「あー、やっぱりそうだったんですか。駄目ですよリゲルさん、学徒にいじわるしたら」
「はは、申し訳ない」
反省の色の無い、しかし憎めないくらいにはさわやかな笑顔が、リゲルの持つ大きな武器であった。
「つまずく受講者は内容の最初で頻出するようにやりました。そういう人は、そもそも知識の前準備が整っていませんね。属性術の知識が偏っているか、日頃常に触れていないために単語を忘れてしまったかで、引き離されたと思います。もちろん、これは割と高次元な話なので、落ちたからといって劣っているわけじゃあないですがね」
リゲルは、先ほどの講義をわざと早いテンポで進めた。
理学式の説明などは、あらかじめ予習していなかった者にとっては、頭を必死に回転させなければ理解が追いつかない程度の速さである。
仮に必死に読み取ろうとしても、日頃から難解な理学式と向き合っていなければ、すぐに置いていかれてしまうだろう。
光属性術の講義は、絶妙なテンポに調整されていたのだ。
「途中まで集中できていた人は、現時点での詰め込みや暗記を諦めたか、後でじっくりやろうという学徒でしょう」
「ほほう。彼らには可能性があると?」
「難解な理学式をある程度読み取ることができる、優秀な学徒といえますね。光属性術の適性があるかは、まだまだわからない段階ではありますが……三年生にはそんな方が多くて、驚きましたよ」
「ほほ、今期の主任導師としては、鼻が高いですな」
「ははは」
リゲルは、講義中に必死になってこちらを見つめてくる者の顔を思い起こす。
背の低い白髪の女子は、睨みつけるような気迫をこちらへ向けていたし、以前にどこかで会ったことのあるサナドル家の御令嬢も、真剣な目つきで理学式を凝視していた。
しかしリゲルは、彼女ら二人以上に気になる者を発見していた。
「最前列の、左から八番目……」
「!」
マコ導師の表情が驚きに変わる。
まさか、その席を言い当ててくるとは思わなかったのだ。
「あの、彼は多分……だけど。ユノボイド君じゃないだろうか。特異科という科に属している」
「す、すごいです。そうですよ、彼がユノボイド君です。わあ、どうして解ったんですか?」
「やっぱりですか、はは」
クライン=ユノボイド。
リゲルが目を付けたのは、講義中最前列に陣取っていた彼の姿であった。
「彼は、私が闇魔術を披露しても身動きひとつしませんでした。彼と、あと五、六人程度といったところでしょうかね、動かなかったのは。普通、知識があるなら、表情くらい変えるものなんですが」
手の中の石灰粉に闇魔術の気を纏わせた時、クラインは席に座ったままぼんやりと黒煙を眺めるばかりであった。
自前の悪戯心に火を付けられたリゲルは、石灰を投げるような素振りをしてみせたが、それでも彼は微動だにしなかった。
「それに、眠そうな目がよく“似てた”っていうのも、あるかな」
「あ、なんとなくわかります、それ」
「癖のある髪もね」
「あー、そうですよねぇ。やっぱり、姉弟ですよね」
中程の席の右端にも、無表情のままこちらを観察するだけの少女と少年がいたりと、リゲルの心の中には印象深い学徒が多い。
人形のような彼女にも、そういえば見覚えがあったことをリゲルは思い出した。
干満街クモノスの元貴族の家系に、確か彼女の家があったはずである。しかしそれ以上は思い出せなかったので、深く思考することはやめた。
「はあ。ま、それでも大分、二回目の講義では絞られるはずですよ。そうなれば、属性科三年は四、五年の二回目と合同でやってもいいかもしれませんね」
「ほほう、なるほど。四、五年とも連携ですか。では、そちらの主任とも話し合っておきましょう」
「よろしくお願いします、導師ゲルーム」
リゲルが微笑み、適温に冷めた紅茶へ口を付ける。
「う」
リゲルの鉄壁の笑顔が凍りつく。
その原因を知っている向かいの席のゲルームは、ただただ苦笑するしかなかった。
「あ、苦かったですか!? お砂糖、足しますか!?」
「い、いや、大丈夫だ。問題ないです、お心遣いありがとうございます」
来園から早々にして、リゲル導師はここで振舞われる飲み物には細心の注意を払うべきであると学習した。




