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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第五章 荒ぶる風雨

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籠008 静かなる月

 クラインは光魔術に執心している。

 どれほどかというと、次のマコ導師の講義中に、書物のページを捲る音がうるさいくらいだ。

 “ここじゃない、ここでもない”と何度もブツブツ繰り返す彼の足を、何度蹴ったことか。

 蹴られた事にも気付かないまま資料の確認に追われてるのだから、尚のことタチが悪い。


 しかし彼はそれだけ、光魔術に対して真剣だということだ。

 講義中に学徒の背中を観察し始める私とは、そもそもの器が違うのだろう。


 光魔術の講義は、二回目まではヒューゴもクラインと一緒に出席していたが、三回目からはクラインのみとなっていた。

 最初からわかっていた事ではあるけど、特異科ではクラインが唯一の受講生になってしまったらしい。

 隣人の一限目不在は、これから更に多くなるだろう。


 後からヒューゴに聞いた話では、“二回目は追加で予習をした上で挑んだ”とのこと。

 しかし、どうしても理解は追いつけなかったようだ。ヒューゴは残念そうな顔で、“来年くらいには参加できるようにするよ”と言っていた。

 講義二回目までしがみついても、“次は来年”と言うくらいだ。ヒューゴはそれほどの溝を感じたのかもしれない。


 世界を闇の魔の手から救う、光魔術。

 住む世界が違う。改めて、そう思った。


「どうしよう」


 ルウナとの一方的な決闘予定日は、七日後となっている。

 それはつまり、今日がルウナに対して宣戦布告する日でもあった。


 新たなる術、鉄床(ラギロール)は簡単に習得できた。

 しかし肝心肝要のもうひとつ、蜂起(ガミル)がどうしても発動しない。


 枯噴水の公園で何度か術を試してはいるものの、無茶をした時のような成果が現れることはなかった。

 精神を削って魔力を行使し、感覚で限界を悟ったならば、すぐに撤退している。

 もしかしたら、その限界を越えた先に魔術の発現があるのかも、なんて考えも幾度と無く浮かぶのだが、岩に圧し潰されそうになったあの時の恐怖は忘れようもない。


 無茶をする気には、到底なれなかった。

 あの時の恐怖を思い出すと、どうしても、母さんの顔が浮かんでしまうのだ。




「ルウナ」

「! ウィルコークスさん」

「久しぶり」


 私は光属性術の講義の後を見計らって、廊下にてルウナと接触した。

 逃げる余地の無い出口付近だ。

 言質を取る必要のない、属性科の学徒が溢れるそこでは、彼女もあからさまに逃げることはできないだろう。

 自分から喧嘩を挑むなら、より目立ったほうが良い。昔ながらの作戦である。


 呼び止められたルウナは、あっけにとられたような顔をしていた。

 “まさかここで”。

 そんな意識が、なんとなく読み取れる。


「ええ、お久しぶり……どうしたの? こんな所で。もしかして、私を待っていたのかしら」


 ルウナは余裕そうだ。

 歯牙にもかけないような態度で、私との不意の遭遇にも慌てた素振りを見せていない。

 けど、揺さぶるのはここからだ。


「前に、私と闘技演習したじゃん」

「ええ」

「もう一度、付き合ってくれない?」

「え」


 ここでようやく、ルウナの表情は崩れた。


「一週間後、私と再戦してよ。前と同じ、中級保護の闘技演習でね。今度は、絶対に勝つからさ」


 私はまだ自分の魔術が完成していないことを隠しながら、さも既に準備が整っているかのような素振りで言い放つ。

 現時点での勝つ見込みは、実際のところ全くと言っていいほど無い。

 しかし、これ以上宣戦布告を遅らせるわけにはいかなかった。

 予定通り、前回の闘技演習から二十日。それが私の狙いである。


「そう、一週間後ね、わかったわ」


 ルウナはそれだけ言った。

 それだけで、特に付け加えることもなかった。


「えっ」


 私が小声で狼狽えたのも、無理らしからぬことではないだろうか。

 たった一言、ルウナはそれだけ返事をしただけで、軽く手を振って廊下を去ってしまったのだから。

 近くで私とのやり取りを横目に見ていた奴も、同じように固まっている。


 あっけなく闘技演習の承諾を取り付けられたのは意外だった。

 けどそっちは良いだろう。闘技演習の約束を結べなければ、そもそも再戦を果たすこともできないのだから。

 光魔術の講義を理由に断られること無く、約束が取り付けられた。それは良いことなのだ。


 しかしそれ以上に、ルウナの桁外れな余裕の方が気になってしまう。

 あの余裕そうな返しはまるで、私の成長など全く気にしていないか……自分の力に絶対の自信を持っているそれだった。


 前回の闘いで、私に負ける要素が見当たらなかったのか。

 それとも、別に私を倒す秘策でも握っているのか。


 私のルウナへの宣戦布告は受け入れられた。

 それは遅かれ早かれ、属性科全てに噂として回ってゆくだろう。


 けど、私にはルウナの振りまく余裕の意味が読み取れない。

 ただ自然体。ただ、不気味だ。


「……」


 人で溢れ始めた廊下では、表立って舌打ちもできなかった。

 意味深な背中を見送ってもいられない。私は私で、ぶっきらぼうに再戦の申し込みにきただけなのだから。

 そのままの仏頂面で、ゆったりと帰らなければ。


 ああ、しかし、どうしたもんだろう。

 なんだあのルウナは。全然わからない。

 大変なことになったのかな。変なタイミングで申し込んじゃったかな。準備日数が足りなかったり……いや、もちろん足りてはいないんだけどさ。


 とにかく、私の知らぬうちに、事態は大変なことになっているのかもしれない。

 私は早急に、特異科の講義室を目指した。


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