籠008 静かなる月
クラインは光魔術に執心している。
どれほどかというと、次のマコ導師の講義中に、書物のページを捲る音がうるさいくらいだ。
“ここじゃない、ここでもない”と何度もブツブツ繰り返す彼の足を、何度蹴ったことか。
蹴られた事にも気付かないまま資料の確認に追われてるのだから、尚のことタチが悪い。
しかし彼はそれだけ、光魔術に対して真剣だということだ。
講義中に学徒の背中を観察し始める私とは、そもそもの器が違うのだろう。
光魔術の講義は、二回目まではヒューゴもクラインと一緒に出席していたが、三回目からはクラインのみとなっていた。
最初からわかっていた事ではあるけど、特異科ではクラインが唯一の受講生になってしまったらしい。
隣人の一限目不在は、これから更に多くなるだろう。
後からヒューゴに聞いた話では、“二回目は追加で予習をした上で挑んだ”とのこと。
しかし、どうしても理解は追いつけなかったようだ。ヒューゴは残念そうな顔で、“来年くらいには参加できるようにするよ”と言っていた。
講義二回目までしがみついても、“次は来年”と言うくらいだ。ヒューゴはそれほどの溝を感じたのかもしれない。
世界を闇の魔の手から救う、光魔術。
住む世界が違う。改めて、そう思った。
「どうしよう」
ルウナとの一方的な決闘予定日は、七日後となっている。
それはつまり、今日がルウナに対して宣戦布告する日でもあった。
新たなる術、鉄床は簡単に習得できた。
しかし肝心肝要のもうひとつ、蜂起がどうしても発動しない。
枯噴水の公園で何度か術を試してはいるものの、無茶をした時のような成果が現れることはなかった。
精神を削って魔力を行使し、感覚で限界を悟ったならば、すぐに撤退している。
もしかしたら、その限界を越えた先に魔術の発現があるのかも、なんて考えも幾度と無く浮かぶのだが、岩に圧し潰されそうになったあの時の恐怖は忘れようもない。
無茶をする気には、到底なれなかった。
あの時の恐怖を思い出すと、どうしても、母さんの顔が浮かんでしまうのだ。
「ルウナ」
「! ウィルコークスさん」
「久しぶり」
私は光属性術の講義の後を見計らって、廊下にてルウナと接触した。
逃げる余地の無い出口付近だ。
言質を取る必要のない、属性科の学徒が溢れるそこでは、彼女もあからさまに逃げることはできないだろう。
自分から喧嘩を挑むなら、より目立ったほうが良い。昔ながらの作戦である。
呼び止められたルウナは、あっけにとられたような顔をしていた。
“まさかここで”。
そんな意識が、なんとなく読み取れる。
「ええ、お久しぶり……どうしたの? こんな所で。もしかして、私を待っていたのかしら」
ルウナは余裕そうだ。
歯牙にもかけないような態度で、私との不意の遭遇にも慌てた素振りを見せていない。
けど、揺さぶるのはここからだ。
「前に、私と闘技演習したじゃん」
「ええ」
「もう一度、付き合ってくれない?」
「え」
ここでようやく、ルウナの表情は崩れた。
「一週間後、私と再戦してよ。前と同じ、中級保護の闘技演習でね。今度は、絶対に勝つからさ」
私はまだ自分の魔術が完成していないことを隠しながら、さも既に準備が整っているかのような素振りで言い放つ。
現時点での勝つ見込みは、実際のところ全くと言っていいほど無い。
しかし、これ以上宣戦布告を遅らせるわけにはいかなかった。
予定通り、前回の闘技演習から二十日。それが私の狙いである。
「そう、一週間後ね、わかったわ」
ルウナはそれだけ言った。
それだけで、特に付け加えることもなかった。
「えっ」
私が小声で狼狽えたのも、無理らしからぬことではないだろうか。
たった一言、ルウナはそれだけ返事をしただけで、軽く手を振って廊下を去ってしまったのだから。
近くで私とのやり取りを横目に見ていた奴も、同じように固まっている。
あっけなく闘技演習の承諾を取り付けられたのは意外だった。
けどそっちは良いだろう。闘技演習の約束を結べなければ、そもそも再戦を果たすこともできないのだから。
光魔術の講義を理由に断られること無く、約束が取り付けられた。それは良いことなのだ。
しかしそれ以上に、ルウナの桁外れな余裕の方が気になってしまう。
あの余裕そうな返しはまるで、私の成長など全く気にしていないか……自分の力に絶対の自信を持っているそれだった。
前回の闘いで、私に負ける要素が見当たらなかったのか。
それとも、別に私を倒す秘策でも握っているのか。
私のルウナへの宣戦布告は受け入れられた。
それは遅かれ早かれ、属性科全てに噂として回ってゆくだろう。
けど、私にはルウナの振りまく余裕の意味が読み取れない。
ただ自然体。ただ、不気味だ。
「……」
人で溢れ始めた廊下では、表立って舌打ちもできなかった。
意味深な背中を見送ってもいられない。私は私で、ぶっきらぼうに再戦の申し込みにきただけなのだから。
そのままの仏頂面で、ゆったりと帰らなければ。
ああ、しかし、どうしたもんだろう。
なんだあのルウナは。全然わからない。
大変なことになったのかな。変なタイミングで申し込んじゃったかな。準備日数が足りなかったり……いや、もちろん足りてはいないんだけどさ。
とにかく、私の知らぬうちに、事態は大変なことになっているのかもしれない。
私は早急に、特異科の講義室を目指した。




