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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 弾ける爆風

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箕013 見切る刹那

 充分な助走をつけて、民家の屋根へと飛ぶ。

 しかし屋根は三階建ての高いもの。身体強化があるとはいえ、一回の跳躍では少々厳しいものがある。


「よっ」


 厳しいので、手を使うのだ。

 屋根の端を掴み、今度は腕力で身体を運ぶ。


「よし」


 身体強化で強くなるのは脚力だけではない。腕だって、自分の身体を片手で持ち上げるくらいの芸当はできるようになる。

 多用し過ぎると日常生活の感覚とにズレが生じてしまうが、使える分には損じゃない。


 屋根に上がると、既にライカンとクラインの姿は二つ先の家を走っていた。

 ライカンに、特にクラインには絶対に遅れまいと、私は素早く体勢を立て直して、屋根板を蹴った。

 束ねた髪が翻り、ジャケットの裾がバタバタと鳴く。


「人の流れは北部へ向かっているが、ラビノッチを追う本隊は中央に向かっているはずだ」

『わざわざ行くよりも、ここらで待っているのが正解というわけだな』


 追い上げ二人に近づくにつれて、クライン達の会話も聞こえてきた。


「待ちはするが、迎え撃つ。ライカンとウィルコークスは距離を開けて北部へ向かって直進、ラビノッチを叩き落とすつもりで、攻撃しろ」


 クラインの口から飛び出したのはとんでもない指示だった。


「おい、私、弱気になってるわけじゃないけど、確実にできるって自信はないよ」


 正面からやってきても見逃してしまう魔獣を、同じような状況下で叩き落とす。

 それは思っていても、身構えていてもできる事ではない。


「時間がない。とにかくラビノッチを驚かすつもりで、一発攻撃してみせろ。そろそろ来るぞ」

「驚かすったって……」

「その後は何も考えず、ただ後ろを追いかけるだけでいい。さあ、人の流れから見るに、ラビノッチは展開の薄いあっちから抜けて来るはずだ」


 立ち止まったクラインは、屋根が連なる向こう側を指し示していた。

 ライカンや私も同じ屋根の上に降り立って、示された方向へと目を向ける。

 確かにそこは、警官や傭兵が屋根を走る中では特に人気の薄い場所ではあったが、ラビノッチが来るようなあからさまな気配は微塵も見られない。


 今私達が持っている情報は“北部の橋の下でラビノッチを発見した”という情報だけ。

 その場所から遠く離れたここで迎撃できるだろうというクラインの自信の出処が、私にはわからない。

 自分で何か考えるわけでもないのに、私はここにきて、クラインの指示に首をかしげてしまう。


『ロッカ。俺が先に、前を走る。ロッカは俺の取りこぼしをカバーできそうな距離でついてこい』


 私が躊躇している間にも、ライカンは前に出ていた。


『無駄話や躊躇がミスに繋がることは多い。今は、来るかもしれない敵に備えるんだ、ロッカ』

「あ……うん」


 私は経験を言い含ませた言葉に頷いた。

 そう、彼の言う通りだ。今は来るかもしれない敵に備えるしかない。

 元々目で追えないくらいの相手なのだ。自分がちょっと先の未来を見れるつもりにならなければ、まともな戦いもできないだろう。 


『よし、ロッカ、ついてこい!』

「うん!」


 屋根を大きく飛んだライカンに追従し、私も駆け出す。

 やることはひとつだけ。ライカンを避けたラビノッチを私が対処する。簡単だ。


 つまり白い影が見えたら、それに向かって腕なり足なりを振るだけ。

 ラビノッチがどれだけ速く飛ぶウサギだとしても、強化された私の一発が掠れば墜落するはずだ。




「ラビノッチがそっち行ったぞ! 来るぞ!」


 遥か前方から、誰かの怒号が聞こえてきた。


『……来るか』


 前を走るライカンが“跳ぶ体勢”をやめ、“闘う構え”に変わる。

 魔力は目に映らないけど、ライカンを取り巻いている見えざる何かの流れが変化したのを、私は確かに感じ取った。




 鳥のように小さな姿が、寒色の屋根の上に白い影を映す。

 屋根を移動する傭兵や機人警官の隙間を縫うように、影は器用に跳ね回っていた。


 それはまるで、鬱蒼とした林の中を蛇行しながら駆ける四角鹿(カルンガ)のように鮮やかな動きで、つまり、林とは人間だった。

 屋根の上を動くくらいだ。人間だって、それなりの身体強化を会得しているに違いはない。今、屋根の上に登っている傭兵や警官たちは、皆それぞれ猫や犬をそのままの速さで追いかけることもできるだろう。

 それでも、ラビノッチへ触れるには、到底至らないのだ。

 捕獲者である人々が木のように棒立ちしているに等しいとするならば、ラビノッチにとってはまさに、ミネオマルタは餌箱が置かれた森でしかないのである。


 ラビノッチの姿がこちらへ迫る。

 白い体毛。長い耳。紅い目。

 そして、脚からすらりと伸びる、鳥のような双翼。

 小柄ながらも、ランクCの名に恥じない美しい魔獣の姿が、そこにあった。


『“イグネンプト(稲光れ)”――』


 私がライカンの肩越しにウサギの姿を認めると同時に、彼は身体を大きく捻っていた。

 その姿はまるで、荒れ山を跳躍する巨大な狼のよう。

 味方ながらも恐ろしく見えてしまい、私の両足は危うく竦みかけた。


 ライカンは、身の丈二メートルを超える大柄の機人。

 狼を模した頭部以外を全て厚手の服に包んだ、気術の使い手。

 彼は宙を飛ぶラビノッチと同高度、つまり屋根の上を浅く跳んだ状態で、左脚を真上に大きく振り上げていた。

 その姿は私の目がおかしくなったのか、それとも彼が放つ気迫故にか、黒い靄で覆われている。


『――“スロープ(我が獣道)”!』


 ライカンの丸太のような健脚が、勢い良く振り下ろされた。

 それは、こちらへ堂々と、弩弓の如く迫り来るラビノッチの神速に、決して負けてはいない。


『ハァッ!』


 ライカンの渾身のかかと落としと共に、ライカンの周囲を取り巻いていた黒い煙が爆ぜ、ラビノッチへと降り注いだ。

 能動的に動いた黒煙とライカンの詠唱により、今更ながらに気づく。


 これはライカンの魔術。

 彼の“雷の術が磁力に変わる”という特異性を利用した、特異魔術だ。


「……!」


 ライカンの周囲で散らばっていただけの砂鉄は収束すると共に、一気に反発。

 その方向は彼自身によって制御され、ラビノッチが飛ぶ前方を大きくカバーする鉄の弾幕となって展開された。


 鉄とはいえ、ひとつひとつは微力な砂。

 しかし砂嵐より遥かに熾烈であろうこの砂鉄嵐に直撃すれば、いくらラビノッチでも無事では済まないだろう。




 砂鉄まみれになって地に墜ちるウサギの姿を思い描いたその瞬間、ラビノッチは私の勝ち誇った想像を打ち崩すように、紅い瞳を鋭く細めた。


 妖しい魔力の輝き。

 熱を持たない魔力による静かな発光。

 ラビノッチの紅い瞳が、仄かに光った。


「クゥッ!」


 一摘みの火薬が土の中で弾けたような破裂音が響いた。


『なにっ』


 そんなあっけない音だけで、ラビノッチを襲う砂鉄の弾幕に、大きな風穴が開けられてしまった。


 ライカンの正面には、砂鉄の弾幕。

 しかし中央には巨大な穴が開けられ、その向こう側には、脚部の翼を広げたラビノッチが紅い目を向けている。


「クゥゥッ!」

『ぬおおっ!?』


 ライカンが着地する前に、再び風が弾ける。

 今度の風は辺りに立ち込める薄い砂鉄全てを吹き飛ばし、正面に構えるライカンすらも巻き込んだ。

 突風により、砂鉄は目に見えなくなるほど細かく霧散した。

 ライカンはその重厚な巨体ならばなんとか、とも思ったが、逆に大きな身体が帆船のようにより沢山の風を受けてしまったか、真後ろへとノックバックされる。


『なんの!』

「!」


 それでも身体強化は功を奏したか、魔力を帯びた風をいくらか相殺し、空中にてすぐに体勢を立て直す。

 風に突き飛ばされてもなお、自分の構えに復帰できたのは、ライカンの強靭な身体と、今までに積み重ねられた武術の経験があってのものなのだろう。


 ラビノッチはライカンの脇をすり抜けようとしていたが、彼はそれを捕捉するように、再び脚を振り上げていた。


『“イグネンプト(稲光れ)スロープ(我が獣道)”!』

「クッ!」


 ライカンの攻撃は、決して一撃だけに留まるものではなかった。

 彼が履くカーゴパンツの脚部ポケットから溢れる砂鉄が、新たな武器として彼の周囲を取り巻いていたのだ。

 そしてそれは術の詠唱完了と共に振り下ろされる脚によって、再びラビノッチへと襲いかかる。


『セイッ!』

「ッ!」


 一発分、砂鉄を撃ち放ってしまったためか、二発目の黒煙は僅かなものだった。

 しかし噴出する鉄の烈風は確かに、ラビノッチの側面に直撃した。


『よおしッ!』

「や、やった!」


 吹きつけた砂鉄に軌道を逸らされたラビノッチの姿を見て、確かな手応えを感じた。




 ライカンの魔術が当たった。

 身体能力の高さに物を言わせた強引な連続攻撃だったけど、それが見事に命中したのだ。


「クゥゥッ!」


 ラビノッチは甲高い悲鳴をあげながら、砂鉄に煽られる。

 少量ながらも勢い良く吹きつけた砂鉄はめくらましにはなったようで、ラビノッチの動きは目に見えて悪くなった。


 千載一遇の好機だ。

 ライカンは粘りの反撃には出れたものの、風によって更なる追撃には臨めない。

 丁度、ラビノッチと相打ちとなった形である。


 だから、今度は私が動かなくてはいけないんだ。

 ライカンのカバーが私の役目。

 なら、時に前に出て自ら攻めに転ずる必要だってあるはずだ。


「まかせろっ!」

『頼んだ!』


 私は屋根の棟を踏み抜いて、一気にラビノッチの元へと近づいた。

 一歩ごとに家屋を跨いで、大きな三歩目にはライカンを追い抜く。

 もう少しで手が届くほどの至近距離に達した頃には、既にラビノッチは身に浴びた砂鉄を振り払っていた。

 手遅れ。そんな言葉も頭によぎるが、やれるだけやってやる。

 私は構わず、鋼鉄の右手を伸ばした。


「クゥッ!」

「うっ」


 あと少しで私の右手が届くというところで、ラビノッチの目が妖しく光った。

 風景を歪ませる風の波動が、私の正面から襲いかかる。


 それは凄まじい風圧。

 重いジャケットはシーツのように容易くはためき、勢いを付けたはずの身体は壁にでもぶち当たったかのように動けなくなる。


 私自身の身体も強化されて、ある程度のエネルギーを打ち消しているはずなのに、それでもラビノッチに近づけない。

 侵入を許さない風の結界。

 真正面からでは、特に素手などでは、絶対に捕まえることなんて不可能だ。


「うわっ!」


 私はライカンよりも遥かに軽い。

 簡単に風に煽られて、何の良いところもなくその場から吹き飛ばされてしまった。




「充分だ。二人共よくやった」


 後ろ向きに突き飛ばされた私の横を、クラインが通り抜ける。

 両手に眩しい雷光を湛えながら。


「“イグズ(我が雷よ)ストジック(宙を駆ける)デュレイヤ(その身を放て)”」


 クラインの目的は、自分の魔術を確実に成功させることだった。

 そのためにライカンや私が、ラビノッチを驚かせる必要があった。

 実際、ライカンは想像以上の働きでラビノッチを追い詰めてみせたし、私だって敵に一手を使わせたという点では、貢献できたのだ。

 全ては三人目、最後衛のクラインのために。


「“イグス(放て)”」


 クラインの雷を帯びる右手から、一筋の稲妻が走る。

 その速さは魔術であるためか、実際の雷ほどの速さはない。

 それでも魔力を伝って駆ける雷撃は目にも留まらぬ速さで、ラビノッチの身体に炸裂した。

 バチン、と大きな音を出して、ラビノッチの体が一瞬、身震いする。


「やった!?」

「やってない、魔力に防御されている」


 雷でラビノッチの意識を刈り取ったかと思ったが、そう上手くはいかなかったらしい。

 それでもラビノッチは今の一撃に危機を感じたか、前方一直線だった進路を真横に翻した。


「おっと、そっちじゃない。“イグス(放て)”」

「クゥッ!?」


 東側へ捩った目と鼻の先に雷の光線が走る。

 クラインの手中にある雷は、一度そこに溜め込めば引き続き何度も放てるものらしく、その攻撃間隔はナタリー以上に短く、早かった。

 ただしその速射性故にか、威力自体はそう高くないらしい。

 ラビノッチに直撃しても、魔力に阻まれて硬直させることができない程だ。当たれば痛いんだろうけど、決定打にはなりそうもない魔術だった。


「ライカン、ウィルコークス。ラビノッチを公園側に追いたてろ。オレの魔術だけでは力不足だ」

「!」


 そして私もクラインの意図を思い出し、理解する。

 私とライカンは追いかける。クラインは魔術を使う。

 なるほど、実際にやってみるとわかりやすいものだ。


「よし……次は絶対に捕まえてやるぞ、白兎!」

『うむ、いくぞロッカ! クラインの魔術があれば、俺達は奴の風にも対抗できるかもしれん!』

「……!」


 進路選択の余地を次々に崩されたラビノッチが向かう先は、ただひとつ。

 唯一何のマークもされていない、西方の公園側だった。




 ラビノッチは森林公園を目指し、一目散に駆けてゆく。

 軽々と屋根を蹴り、空中を複雑な動きで滑空する様は、ある意味で鳥よりも自在な飛行だった。


 私やライカンは決して遅くない。

 というよりも、ライカンなどは私より遥かに素早いので、途中から集まってきた傭兵や警官を差し置いて、追跡の先頭をひた走っていた。

 それでも、ラビノッチの勢いに追いつけるかといえば、とても敵ってはいない。


『くそっ、俺が追いつけないとはッ!』


 多段的に屋根を蹴って急接近しては、あと一歩のところでその手が届かず、空を切る。

 空中で前のめりに飛び込む無茶な姿勢のまま、屋根の下へと落ちてしまうのだ。


『もう一度だ!』


 それでも地面を蹴って、すぐに追跡状態へと復帰できるのだから恐ろしい。

 どうやらライカンは本気を出していれば、一蹴りで三階建ての屋根まで跳べるらしい。

 彼はラビノッチを追跡する者の中では抜きん出てタフで、何度落ちようともすぐに最前線へ舞い戻るという、現実離れした動きを見せていた。

 追うことに関してのプロである後続の警官すらも遠巻きに見守り、迂闊な手出しができない気迫である。

 傭兵や警官はラビノッチの追跡に、少々の躊躇いを持ちながらも追従していた。


「“ディ(双雷よ)イグズ(放て)”」

「うわっ」


 そして、クラインだ。

 ライカンの派手な追跡以上に、彼の魔術による場の支配力は高かった。


「クゥッ!」

「そう、そっちだ」


 クラインの両手に輝く雷光。

 それは蓄えられた雷魔術のエネルギーであり、短い詠唱とともに雷の矢を真っ直ぐ放つという、同じ射線上を走る私達にとっては危険極まりない代物だった。

 ライカンは食らっても動じないほどの十分な身体強化があるし、クラインへの信頼があるのか全く気にしていないようだけど、私を含めた他の人たちにとっては、無視の出来ない危なっかしいものだった。

 もしあの雷が直撃すれば、一瞬でも体は硬直してしまうだろう。

 身体強化に回した魔力が一時的に薄れ、もしもそんなタイミングで着地なんてすれば、確実に大怪我は免れない。


 ただ彼の雷の甲斐もあり、ラビノッチは狙い撃ちにされることを恐れ、ルートを真っ直ぐ保ったまま飛んでいる。

 少しでも横道を逸れて、追いかけるライカンや私の影から抜けようとすれば、雷に撃たれてしまうのだ。

 同じく雷を恐れた傭兵や警官も大勢外側に控えているので、特に役立っていない彼らの存在もまた、ラビノッチを追い詰める要素のひとつとなっていた。


「おい! お前ら学園生か!? その魔術、絶対こっちに当てるんじゃねーぞ!」


 西部の森林へと順調に向かう中、“カナルオルム”のエンブレムを肩に貼り付けた傭兵がクラインに叫んだ。

 しかし、直線に伸びる雷が彼らや私達に当たったことは一度もない。

 せいぜい危うく近くを過ぎる程度である。

 それでも、突然の雷に驚いたドジな傭兵の何人かは着地を誤って屋根から転落している。

 叫んだ傭兵の男は、そこらへんでこちらに文句の一つでも垂れたいのだろう。


 ところがクラインの態度は、学内でも学外でも変わらない。


「“イグズ(放て)”」

「うおっ」

「おい! 今の危なかっただろうが!」


 つまり、クラインは無視を決め込んでいた。

 確かに傭兵の男の言い分もちょっと強引なところがあるし、ラビノッチを確実に追い込み主導権を握っているこっちとしては、彼らに合わせてやる義理などはない。

 それでも少しは、言いがかりをつけてくる奴らと言い合うくらいの事はしてもいいだろうに。


「“イグズ(放て)”」

「うわぁ!?」


 クラインは黙々と雷を放つのであった。

 彼はきっと、“馬鹿とは口を聞きたくない”とでも考えているに違いない。


「クゥゥウゥッ……!」


 私がクラインの少し不機嫌そうな表情に気を取られていると、風を切る音に混じって唸り声が聞こえてきた。

 もうあと一歩で森へと突入するというところでの、ラビノッチの不穏な鳴き声だった。


「大きな風魔術が来るぞ。本気で強化をかけておけ」

「えっ!?」


 不思議な慣れである。

 私はクラインに言われるまま、咄嗟の判断で強い身体強化をかけた。


 正面から爆風が襲いかかってきたのは、私の強化とほぼ同時である。


「うっ!」

『ぬおっ……!』


 ラビノッチを起点に、追跡者の勢いを根こそぎ奪う爆風が吹き荒れた。

 その圧力は私や、ライカンですら一旦屋根の上で堪えなければならないほどである。


 近くにかかっていた毛布は軽々と空を舞い、窓際の鉢植えは部屋の中へ放り込まれる。


「うわぁっ!」

「ひいっ」

『おおっ!?』


 ラビノッチの近くの民家にもちょっとした被害はあった。

 ただ、それ以上に不幸なのは、クラインの雷を恐れて私達から距離を置いていた追跡者達である。

 彼らは、ほとんど真横から吹いた風に耐えられなかったのだ。


 跳んでいた者は急激に横軸を移動させられ、着地点を見つけられずにそのまま落下してしまう。

 逆に屋根の上であっても、魔力を脚へ集中させる跳躍の性質上、襲い来る側面からの風圧に身体を守りきれず、転倒してしまっていた。


 民家の下から聞こえてくる、苦悶のうめき声。

 森へ突入する寸前で残った者は、私達を含むわずかな人数となってしまった。


「怯むな。今の風で距離を取られた。さっさと森へ入らなければ、手遅れになるぞ」


 それでもクラインはここまでの展開を予見していたのか、一切怯まずに森へと飛び込んでゆく。


 激動の追跡劇だったが、しかしここまではクラインの予定通りだ。

 これからはボウマとヒューゴとも連携が取れるはずだけど、果たして、上手く行くのだろうか。

 ラビノッチの厄介さを目の当たりにした私は払拭できない不安を抱えたまま、薄暗い森へと飛び込んでゆくのだった。


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