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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 弾ける爆風

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箕007 会する五人

 ラビノッチの捕獲に失敗したその日は、ライカンともすぐに解散。

 歩いているうちに陽も傾き、ついでに雨も降りそうだったので、寮へ戻った。


 そのまま浴場へ行くなり、簡単な夕食を作るなり、全てを放棄して眠りについてしまうなりと、楽をすることはできた。

 わざわざ夜の暗い時間にこんなことをするのも目に悪いんだけど、思いついたのでやらなければならなかったのである。


「……よし」


 およそ一時間ほどを費やして仕上げたのは、ナタリーとの闘いで大破した赤陳の杖の飾り台である。

 二つの支柱で横向きの杖を掲げて飾っただけのものであるが、短時間で作ったものにしてはそこそこの出来映えだ。


「ありがとう」


 結局この杖は晴れ舞台で良い活躍ができなかったかもしれないけど、私にとっては親しみ深い、一本目の相棒なのだ。

 寮を離れることになっても、この杖は大事に取っておこうと思う。




 そして翌日。

 前の日にマコ導師から学徒指令という名のお茶会に出席したので、当分は任される仕事もない。

 ならば何をするか、といえばもちろん魔道士を志す身なので、マコ導師の理学講義を神妙に拝聴するわけだけど、それでも午前中、早い時間で終わってしまう。

 さて、では残った時間、今日はどうして過ごそうか。

 そんな事を考えながら、講義が始まる少し前に寮を出て、学園へと向かったのである。


 曇天に届きそうなほど、巨大な学園。

 整った広い庭、気取った小川。灰色の故郷とは大違いの、美しい世界が広がっている。

 それでも見慣れてしまうのだから、人間というやつは実にたくましいと思う。

 それまでの生活様式とどれだけ違っていようが、贅沢な環境に変わるのであれば害がないのは、当然なんだけどね。


「あ……」

「?」


 カゴの中の石を取りこぼしたような声をあげたのは私ではない。

 私の横を通り過ぎようとして立ち止まった、学園の女子学徒だった。


 こちらを見て何らかの用事を思い出したような、そんな顔をして止まっていたので、私もつい声をかけてしまう。


「なに」

「え、いや、その」


 女子学徒の歯切れは悪い。

 私は彼女のことを知らないけど、この子の後ろめたいものを胸の内に隠していそうな態度には、気になって深追いせざるを得なかった。


「私に何か用?」

「いや……」

「聞くから、はっきり言って」

「な、なんでもないです!」


 しかし彼女は追いかけられるラビノッチのように、私から逃げるように走り去ってしまうのだった。


「……なんだよ」


 彼女の挙動不審な態度から察するに、私に対して何か隠していることがあったのは間違いない。

 けど、顔も見知らぬ子だ。私とは何の関わりもない相手だったために、何が何だかわからないというのが、その時抱いた感想である。




 という、学園の庭での不可解な出来事について、特異科の皆に話したのだが。


「早速、王者の風格だね、ロッカ」

「なんだよそれ」


 私の話を聞いた皆はヒューゴの一言に頷き、完全に同調しているようだった。

 王者って、私女なんだけど。


『ナタリーを倒して箔が付いたってことだな。だが腕っ節を自慢したい気持ちはわかるが、ロッカよ。あまり横柄な態度を取ってはいけないぞ』

「そんなことしてないって」

「けど多分、その逃げ出した子っていうのは、ロッカが怖くて逃げたんじゃないかな」

「私、脅してないよ」


 机に右手を叩きつけ、断固抗議する。

 あの子には親切なつもりで話しかけたし、それを脅しとして取られたなんて、そんなはずはない。

 多分、ないはず。


「……ロッカって、無意識に周囲を脅してる所があるわよね」

「え」

「うん、あるある」

「あるねぇ」

『今も、まるで杖かナイフでも抜き放ちそうな目つきだったしな』

「ええ?」


 この日私は初めて、知らぬうちに周囲を威圧しているのではないか、という説を聞いた。

 が、それも話半分で受け取っていたし、直そうとして直せるものでもなかろうと思ったので、結局すぐに忘れることにした。




「ライカン、ウィルコークス君」


 ぶっきらぼうな声が談笑を遮り、輪の中へ飛び込んできた。

 何枚かの書類を手にしたクラインである。


『どうしたクライン。ロッカも呼ぶということは、またラビノッチの件についてか?』

「昨日はさっさと諦めやがって」

「ラビノッチについて調べてみたら、色々と情報が出た」


 毒づいてみても全く意に介さないことはわかっていたので、何とも思わないけど。

 クラインは話の輪の中心に書類を置いて、その中の図を指さした。

 描かれているのはラビノッチ。先日も目にした、写実的な絵柄である。


「魔族科の魔獣資料室にあったものだ。魔族と魔獣を網羅しているネムシシ帳にも載っていないような、ラビノッチの詳しい生態について書かれている」

「おお……」

「ふうむ。相変わらずよく探してくるね、クラインは」


 ネムシシ帳といえば、危険な魔獣や魔族をまとめた、いわゆるゲテモノ図鑑である。

 一種類につき何枚かの絵柄と、生息地、生態、危険度、遭遇した際の対処法が記されている、この世界の旅人必携の書物だ。

 それ以上の情報が記されているという事は、より高水準な、国が絡むほどの調査がされたのだろう。


「通常のラビノッチは黒または茶色だが、オレ達が見たラビノッチは白色だった。この白色という個体は非常に珍しく、水国では発見例がほとんど無いらしい」

「白いウサギ? めずらしいなー」

「白色は非常に価値が高い。普通のラビノッチでさえ、その剥製や翼などは高値で取引されている」

「そうなの?」

「地下水道の闇市を覗いても、ラビノッチ関連の品物はほとんど出回っていないはずだ。地方によっては縁起物でもあるらしいからな」


 魔獣の素材が縁起物とは珍しい。

 こっちの方では魔族由来の品物は軒並み忌み嫌われているので、軽く驚きだ。

 てっきり、世界のどこでも魔族由来のものは避けられていると思っていたけど。


 ……ああ、でも、デム鉄鉱だけは別かな。


「そして、そのラビノッチを必死に追い掛け回していた傭兵たちの正体が判明した」

『警官の包囲網から飛び出して、抜け駆けした奴らか?』

「特殊討伐ギルド“カナルオルム”の連中らしい。比較的最近に立ち上げられた組織だが、そのわりに名は売れている方だな。これは調べればすぐにわかった」


 もう一枚の紙は、何らかのエンブレムのスケッチである。

 舟の俯瞰図の中に水竜(デオルム)が描かれた、討伐ギルドがその身に付けるには、少々脅しが足りないものだ。


『特殊討伐ギルドってのは、なんだ? ヒューゴよ』

「限定的な生物だけを狩猟対象とするギルドだよ。といっても、多種多様な討伐を一手に請け負っている絢華団が異常なだけで、その他は大抵、特殊討伐の括りさ」


 故郷のヤマにも討伐ギルドの傭兵連中がよく訪れていたけど、あのおっさんたちの変わらない顔ぶれを見る限り、彼らも特殊討伐の傭兵ギルド所属だったのかもしれない。


「“カナルオルム”は水国に本部を置き活動する、ネムシシ帳のランクC以上を討伐対象とするギルド……つまり、大物狙いの傭兵集団だな」

「だからあいつら、抜け駆けしたんだな。金にがめついから」


 私達のようなお遊びとは違って仕事だから本気なんだろうけど、それにしたって昨日のような、包囲を完了した状況から抜け駆けをするなんて、いい歳した大人のやる事ではない。

 ライカンはそういう人たちに寛容なのかもしれないけど、私はそこまで懐が広くない。

 目の前で台無しにされた警官らの気持ちも考えてやれ、ということだ。


「なんだなんだロッカぁ、その、えっとぉ……?」

「“カナルオルム”だろ、ボウマ」

「その“カナロム”、って奴らが気に入らないのかぁ?」

「そりゃ、気に入らないよ。せっかくウサギを捕まえられそうだったのに、邪魔されたんだもん」

「むむ、邪魔されたのか!」


 邪魔というよりは、引っ掻き回されたというか……。

 いや、邪魔って言い方でも合ってるのかな?


「おい、ネクライン! あたしも一緒にその、ウサギ! 捕まえるぞ!」

「お」


 ボウマは元気よく椅子の上に立ち上がり、高らかに宣言した。

 それでもライカンより小さいのだから、本当に小動物のような子である。


『どうしたボウマ、お前も一緒にやる気になったか?』

「ウサギって殺してもいーんしょ?」


 ボウマの発想は子供らしく、大変に物騒だった。


「できれば手掴みが一番だが、報奨金に変わりはないから殺しても問題ない」


 どいつもこいつも物騒だった。




「ボウマが暴れすぎないかが心配だ。クライン、僕もついていっても良いかな? 戦力として期待してもらっちゃ困るんだけどさ」


 ボウマが暴れ過ぎかどうかでいえば、今現在机の上を歩いている状態こそがまず暴れていると言えるのだろうけど、そんなものは一切視界に入れずにヒューゴは言った。

 靴跡がついた“カナルオルム”のエンブレムスケッチを不機嫌そうな表情で握り潰し、クラインはただ静かに頷いた。


 これでヒューゴも参戦することとなった。

 私、クライン、ライカン、ボウマ、ヒューゴ。五人か。

 なかなかの大所帯である。小さな獲物一匹を追い詰めるには十分過ぎる人数と言えるだろう。

 ただ、相手が相手なので、いまいち心強くはならないのだが……。


『うむ……“カナルオルム”があえて私利私欲のために輪を乱すというのであれば、それはやむなし。奴らの流儀だ、それをとやかくは言うまい』


 机の上を歩きまわるボウマの背中をひょいと摘みあげ、ライカンは低く唸った。

 猫のように拾い上げられたボウマはそのまま肩の上に乗せられ、そこは存外居心地がいいのか、大人しくなってしまった。


『だが、協力関係が結ばれぬ以上、こちらも独自の動きでラビノッチを追跡しなければならないな。連中がいる以上、包囲網にて捕らえる事はできんのだろう』

「だろうな」


 瞬間的にでも、ライカンの目にも止まらぬ速さで動く、羽根付きウサギ。

 ただのウサギでさえ、身体強化を施してようやく捕まえられるものだというのに。それでも敵わない相手を、一体どうやって捕まえろというのだろうか。

 考えれば考えるほど、提示された報奨金の額が小さく感じられてしまう。


「ラビノッチは頭がいいから、餌には食いつかない。わかりやすい罠などは人間以上に鋭く看破してみせるし、魔力の流れすらもある程度は感知できるようだ」

「前に聞いたよりも更に厄介になってるじゃん。どうすんのさ」


 魔力の動きを読む生き物なんて聞いたことないぞ。

 上級の魔族じゃあるまいし。


「やはり、強化した身体で追い回す他にないだろう」

「それじゃ無理だから……」

「今度は」


 くしゃくしゃに丸められた紙を持ったクラインの手が、私達の顔の高さまで掲げられる。


「魔術で捕りにいく」


 太陽のように眩しい輝きとともに、クラインの右手は炎に包まれた。

 突然の発火現象とオレンジ色の不吉な光に、私の両肩は竦み上がる。

 炎が収まると、クラインの手は火傷ひとつ負ってはいなかった。

 しかし手中にあった紙くずは真っ白に燃え尽きて、さらさらと粉になって散ってゆく。

 クラインは無詠唱で、火の魔術を発動させたのだ。


「少しでもいい。脚部の翼をわずかでも傷つけることができれば、ラビノッチの移動能力を大幅に削ぐことができるはずだ。手荒でセンスのない馬鹿みたいに素直な作戦だが、これしかないとオレは考える。異論はあるか」

「僕は無いよ。むしろ、それしかできないしね」

「さんせー、ウサギなんて木っ端微塵にしちゃるじぇ」

『クラインが言うならば、その手に乗ってみよう』

「え、じゃあ、私も」


 新しく買った杖を試す良い機会だ。

 大きな岩が現れたら、と思うとなかなか試す場所や時間がなかったので、これはチャンスである。

 ウサギを岩で押しつぶすことができれば、なお良しだ。


「決まりだな。講義終了後、全員すぐに屋外演習場に集まれ。講義後に学徒指令が入っている者はいるか?」

「……」

「居ないな。ならば遅れずに来るように」


 手の中の灰を床へ投げ捨て、陰気な彼は言葉少なく自席へと戻っていった。

 クラインの着席とマコ導師の入室は同時であった。




「……ふーん、ラビノッチを捕獲、ねえ。どう思うよ、ジキル」

「ロビナ、あまりクラインやロッカに深入りすると……」

「うっせえ、お前は黙って従ってりゃいいんだよ」

「どう思うも何も無いじゃねえか」


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