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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 弾ける爆風

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箕006 包囲する公園

『止まれ!』

「!」


 駆け続けていると、前方の屋根の上で立ち止まっている機人警官が私達を制止した。

 勢いづいた身体はすぐに言うことを聞いてくれなかったものの、なんとか警官がいる屋根の縁で勢いを殺しきれた。


 停止命令が出されたのは、名も知らぬ広めの森林公園の手前である。

 当然この先には屋根も続いてはおらず、整えられた林が鬱蒼と広がっている。


「これは、どういう状態?」


 その森林公園を囲むように、周辺の屋根に機人警官が待機しており、森を遠目から伺っている。

 物々しい様子を見れば、森の中にラビノッチが逃げ込んだことはすぐにわかった。

 しかしどうして彼らは中へ突入しないのだろう。


『今は外堀を埋めている段階だよ。今まで何度も逃げられて来たからねぇ……やる時は全力でかかりたいってわけ』

「なるほど」


 伊達に何日も追いかけ回していないということだ。

 彼らはどうやら、森林公園の周辺に人を集めてから、一気に決着をつけるつもりらしい。

 万が一、森から出てきたとしても取りこぼす心配も減る。

 居場所がわかっているのなら確かに、焦って飛び込むよりは、人数を固めてからの方が得策である。


「でもこれだと、私達が捕まえた事にならないんじゃあ……」

『ロッカ、まあ、そう言うな。これも世のためと思えば、無賃働きも良い運動ではないか』


 そこまで陽気に考えられない私は、欲深く余裕のない人間なんだろうか。

 ライカンは凄いな。


「誰が無賃で働きなどするものか。ラビノッチはオレらが奪い取ってでも手に入れる」


 しかし私以上に心の狭い人間がここに居たようで一安心だった。

 心強いことを言ってくれるのは嬉しいけどクライン、周りの機人警官を気にして発言したほうが良いと思う。




 遠巻きに森林公園を眺めていると、次第に機人警官の姿も増えてきた。

 続々と屋根の上やら、道の上やらに集まってきた警官達からは、今回の討伐に対する強い意気込みが感じられた。

 今まで相当の煮え湯を飲まされてきたのだろう。交わす言葉の節々から、ウサギへの怒りが垣間見える。


「うわー……すごいな」


 同じデザインの機人が何十人と集まる様子は、見慣れていないせいかとても、怖い。

 機人差別をするわけではないけど、壮観、と一言で済ますことのできないものが、この景色にはあるのだ。


『ラビノッチ討伐担当の警官も大多数が集まってきた。依頼を受けてやってきた者も、この包囲に協力してくれている』


 私達三人の隣に立つ警官は、心なしか嬉しそうな声で言った。


『あとはラビノッチ強襲のために急遽結成された、“対ラビノッチ討伐部隊”の到着を待つばかりだぞ』


 そのまんまな名前である。


「その部隊が、中に入って探すと?」

『いかにもその通り。彼らは凄いよ、なんたって今回の騒動で二度以上、ラビノッチに触れた事のある功労者ばかりだからねぇ』

「触れただけで……?」

『何を言うんだ! 奴に触れるのがどれほど難しい事か!』

「す、すみません」


 警官には警官の、今回の騒ぎで培ってきた色々なものがあるようだ。

 わかってはいたけど、本当にただのウサギ狩りではない。


 それにしても、これだけの人間を動かしてしまうのだから、ラビノッチ。恐ろしい魔獣である。




『おい、勝手に動かないでくれ!』

『そこの集団、突入を早まるな!』


 ぼんやりとのどかな森を眺めていたら、穏やかではない機械音声が轟いた。

 何者かに向けられた注意の声である。


「何が起きたの?」

「下をみればわかる」

「下……?」


 色めき混乱する警官達の中で、冷静なクラインは静かに一点を指さした。

 それは森林公園への入り口である。


「あっ」


 古びたタイルで舗装された道の上をだかだかと急いで走る、十人前後の男たちの後ろ姿が見えた。

 背中や腰に物騒な刀剣類を備えた、屈強な体格の男共。

 統一されていない装備、武器。一目で警官でないことは理解できた。


「あの人達、森に突入しちゃってるよ」

『なんてこった、奴らめ、単独行動しやがって!』

「単独行動?」

『金欲しさに抜け駆けしようってんだよ、あの傭兵共は!』

「ええ!?」


 ここはひとまず驚いておくが、“酷い奴らだ”と非難するのが良いのか、“こうなったら私達も”と追いかけるのが良いのか……。


『おいおい、どうするんだ、クライン』

「ここで待つ。あの連中で捕まえられるような魔獣じゃないからな」

『傭兵の手からは逃げられることを前提に、ここで待機するわけだな』

「ああ。自分から逃げる獲物よりも、他のやつから逃げる獲物の方が獲り易いからな」


 冷静な判断だ。

 確かに私達まで焦って飛び込むよりは、ここで堅実に待機していた方が良い気はする。


 しかし、事態は良い方向に向かっているわけではない。

 無粋な傭兵たちによって引っかき回されたこの現状、綺麗に集束してくれれば良いんだけど。

 答えはウサギのみぞ知る。




 じっと待つことには慣れている。

 どっかの誰かがハコをなぐらせて待ちぼうける時などは、暗く細い坂道の下で何時間でもぼんやりしていたものだ。

 その時が来るまで森の入口を見つめ続けるのは、苦ではなかった。

 そして、私の体感では意外と早く、その時は来たのだ。


『ラビノッチだ!』


 公園内で高らかに響く機械音声。

 お、ついに来たか。そう私が身構えた時には、既に一陣の風が頬を撫ぜていた。


「……出……番?」


 一瞬だけ視界をぼやかした白色は、風と共に吹き抜けてゆく。

 森から突風でも吹いてきたのか。私はしばらくの間、そうとしか考えられなかった。

 私の前で、腕を突き出した二人の姿を見るまでは。


『すまん、外した』

「こっちも同じくだ。掠りもしない」


 クラインとライカンが、私の正面に腕を突き出し、交差させている。

 何をしているのかわからなかったが、私の周りであたふたと騒いでいる警官たちの様子が、鈍い私に今の状況を気付かせてくれた。


「あっ!? 逃げられた!?」


 白い風の正体は、ウサギだったのだ。

 自分の頬を撫でて、いまさらになって自身の無事を確かめる。どうやら私は何もされていないらしい。


「君のすぐ真横を突き抜けていった。風魔術と強化の合わせ技、瞬間的なものだろうが、とんでもない速さだな」

『俺でも反応できないとは驚きだ。やはり魔獣や魔族を相手にするのは面白いな』


 二人は敵ながらあっぱれと感心し、辺りに響く警官達の阿鼻叫喚などは全く気にも留めず、微笑んでいた。

 何が面白いのかは私にはわからない。


「ラビノッチ、どうするの」

「どうもこうもない。また最初から、見つけ出す所からのやり直しになるだろう」

「あー」


 警官たちの騒ぎの大きさも、どこか納得がいく気がした。

 私の目にすら捉えきれないほどの速さで移動する相手なのだ。確かに、そんな奴に二回以上触れれば、そいつは英雄扱いもされるだろう。


『しかしクライン、あの毛並みは……』

「ああ、おかしいな」

「何が?」

『ラビノッチが白かったのだ』

「普通は白いんじゃないの?」

「何を聞いていたんだ。普通は茶か黒と言っただろう」


 言ったっけ。聞いてなかったかもしれない。

 しかし、先ほどの影も、何日か前に偶然すれ違った時の残像も、どちらも白いシルエットだったと思う。


「白は、困るな。この町並みでは保護色も同然。野生の白鳩も多い街……」

『そう簡単には、見つからない個体のようだなぁ』

「警官がここまで手こずる理由がわかったぞ。なるほどな。実に割に合わない仕事だ」


 クラインは背筋を前に倒し、いつもの猫背姿に戻って屋根から飛び降りた。

 伸びきった上着のポケットに両手を突っ込んで、早足でどこかへと歩いてゆく。


「クライン? どうしたんだよー」

「帰る」

「え!?」


 自分から誘っておきながら、そりゃあ随分と薄情な話じゃないか。

 そりゃあ一度逃げられてしまったけど、まだ日も高いし、諦めるには早過ぎるのではないか。

 私が抗議の言葉をかけようとした頃には、彼は地上に集まった人混みに紛れて見えなくなってしまった。


 勝手に諦めた上に、勝手に帰るとは。これも今更だけど、本当にあいつは自分勝手な人間だ。


『ふむ。まあ、クラインが素直に諦めるくらいだ。これは、それほど望み薄な一件なのだろう』

「そうなのかな……」

『はっは、まぁ、そう落ち込むな』


 ぽんぽん、というよりはガンガン、といった具合で、ライカンは私の頭を叩いた。

 励ましているのだろうけど、痛みが遥かに勝っていてありがた迷惑である。

 彼が厚手の革手袋をつけていなければ、たんこぶでもできていたかもしれない。


『しかし、中途半端な時間になってしまったな……どうだロッカ、また一緒に屋根を走りながら帰らないか』

「……うん、そうだね、そうする。せっかくだし、競争しようよ」

『ほう!』


 ウサギには馬鹿にされたみたいに逃げられるし、クラインは帰るし、本当、良いとこ無しな日だ。

 せめてものうさ晴らしに、身体を動かして帰るとしよう。


 結局、猛スピードで屋根を駆けるライカンには一度も追いつくことができず、私は遊びにすら大敗したのであった。




 軽く全力で走った後は、真下に見えた露店でブドウジュースを買って、ライカンと一緒に飲んだ。

 甘酸っぱいそれは、火照った身体には冷えておらずとも清涼で、一口ですぐに飲み干してしまえた。

 でもこれでたったの二十七YEN。

 故郷ではブドウなんて滅多に食べられないので、かなり得した気分で味わうことが出来た。


『俺はボウマと同じで、火の国はアンダマンから、ここへやってきたのだ』


 露店のじいさんにコップを突き返しながら、ライカンは言う。


「ボウマと一緒に来たの?」

『そうだな、お互いに知り合いというわけでもなかったのだが……来たのは同時期だったな』


 高身長のライカンと、低身長のボウマ。

 最年長と最年少の二人が同時にここへやってくるとは、何らかの縁を感じずにはいられない。


『八卦街アンダマン……五大国が制定される以前の大昔には、そこに巨大な、裕福な国があったという』

「巨大な亀の背に建てられた国、だっけ?」

『まぁ、さすがにそれは御伽噺の中の誇張だろうけどな。それほどに、栄えた国だったのだろう』


 鉄の国の隣国である火の国の、昔からある由緒正しい街だ。

 デムハムドと同じで山が多く、鉱山もあるとか。

 亀の背に建った王国という言い伝えは国を越えて有名だが、何より今現在のアンダマンの悪評も、全世界で名の知れたものとなっている。


 とにかく広大な火の国で最も治安の悪い街。

 それが八卦街、アンダマンなのである。


『俺は生まれた時からアンダマンでな……ディニティリア城やワルフ闘技場といった、王国時代の建造物に囲まれて幼少を過ごしたものだ』

「昔の建物が色々残ってるんだね」

『残っているとも! 単純な歴史で言えば、この古代都市ミネオマルタより遡る時代の国だからな』

「へー!」


 この美しいミネオマルタも古代都市として有名だけど、まさかあのアンダマンが、それすら上回るほどの古代都市だったとは。

 学のない私には目から鱗の新事実であった。


『まぁ、それも悪党やゴロツキが住み着いていなければの話なんだがな』

「あはは……よく聞くよ、アンダマンのことは」

『我が故郷ながら、恥ずかしい限りだ』


 アンダマンの悪評には尾ひれもついているとは思うけど、それにしたってすごいものばかりだ。

 街へ入る馬車は大抵襲われるので、馬車の通行は無く。

 古き時代に建設された闘技場は、命をかけた人間闘技賭博の温床であり。

 少し歩けばとりあえず盗賊に襲われ。

 街の警官の死亡率が高過ぎるために、いつからか警官がいなくなり。

 コケージ(大監獄)行きを恐れる犯罪者ですら、隠れ蓑として住み着くにはリスクが大きすぎて近寄り難い。


 罪人の街。

 それが私の聞くところの、アンダマンなのである。


『まあ大体その通りだな』


 その通りらしい。

 前々から行きたくないと思っていた街だけど、その決心はより強く固まった。


『金は盗られるわ、通りで人は死んでるわ、とにかく物騒といったら無い街でなぁ。道行く奴から真人間を探す方が難しいくらいなんだが』

「それは……すごいね」


 さすがにデムハムドでもそこまでの恐ろしさは無い。

 鉄の国は総じて見れば火の国よりも治安が良くないはずだけど、やはりというか、アンダマンは別格だった。


『それでも、その日の飯にありつくためなら必死になるアンダマンの連中を、心底で嫌いにはなれなかったな』

「……へえ」

『金のためなら手段を選ばず突っ込んでいく……ここみたいな大都会じゃあ、そんな姿は意地汚く見えるんだろうがな』

「まあ、そうだろうね」


 この街ではとにかく体裁を気にするから、ゴロツキが生きていくには息苦しい場所だろう。

 私だって、今でも道を歩いていて、どこか窮屈さを感じるくらいだから。


『だが俺には、周りを考えず森林公園に突っ込んでいったあの傭兵連中の姿を見て、どこか安心したよ。この街にも、ああいう人間臭い奴らがいるんだ、ってな』

「……変なの」

『はは、変かもな』


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