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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 弾ける爆風

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箕005 飛び降りる物見台

「ラビノッチの毛並みは様々だが、基本的には茶色、土色であることが多い。脚部に備わる翼も同系色だ。薄寒色レンガの多いミネオマルタでは視認も容易だろう」

『ふむふむ。つまり、見た目にはただのウサギとそう変わらんというわけだな』


 温かみのある木の感触。ゴツゴツした岩肌のような表面。

 撫でているだけで心が落ち着く。

 千七百YENを払っただけの価値はある。


「ラビノッチは警戒状態に入ると、赤い目が薄く発光する。一瞬のうちに全身に魔力を滾らせ、逃走を図るだろう。脚に備わる翼は滑空のためのものに過ぎないが、強化状態による跳躍からの自在な空中飛行は、鳥よりも素早いとの事だ」

『鳥より速く飛ぶ兎か! ほほう、面白いじゃないか!』


 柄を握って精神を研ぎ澄ませば、32センチの先端までスッとエネルギーが行き通るのを実感できる。

 岩のような杖から放たれる私の特異魔術は、一体どれほどの力を発揮するのだろうか。

 岩っぽい杖だし、私の術も岩っぽいので、相乗効果で前に出てきたような巨大な石柱よりも、遥かに大きな……。


「おい、そこの岩女。今すぐその馬鹿みたいに緩んだ顔を引き締めろ」

「誰が岩女だ!」

「それでいい」


 おや、既に何やら作戦会議が始まっていたらしい。これは失礼。

 ライカンに倣い、タクトはジャケットの内ポケットへと仕舞い込んで腕を組む。


「で、これからどうすんの?」

「……ラビノッチ発見の合図は、マルタ城の小午砲にて行われる。機人警官が紋信で中継するらしいから、発見されればすぐに大砲の音が轟くはずだ」

「よくわからないんだけど……」

「周りの傭兵が走った方に行けば良い」

「わかった」


 それならわかりやすい。

 普通の狩りと同じだ。追い越せ追い抜けで狩りに参加しよう。


「じゃあウサギを見つけたら、どうするの? 私はやっぱりアブロームを出して、蹴って倒して押し潰せば良いの?」

「さすがだウィルコークス君。下手な基礎すらもない馬鹿さ加減は逆に一からの説明がしやすいほどだな」


 右手の拳に強化の魔力がどっと流れてきた。

 そのままクラインの左顎に打ち込みたい衝動を抑え、次の言葉を待つ。


「ウィルコークス君。君は身体強化だけ使って追い回せばいい。それだけだ」

「へっ?」

「ライカン。君の場合は“イグネンプト・スロープ”なら使ってもいいが、基本的にはウィルコークス君と同じで、なるべく身体強化のみで動け」

『うむ、元よりそのつもりだ』

「ちょ、ちょっと!」


 私はクラインの話を遮った。

 あからさまに嫌そうな顔をしてくるが、そんなものはどうだっていい。


「私、せっかく新しい杖買ったのに。魔術も使えるようになったし……」

「ゆっくり倒れる柱の下敷きになるウサギがどこにいるんだ。言われなければわからないのか。君は馬鹿か」

「うぐ」


 言われてみれば確かにそうだけど。

 でも私の、新しい杖を使ってみたい衝動を少しくらい汲み取ってくれたって良いじゃないか。


「ヒューゴは身体強化を使えないし、魔術は遠距離に向かない。ボウマは少しくらいの強化は使えるが、追い回すには不十分。それにお前たちの魔術を街中で使わせたくはない。だからオレは、君たち二人を誘った訳だ」

「……じゃあ、みんな身体強化メインで、羽根付きウサギを追いかけ回すってこと?」

「そうだ」


 クラインは力強く頷いた。

 普段は頭脳派を気取っているくせに、弾き出した手段は随分と泥臭い力任せなものである。

 けど彼が言うのなら、多分これが最善で間違いないのだろう。

 ……こいつと一緒にいると、私の主体性がどんどん削られてしまいそうだ。


「ただし気をつけろ。ラビノッチは逃げながら風の魔術で迎撃してくる。空中で突風に直撃すれば、身体強化をしているとはいえ、必ず遠くに吹き飛ばされる事になるぞ」

「……それが屋根の上とかだったら?」

「落ちるだろうな。恥をかくだろう」

「……なるほどね」


 以前に機人警官が屋根から転落していた理由が、今わかった。

 落下した時の事も考えて、クラインの言う通り身体強化を使った方が良さそうである。

 ナタリーみたいに、高いところから落ちて骨折なんてしたくはないしね。




 学園は古代都市ミネオマルタの郊外寄りにある。

 都市の中央は小山の上の古城なので、その景観を崩さぬよう、主要な大建築物はある程度の距離を開けて、ほとんどが外周部に建てられているのだ。

 例外として、ミネオマルタ大銀行、水国立タンザ美術館などといった重要施設は古城と同じ中央部に密集している。

 人が多く警備も厚い都市とはいえ、機人盗賊団などの脅威を無視はできないのだ。当然の立地と言えるだろう。


 さて、今私達がいる場所はその中央部。に、近い場所だ。

 大昔に使われていた、貝煉瓦造りの半鐘櫓。

 所々の角が欠けて丸くなった煉瓦が高く積まれており、根本は頂上よりも一メートル近く太いため、古いながらもしっかりとそびえる姿は、千年後の未来まで姿を変えないであろうことを想像させる。

 石の塔内部の細い杭階段を登り、吹きさらしの頂上へとたどり着けば、中央部の美しい街並みを一望できた。


「おー。こう見てみると、屋根の上にも人が多いんだね」


 二つ折りのチキンピザを齧りながら、屋根の上を跳び移る機人を指さし数える。

 軽やかに屋根から屋根へと渡り歩く機人達は、そのほとんど全てが警官であった。


『今はラビノッチのこともあるから、警戒は五割増といったところだな。普段でも、この半分くらいは巡回しているぞ』

「へー」


 ミネオマルタの建造物のほとんどは三階建てだ。

 身体強化をしていても結構な高さであるし、一回ならまだしも、日中ずっと屋根を飛んで移動しろと言われると、何回かは脚を踏み外してしまいそうで、想像するだけでも怖い。


 常に屋根の上を飛び回って足元の人々を見張っていないといけないのだから、機人警官は忙しい上に辛い役職だ。

 それでも進んで全機人になろうとする男が多いという。

 さぞ受け取る給金は潤っているのだろう。


「ここなら屋根の機人警官の動きが把握できる。ラビノッチ発見の紋信を受けたら、奴らの半分近くは一斉に一方向へ出動するはずだ」

「それを見て、私達も行くんだね」

「そうだ。警官より、一足も二足も先にな」


 身体強化でメシを食ってる警官よりも素早く移動しなければならない。

 それはどうも、難しそうな話である。


『屋根を足場にするんだろう?』

「当然だ。ただし壊さないようにな。問題が起こると面倒だ」

『心得ているとも』


 そしてどうやら、私達も屋根の上を走るらしい。

 警官と一緒に仲良く、ウサギの追いかけっこをするわけだ。

 初日の思い出もあり、警官とはなるべくお近づきになりたくはないが……金のためなら仕方あるまい。


「……っと。ふん、どうやらオレと同じ考え方をしている奴らが、他にもいたらしい」


 屋根のどの部分を踏めば静かに跳び歩けるだろうかと考えたところで、クラインは柄にもなく薄く笑った。

 彼のメガネが光る先に目を向けると、それはここと同じ、少し離れた場所にある物見の石櫓であるらしかった。

 その物見台には、十人近い男らが私達と同じように街を見下ろしている。

 背中に武器を担ぎ、神妙な顔つきで目線を泳がせる男共の姿は、自警団と呼ぶには少々以上の無理があるだろう。


『やれやれ。これは、ちょっとした競争になりそうだな』

「なんとしても奴らよりも先を行くぞ」

「ええ、屋根の上で押し合いなんて、私嫌だよ」


 金目当てに妨害しあって、屋根から転落して怪我だなんて、そんな醜い傷を作るのだけは御免だ。


「嫌なら落ちるな」

「……」


 わかりやすい返事をありがとう。

 まぁ、どのみちわざわざ中央部まで来た以上は、このまま行くしかないのだ。覚悟は決めておこう。

 奮発して買ったピザの分も、取り返さないといけないしね。


 塔の上でゆっくりと流れる曇空を眺めながら、合図を待つ。

 小さなピザの最後の一口を喉へ放り込んだ時、丁度大きな音が轟いた。


 ドン。

 鼓膜を軽く震わせる程度の、神経を澄まさなければ風景の音と聞き流してしまいそうな、大人しい小午砲の音色だった。


『どこかでラビノッチが見つかったか』

「警官が一斉に動いた。西側へ行くようだ、急ぐぞ!」

「っしゃ、行くぜ」


 櫓からそのまま飛び降りたクラインに続き、ライカンも躊躇なく身を投げ出した。

 私もこの流れに遅れまいと、唇のトマトソースをぺろりと舐めとって、すぐに櫓から飛び降りた。


「っしゃ、父さんに仕送りするぞ!」


 足場も確認せずに風を切って落下する、粗野で乱暴な浮遊感。

 ちょっとだけ懐かしい狩りの感覚が、少しずつ身体に蘇ってきた。




 身体に漲る魔力はそのまま私自身の力となる。

 大きく上乗せされた脚力が地面を蹴り、軽い身体をそのまま屋根の上まで押し上げた。


「ついてこれるか、ウィルコークス君」

「当たり前! ていうか、こっちのセリフだね!」


 住んでいる場所が場所だったので、屋根の上を走るという経験があまり無い私だが、それでも人の手が入っていない山道を走るよりは、随分と楽なものだった。


『先に行かせてもらうぞ、クライン!』

「先導頼む」

『まかせろ!』


 一軒の建物を四歩で通過し、一飛びで道幅を跨ぐ。

 機人警官の動きも俊敏で素早かったが、不思議なことに私達ほどではなかった。

 動き始めればすぐにライカンが先頭へ追いつき、次に私とクラインが並ぶ形となっている。


 身体強化なんて印象の全くないクラインがここまで動けることも意外だったけど、しかし、それでも私よりは動きが鈍いことは予想通りであった。


「置いてくよ、クライン!」


 屋根の上の大移動はけたたましく、すぐにクラインは集団争いから置いていかれた。

 街の上部をゆく人の流れがひとつの形に集束しつつある中、私は警官の大多数より早く先を走り、ライカンのすぐ後ろにまでつけていた。


 というか、ライカンが速過ぎる。

 本気で走る私よりも速いってどういうことだ。


『そこの機人と少女! 我々の動きに追従する目的を言いなさい!』


 私のすぐ後ろで、機人警官が声を揺らしながら叫んだ。

 一緒になって動き出した私達を警戒しているのだろう。


「ウサギ狩り! 学園生だよ!」

『おお、ミネオマルタの学徒でしたか! 身体強化もできるとは頼もしい! このまま我々に協力してください!』


 学徒を名乗るだけで、随分と友好的に答えを返してくれた。

 田舎から出てきた私への態度とは随分違うじゃないか、おい。


 と、そんな毒を吐こうとする間にも、ライカンは軽い身のこなしで屋根から屋根へと飛び移ってゆく。

 遠くに見える別の警官の動きを補足し、進行方向を修正しながら動いているのだ。

 足元を見ずにそんな芸当ができるのだから彼は凄い。

 これでも魔道士を目指しているというのだから信じられない。


『彼は随分と速いですね! 彼も学園生!?』

「はい……!」

『それは残念だ、我々の同僚として活躍して欲しいくらいなのですが! 彼のような学徒でも、魔道士を目指すんですね!』


 それは私も思うところである。

 ライカンくらいの身体強化の身のこなしができるなら、わざわざ小手先の魔術を覚えて魔道士にならなくても良いと思うんだけど……。

 そう考えている間にも、またライカンに距離を離された。


 警官とのんびり話している暇はない。そっちにとっては定給の仕事でも、こっちにとっては貴重な臨時収入のチャンスなんだ。

 そろそろ病み上がりの身体に鞭入れて、全力で走らせてもらう。




「ふッ」


 今この時だけは魔術の事を忘れよう。

 昔のような、身体強化だけで暮らしていた頃の感覚を取り戻す。


 駆竜より速く脚を伸ばし、山猫より正確に着地する。

 一歩一歩は頑丈な屋根を踏みしめ、雨樋の継ぎ目を蹴っては低く跳躍。


 悪路を素早く動くのは私の専売特許なのだ。都会の警官にお株を奪われてたまるものか。


『おお、ロッカ! 俺に追いつくとは、なかなかやるじゃあないか!』

「へっ……まあねっ!」


 ライカンのすぐ後ろまで復帰はできたものの、これがいっぱいいっぱい。これ以上は頑張りようがない。彼より先には行けないだろう。

 私がこれだけ必死になっても、ライカンには声が乱れるような様子がなかった。

 きっと一生かかっても越えられない差が、私と彼との間にはあるのだろう。

 自分より優秀な人がいる事実にいまさらのショックを受けるわけではないけど、それでも私の一番に誇れる力でもあっただけに、ちょっとした敗北感はあった。


「ライカン、速いね!」

『おう! 今までこれだけで生きてきたようなものだからな!』


 それを言ったら私だって。そんなぼやきを口に出す前に、私とライカンの前に人影が現われた。


「二人共、遅いぞ」

「えッ……!?」

『おお?』


 先頭を突っ走っていたはずの私達の前には、何故かクラインがいた。

 息も乱さず余裕そうに、しかし私よりも遅い速度で走っているために、すぐに並んでしまう。


「なんで前にいんの!?」

「近道を通った。流れに身を任せるだけが正解じゃないぞ、ウィルコークス君」


 格好良い言葉を言うのはいいが、その言葉は私達よりもゆっくりと後ろへ流れて消えてしまった。

 結局のところ、クラインは身体強化が出来ても、足は遅いのである。


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