爪013 運ばれゆく暇人
コビン二頭立ての馬車は、荷物を積むとそれなりに手狭だ。
私達が持ち込んだポリ箱は座面の下に収納できるようになっているのでそこに仕舞える。それでも背嚢はまた別にどうにかしなきゃいけない。
というより、私達の馬車の中は私達とは関係のない荷物が多く存在するようだった。
「この馬車だとねぇ。人数も最大まで乗せないんでねぇ。七人でしょ? これ、八人までのだからよぉ。そんなもんで、学園の方の荷物が乗せられてるってわけよぉ」
二頭のコビンの手綱を引く御者さんは、そんなことを語ってくれた。水の国のどこかの訛りだろうか。あまり聞いたことのないアクセントが特徴的だ。
「まぁ長旅になるかんねぇ。楽にしてくれよぉ」
既に馬車は出発していた。
コビンの爪蹄が街道を叩き、硬質な音が響き続けている。
幌は後ろ側はしっかりと縛っているので、見えるのは前側の小さな窓くらいのものか。御者さんと話せるくらいだろう。
「実はこの幌、ここの布を解くとちょっとだけ外が見えるんだよ」
「うぉーすげぇー」
外は見えないなーと思っていたら、ヒューゴが側面にあるカーテンのような布をめくってみせた。
ポリノキか何かでできているのだろう。うっすらと曇った透明な窓からは、後ろに流れてゆく景色を見せてくれた。
「畑いっぱいだなぁ」
ミネオマルタから出発すると、次第に景色からは都会っぽさが減り、茶色い畑がちらほらと姿を見せ始める。
ここもまだミネオマルタなんだろうか。それとも何か別の名前がついた村とか集落とか?
いつもここらへんは通り過ぎているだけなので、直に歩いたこともない。気になると言えば気になる。けど誰かに聞くほどではない。
さて、馬車の中は私達特異科だけだ。普段なら私とクラスメイト合わせて六人がいつものメンバーなんだけど、今日はここにマコ導師もいる。
マコ導師は一緒にいて全く緊張するような相手ではないのが救いだ。これが他の導師さんだったら息が詰まる思いをしていたかもしれない。
「馬車はよく揺れますからね。もし具合が悪くなった方は、遠慮せず横になってください。仕切りもちゃんとありますし、ハンモックもついてますので」
『はい!』
「あたしハンモックで寝てみたいじぇ」
「そこまで寝心地は良くないやつだと思うぞー。やめとけ」
馬車の中をまじまじと見たことはないので、ちょっと見上げてみると気付かなかった工夫が凝らされていることに少しだけ驚く。
へえ、カーテンみたいなので部屋っぽく分けられるんだ。一応着替えとかもできるのかもしれない。使うかどうかはわかんないけど。そもそも今回の旅では夜はちゃんと宿場町で泊まれるしな。
「クッションを持ってきて良かったわ。ほら、敷いておくとお尻痛くない」
「私はそのままでも大丈夫だなぁ」
「うそぉ」
「ロッカ、ケツが固いってことかにぇ」
「固くはねえよ。普通だろ。多分」
尻に固いとかあるのかよ。いや、筋肉質だったらそういうこともあるのか? どうなんだろ。
「ロッカ、触って確かめるのはやめろ。人品が問われるぞ」
さりげなく自分の固さを確かめようとしたらクラインに言い咎められた。
言ってることが十割方正しいだけに素直に従うしかねえ。でも言い方がちょっとムカつく。
「これから道のりは長いぞー。景色を見るにしたって飽きはくるだろうし、会話だけを延々と続けていくのも大変だ。ってことでさ、ほら。トランプを持ってきた! 一緒にやらない?」
『おお、丁度いい暇潰しになるな。やろうやろう』
「馬車の中でやってて酔わない? 大丈夫なの? やるけど」
「あたしやるぅ!」
「私もやる」
「オレは読書中だ。遠慮しておく」
「あ、それじゃあ私も参加させてください。あまりルールは詳しくないですけど……」
こういう時、ヒューゴは率先して面白いことをしてくれるからなかなかできる奴だ。
今回の荷造りでも、必要なのか必要じゃないのか定かでない道具を沢山詰め込んできたらしい。しかもそれが重量で言えばソーニャの荷物より重そうだというのだから驚きだ。服より金物の方がずっと重いってことなのか。
トランプは私ももちろんわかっている。デムハムドでもおっさん連中から一通りの遊び方は習ったし、よく覚えてもいる。
売勘場でも安い値段で売られていたし、故郷じゃよくある娯楽のひとつだった。だいたい砂が間に挟まってジャリジャリになって、すぐに駄目になるんだけどさ。
もちろんヒューゴの用意したカードはそんなジャリジャリしたものではない。紙の品質もデムハムドに流れてたものよりずっと良さそうだ。裏側の印刷がズレてないし。
「はい、私6ね。他いる?」
「僕7で」
『ん? 7だと渡すんじゃなかったか?』
「なにそれ、私知らないけど」
「9で切るじぇ」
「何よそのルール」
「私10で捨てるね」
「ん? また僕の知らないルールが出てきたぞ?」
「あ、私クイーンを出すので3を指定しますね? ……大丈夫ですよね?」
『おっと? いや、マコ先生ならばきっと正しいな』
「待って待って! ごちゃごちゃさせすぎよ! 一度ルールを統一しましょう!?」
「んじゃアンダマンのルールが良い人ぉー。はぁーい。ライカンもはぁーい」
「待て待て、それは横暴ってやつだぞボウマ」
しかし出身地方もバラバラな私達だと、一つのゲームを取ってもその詳細な中身はバラバラだ。
ゲーム名は同じなのにどうしてこういう事が起こるんだろうな。
「じゃあもういっそ僕たちのルール全部乗せでやってみるっていうのはどうかな?」
「大荒れの予感しかないんだけど……」
「そもそも覚えられる気がしにぇ」
それでも、皆でルールを詰めながらやっていくゲームはそれなりに面白いもので、そこそこ熱中することはできたのだった。
が。
「飽きたじぇ」
こうなるわけだ。
まぁ仕方ない。ボウマは飽き性だからな。トランプにしたって難しいゲームはやりたくないだろうし、同じゲームばかりだとこうもなる。他の皆もちょっと飽きてるしね。私も飽きた。
それにガタガタ揺れる馬車の中だと、手札をじっと見るっていうのもちょっとつらい。ソーニャも言ってたけど、結構酔うなこれ。あまりゲームに熱中するのもどうかってところだ。
「仕方ない。それじゃ僕の買ってきた携帯マットをお披露目するしかないかー」
「ヒューゴ貴方それ他人に自慢したいだけでしょ」
「まぁまぁ。ソーニャも見てみなって。ハンモックよりは寝心地が良いからさ、多分」
「ふぅーん。良かったら使わせてもらおうかしら……ってそれ、息で膨らませるの? すごい大変そう……」
最初こそ行儀よく向かい合わせに座っていた私達も、数時間もすれば床の上にマットを広げたり、リュックからおやつを出して間食し始めたりなど完全に自由だ。
ボウマが揺れが強くて寝心地悪そうなハンモックを楽しみ始めたし、ライカンはマコ導師が始めた臨時理学講義をありがたそうに聞き入っている。
うーん。馬車は馬車だし、今走ってる場所も既に見知らぬ土地だけど……この空間は紛れもなく特異科そのものだな。すげぇ落ち着くわ。
「なぁクライン」
「なんだ」
隣に座ってるクラインも、いつもみたいに本を読んでるしな。
「クモノスってさ、どんな感じの街なんだよ」
「……どういう街、と言うと。どういうことだ」
「ざっくりとさ、イメージみたいなの? あるじゃんかよ。ミネオマルタだったらほら、雨と石と水色とか、そういうやつ」
私が具体的な例を挙げるとなんとなくわかったのか、クラインは本から目を離して少し考え込んだ。
「……波と、石と、網目模様の街。オレから見ると、だが」
「波と石……はまぁ多分わかるけど、網目模様ってなに」
「場所によっては石畳やタイルがそういったモチーフで彩られているし、街そのものの形もそうであるし、波力を利用する場所では金網も多い。クモノスの旧貴族の紋章にもほぼ全てにあしらわれている」
「へぇー……網目模様ねぇ」
私はなんとなく両手の指を交差させてみて、粗っぽい網目の形を作ってみた。
……まぁ多分こういう形じゃないのかもしれないけど。網目模様かぁ。
「なんかちょっと、クモノスの町並みを見るのが楽しみになってきたな」
「……今の説明でか?」
「悪いかよ」
「悪いわけではないが」
楽しみだ。けど、馬車の旅はまだまだ長い。
早く着かないかな。けど、馬車の中でこうやって、皆でだらだら時間を潰すのも嫌いなわけじゃない。
旅って良いもんだな。まだまだ腰も尻も痛くない今だからこそ、そう思えているのかもしれないけど。




