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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第二章 貫く鉄錐

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擦026 打倒する鉱夫

 ナタリーは灰色の地に跪いた。

 それは、かつて世に存在していた昇降機が生み出す重力の数倍はあるだろうか。

 ともかく、突如として襲いかかった下からの圧力に、彼女の膝は折れるしかなかったのだ。


「あっ!」


 完全に意表を突かれた形である。メイスを握っていた手の力が失われるのも、仕方のないことだ。

 幸運は、咄嗟にそれを取りに飛び出さなかったことである。


「!」


 気付けばそこは、空中の孤島。

 手放したメイスは絶壁の外へ転げてどこまでも落ちてゆき、少ししてから“カーン”と高い音を鳴らしているが、ナタリーにとっては杖の安否などは二の次の問題であった。

 魔術戦の経験に富んだナタリーも、さすがにこの状況には目を見開いての驚きを隠せなかったのだから。


「嘘だろっ……!?」


 傾斜らしい傾斜はほとんどない。

 ほぼ垂直に聳え立つ、巨大な石柱。

 それが、ナタリーの立つ場所だった。

 決闘相手のロッカは、石柱の根本で小さく這いつくばっている。


「はっ……はぁあああッ!?」


 見回せば、普段は見えにくい最上段の席に座る観客の呆然とした顔がよく見えた。

 ドームの天井が、普段は見えない模様が確認できるほどに近い。

 観覧席のどよめく声が、より一層大きく聞こえてくる。

 ついさっきと同じ空間であるはずなのに、ナタリーは一人、異世界へと送られた気分だった。


アブローム(鉄柱)!? こんな巨大な!? クソ、いや、それどころじゃねえ、降りねえと……!」


 言葉に出して、足を一歩踏み出して、そこで彼女の行動は止まってしまった。

 二十メートルの高さから地上を見下ろして、冷や汗が頬を流れ、顎から落ちる。


「……」


 闘技演習場では、戦闘中の身体強化が認められていない。

 その事に気付いたナタリーは、思い切ったもう一歩を踏み出せなかった。


 全身を魔力で強化して落下、ブーツを柱にこすらせながらも強引に着地。

 垂直に近いとはいえ、僅かな傾斜はある。全力の強化を用いれば、普段ならば出来なくはない芸当だった。

 しかし、今この場面においてその手段は採れない。


「クソッ! 降りるだけだってのによォ! ……だが、(テルス)で身体を浮かせる? (キュート)でクッションを……駄目だ! どれもアタシのポリシーに反する……!」


 ナタリーはこの状況下でも頑なに自分のポリシーを曲げようとはしなかった。 

 “パイク・ナタリー”を名乗った時、彼女は鉄属性以外の魔術を使わないと決めているのだ。

 会場中の何人がその自己戒律を知っているかといえば、そう多くはない。

 ナタリーが闘技演習場の猛者として名を馳せていることは周知ではあったが、彼女が使用する術を鉄属性に限定して闘っている事を知る者は少ないのだ。

 同じ三年の属性科学徒でも中には、彼女が複数属性を扱えると知らない者もいるだろう。


「……待てよ。オイオイ、なーに焦ってんだ、アタシは」


 高すぎるステージの上で親指の爪を噛んだまま、ナタリーはふと気付く。

 右往左往させていたブーツのつま先を、ロッカがいるらしい方向へと向け直す。


「ロッカは魔術投擲ができないんだったな。まさかそりゃあ、今もか?」


 ふと闘いを思い返してみれば、演習中にロッカが使ってみせた魔術はステイ(顕鉄)アブローム(鉄柱生成)のみである。

 複雑な動きをしていたように感じられるが、使った魔術は二種類だけ。しかも魔術投擲は一度も使っていない。

 ナタリーはニヤリとほくそ笑んだ。


「残念だったなロッカちゃんよォ。アタシを孤立させたまでは良かったが。だが、それだけだったな」


 石柱に乗せて動きを封じるまでは良い手だった。

 しかしロッカには肝心の、そこから動けない相手を狙い撃ちにする魔術がない。

 ナタリーの読みは当たっており、ならばこの状況は何かといえば、逆にナタリー“だけ”が上からロッカを狙い撃ちにできる構図なのである。


 杖を失っても、効率は悪化するものの魔術は扱える。

 それ故に、武器を失っても失格とならないのが魔術戦である。

 メイスを滑落させたナタリーは石の塔の縁に立ち、掌を真下へかざした。


「でかすぎる魔術が裏目に出たな。この太さになれば、蹴倒すこともできねーだろ。あとはこっからテメェを狙い撃つだけ……」


 柱の下のロッカを探す。

 高さは二十メートル。杖は無いものの、落下させて当てるだけなので、魔術投擲の必要性は薄い。

 ただ塊を生み出すだけのステイ(顕鉄)だけでも、充分に致命打となるだろう。

 鉄球を自由落下させる速度でも、数を落とせばいずれは当たるだろう。

 一発でも頭に落下させることができれば、勝利は疑いようもない。


 勝利を確信したナタリーが自分の真下の、歪な大岩の近くにロッカの姿を認めた。

 確かにロッカはそこにいた。


 だがロッカは何もしていないわけではなかった。


「……あ?」




 がつん、がつん。

 篭った破壊音が、等間隔で轟き響く。

 ナタリーの足元、ずっと真下の、石柱の根本で、がつん、がつんと。

 荒い息とともに、がつん、がつんと。


「らぁあぁああァッ!」

「う、うわぁああ!?」


 その姿を見て、ナタリーはこの闘いの中で一番焦ったことだろう。

 いや、もしかしたら、彼女がここ数ヶ月間で味わったことのない戦慄だったかもしれない。

 ナタリーだけでなく、その光景を見ている観客達にも恐ろしさは伝わったはずだ。


 蹴倒すことなどできるはずもない、直径三メートル程の巨大な石柱。

 ロッカはその根本に、採掘用ピックを何度も何度も突き立てて、決して遅くはない速度で“破砕”しているのだから。


 それは魔術でもなんでもない、魔力による身体強化もない、ただの自力による“掘削”である。

 岩にピックを突き立て、掘り進む。ひどく原始的な行為だ。

 だがそれだけに、もたらされる結果は想像に難くなく、鮮明なイメージとなって恐怖を形取るのだ。


「やめろぉおおォ!」


 石柱の最上部でナタリーが叫ぶ。

 叫びながら、左手に魔術が展開される。

 彼女の掌から生まれた鉄魔術は、使い慣れたスティ・レット(いでよ鉄槍)であったが、その出来は小さく、細く、歪み、不安定なものだった。

 杖の無い彼女の、極地に晒された精神と切迫した状況への強い焦りが、鉄魔術の成形を著しく阻害したのだ。


「何しやがるっ! ふざけんな! てめぇ、マジでっ……死ねよぉ!」


 小さな鉄針は勢い良く真下へと放たれるが、投擲杖術に真下への動きはない。

 まして、無手での魔術投擲などはほとんどありえないことであり、ナタリーにも沢山の経験はない。

 全く不慣れな動きで射出された鉄針は、ロッカの生み出した丸い巨岩にぶつかって、ひしゃげて消滅した。


「ぁ、ああああ……!」


 そうしている間にも、鋭く頑丈なデムピックが岩を砕き続けている。

 ロッカは石柱のすぐ隣にある巨岩の陰に身体を隠し、そのためほとんど伏せるような、小さな体勢だった。

 それでも握りしめたデムピックは淀みなく石柱を突き、みるみるうちに深い穴を作ってゆく。


 それは抽象的な光景であった。

 高い石柱の上に立つ魔道士が、遥か足元の鉱夫によって足場を奪われてゆく。

 いくらナタリーが罵り、上から魔術を落とそうとしても、大きな岩は攻撃を阻んでしまう。


「やめろ、クソヤロウが! 特異科のくせに、このアタシをっ、てめぇっ……!」


 これまでの精神の摩耗、覚束ない詠唱、杖無しによる不慣れな魔術発動。

 ナタリーの魔力はここへきて急速に磨り減り、気力は既に限界を迎えていた。


 乱発に次ぐ乱発。だが魔術をいくら放とうとも、一発もロッカに命中しない。

 焦点の合わない瞳が眼光だけを鋭く真下に向けて、岩陰に潜むロッカを睨む。

 そして憎悪に黒く染まった声で、雄叫びを上げるのだ。


「ロッカ……ロッカァアアッ!」

「うっさい」


 ロッカは、岩とその重量を知り尽くしている。

 ピック一本で短時間に作ったとは思えないほどの大きな穴の前で浅く立ち上がり、そこへデムピックを突き立て、先端を半分だけ埋めて固定した。


 砂に汚れたオイルジャケットと、濁った色の茶髪が翻る。


「落ちてくたばれ、ドマグレが」


 ふらつく足取りから放たれた低めのローキックは、デムピックの尻を軽く小突いただけだった。

 それだけで、ピックは数センチも深く、石柱の中へと埋まり込む。


 たったそれだけ。

 デムピックの最後の一穿だけで、石柱全体が根本から揺れ始めた。


「ぁあ、うわぁああ!?」


 弱い根本が大きな音を立てて、破裂するように一息で折れる。

 石柱が根本から大きく傾く。


「ぁああぁああッ!」


 ナタリーにはどうすることもできなかった。

 心地悪い浮遊感を味わいながら、その恐怖を抑えるように、獣のように叫びながら、ただ、落ちることしかできなかったのだ。




 ドゴン、と。

 会場全体が揺れるような巨大な音と、高く舞い上がる砂埃を最後に、あとは誰の悲鳴も、叫びもなかった。


「……」


 壇上に立つ魔道士は、傷だらけのロッカのみ。

 石柱の天辺から落下したであろうナタリーの姿は、もうここにはない。

 会場はやけに静かであった。


 薄い砂煙の中、ロッカはデムピックを右腕の袖でぐい、と強引に拭う。

 そして流れるような動作で、義腕の掌の穴へとピックを差し込み、最後の仕上げにガツンと、左拳で強く押し入れた。

 甲高く響く大きな金属音には、観覧席の者は一様に驚き、小さく身体を震わせた。


「すぅー……」


 肺二つ分の息を吸い込んだロッカが胸を張り、ジャケットのポケットに両手を入れ、叫んだ。


「……見たかテメエら! 私を舐めんじゃねえぞ!」


 それは、少女の声とは思えないほどの怒気やら覇気やらが込められた、鉄錐以上に鋭いものを差し向ける声であった。


「……勝者、“クランブル・ロッカ”!」


 観覧席の学徒は総立ちし、石柱の倒壊よりも大きな声援が会場全体をビリビリと響かせた。

 興奮と驚き、感動と雄叫びの狂乱の渦の中に呑み込まれ、その中心でロッカは薄く微笑んだ。




 その日、特異科の学徒が、属性科の学徒を闘技演習にて打ち倒した。

 上級保護による闘技演習において、それはミネオマルタ国立理学学園が創立して以来、初めての事である。

 その快挙を知ってか知らずか、学徒は興奮のあまりに大声で叫び散らし、導師達は開いた口が塞がらぬまま呆然と壇上を見つめるのみ。


「やるじゃないか、あの馬鹿め」


 クラインは薄く微笑み、額の汗を拭って席を立った。




 石塔の倒壊が及ぼした衝撃は計り知れない。


 あのナタリーが敗北した。鉄魔術の天才たるパイク・ナタリーを、無骨な岩が打倒した。

 それは属性科に限らず、全ての学徒達の予想を裏切るもの。

 開始何秒で決着するだとか、最初は脚に刺さるだとか、予想は全てロッカ=ウィルコークスが敗北する前提の賭け事が行われていたが、宛のことごとくが外れてしまったのだ。


 特異科ロッカ=ウィルコークスの勝利。

 ありえない結末だった。

 しかしそれに納得せざるを得ない戦禍が、眼下に広がっている。


「な、なんだこれ……」


 “雷鎖のジキル”は身を乗り出して慄いた。

 普段は物静かな隣のデリヌスも同様に驚いている。

 属性科のほとんどにとっては刺激的過ぎるエンターテイメントでも、鉄属性専攻にとって、これは大事件である。

 三年Aクラス鉄属性専攻で最も優秀なナタリーが、特異科の新入生によって簡単に負けてしまったのだから。

 ナタリー以下の彼らにとっては、形無しどころの騒ぎではない。


「な、ナタリーさんが負けた!? あんな芋っぽい女に!」

「嘘だっ」


 ナタリーの取り巻きでもある鉄専攻の女子グループにしてみれば、もっと他人事ではない。

 彼女たちが今まで属性科の中で幅をきかせてこれたのは、ナタリーという圧倒的な力があったからこそなのだ。

 ただでさえ最近では火属性専攻と水属性専攻に押され気味であったのに、今回の特異科学徒への敗北である。

 今日の闘技演習では総合的にかなりの勝率を収めたものの、総大将たるナタリーの敗北による地位の失墜は免れないだろう。

 つまり簡単にいえば、ボスが負けたので偉い顔がしにくい。そういうことである。


「おいジキル! あんたちょっとナタリーさんのかわりにロッカ暗殺してこいよ!」

「は!? なんで俺が!」

「うるせー雑魚ジキル! てめーが見てるからナタリーさんが負けたんだろうが!」

「はあああ!?」


 鉄専攻にとっては大事件なれど、辺りとはまた違った賑わいを見せていた。

 惨忍で好戦的ながらも、それをひた隠しにするほど陰気ではないというのが、彼らの長所であるのだ。




「……」


 “冷徹”の二つ名を持つ彼女は、最後の巨大な岩魔術を見たきり、閉口したままであった。


「すごい……すごいぞミスイ。あのロッカというやつ、ナタリーに勝ったぞ!」


 隣のイズヴェルは周囲と同じように興奮しているが、そちらには返事も返さない。

 一文字に結んだ口の奥に歯ぎしりを隠して、壇上から運ばれてゆくロッカを見つめていた。


「ミスイ? どうかしたのか、ミスイ」

「いえ、なんでもありませんよ。イズヴェル」


 イズヴェルは彼女が膝の上に置いた埋鉛帽(ウモレエンボウ)の杖を握る手に力が込められている事に気付いていたが、あえてそこには触れなかった。


「そうか」

「はい」


 イズヴェルはまだまだ幼い少年だったが、人の心に深入りすることはなかった。




「……ロッカ?」


 ロッカが転送される時を治療室前で待っていたソーニャは、慌ただしく近付いてくる足音に気付いた。



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