擦025 冴える本能
巨岩の出現は見る者全てを騒然とさせた。
勢いで啖呵を切って何やらを叫んでしまったが、この現実に今一番驚いているのは、他ならぬ私自身に違いない。
「なんだこれ」
向かい側のナタリーにも聞こえないほどの小声で、他人ごとのように呟いてしまった。
それほどの現象に直面したのである。
義腕に収納していたピックを無意識のうちに取り出して、それを杖にして術を唱えたという、自分自身の奇行ともいえる暴挙にも驚きではあるが、何よりこの結果だった。
私が唱えた“ステイ”は、鉄属性術の初等術。
小さな鉄を生み出すだけの、私であれば頭程度のサイズの岩を作り出すだけの魔術なのだ。
しかし顕れたのは、どう見ても巨大な岩。
向かい側のナタリーをすっぽり隠して見えなくするほどの岩が生まれてしまったのだ。
「っ……」
何が起こっているのか、何がどうしてこうなったのかを思案していたら、また意識が遠のいてしまった。
どうやらもう、私に細かいことを考える余力はないらしい。
血を流しすぎたようだ。
状況は意味不明だ。けど、このまま闘う。
クラインも言っていた。どうせ私は考えたってろくなことはできない。
天才からのお墨付きだ。彼の言う通りに、私は本能に近い動きで戦ってやろう。細かいことはもう、全部抜きだ。
「クソがぁ……! 詠唱は聞こえたぞ、“ステイ”? ふざけんな、そんなスケールの初等術があってたまるか……!」
「!」
怒り混じりの震え声は、ねじった身体が圧した肺によって出たものだ。
それは無茶な体勢をとっているということ。つまり、奴はメイスを振っている。
そして床の上に散った私の岩魔術の残滓は、ナタリーの踏み込む足とその位置を教えてくれた。
「そこか」
「!?」
相手の動きに合わせて大きな岩を右に回り込む。難しいことではない。
私の想像通り、ナタリーはそこでメイスを構えていた。咄嗟に近づき、そのメイスで直接私を叩こうとでもしたか。
しかしナタリーは、私が岩と向かい合っているとでも思っていたのだろう。迎え撃たれたこの時、ヤツの顔は驚愕に染まっていた。
そして私は、その隙を叩く。
「らァ!」
直接の肉弾戦であれば、私は負けるつもりはない。
相手がリーチの長い物騒なメイスを持っていようが、私の身体が瀕死に近かろうが、長い経験というものがある。
力任せに効率よく物を振るうのは私の十八番だ。
こればかりは他人に譲ってやるつもりはない。
大きく真横に薙ぎ払ったデムピックの先端が、ナタリーのメイスを掠った。
「ってぇ!?」
掠る。たったそれだけでも、衝撃を吸収しきれない全鉄製のメイスには、柄まで強い痺れが走った。
しっかりと握っていたナタリーの手には、鉄と鉄とのぶつかり合いによる、そのままの痛みが伝わったことだろう。
そして、私の小さな一撃はメイスに備えられた鉄飾りの一つをへし折った。
「くゥ……つくづく、魔道士じゃねーな、テメェ!」
「言ってろ」
メイスの針が床に落ちる前に、ナタリーは再び素早く岩陰へと逃げ隠れた。
私を相手に接近戦は不利と悟ったか。
それとも、このデムピックの力に気付いたか。
デム鉄鉱石。
それはデムハムドの鉱山でのみ産出される、稀少にして強大な力を持つ魔金だ。
ひとつまみを剣に鋳溶かせばそれは国を守る宝剣となり、一握りを鎧に鋳溶かせばそれは凶刃を通さぬ王の衣となる。
譲らぬ硬さと、決して欠けぬ粘りを併せ持った最上級の魔金。それこそが、デム鉄鉱石なのだ。
このピックは、ナタリーが握っていたような何の変哲もない鉄のメイスごときでは太刀打ちのしようもない物質で作られている。
たとえデムピックを床に横倒しに置いて、ナタリーがそれをメイスで何度も何度も殴り続けてメイスを百本ほどを使い潰したとしても、ピックは決して傷つくことはないだろう。
「“スティ・レット”!」
「!」
鉄針が真向かいの壁面を突いた。
本数は三本。私が逆側にいるとわかっていての、岩に向けての発動だった。
一瞬、ナタリーが血迷ったのかと思ったが、
「“スティグマ・スティ・レット”ォ!」
どうやらそうではないらしい。
ナタリーは数歩分の距離を取り、打ち出した鉄針を再利用する魔術を唱えたようだ。
詠唱による発動と共に、岩に突き刺さった三本の鉄針がより深く、巨岩の内部へ急進する音が聞こえてきた。
なるほど。ナタリーのスティグマ・スティ・レットは、一度刺したものに対して、より深く、更に突き刺すこともできるらしい。
しかし、岩の音を聞くに……駄目だ。
「くっ……突き崩せねぇ……! 芯がありゃあ消すのも楽だってのに……!」
ナタリーの、ただ鋭い鉄錐を撃ち出すだけの魔術では、この岩は壊せない。
私にはわかる。
このサイズの岩をただ直進するだけの針で崩そうなど、うちのヤマの鉱夫に言えば大笑いされるほどにありえない事だ。
不可能なのだ。ナタリーの魔術で、この岩を壊すなど。
この岩石の出現をもってして、ナタリーの遠距離攻撃は封じられたと言っても良いだろう。
「来なよナタリー。そのメイスにひっついてるトゲは、飾りじゃないんだろう?」
「ぁああん!?」
岩陰から声をかける。
姿が見えずとも、ナタリーの怒りが頂点に達していることは声だけで容易に想像できた。
「見せてみろよ。そのバトルメイスが飾りじゃないって言うのならさ。それとも――
やっぱり、体の貧相な魔道士さんってのは、近付かれると無力なのかしら?」
久々に使う女口調だった。
血が抜けているからだけでなく、我ながら寒気のする言葉だ。
が、この場面では効果的だったらしい。
「ぶッ、コロス!」
ナタリーは私の安い挑発にまんまと乗せられた。
知性も理性もない激情任せの咆哮を上げて、素早く接近する足音が聞こえてきた。
「ぶっ殺してやる! グチャグチャに、肉塊にしてッ!」
私も馬鹿だけど、ナタリーも馬鹿だったようだ。
近づけば私の勝ちは確定するというのに。
「“スティ・ラギロ・アブローム”」
走り寄るナタリーがどんな構えを取っていようとも、関係ない。
メイスで殴る。私との接近戦。
それだけに集中してしまった事が、ナタリー、あんたの最大の失態だ。
「……!?」
歪な岩の下に隠れ潜んだ私は、ナタリーの足元にピックの先を突き立てていた。
全ては狙い通り。
魔術は発動する。
「馬鹿な――」
床が輝く。
私の頭の中の理学式に、残り少ない魔力がどっと押し寄せ、流れこむ。
ナタリーの足元は、仄かな妖しい輝きに包まれた。
「う、うわぁっ!? なに……!」
悲鳴を上げた頃には、もう何もかもが手遅れである。
光る地面からせり上がる歪で巨大な石柱によって、ナタリーは演習場の天井近くにまで押し上げられた。
その高さ、およそ二十メートル。
その直径、およそ三メートル。
ピックの先から生み出された、とてつもなく巨大な石柱に乗せられ、ナタリーは文字通り、孤立したのだった。




