巾008 褒め殺す戦法
後夜祭は食べたり飲んだり、見知った人と話しているうちに終わった。
終わったというか、近くに来たクラインが“そろそろ行くぞ”と声をかけてきたから私達だけ先に帰るって終わり方なんだけどね。
帰り際にクラインがまたクリームさんと揉めそうになってたけど、私はまぁいつものことだなって思いながら眺めていた。酒が入ると喧嘩を見ても穏やかでいられる。デムハムドでの酒の入った男たちによる乱闘騒ぎの日々が懐かしい。わざわざミネオマルタで見たくはないけども。
「寒いな」
外に出ると、クラインは息を吐き出して夜空を見上げた。
着ている服がいつもと違うせいだろうか。私は普段よりも薄着っぽいけど沢山食べたし飲んだから平気だわ。
「……君は寒くなさそうだな」
「全然平気。まぁでもすぐ冷えるだろうし、さっさと帰るよ。このドレスじゃ二軒目も行けないしな」
「当然だろう。寄り道せず着替えて直帰しろ」
「父さんみたいなこと言うなよ」
「オレは君の父親ではない」
まぁ似ても似つかないけどな。
でも口酸っぱく言うところは似てる気がするんだよな、クライン。
父さんか。父さんどうしてるかなぁ。
タンザナイト聖銀勲章だっけ。……うん。見せても怒りはしないだろうけど……褒めてくれるかなこれ。危ないことしたから怒るのかなぁ……怒った後に褒めてくれんのかな。
「あ」
そうしてドレスの狭いポケット(スカートに狭いのがついてた)に勲章を仕舞い込んでいると、滑らかな布の感触に手が触れた。
思い出した。いやあぶねえ、忘れる所だった。
「クライン、ちょっと遅くなったけどこれ返すよ。はい」
「……? ああ……」
私が差し出したのは聖櫃内でクラインから貸してもらっていた高級なハンカチだ。
ユノボイドの刺繍入り。文字がキラキラしてるから間違いなく安いものではない。
「どうにか血の色も落としたよ。ちょっと大変だったけど」
「……それは君が使え。一枚くらいどうということもない」
「え、いいの? 結構高級なやつでしょ」
改めて表面を撫でてみてもすぐにわかる。
ツルツル、どこかひんやりしていて触り心地がいい。買ったら高いやつだ。
「今日最後の指南だな。淑女たるもの、常に清潔かつ上質なハンカチを用意しておくべきだ。君はどうせ今までそういったものを持ち歩いていないんだろう」
「そんなこと……ねえよ。ジャケットの中にはウエスとか入ってるし」
「なんだそれは」
「油染み込ませて金属を拭いたりするやつ」
「君はそれで顔や傷口を拭くのか。ハンカチを使え」
「……おう」
別にウエスだって常に油汚れがついてるわけじゃないし……って言い訳しても聞いてくれる感じじゃないな。実際ちょっと油汚れがついてても口拭いたりするし。
まともなのは持ってないのは事実だ。ここは素直に受け取っておこう。
「けどいいの? ユノボイドって名前入ってるじゃん」
「オレは気にしない。君はそんなことが気になるのか」
「いや別に、そこまでだけど。まぁクラインが良いっていうなら使わせてもらうよ。ありがとな」
私がハンカチをひらひらと回して礼を言うと、クラインは不可解そうに眉を歪めた。
「……君は、送迎する必要はないんだな」
「ああ、マルガロアドレスの馬車が待ってるから、それで帰る感じだよ。店についたら外して、いつもの服に着替えて……いや、着替えるの面倒くさいよな、こういうの」
「わからないでもないが……だが、服飾を疎かにするなよ。オレもこういった場でしか意識することはないが、礼節の基本だ」
「はいはい、わかってるって。勉強はもうおしまいだろ? 勘弁してよ」
「……勘弁してやる」
「へへへ」
そんなやり取りを最後に、私はマルガロアドレスの馬車へと向かった。
クラインの方向とは違う。ここでお別れだ。
「じゃあまた明日、学園でなー」
手を振ったら“腕、降ろせ”というジェスチャーが返ってきた。
……はいよ、控えめにお行儀よく手を振ればいいんだろ。これでいいか。“うん、よろしい”じゃねえよ。頷くだけかよ。こっちが手を振ったんだからそっちも返したらどうなんだ。
「全く、ネチネチしたやつだ」
ほとんど止みかけている小雨の中、マルガロアドレスの馬車へと戻る。
中には既にミーティアさんがいて、やってきた私の足音に反応してか、窓からこちらを覗き込んできた。
「おお、義腕のお客様。随分と早いお帰りでしたね。ステッチの途中で来られるとは」
「もう帰りたいんですけど、大丈夫ですか」
「もちろんですとも。この手作業も店でやったほうが楽ですからね」
どうやら馬車の中で仕事に勤しんでいたらしい。真面目というか、大変な仕事だ。
「ところで、義腕のお客様。会場では殿方とダンスはされましたか?」
「ダンスはなかったです」
「あ、そうですか。それは残念ですが良かったです。ダンスに向いたドレスではないですからねえ」
「そうなんすか」
こうして私の後夜祭は終わった。
前もって勲章をもらうだけとは聞いていたけど、実際にその通りだったので一安心である。
けど逆に考えるとただアクセサリーをひとつもらうだけでここまで準備をしなきゃいけないっていうのも、少し面倒だな。
「ところでお客さま、そちらのドレスはお買い上げになられますか? 今ならお安くしておきますよぉ」
「えー……どうしようかな……うーん……」
「おすすめですよぉ」
「うううううーん……」
「とてもよくお似合いですよぉ」
「そ、そうかなぁ……へへ……」
美味しい肉とワインで程よく茹だった頭。
そんな私が気分良く乗せられ、着替えさせられ、全く慣れてない値段交渉をさせられて……。
長い夜が終わり、次の日になった。
吐いたり、記憶を失うほど飲んだわけでもない。
だから昨日は何があったのかはよく覚えている。思い出そうと思えば鮮明に振り返ることもできる。
それだけに辛い。
「買っちゃったけどこれ、どうしよ……」
寮の自室。
朝起きて、目がさめて。そして起き上がってみたら、テーブルの横には見覚えが……結構あるレザードレスのセットがどっしりと鎮座していたのだった。
「……」
テーブルの上には明細書。
ドレスワンセット、レザー手入れ用のオイルが二缶サービスで七万YENなり。
「……いや、案外……安い……かも、しれないし……うん……」
懐の温かい今だからこそ言える強がりをひねり出して、私は努めてそう思い込むことにした。
……よし。もし次に同じような機会があったなら、ずっとこのドレスだけを着ていくか。
これは無駄な買い物じゃない。私が欲しくて買った、必要な買い物だったんだよ。
そういうことにしよう……。




