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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第八章 動かざる石碑

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糲050 伝導する熱狂


「いかにも、我が名はスキラー・ブライオン。古より受け継がれてきた魔の教えを説き、また極めんとする者である」


 全ての元凶スキラー・ブライオンは、またしても物音ひとつ立てずに背後に現れていた。

 今回は特に誰も呼び出そうなどとしていないにも関わらずである。


「弛まぬ日々の歩みと研鑽こそが、優れた技と力を育み開花させる。若者らよ、手を伸ばせ。知識は常にそこにある」


 枯れた噴水の上に立ち手を広げるスキラー・ブライオン。その異様な風貌も相まって、威圧感は凄まじい。

 屈強な上半身。緻密な刺繍に彩られた無数の帯と布によって隠された下半身。顔を覆い隠す聖布に、神官帽。


 そして……奴の右手には、無数の宝飾品をあしらった巨大な杖が握られていた。


 ……あの杖が、ブライオンの本体である可能性がある。

 この“聖櫃”に突入する前、私はアックス将軍からそんな助言を受けていた。


 ゴーストの身体に攻撃しても効果は薄い。ブライオンに限った話では、光や闇ですら効くかどうかは定かでないとまで言われている。

 それでもゴーストの魂の宿る本体たる物が破壊されれば……あいつを倒せるかもしれない。


 という話は、既にここにいる皆に話してある。

 敵の弱点だ。情報の共有は最初にさっさと済ませている。当然、ここにいる皆も同じ事を考えているのだろう。

 顔を見回してみれば、皆それぞれ強張ってはいるものの、何人かはしっかりとスキラー・ブライオンの杖に意識を向けているようだった。

 同時に全力で攻撃すれば……いけるか? いや、でもまだだ。まだ救助もできていないし上手くいくかどうかもわからない。


 そもそもこいつはどうして今、ここにやってきたんだ?

 いつもは誰かの呼び声に答えてやってくるのに。


「……私達に、何か用かよ?」


 私はアンドルギンを肩に預け、左手をポケットに手を突っ込み、睨みつけるように訊いてやった。

 けどきっとこれは無意味だ。奴はこういう動作とか威嚇とか、そんなものに心を動かすような生き物ではない。正直なところ私はこいつが人間と同じ感情を持っているとも思っていない。


「魔術を究めんとする輩よ。お前たちのここでの修練、実に見事であった」


 ……褒められた。のか?


 ……私達はこいつが拉致した魔道士を必死に回収してるのに、それを知ってる上で褒めてるのか?

 意味がわかんねえ……。


「書を捨て野に出るは愚かなり。しかし、野に出て力を験すことは魔術において欠かすことのできぬ基礎である。ここに集いし魔道の申し子よ、我らはお前たちを認めよう」


 スキラー・ブライオンが左手の分厚い書物(グリモア)を差し出し、私達はその動作を警戒して一歩退いた。


「受け入れるならば手を取るが良い。我が魔術の神秘を受け継ぎ、“聖櫃”の守り人になることも叶うだろう」

「……受け入れるとはどういうことだ」


 “いやだね”と誰もが思っている中で、クラインは感情を押し殺したような声色で訊ねた。


「我が教えを受け入れるということだ。正式に契約を交わすことで、お前の魂をグリモアに記録することができる」

「オレ達に何のメリットがある」

「お前たちは“聖櫃”にて学び、力を手に入れるだろう。学び続け、旅を始め、やがて聖堂へとたどり着く。そして守り人として聖櫃に仕えるのだ」

「その守り人とやらの過程が、この空間のいたる場所に存在した魔道士ということか?」

「いかにも」


 ほれみろ話にならねえ。

 こいつを受け入れるってことは、ここから出れなくなるってことだ。


「他にも質問はあるが、お前は答えるのか。スキラー・ブライオン」

「聞こう。お前は何に迷っている?」


 スキラー・ブライオンはほぼ全ての質問に丁寧に回答する。

 情報を出し渋るということを一切しない怪人だ。それに、クラインが質問を投げかける。……ちょっと頼もしいな。


「ならば遠慮はしない。守り人とはなんだ?」

「聖堂を守り、聖堂の智慧として仕える者たちがそう呼ばれている」

「聖堂とはなんだ?」

「“横たわる永遠の聖櫃”の中枢であり、我らの全てである」

「聖堂はどこにある?」

「最下層に存在する」

「……」


 クラインの静かな瞳が一瞬、私を見た。

 何、この流れで私に喋れってのか。やめろよ。お前の質問中だぞ。私がついていけるわけがない。まずはアンタが全部終わらせてからにしてくれ。


「聖堂には何がある?」

「不滅の栄光と不変の永遠。お前たちと我々にとっての全てが、そこにはある」

「……具体的には?」

「人はいるのか。実体として、そこに囚われ……いや、生きている人間が」

「生者は内部に存在しない。あるのは魔道に寄り添う清廉なる我々の魂だ」

「生きている人間は、居ないんだな」

「いかにも」

「そうか」


 最下層に神殿がある。神殿の中には、生きてる人間はいない。

 ……でも、魂がある?

 ってことは、人が死んでるのか。


 ……ああ、そういうこと。

 囚われた人間が死に、魂だけになって、聖堂に囚われるってことなのか。


「他に聞くことは。白翡翠を紐解きし若者よ」

「……何故、それを知っている」


 クラインの声が強張った。

 そしてここにいる何人かが、顔色を変えた。


「驚くことはない。魔力の揺らぎを視れば容易く解ること。我はスキラー・ブライオン。怯える必要などない。私にはただ解る、それだけでしかないのだから」

「……オレたちが学徒であることも、学徒だけを選別してこの空間に送り込んだのも、お前のその力によるものだということか」

「いかにも。我が目にかかればお前たちの天性を見出すことは容易い。我が手を取れば、お前たちは力を得るだろう」


 守り人を志す者よ。

 そう言って、スキラー・ブライオンが杖の石突きを鳴らす。


「聖堂に至りたくば我が教えを受けよ。我が教えは、跋扈する数多の獣を狩り、穢されし南極を踏破し、百の機神と百の森羅を討ち滅ぼすための至高の叡智である」


 仰々しく手を振り、杖を掲げ、宣う。

 だが、誰も声は上げない。手も上げない。


 私達はここまで必死にやってきたんだ。

 今更こいつの甘言とも言えない意味不明な文句に誘われるような奴は残っちゃいないし、最初から来てもいねえ。


「……最後に一つ、聞かせてもらおうか。スキラー・ブライオン」

「聞こう」


 クラインが俯き、表情を隠す。


「オレの天性を見抜けると言ったな。ならば、俺の天性とやらを言い当ててみろ」

「容易いことだ」


 スキラー・ブライオンがグリモアでクラインを指し示した。


「若者よ、お前の魔術の天性は水であろう」


 ……。


「なるほどな」


 メガネを外し、彼はそのレンズに静かに手を掛けた。

 そのまま薄いレンズを親指で押し砕き……新たなレンズを“水魔術”によって生成し、嵌め込む。


「使える術があるならば引き出してやろうかとも血迷いかけたが……無意味だな。オレにとって、こいつの教えとやらを受ける価値は無い」


 そしてメガネを掛け直したクラインの表情は……怒りに満ちていた。


「ああ、当然だぜ。さっきから聞いてりゃ好き勝手に無茶苦茶言いやがって……!」

「よくもまぁあのクラインをこの短時間で怒らせられるものだね。その点に限って言えばご教授願いたいものだよ」

『命に勝るものなど有り得て良いはずもない。やはり許しがたい男です』

「メイボルドさんも怒ってる……」

「あたし機嫌悪いんだけど。なぁー、このまま殺しちゃってもいいの?」

「待ちたまえ。気持ちはわかるが蛮勇は良くない」


 空気がピリピリし始める。今までは敵を前にじっとしていたが、クラインの怒気が膨らむと共に私達が抱え込んでいたそれらにも火がついたかのようだった。

 皆が皆自分の杖を握り、目つきを鋭くさせている。当然、私も。


「拒むか。ここまで来て尚も魔道を拒むのか」


 スキラー・ブライオンは常に無理強いはしない。勧誘はするが強要はしない。そんな奴だった。


「お前たちは己の技量を過信している。過信は目を曇らせ、真理と結果を遠ざけるものだ。なれば今、ここでその目と脳と魂を覆い隠すヴェールを剥がし、露呈させねばなるまい」


 だが今のこいつは、違う。

 これまでの穏当な、見た目ばかりだった威圧感が瞬間ごとに鋭さを増してゆく。


「我が名はスキラー・ブライオン。若者たちよ、知るが良い。汝らの足元に広がる淵の超大なる幅を! 対岸に在る我が力量を!」


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