砥015 信じ抜く可能性
スキラー・ブライオンはゴーストだ。
そしてゴーストは本体を持っているのだという。
本体というのは、要は魂の入った入れ物だ。大抵の場合は魔石や魔金などを含む物品が候補として挙がるらしい。
「肉体に見える部分は全て魔力で作った生成物のようなもの。それを剣で斬っても槍で刺しても効きはしません。もちろん、魔術で傷つけても同じです」
ジェーン将軍はテーブルに置いた手から雷気を発し、バチバチと音を立てた。
……無詠唱による雷魔術だ。見た感じ、威力も高そう。触ったら気絶するかもしれない。
「雷魔術が当たれば人も機人も硬直しますが、ゴーストの身体には通用しない。そうですね? グリンダさん」
「うむ。もちろん無傷とはいかないがね。対消滅は起こるだろうさ。ただ、痛みは感じないそうだよ。火傷で怯むこともないだろうねぇ……闘ってみると、厄介だと思うよ」
焼けも痺れもしないと。……厄介というか、そこまでいくと恐ろしいな。人間とは思えない。
「普通のゴーストなら、魔力は有限だ。肉体を削るやり方でもまぁ、力押しできなくはない。ただ、今回のスキラー・ブライオンに限ってはちと事情が変わってくる。というのも、相手には“横たわる永遠の聖櫃”とかいう魔術があるからね。そいつはきっと、奴の膨大な魔力の供給源でもあるはずだ。削り切るにどれだけ時間がかかるのかはわかったもんじゃない。やってる間に転移で逃げられて終わりだろうよ」
グリンダさんが長い煙管を咥え、不機嫌そうな細い目つきで辺りを見回した。
「……ったく、この部屋じゃ禁煙だったね。これだから由緒正しい建造物ってのは嫌なんだ……ああ、どこまで話したかね。……そうだ、本体の話か。ああその前に。膨大な魔力があるって理由で、光や闇の魔術も効くかどうかはわかんないよ。魂まで届くかもわからんし、相手の耐久力が桁違いだからね。効いたとしても多分、限界はある」
嘘、闇魔術が効かないとかあるのかよ。当たったら絶対に死ぬと思ってたのに。
「で、相手を倒すには本体。そいつを壊すか、抑えるのが一番だ。壊すのは極々簡単。そいつが宝石だか人形だか知らないが、原型がなくなるまでぶっ壊してやればいい。そうすりゃ魂が剥がれて、死ぬね。仮に死ななくても不安定な依代を使わざるを得なくなるだろう。メリットはもちろん、方法が楽なことだね。デメリットは壊してもくたばらない手合いだった場合が面倒ってとこか」
それはわかりやすい。壊すのは私の大の得意だ。
「……抑えるっていうのは?」
「特別な器具で本体を覆い尽くす。本体から外に干渉できなくしてやれば、ゴーストも成す術はないからね。古代の魔具を保管する窯跡箱なんかに放り込んでやれば転移もできないだろう。メリットは相手が抵抗しようがどれだけ魔力があろうが、ぶちこんだ時点で絶対に無力化できるってこと。デメリットは単純に相手がそう大人しくしてくれないってことだ。まぁ当然だわな」
「“本体をここに入れてください”と伝えて素直に従ってくれれば楽なんですけどね。まあ無理ですよね」
難しいな。というか、本体ってのがどんな見た目してるのかわからないから何もイメージできない。
入れ物らしい窯跡箱? とかいうのもどんな物なのかもわからないし。わからないことしかねえ……。
「が、無理かどうかはわからない。というのが、リゲル導師の意見だ」
「え?」
ゲルーム導師の言葉に首を傾げる。ちょっと何を言ってるのかわからない。
「いやね。先程も色々とここで話し合ったのだがね。その中で私は、ひょっとすると可能性があるんじゃないかと思ったわけだよ」
「ワシからすれば半信半疑だがな」
「リゲルさんとは長い付き合いになるけど、私もね。本当にできるの?」
「危険なのでやめていただきたいです」
ゲルーム導師とジェーン将軍は半信半疑。クリームさんは言葉短くはっきりと拒否。
「私は……ないことはないが、ほぼ無理だろう。と思っている。デメリットを思えば、やってみる価値はあるだろうが……」
「オレはやる価値があると考えている。もちろん、参考のために同席させてもらいたい」
グリンダさんは消極的ながら賛成。クラインは隣のクリームさんを睨みながら積極的な賛成。……こいつの場合はただクリームさんへの当てつけってだけじゃないのか?
「えっと。そもそも何をやろうとしてるんですか」
何かしようとしている。その雰囲気はわかる。でも結局、それって一体なんなの。
「うん? だからさっき言ったじゃないのさ。本体をここに入れてくださいって頼み込むんだよ」
「ええ……そんなの上手くいくんですか」
すごい作戦かと思ったのになんだそりゃ。肩透かしというか……でも本気なのか? ……どうも冗談ではなさそうだけど……。
でも相手はスキラー・ブライオン。斬っても刺しても効かなくて、魔術も通用しない。光と闇もひょっとすると効果が薄いとまで言われている奴だ。そいつに頼むなんて危ない真似、誰がやろうってんだ……。
「ちなみにやるのはあんただよ。ロッカ=ウィルコークス」
「ふざけんな!」
ついつい本音が大声で出てしまった。私に死ねってか。
「いやふざけてはいない。ゴーストの性質を鑑みれば、相手が無意識に従ってくれる可能性も……まぁ、ないことはないのさ」
「ちょっと封印されてくれますか。そんな命令に従ってくれるような優しい相手だったら、もう既にみんな解放されてるだろ……」
「それもある。“横たわる永遠の聖櫃”の内部に取り残された魔道士達の救出。可能ならこれもやらなくちゃいけないわけさ。それにはどうしても、スキラー・ブライオンとの交渉が必要になるだろう」
「……交渉」
布で顔を覆った、筋骨隆々の大男。あの屈強な巨体と、それとはかけ離れた無機質な声色を思い出す。
……交渉ね。まだザイキ相手に世間話する方が可能性がありそうに思えるんだけど。
「はっきり断言しておきましょうか。ロッカ=ウィルコークスさん」
「え、あ、はい」
ジェーン将軍の青い瞳が、真っ直ぐこちらに向けられた。思わず背筋が伸びる。
「“聖櫃”に取り残された魔道士の救出は、困難である。それが私達の共通の見解です」
「……困難って」
「あえて人質という言い方をしますが……人質は皆、精神的にも肉体的にもスキラー・ブライオンの支配下にあるんです。全てが彼の手の中に、いいえ、腹の中にあると言っても過言ではありません。救出は絶望的と言っても良いでしょう。それこそ、スキラー・ブライオン本人と交渉でもしない限りには……ね」
「……」
「だから、“聖櫃”の中で何人もの魔道士を助け出したロッカさん。貴女は……とても素晴らしい行いをしたのです。これは誇るべきことです。まだ面会するには不安があるのでできませんが……救出された子たちの中には、貴女へ感謝を述べている子も多いですよ」
……感謝。誇るべきこと。
嬉しいよ。嬉しいけどさ……。
「……見捨てるんですか。今、“聖櫃”にいる魔道士たちは」
『……そうは言っていません。少なくとも我々は、最善を尽くす所存です』
言葉を挟んだのは、部屋の隅にいる機人警官の一人だった。
『最善は尽くします。ですが……最大の目標は、これ以上被害を拡大しないこと。スキラー・ブライオンの無力化となります。それに、大罪者に匹敵する相手と交渉をするなど……』
「あーあー、つまりだロッカ=ウィルコークス。こちらの警官殿はだね、まあ奇跡でも起こらない限りは見捨てると言ってるのさ」
「……そんな」
『グリンダ殿、我々は……』
「今更こんな所で言葉を濁してもしょうがないだろ。実際、救出は困難なんだ。あんたらの立ち振る舞いは真っ当だ。正しいよ。別に恥じることじゃない」
グリンダさんが腰を擦りながら、赤い目を向けてくる。
「資料にまとめられてるあんたの証言を見たよ。で、それを見るに……ロッカ=ウィルコークス。お前さんはまだ、スキラー・ブライオンとの縁が切れていない。あんたがさっき隣の部屋でボウズがやっていたように、奴に呼びかければ……スキラー・ブライオンの分身はたちまち召喚されることだろうさ。……あんたは“契約”に近いことをしている身だ。ゴーストと交渉の余地はあるだろう」
「……捕まえた魔道士たちを解放してくれ。ついでに本体も封印されてくれ。そう言えってこと?」
「いいかい、ゴーストってのは普通の人間とは違う。純度が高く、長年魔場にさらされ続けた魂ってのは、劣化するか……あるいは極端になるもんだ。そして病的なまでに何かに執着する。私もゴーストになっちまった奴を知ってるから断言できるが、ゴーストってのは普通の人間とは大きく異なるんだ。交渉で何があってもおかしくはない。こっちの要求が全部通ることだってありえるし、逆に全部門前払いってことも起こり得る。ありえないとは思うだろ? 私も思う。だがね、やってみる価値はあるんだよ」
そう言うと、グリンダさんは車椅子に深く背を預け、目を瞑った。
「お前さんは、嫌いかね? 奇跡って言葉」
……奇跡ね。
「わりと、好き」
「おお、そいつは良い。気が合うねぇ。箒に乗れりゃ魔女会に招待してやりたいところだ」
グリンダさんがけらけら笑うその反面、周囲はどうしたものかと唸ったり、考え込む者がいたりと様々だ。
けど、まだ閉じ込められている魔道士たちをどうにか助け出せるのなら。……やってみる価値はあるはずだ。
「ロッカ」
「ん」
クラインが声をかけてきた。隣のクリームさんの目がなんかちょっと怖い。
「オレはスキラー・ブライオンを呼び出し、交渉することにデメリットはほとんどないと考えている。だがそれは、グリンダ=マッキンリィ氏の実績や経験を信頼しているからに過ぎない。実際のところはどのようなリスクがあるのかは、未知数だ」
「……うん」
「現れたスキラー・ブライオンが君を再び封じ込めることもあり得る。攻撃する可能性もなくはない。そもそも古代の魔道士だ。予測のつかない行動を取るかもしれない。……君は断っても良い立場だ。どうする」
どうする。そう言われてもな。
……さっきはパブで、さんざん悩んでいたんだ。自分にはどうにも出来ないって鬱屈した気持ちも抱えてた。
「私は、やるよ」
でもさ。やれるならやるだろ。当たり前だ。
「フッ、だろうな……君ならばそう」
「クライン。貴方は同じ場所に居合わせるべきではないわ。理由はわかるわね?」
「黙れクリーム。リゲル導師の護衛をしてろ」
「今や貴方も例外ではないの」
「ならば創始者を守っていればいい。話は終わりだ」
なんかクラインから勇気をもらったような気もするけど、姉弟喧嘩で有耶無耶になっちゃったな。
……家庭の事情はよくわからないけど、仲良くすればいいのに。
『ロッカ、本当に平気なのか?』
「ライカン。うん、大丈夫。いやわかんないけど」
『雇われの護衛としては、あまり勧められたものじゃないんだけどな。ハッハッハ』
「あ……そっか、依頼だし何かあったらライカン……」
『なに、依頼のことなど気にするな。こういう事情ならば例外扱いもされるだろうしな。 それに、仮に傭兵としての俺の信用に傷がつこうが、俺はロッカの選択を尊重するよ』
穏やかな口調でそう言い切ったライカン。
私は思わず、背の高い彼の狼顔をじっと見つめた。
「ライカン……アンタなんかそれ、格好良いな」
『だろ? 俺も今そう思った』
「おいロッカ。もし交渉に乗り気なのであれば準備は整えておけ。可能な限り必要なものを揃えるんだ。ポーションから携帯食料までなんでもだ。いいな」
「な、なんだよクラインその勢い。まぁ、わかったけど……」




