砥014 憑依する対象
「いや面白くなってきたっていうか……すごい大変なことになってるじゃないっすか」
事件に関する一連の話を聞き終え、私から出た第一声はそれだった。
聞く限り、ブライオンが出てきてまたすぐに消えちゃったってことだろ。どうすんだそれ。面白くはないぞ。
「まあ、待ちなよ。確かにこれだけじゃあ、事件は迷宮入りだ。奴はいつでもどこでも顕現か何かのように現れ、攻撃しても効いている風でもない……打つ手なしのように見える、が」
グリンダさんはやたらと腰を気にして身を捩りながら、不敵に笑う。
「一戦交えて、奴の正体に見当がついた。間近で見れたのは不幸中の幸いってやつだね……」
「……もしかして、それが私が呼ばれたことと関係してる……?」
「ふむ。ひとまず結論からだね。あー……」
グリンダさんがちらりとリゲル導師の方を見た。
「さっきゾディアトス導師もちらりと零してたんだがね。スキラー・ブライオンの正体は……幽霊だ」
……幽霊。
「……なるほど……えっと、つまりブライオンは……お化けってことなんですか」
「ちょっと。申し訳ない」
私が腕を組んで完全に理解しようとしたその時、クラインからの横槍が入った。
「おそらくロッカは幽霊に対する理解が皆無です。佇み霊など夜魔の一種と同じような解釈をしているのではないかと」
「……」
部屋にいる全員が顔を見合わせている。
待ってくれよ。その言い方だとそれ、なんだ。違うのかよ。
「……ふむ。あーと? そういう場合はどこから話すべきだ? 完全着床?」
「特異科ゆえ、か……いやそもそも初等科でも多少は魔族分野を齧る機会もあろうものだが……」
「完全着床からですと少し長くなりそうです。ウィルコークスさんは、あー……学徒とはいえ専門外なのでしょうから……」
「全機人を例えに出してみては」
「それだ! ああ、きっとその方がわかりやすい」
偉い人たちが慌てて話をまとめてくれている。
うん、多分私一人のためにだろうな。ふがいない……とも思うけど、何がふがいないのかもよくわかってないから、とりあえず腕だけ組み続けている。
少しして、話がまとまったらしい。グリンダさんが咳払いして、語り始めた。
「……あらゆる生物には魂というものがあるのは知ってるね。大小の差はあるが、己の中にひとつだけ持っている……大事な大事な、己の核となるものだ。ま、どれだけオツムの出来が悪かろうが、魔力の出どころくらいわかってるだろ。どれだけ大事かってのは、言うまでもない」
魂。もちろんそのくらいわかってる。
生き物なら誰でも持ってて、魔力が湧いてくる何か……もやもやしたやつだ。
絵本とかだと色がついてて赤だったり黄色だったりするけど、色はついてないってのも知ってる。
まだまだ未知の部分が多くて、研究しきれない存在だってことも。
「あんたはその右腕、半機人だろ。だったらそいつを据えた時に、魂の着床を行ったはずだ。だから、感覚としても詳しいだろ? 肉体に染み付いていた魂を一時的に剥がし、義肢に……あるいは義体につけ直す。機人化の着床ってやつだ。人間が魂を直接利用してできる、数少ない神秘の偉業だね」
……ああ、もちろん。私も半機人だから、部分的にも魂を移し替えることのありがたさはよくわかってるよ。
どれだけ取り返しのつかない大怪我を負っても、機体……人形の身体さえあれば、そいつでどうにでもなる。それが機人化。着床だ。
この右腕もそいつのおかげでどうにか、頑張れば下手な文字が書けるくらいにはなっている。……もう少しどうにかしたいと思って、頭が足りないなりに色々調べた過去もあるさ。どれもこれもえらい金がかかるもんだから、もうほとんど忘れちゃったけどさ。
「隣の護衛の、ライカンだったね。あんたは全機人だ。全機人の場合は身体の一部だけでなく、頭を含めた全てが機体に移し替えられる。……取り返しのつかない全身の重体、不治の病。そんなもんを背負っちまった連中なんかがなるもんだ。昔はそれこそ機人差別なんかも露骨にあったりしたもんだが、今はだいぶマシだね」
「グリンダ、歳がバレるぞ」
「黙りな。カエルにして踏み潰すよ」
全機人といえば、機人警官なんかが有名だろう。
そもそも全機人化というのも大掛かりな施術になる。半分覚えたような人にはやらせられない大仕事になるし、もちろんお金もかかる。優秀な着床師さんなんてそう多くもない。
だから全身がどうしようもない事になった貧乏な人なんかのほとんどは……国からの補助も得られる全機人警官を目指すのだ。施術が安く済むし、仕事も得られる。
まぁその反面、同じような誘い文句で機人盗賊団に身を落とす連中も多いんだけど……。
「肉体を捨てても、人形の身体になっても生き永らえる……それが魂ってもんの神秘だ。機人ってのは大層な技術だが、人はもう何千年もこの技術を使ってきた。もちろん機体の出来なんぞは古い時にゃ悲惨なもんだったがね。昔から、あるにはあったのさ。……で、人はこう考えたわけだ。なに、自然に行き着く考えではある。……肉体でも、機体ですらもない。何もない“無”に魂を晒し、霊魂の状態で生き続けることはできないか……ってね」
……なるほど。私だって考えたことがないわけじゃない。
「それが、ゴースト?」
「そう。霊魂のみで自律する、実体の無い生命。それが、ゴーストさ」
霊魂のみ……。
いや、けど。
「霊魂のみって難しいんじゃ?」
「その通り。昔の連中は色々試したみたいだがね。身体張った奴らはみんな無駄死にしたよ。……霊魂ってのはあまりにも不安定だからね。何かしらの依代がなくちゃ、どうにも最低限の形を保つこともできないんだよ。それこそちょっとした物に宿ったりだとか、土地に宿ったりだとかね。かといって一定の水準を満たさない器に宿った魂は損耗して、すぐダメになってしまう。人間とは呼べない、魔族の一種と呼ぶのに相応しい存在の出来上がりさね」
「グリンダさんの言う通り。魂というのは非常に繊細だから、完全に実体を捨てるということができないんだ。保てたとしても、ほんの一瞬だけだろう。そうしたら霊魂はすぐに解れて自壊さ。自然環境の魔場がどれほど強いか、という話だが……それはまた別の機会だね」
リゲル導師は口を挟みかけたが、すぐに引っ込んだ。
「……スキラー・ブライオンはゴーストだ。一瞬で現れ、そして消える身体は魔力生成物。仮初のものでしかない。だがそれでも……奴がゴーストであるならば、必ずあるはずだよ。実体を隠しきれない、無防備な依代がね」




