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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第八章 動かざる石碑

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砥009 管を巻くゼンマイ


「すごいよな……ここ数日のうちにミネオマルタで迷宮入りだった事件がいくつも解決してるんだ。もう見つからないだろうと言われてたサッピアンの放火魔もだぜ」

「うちのクソ親父、どこに行っても(ノミ)がやってねえって不機嫌そうだったよ。長年やってたところも全部検挙されて、胴元が何人もお縄になってる。これを期にギャンブルはやめろって言いたいが……無理なんだろうな」

「無ければまた他のを見つけるんだろうさ。けど、取り締まられるのは良いことだよ。やめちゃいけない」

「当たり前だ。息子の試合で金かけるか? ひでえ話だよ。さっさと死んでほしいもんだ……」

「物騒なこと言わないの。さ、飲みなよ」

「悪いね……んぐ……なぁ、これ何?」

「グログっていうお酒だって。“クランブル”さんが飲んでたから頼んでみたの」

「……変わった味だな。酸っぱいというか」

「それ、あげるわ」

「……もらっておくよ」




 パブのマスターが奥から椅子を引っ張り出してくれた。

 普段は立ち飲みの多い店らしいけど、この日は普段来ない若者が多いからかサービスしてくれたらしい。

 カウンターで黙々と酒を作ったり軽食を炙ったりしている初老のマスター。彼は“皆さんは何でもよく注文してくれますのでね”と苦笑いしていた。

 普段来ている地元の奥様方は、よっぽど上手く倹約して居座っているのだろう。でも一杯だけ頼んで居座るの、私もいつかやりそうだからなんとも言えないわ。


 どっしり腰を落とした若者たちは思い思いに話している。

 口も軽いようだ。少しばかり聞き耳を立てていると、私について話している人もいるらしい。

 つい自分の名前がちらっとでも聞こえてしまうと、悪口を言われているんじゃないかと身構えてしまう。もちろんこれは私の気にし過ぎなだけなんだけどさ。


「あいつは、あんなに派手で……なんというか……凄い魔術を使えるようなやつじゃなかった。だから、あいつが変なやつに、唆されていたのか、操られていたのか知らないけど……連れ去られたって聞かされて……変な言い方だけど、安心したんだよ」

「うん。近頃態度もおかしかったしね……だから全部、ブライオンのせい。だけど……あの子が帰ってこなくちゃ、意味がないことだわ……」

「国は何をしてるのでしょうね……競技場で堂々とやられて、まだ捕まえられないなんて」

「王は姿を現さない。いつものことですよ。いつまでも水は陰五国の操り人形。かといって支配の日以前に戻りたいとも思えない。緩やかに滅んでいくんですかねえ……」


 カウンターでしんみりちびちびと飲んでいると、私の隣にスッと静かな影が座ってきた。

 頬を赤く染めたモヘニアだ。

 彼女は軽く揺れるくらいの会釈をして、そしてきっと私と一緒で、それきり何も喋らずに耳をそばだてているようだった。


「雇用が増えてる今、三将軍らの下で働くのも有りだと思うんだ」

「ウェルチのようにか? あいつはあいつで、元々ジェーン将軍に憧れてたんだ。一緒にやろうとしても、苦しむだけだぞ」

「好きにすればいいんじゃない。それでも箔がつくでしょう。うまくいけば、彼女も帰ってくるかもしれないしね……」

「……どうすればブライオンを見つけ出せるんだ」

「国が調べてるわよ……」

「今もあの子が苦しんでいるのに」

「俺達で何かできることはないのかな」

「目の前に犯人がいりゃあ、魔術でやっつけてやれるのに」

「無理だよ。さっき聞いてたろ、俺達の手の届く場所にいないんだ……」


 酒場は騒がしい。

 それは楽しい声であったり、……辛そうな声であったり。

 喋らず静かにジョッキを傾けていると、自然と言葉が耳に入ってくる。


「……ねえ、モヘニア」

「ん。なぁに?」

「モヘニアは、明日試合やるんだよね」

「ん。そうねぇ。中断されちゃったし……ふふ。応援してくださる?」


 奥ゆかしく笑い、モヘニアが私のジョッキにグラスをぶつけてきた。

 安っぽい分厚いグラスは、思いの外澄んだ音を鳴らした。


「応援するよ。顔見知りだしさ。でも……モヘニアは怖くない? 事件があってさ。試合中にあんなことがあって……」

「んー……ロッカさんは怖かった?」

「……かなりね。まあ、思いっきり巻き込まれたし。そりゃもう怖かったよ」


 一人でわけのわからない空間に閉じ込められて。帰れるかどうかもわからず、命を辛うじてつないでいくしかない。

 そんな状況にぶちこまれて怖くないなんて言う奴は嘘だよ。


「きっと、私も怖いわ。けど……お酒を飲んでいる間はね、そういう恐怖も薄れさせてくれるの」

「……モヘニア。あんまり飲みすぎると、体壊すよ」

「ウフフ、お医者さまからもよく言われるわ?」


 言われてんのかよ。じゃあやめなってば。


「でも、やめられないのよね。もちろん、私自身お酒が大好きっていうこともあるけれど……お酒を飲んでいない時の私に戻るのが、心細くて、恐ろしくて……ふふ。だから離れられないの。……弱い自分に戻るのって、とっても嫌なことなのよ」


 モヘニアは眼帯を擦りながら、珍しい笑い方をしている。

 苦笑というか、自分を嘲るかのような笑い。ころころとしたいつもの笑い方は、今日だけは仕舞い込んでいるらしい。


「ブライオンに誘われた人たちは、みんな伸び悩んでいたり。成績が芳しくない人が多かったみたいね?」

「……つまり?」

「さあ……どうなのかしら……これも、私と新聞社の憶測でしかないわ……聞きたい?」

「ああ。聞きたいな」

「今の私と一緒だったのかもね? 体に毒とわかっていても、飲まずにはいられないものの味を知ってしまった……みたいな」


 そんなことを言いながら、モヘニアは目の前にあるよくわからない色のお酒を一息に飲み干してしまった。


「……っはぁ。でも、美味しいのよね……本当に。困ったものだわ」

「はは……お医者さんのいうことは、ちゃんと聞いといたほうがいいよ」

「……んむぅ。お母様のようなことを言うのね」


 そんな風に拗ねないでくれよ、私よりも年上なんだから。



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