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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第七章 見果てぬ悪夢

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楔018 略奪する下罪人


 碑文に触れて、イズヴェルの姿は消えた。

 眼鏡の子も適当に触れさせたけど、問題なく消えた。

 二人とも現実世界に戻ったに違いない。


 じゃあ私だって元の場所に戻してくれたっていいじゃん。


「なんで私は駄目なんだよぉ」


 もはや怒る気力も残っていなかった。

 会話が出来て、目的を同じにすることのできるイズヴェルはもういない。完全な孤独。


 最初から全方位が真っ暗闇だったなら、まだ足掻けたかもしれない。

 けど、唯一わずかな光が差し込んでいた出口が眼の前で閉ざされる心地というのは、満身創痍の私の心を折るのに十分すぎる絶望だった。


「喉乾いた……」


 その場に座り込み、役立たずの碑文に背を預けて脱力する。

 寂れた遺跡のような風合いの広場も、こうも心が荒んでは見て楽しむ余裕なんてない。


 乾いて死ぬのか、飢えて死ぬのか。

 そんな穏やかでない未来予想が頭を占領し、何か前向きな考え事をしようにもまとまらない。


「あー」


 頭を抱えて唸る。そんなことしたってどうしようもないのはわかってる。


 どうすんだこれから。死ぬのか私は。


「死にたいわけがない」


 答えは決まってる。絶望的でもどうしようもなくても、私はまだ死にたくないんだ。

 だったら顔を上げて、動くしかないだろう。


「仕事だ」


 腹が減っても喉が渇いても、働かなければ美味いものはやってこない。

 幸い、さっきの運動は大したことはなかった。休んでいた分の貯金が残っている。

 方策はまだ何も決まっていないけど、動ける内に動いておくのがきっと正しい選択だ。

 少なくとも柱がピシピシいってる中で、ぼーっと立ち竦むことが最善だとは思わない。

 とにかく立ち上がろう。




「まず飯だな」


 あるいは飲み物か。どちらかといえばそっちのほうが重大かもしれない。

 食事に関してはまぁ、どうにでもなる。数日間絶食したくらいでは多分死なないから。

 でも水分に関してはそうじゃない。水と塩を取らないで仕事すると、半日かそこらでも人は死ぬ。水筒を持たずに蒸し暑い坑道に降りた新入りの男が変死したなんて話はしょっちゅう聞く。

 火魔術に炙られながらの過酷な試合を終えた今の私なら、きっと同じくらいのコンディションだろう。あまり時間は残されてない。


「つーか水もないよな」


 少し歩いて遠くの方まで見渡してはみるけれど、この空間には池も川も見られない。

 ただレンガ造りの構造物が適当に配置されているだけの殺風景な世界だ。当然、植物なんてものもない。

 戦争中はそこらへんの草でも何でも毟って食ってたなんて話も聞くけれど、現状はどうやらそれ以下らしい……。


「……水分」


 この空間にある手近な水分っていうと……うわぁ……嫌だな……自分のとはいっても……。

 けど生きるか死ぬかっていったらなぁ……でもなぁ……。


「あ」


 そうだ。何もそんな究極的に思いつめなくたって、まだ他に宛てが残ってるかもしれない。

 私はここに一人しかいない人間だと思いこんでいたけど、実際はそうじゃないんだ。


「どうにかなるかもしれない」


 そうと決まれば話は早い。

 とはいえこれも博打だから、駄目だったなんてこともあり得るんだけど……。

 何もしないまま干からびて死ぬよりは、何倍もマシってもんだろう。




 それから私はまたいくらか歩き続けた。

 けど、目的ははっきりしているので迷ったり全然見つからないなんてことはない。

 空腹も渇きもしんどいけれど、目的と希望があれば割り切れるものだ。


「よーし、見つけたぞ……」


 人探しをしていた。

 そのうち最初の三人ほどは遠目に見ても望み薄だったので放っておいたけど、四人目で目当ての人間に遭遇できた。


 その相手は私と同い歳くらいの星藍系らしき華奢な男で、ローブを纏った姿は魔道士然としているものの杖は持っていない。

 けどそれは重要じゃない。私にとって重要なのは、その男が小さめの背嚢を背負い、そこに水筒を括り付けているということだった。

 つまりどういうことかっていうとだ。


「どこぞの窃盗団みたいな真似になるのは気が咎めるけど……水と食料を置いてってもらおうか」


 口に出してみるとまんま強盗のソレだ……。


 いや、けどもう私に残された手段といえばこれしかないんだ。

 観客として試合を見に来ていたっぽい魔道士たちの中から、食べ物や飲み物を持っている相手を選んでぶっ倒し、いただく。

 それ以外の手段となると人の尊厳に関わってくるし絶対に嫌だ。


 ……乱暴な真似はするけど、一応碑文のところまで引きずって元の場所に返すように努力はするつもりだ。水と食料の礼はそれでチャラってことにしてほしい。

 だって、私が突然この世界に放り込まれたのと同じように、ここにいる人達も試合会場でフッとわけも分からぬうちに吸い込まれたに違いないのだ。

 だからああして食べ物や飲み物を持参しているわけだし、杖だって持っていない。何の準備も気構えもなかったのは間違いない。


 よし。理由付けはできた。大義名分とかもまあ、大丈夫だろう。


「とりあえず略奪しよう」


 幸い、相手は杖を持っていない。

 指輪もないようだし、完全な杖無しと見て間違いないはずだ。

 そんな魔道士相手に遅れを取るなんて、多分ない。


 ……いつもなら試合前にアドバイスしてくれる人もいたけれど、今回は相手の情報含めて一切が謎だ。

 ひょっとしたら無手でもすごく強い魔道士だなんてこともあり得るかも。


「けど、大丈夫。私なら……いける」


 それでもこれまで積み重ねてきた自信ってものが、私にはある。

 臆せず挑め。


「っしゃっぁ!」


 覚悟を決めて、私は未知の相手に向かって走り出した。

 一定の距離まで近づかれた男はゆらりと動き、生気のない目をこちらに向けてくる。




「弱かったわ」


 勝負というか、奇襲は一瞬だった。

 走って近寄る私に対し、男は右手を振り上げて無手による投擲を発動。小さな火の玉があらぬ方向へと飛んでいった。

 一瞬何が起きたのか理解できなかったけれど、勢いのまま男の腹に蹴り。流れるように顎を殴って気絶させたら、次は背嚢を使って腕を縛って、んで終わり。

 攻防というかなんというか、そんな華々しいものも無い一方的な略奪劇があるだけだった。


「なんか本当に強盗してるみたいで嫌なんだけどな……おっ、あるある……良かったぁ……」


 背嚢にはそこそこ色々な物が入っていた。

 紐は男の足や腕を縛るのに使い、ついでに詠唱を封じるために口も縛っておく。

 食料品は食べかけの燻製保存食と、飴。水筒も中身は酒じゃなくてブドウジュースだった。水分と一緒に甘い物まで補給できるのはありがたい限りだ。


 それに、メモ帳と鉛筆。書くための物も入っている。


「……これをポケットかどこかに入れてやれば、外の人達に連絡できるかな」


 食うものに飲むもの、他にも色々と手に入った。

 あとはこれらをどう活用して、どう動いていくかを考えないと。


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