楔017 出し損ねる乗車券
「ロッカ、本当にわかったかい?」
「うん」
「本当に?」
「うん」
イズヴェルと練り上げた作戦はこうだ。
まず碑文の前で門番やってる女子学徒に対し、私が石を投げる。もちろん安全を期して遠くからだ。
あの子は操られているとはいえ、遠距離攻撃に対して無防備ということはない。必ず防御か回避かを行ってくるのはイズヴェルの身体を張ったテストで判明している。
相手が石に対して何らかの動きを見せたら、次に動くのがイズヴェルだ。相手が魔術だか回避だかで隙を見せている間に、イズヴェルが雷魔術を使って気絶させる。
そのまま相手が気を失ったままなら良し、そうでなくとも感電でかなり大きな時間を稼げるだろうから、チャンスを逃さず碑文に駆け寄る。
そんでもって帰還。単純だけど完璧な作戦だ。
「少し間違っているよロッカ。石を投げた後僕が牽制、その次にまたロッカが牽制して、そこで僕が雷魔術を使うんだ。さすがに一度の牽制だけでは不安があるし、距離も離れているからね」
「うん」
「大丈夫かな? 疲れていて大変だと思うけど……」
「大丈夫、二回ね」
以前イズヴェルはラビノッチを捕らえるのに雷魔術を使っていた。
バチッと当てて兎を気絶させ、生かしたまま捕獲するアレだ。
あの時は兎だし、人に対して当てはめられる事じゃないんだろうけど、きっと彼なら相手を傷つけることなく無力化してくれるに違いない。そんな少し無責任な期待があった。
もちろん、そのためには私の協力も必要不可欠だ。
イズヴェルは主に火、水、風魔術を扱えるが、雷属性魔術は“使えなくもない程度”なのだという。
とても実用性のあるほどの出来栄えではないため、使用できると公言していない属性らしい。
私から見ればそれは謙遜にも思えるくらいなんだろうけど、実際の闘いで咄嗟に使えるかどうかは大きな問題だ。
イズヴェルの不安は主にそこにあり、満足な発動をさせるのであれば相手が数秒間無防備でいる必要がある。
相手の隙を捻出できるかどうかは、私の働きにかかる部分が多いらしいのだった。
「まあ、とても無理だと思ったら二人で強引に突破するのもいいだろうね」
「あ、ごめんイズヴェル」
「ん?」
「今そういう簡単なこと言われちゃうと本番で動けなくなりそうだから、やめといて」
「……僕はいつでもいけるから、準備ができたら合図を頼むよ」
「おう」
距離は……目算二十メートル。
魔術戦なら有効射程だ。そしてこれ以上進もうとすればあの大人しそうな眼鏡学徒は機敏に動き出してくる。
属性科Aクラス、ミスイとともに“双璧”と呼ばれるイズヴェルなら、この距離からでも十分に戦えるだろう。
しかしそれは火属性など彼が得意とする属性であればの話であって、雷はそうじゃない。もっと近づく必要があった。保護設定も効いていない場所で火属性を直撃させるわけにもいかないので、これは仕方のないことだろう。
私に魔力がもっと残っていれば、障害物を出して別の協力もできたんだろうけど……今は投石が限界だ。手持ちの道具で上手いことやりくりするしかない。
「さてと。こっちは頑張って相手の気を引かなきゃいけないわけだけど……」
私の手の中には三つほどの石ころが収まっている。
“ステイ”で出した岩をアンドルギンで軽く小突いて分割したものだ。足元にはまだ予備のが転がっている。必要になれば下にある石を投げることになるだろう。
イズヴェルは私の横、十メートルほど離れた場所で待機している。別角度から牽制することで相手の側面を突きやすくする狙いだ。
相手は風使いなので、イズヴェル曰く防御に優れ接近が難しいとのことだけど、反面こちらへの殺傷能力は低いそうなので、失敗しても比較的安全だとか。
最悪、失敗しても死ぬことはない。恐れずに挑戦してみよう。
「投げるよー」
私が間延びした声で宣言すると、イズヴェルはロッドを構えた。
よーし……んじゃぁいっちょ頑張ってボタ投げしますか。
「おー……いしょッ」
まずは第一投、デカめの石を斜め上に全力投球。視界の端でイズヴェルがぎょっとしてたが、別に暴投したわけじゃないから安心してくれ。それよか仕事忘れんなよ?
「……!」
緩やかに落下しながら近づいてくる投石に、眼鏡の魔道士も反応を示した。
機敏にロッドを構え、今にも撃ち落とさんと詠唱を始めている。同時にイズヴェルも前へ駆け出した。
「んで……」
続けて私の第二投。けど、こっちは簡単。
相手は上から落ちてくる石に対し、風魔術で迎撃を試みてくる。だから風魔術は投擲動作のいらない放出系のものばかりなので、杖はまっすぐ伸ばして構えるのが普通だ。つまり杖を真上に掲げているから、とても狙いやすい。
軌道上に人がいないのであれば、何も躊躇する必要はない。
「おらッ」
なけなしの身体強化を込めて、杖の先石に向かって全力投球だ。
「ッ!?」
相手が迎撃魔術を発動するその瞬間、真横から剛速でやってきた石礫が杖に直撃し、強かに弾き飛ばした。
眼鏡の子が華奢なせいもあったのだろう。彼女の握力ではロッドを保持できなかったのだ。
「よし!」
杖が吹き飛ぶや、イズヴェルは計画を変更して一直線に女の子へと走り寄った。
無手の魔術は杖有りと比べて遥かに弱い。イズヴェルが躊躇する必要はもはや無かった。
「“ロウガス”ッ!」
「“イオニスタン”」
真正面から放たれた突風魔術を、イズヴェルは全身に炎を纏うことで無力化する。
炎の鎧は風に削られながらも、未だ健在だ。魔術の風の大半は魔力によるものなので、炎で守りを作ってしまえばその影響は大きく減衰できる。
「ろ、ロウ……」
「痕が残ったら謝るよ。今はおやすみ」
「“ロウガ”――!」
「“イグジム”」
「あッ」
至近距離で当てられた杖が、青白い雷光を発する。
バチンと鞭で叩いたような音が響き渡り……そして、女の子は力なくその場に倒れ伏した。
……大丈夫だよな? 死んでないよな?
「ロッカ、こっち」
「お、おう」
彼女の安否がどうであれ、ひとまず苦難は乗り越えた。
目を覚まされたら厄介なのは間違いないので、今は自分たちのことを優先しよう。
「一回目の投石を囮にして、二回目の投石で相手の杖を弾くなんてね。驚いたよ。前から思っていたけど、ロッカの石投げは凄いね」
「そう? あれくらい普通だよ」
「少なくとも僕にはできないけど……そうか、僕もまだまだだな」
イズヴェルは殊勝なことを言いながら、先石の砕かれた杖を回収している。
眼鏡の子は雷魔術で気を失っており、まだ目が覚める様子はなかった。心臓も動いてるし息もしているのは確認したので、ひとまず問題はないだろう。生きてて安心した。
「……で、これが碑文ってやつか」
洗脳された魔道士が守っていた碑文は、既に私達の目の前にある。
目の細かい、どこか金属のような艶を持った直方体だ。刻まれた由来不明の文字は仄かに青白く発光しており、不気味だけどそれ以上に神秘的な雰囲気を纏っている。
「そう。触ればここから脱出できる。……ここに居ても、不測の事態が起こるかもしれない。その気絶した子も一緒に触らせて、早く元の世界に帰ろう。中に多くの人が残っていることも、皆に知らせないと」
「ああ、そうだな」
まだここには大勢の魔道士が残っている。
大会に出た人もいれば、そうじゃない人もいるかも。とにかく大勢の若者が変な空間に閉じ込められたのだけは間違いない。
きっと国とか偉い人の力を借りないとまずい状況だろう。
「さあ、ロッカもついてきて」
「うん」
まずはイズヴェルが碑文に触れた。すると碑文に刻まれた文字が発光し、イズヴェルの体を包んで……そして彼は消え去った。
あっという間の出来事だ。影魔術の転移と似たような力が込められているのかもしれない。
「よし。じゃあえーっと、名前わかんないけど。あんたも行きな」
次に気を失っている眼鏡の子を石碑に預け、頬を触れさせる。
すると彼女も同じように光に包まれ、あっけなく姿を消した。
……あっ、あの子の杖忘れた。どうしよう……先石壊しちゃったとはいえ、私が持っていかないとまずいよな。置き去りにするわけにもいかないし。
「弁償しなきゃいけないのかな……」
不可抗力だし、できれば諦めてほしいんだけどな……そういうわけにもいかないのかもしれない。
とりあえず私はアンドルギンと女の子の壊れた杖をまとめて抱きかかえつつ、碑文に触れたのだった。
「……うん?」
触れた。私触れたよ?
「……嘘だろオイ」
触れたんだけど……なんでだ。
碑文に触っても何も……起こらないんだけど……。




