針019 考察するステップ
「いえーい」
「うぇーい」
『すごいじゃないか、ロッカ。最後までしっかり見させてもらったぞ』
観客席に戻って真っ先に、ボウマと手を叩き合った。ボウマを肩に乗せているライカンも嫌そうにせず、喜んでいるように見える。
「怪我もなくてよかったよ。おめでとう、ロッカ」
「ロッカ、怪我はしてない? 雷で感電してたみたいだけど」
「ああ、大丈夫大丈夫。うん、今回は本当に傷もなくて良かったよ。……いつも以上に動いたせいで、疲れはしたけどね」
「そう、良かった……でもあまり無理しないようにね。ポーションも飲みすぎたら駄目よ」
ソーニャは心配性だなぁ。さすがに今回は何の傷もないし、全然平気なんだけど。
「ロッカの身体強化であれば直撃を二、三回受けたとしても問題ないだろう」
いや、クラインみたいに心配じゃなくて変な信頼をされるのもそれはそれでアレなんだけどよ。
直撃は嫌だぞ私は。痛いのが好きってわけじゃないんだからな。
「クラインもロッカも一回戦突破かぁ。いや、仲間として鼻が高いよ」
「自慢する相手はいないけどにぇ」
『八百人近い魔道士のうち、ロッカ達は上位五十名になったわけだな』
……そうか。本戦一回戦を勝ち抜いたってことは、もうあと五十人しかいないってことか。
私が水国の魔道士の中でも指折りの……いや、でもこれまでに敗退していった魔道士だって、別に私より弱いってことはないはずだ。私が闘っていないだけで、本来なら私よりずっと強い魔道士も大勢いるだろう。
だから私は調子に乗らないぞ。もちろん私の闘い方が本戦でも通用するってわかって、嬉しくはあるけどね。
「ロッカ、試合の後はどこにいた。君が来るまで、時間に開きがあったが」
「ああ、治療室にいたんだよ。ちょっと休んでから、体拭いたり。あとソルポット貰えたからそれ飲んだり。怪我は無かったから、すぐに出たんだけどね」
ラリマ競技場は満員御礼だったが、皆は荷物やら色々なもので私の席を保持していてくれたらしい。
私は一人分空いたクラインの隣に座り、どっかりと脚を組んだ。
「今はどんな試合?」
「そろそろ“パイク・ナタリー”の試合が始まるようだ」
「ふーん、ナタリーか……あれ、そういえばベロウズの試合は」
「ついさっき終わった」
「えーっ」
マジかよ。見逃しちゃったのか。治療室で休みすぎちゃったな……もう少し早めに上がっていれば良かった。
いや、でも実際全身重かったし、汚れてたからそのままってわけにもいかないしな……試合のタイミングが悪かったんだろう。それが全てだ。
「“整備人のベロウズ”と“ストーミィ・ルウナ”。勝ったのはベロウズの方だ」
「……ルウナ負けたの?」
ルウナとも闘ったことあるけど、水魔道士としてはかなり強かったと思うんだけど……。
「圧倒的、というよりは勢いに乗っていた。ベロウズは距離を詰めながら火属性を畳み掛け、そのまま勝利した形だ。水が得意とする環境戦に突入する前に決めたかったんだろう……博打のようなものだ。結果として勝ったわけだが」
速攻ってことね。相手が実力を発揮するまえに決着をつける、といえばそれもアリだと思う。
私も隙があるならガンガン攻めて終わりにしたいしね。まあ、防御壁を作らないことにはどうしようもない相手も多いんだけどさ。
「そっか。ベロウズが勝ったのか……」
「気になるのか」
「まあね。次の相手がベロウズになったから」
「……そうか。二回戦か」
「うん」
ベロウズは火魔道士だ。……そういえば、まともな火魔道士と闘ったことって今までなかった気がする。
影といい雷といい、また対策を考え直さなきゃいけないのか……経験不足ってのはこれだから厄介だ。一応クラインからもらった教本で火属性魔術の対処法は色々学んでいるから、聞きかじったくらいの知識の備えはある。でも帰ったらもう一度、じっくりと復習する必要があるだろう。
その後、私達は観客気分で試合をじっくり見させてもらった。
ナタリーの相手は“情熱のモルト”とかいう火属性使いで、炎の壁や砲撃でフィールドを分断し、相手の動きや攻撃を制限するのが得意な魔道士だった。
しかしナタリーは得意の鉄属性投擲であっさりと炎の壁をぶち壊したり、時には空中に投げ放った投擲物から“スティグマ・スティ・レット”で打ち下ろすように射出するなどして的確に相手を攻撃し続けていた。
「むごいなぁ」
「あのロッド高いのかにぇ」
結果として、ロッドを半ばから“スティ・レット”に貫かれ破壊されたモルトが呆然とした顔のまま棄権を宣言。
試合そのものの流れ自体もほとんどナタリーが握っていたようなものだったので、それも懸命な判断だろう。
しかしやっぱり強いなナタリー。
それにレドラル将軍が見ているからか、心なしか動きがキビキビしてたような気もする。
これまでのナタリーの試合はほとんど一方的だったから、今回はそこそこ実力を発揮できたんじゃないかな。
将軍さんに良い所見てもらえて良かったな。
他にはモヘニアが“一徹のなんちゃら”みたいな名前の魔道士を相手に勝利していた。
ゴブレット型のロッドを振るい、炎や水を交互に操りながら複数の環境で相手を追い詰め、とどめにゴブレットから吹き出す炎が相手を飲み込んで決着。
酔っ払っていたんだろう。フラフラとした足並みは見る人の不安を誘ったものの、そんな動きも相手を翻弄していたのかもしれない。器用に回避しながら魔術を速射するモヘニアは、隣で観戦するクラインを唸らせるほどの力を持っていた。
「あの足さばきは指導書でも見たことがないな。流派も定かでない。我流だろうか」
なんかクラインはすごい真面目に考察しようとしてるけど、あれ多分普通に酔っ払ってるだけだよ。
他の試合もそれぞれ本戦なだけあって、時折大規模な魔術が飛んできたりして、見ごたえのあるものばかりだ。
クラインもよく知らないような古い魔術がいくつかあったらしい。そんな魔術が出る度に、彼は紙の切れ端に細かな文字で何かメモしているようだった。
「退屈しない大会だ」
「そうなの」
「ああ。オレの思っていた以上に、癖のある魔道士が多いようだ」
クラインほど研究熱心なわけではないけど、当然私も観戦という名の下見を怠らない。
特に火属性魔術は次の試合でも飛んでくるわけだから、じっくり穴が空くほどに観察させてもらった。
どう避けるか。どう防ぐか。どれくらいの速さで飛んでくるのか。第三者の目線で見るのと当事者として見るのとではもちろん印象は変わってくるだろうけど、きっと無駄にはならないはずだ。
私とベロウズとの試合は明日。……今日も酒無しで、慎ましく英気を養うことにしよう。
あ、そうだ。例の“階段清掃員”の人の試合も見た。すごかった。




