針018 ざわめくマントル
“クランブル・ロッカ”と“天罰のエンドリック”の試合は四人の監督者に見守られていた。
「……特異性か。まぁそこそこ場馴れしてはいるようだが……」
水の席のジェリコ=サナドルは思案気に髭を撫でている。
理学的特異性というものについて詳しくは知らないが、目の当たりにするとなかなか興味をそそられるものだったのだろう。
とはいえ研究に明るい人物でもない彼からすれば、彼女の理学式や楯衝紋などにまで関心が及ぶほどでもない。
ロッカへ向ける着眼点といえば、せいぜい傭兵としてどのように運用すべきかといったところだろう。そして傭兵としての価値も、ツルハシに氷のような生成物を組み合わせた変則的すぎるバトルスタイルは単純な評価を下し難いものだった。
実際、画一的な評価に収まり難い魔道士ではある。品定めする多くの者がそう頭を悩ませていることだろう。ジェリコもそんな思い悩む者達の一人だった。
「素晴らしい持久力だな。……剣術の心得はあるのだろうか」
鉄の席のレドラル=ハワードは、自国の出身でもあるロッカ=ウィルコークスに対してほぼ前向きな評価を下している。
戦闘勘、体捌き、防御に秀でた魔術など、それぞれの肉体技能が非常に高い。残す不確定要素は武器の専門のみで、それも多少磨けばすぐさま才覚を輝かせるように思えてならなかったのだ。
鉱夫としてもかなり重用されているのは想像に難くない。だが、それ以上に役立てる場面は多いだろう。
ギガデブリの討伐。竜種の討伐。あるいは魔族軍の厄介な残党を討伐させてもいいかもしれない。他の兵と足並みを揃えることは、異色すぎる故に難しいかもしれないが……硬質なものを容易く破壊し、食い破る火力。そして粘り強い守り。本人が気付いているのかはわからないが、明らかに大捕物に特化した性能と言える。
かといって、対人戦に鈍いわけではない。細々とした反射は鋭いものだし、一部セオリーを丸々無視している部分はあれど、時折限りなく洗練された動きをすることもある。
魔道士相手の一対一でさえこうして勝利できるだけの力がある。
ならば、より力を活かせる場面であればどれほどの戦果を上げるのだろうか。
レドラルは皮算用とはわかっていても、そこに青写真を浮かべることがやめられなかった。
『不正は無しか』
風の席のアックスは、ただ試合の公正を監視する役目に徹していた。
結論として、不正はなかった。しかし彼も魔具の専門ではない。よほど高度なものを扱われていれば、見逃していてもおかしくはないので、その点においては、隣の老人の目に全てを委ねるしかなかった。
それでも相手の動きを見れば、そこに邪な何かがあるかどうかだけは把握できる。
彼の魔族じみた観察眼が出した答えが、不正なしである。しっかり自力で闘っているのであれば、彼としてはどこの国の出身の何者が勝とうとも、特に文句はない。
ただ、己の装甲に一撃を加え、わずかながらも外傷を負わせただけの相手だ。このような初戦で負けるとも思ってはいなかった。
「……気がかりだな」
闇の席のゲルーム導師は、気難しそうに細められた目を労るように揉み、そう零した。
『気がかりとは?』
小さな声を逃さず拾ったのは、隣に座る風の大将軍、アックスだ。
腰の曲がったゲルームよりもずっと大柄な機人は、言葉を発すればそれだけで身が竦むような凄みを持っているし、全身の装甲に搭載している斧は見ただけで距離を置きたくなるような異彩を放っている。
だが歳を重ね、場数を踏んだゲルームはそのような威圧を前にしても動じることはない。むしろ独り言を聞き取られたことを面倒臭そうに、わざとらしくため息を零すくらいだった。
「何かの尻尾を掴んだというわけでもない。ただ、今年のガキどもは古臭い魔術を扱うものだと思っただけだ」
『……古臭い魔術。詠唱か』
「そうだ。記録官どもは現代語で試合を記録しとるのだろうが、魔光や出力を見る限りはどうも、詠唱が古い」
『ほう……それは誰だ?』
「誰とは言えん。何人かおるのだ。……早とちりしてくれるなよ、風の将軍」
釘を差すようにゲルームが睨みつけるが、アックスは鼻で笑うだけだった。
『それで?』
「古い魔術とはいえ、禁術でもなんでもない。文法や理学式が今の形と離れている分、ただ習得が難しいだけのものに過ぎんのだ」
『ふむ。ならば我々の出る幕ではないようだが?』
「ああ、そこが悩みどころでな。不正として突き上げるわけにもいかず、ただただ小骨のように引っかかるのだ。気がかりだろう?」
苦笑するゲルームに対し、アックスは答えない。
ただ思考するように、眼光のランプだけが僅かに光を抑えていた。
『マルタ杯では、古い魔術は珍しいものなのか』
「多少はな。とはいえ、わざわざ古代式の詠唱や理学式を頼るような物好は毎年一定数いるものだ。それが本の虫ならば珍しくもない」
ゲルームは学園を騒がせた一人の青年を思い浮かべたが、なんとなく目つきが気に入らなかったので想像はやめておいた。
『今年は古代魔術が流行りと、そういうことだろうか』
「さてな。古いことは向こうで試合を見ている大婆にでも聞けばわかるかもしれん」
隣のフィールドの監督者として座っている大婆ことグリンダ=マッキンリィは、退屈そうに頬杖をついて観戦している。
それはとても、何かしらのアドバイスを乞うべき姿には見えなかった。
「全く。飴玉といい、古臭い魔術といい、型破りな岩投げ女といい、見ている方が疲れるものばかりだ」
ロッカ=ウィルコークスが退場し、新たにベロウズ=ビスマロイドとルウナ=サナドルがやってくる。
水の席のジェリコは愛娘の登場にわずかに身を乗り出しているが、他の面々は注目していないこともあってか、至って冷静だ。
「ルウナ、頼むぞ。怪我はしてくれるなよ……」
フィールドに立って向かい合うベロウズとルウナ。
お互いに相手を見つめる目には、自然と熱が籠もる。
しかし向かい合って立つルウナには、対戦相手のベロウズの目に黒い炎が宿っているように見えてならなかった。




