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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第六章 注がれる光芒

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針016 注がれる光芒


 試合は苛烈を極めている。


「“イグジオス(雷球よ)レディ(飛び立ち)グラッヅ(降り注げ)”!」


 上方に打ち上がった雷球が炸裂し、幾条もの雷撃が降り注ぐ。

 半端な高さの遮蔽物を悠々と避けた上で直接致命打を与える、非常に厄介な攻撃魔術だった。


「“スティ(黒鉄の)ドット(城塞)”!」


 一見するとどうしようもない雷の絨毯爆撃。しかしそれは、庇のような急角度の壁によって防がれた。

 壁は一発の雷撃によって脆くもバラバラに砕け散ってしまった。だが、その下に潜むロッカは汚れこそ被っても、無傷だ。

 彼女は破片の中に埋もれながらも、スコップ形態のアンドルギンをその手に握り、鋭い目に闘志をぎらつかせていた。


「オラァッ!」

「!」


 砂埃を爆発させ、ロッカが瓦礫から突出する。

 同時に振り抜かれたスコップの曲面から、無数の小石が投げ放たれる。


「“イグジオ(雷よ)スタンライド(我が手に弾け散れ)”!」


 しかし散弾の如き破片も、エンドリックの翳した雷光を帯びた手によって阻まれる。

 雷気を拡散する盾は近づく魔力的な破片の全てに誘電し、一粒さえも彼を打つことは適わなかった。


 石柱や石壁が立ち昇り、それを雷が天罰のように打ち据え、砕いてゆく。

 その攻防の副産物として生まれる数多の破片はロッカの“弾”として再利用され、しかしそれをも雷によって消し飛ばされる。


 両者の闘いは、その攻守の速度が奇妙なほど噛み合っていた。

 ロッカの魔術防御と強化による物理投擲の合わせ技は、エンドリックの操る雷魔術とほぼ同周期。

 結果として、両者の闘いは常に中距離を維持しながらの長期戦に突入していた。




「あれがクラインの学友の……」

「はい、ウィルコークスさんです。特異科で……わ、あれも防いだ。すごく良い反応……」


 貴賓席で観戦するベルベット=ユノボイドとマコ=セドミストは、クラインの試合とほぼ連戦となったロッカの試合を共に見守っていた。

 非常に見ごたえのある試合である。特異魔術そのものが目新しいということも後押ししているだろう。貴賓席の顔ぶれも絶え間なく続く攻防に夢中で、目を離せない様子だった。

 もちろんロッカの担任であるマコ=セドミストにとっても、これは今日最も注目すべき試合のひとつである。目まぐるしく推移する闘いに、彼の静かな応援にも熱が籠もっていた。


「……特異科の」


 そわそわと落ち着きのないマコを、ベルベットは数歩引いたような目で見つめていた。

 彼女にとってはロッカ=ウィルコークスという魔道士はそこまで重要ではないし、魔術戦をどちらかに肩入れして観戦する習慣もないためだろう。


 それでも、“ロッカ=ウィルコークス”と聞くと無視できないこともある。

 帰省中のクラインの様子や、クリームからの聞き及んだ土産話など、多少興味を惹かれる部分がないわけでもない。

 ベルベットは多くの物事に無関心な女性だ。それでも手にしたオペラグラスで観戦しても良いかと考える程度には、土煙の舞う眼下の試合は鮮烈なものだった。


「……半機人なのね」


 朱金混じりの無骨な義腕が砂礫の中で振るわれる。

 黒光りするツルハシを取り回し、大きな破片を敵へ吹き飛ばしている。

 勇猛な掛け声とともに放たれる石や砂は根気強く雷を相殺し、少しずつ距離を縮めつつある。


「ふうッ……! まだまだぁ!」


 低燃費な岩石生成と、魔力効率に長けた洗練された強化の動き。

 魔術と強化を交互に繰り返してもなお乱れることのない戦闘スタイルは、本来メイスとして扱われるはずもないツルハシを組み込んで、複雑でありながらも合理的な形態を作り上げていた。


 運動量の多い立ち回りは、魔道士としてはあまりにも異質。

 繰り出す岩石魔術の性質もまた理学者にとってはまさに“特異”と言えるもの。フィールドに積み重なっていく灰色の瓦礫は、魔術戦のセオリーを大きく覆す未知の環境だ。


 しぶとく攻防を入れ替える長期戦に、エンドリックは顔に疲労の色を浮かべている。

 対するロッカは汗と汚れこそあっても、未だ魔力が切れる様子はなかった。


 魔族じみた反応速度。正確無比な物理投擲。そして何よりも魔術と強化のどちらも“常に”“ローコストで”切り替えながら運用し続ける驚異のスタミナ。

 喧嘩慣れしているからこそ可能な安定した粘りは、一秒ごとに会場の空気を熱くする。


「……聞いていたよりも、随分と粗野ね」

「は、奥様。調べましたところロッカ=ウィルコークスという魔道士は……」

「聞いてるわ、シェレンス。鉱山で働いているのでしょう」

「は。左様でございます」


 ブーツで石を蹴っ飛ばし、ツルハシを凶器のように振り回すダイナミックな立ち振舞い。

 なるほど、鉱夫を実際に見たことなど無いが、あれが鉱夫というものか。野良仕事に全く縁がないベルベットもまた他の観客と同様にざっくりとした認識を受け入れた。

 が、もちろんロッカの動きが全て鉱夫であるはずもないし、一般的な他の鉱夫にそれを見せれば、きっと彼らもまた同じように“すごい動きだ”と感心するしか無いだろう。


「……彼女は流季? 臥来?」

「は、鉄国出身で双方の血を引いているものかと」

「そう……」


 素早く立ち位置を変え続けるロッカの動きは、倍率を高めたオペラグラスではなかなか捉え難い。

 しかし、翻るオイルジャケットと飾りのように流れる括り上げた茶髪は、その中でもよく目立っていた。


「ウィルコークスとは、どのような家なのかしらね……」

「詳しく調べるには、いささか」

「調べて頂戴……」

「は、かしこまりました、奥様」


 フィールドに灰色の礫が山積し、戦いの場は白無垢の平地から、荒涼な山地に姿を変えつつある。




 “辛い”。

 エンドリックは顔には出さずとも、頬を伝う汗と内心だけで、そう零した。


 終わることのない岩石と雷撃の応酬には辟易するばかり。

 長くとも数分と見積もっていた戦いも、既に四分近くにまで差し掛かっている。そこまでくると持久力と安定性が売りの彼でも、さすがに息が上がるものだった。エンドリックにとっての数分とはつまり、三分以下だったということだ。


 もちろんそれは魔道士の闘いで見れば非常に長いものだし、全力で絶え間なく魔術を発動しているのであれば規格外の魔力効率であると言える。

 それでも追いつかない相手が、彼の目の前にいた。


「はあ、はあ……やるじゃねえの……」


 俺よりも。そこまでは出さない。

 だが、相手も今の状況をよくわかっていることだろう。

 息が上がっているのは明らかにこちらだし、それは闘いぶりや……勘でも伝わっているはずだ。

 傭兵ギルドで積極的に魔獣討伐を受け、要人警護をこなし、時には盗賊とも戦うこともある彼だからこそわかるのだ。


 ロッカは狙っている。

 息を切らしたその時こそ、トドメを刺す好機なのだと。

 語らずとも、エンドリックにはそのギラついた目を見るだけで理解できたのだ。


「さて……」


 どうするか。

 背水の陣と言うには既に極まった現状を見て、エンドリックは笑みを浮かべた。


 どうしようもない。

 それが答えだ。


 今からどう器用に足掻いたとしても、灰色の瓦礫の上に立つあの恐ろしくしぶとい鉱夫を仕留めることは難しいだろう。

 岩を生成し、それを砕いたとしても瓦礫の全てを消すことはできず、かと思えば相手はその石屑を使って攻撃も防御もこなしてしまう。

 長期戦になればなるほどに攻防の機動力に差がつき、いつの間にか“岩”の環境が積み重なっていく。


 魔術戦の指南書にも載ってない、全くもって初耳の闘い方だ。

 大会中に見せた粘りでもない。

 長期戦そのものが間違いであったなど、一体誰がわかるというのだろう。

 エンドリックは笑った。

 

「困ったな、こいつは」


 距離はある。幸い、相手は遠距離タイプではなかった。

 かといって中距離に対応できないというわけではなく、手元の出鱈目な鈍器(アンドルギン)をスコップ形態に変えれば、たちまち石の榴弾を放り投げてくるだけの力があるのが厄介だった。

 一点集中型の鉄魔術の投擲とは違って、それは横に一歩動いて避けるというような生易しい回避の通じる攻撃ではなく、魔術によって撃ち落とす必要のある攻撃範囲を有しているためだ。

 必然、迎撃には魔力を必要とする。そしてその魔力が馬鹿にならないのだ。


 その魔力のダメージレースで競い合った結果が今だった。

 エンドリックにとって、今日ほど“身体強化が使えたら”と思った日はないだろう。

 相手の岩の榴弾投擲は、強化した足であれば避けることも難しくないからだ。

 少なくとも接近専用の雷魔術で撃ち落とすよりも遥かに魔力効率は良いはずである。風魔術で自身を運ぶほどの隙も生まれないはず。


「……いや」


 しかしそれも強化と魔術の切り替えが常に十全に行えていればの話だと思い直す。

 強化と魔術はかけ離れた魔力技術であり、その二つは決して交わることがない。二つの切り替えは実に困難であり、双方の技術を修めた者であっても、実用化に至らないケースは腐るほど転がっている。


 ――自分程度の才では、至れないということだ。


 つまりは付け焼き刃の通じる相手ではないということ。

 そして、強化と魔術を併用する眼の前の鉱夫は……やはり、見込み通りの強者であるということだ。


「疲れたろ、ロッカ」


 エンドリックは汗を含んだ前髪を再び掻き上げた。芝居がかった仕草だった。


「いーや、別に」


 ロッカは片手でアンドルギンを構えたまま、足元の石ころを靴で跳ね上げ、もう片方の手に掴み取る。

 曲芸じみた、恐ろしいほどに洗練された動きだった。

 そして“別に”という言葉も、言うほど強がりでもないのだろう。仮に強がりであったとしても、先にエンドリックの方が倒れることは間違いない。


「そう言うなって。そっちが余裕でも、俺は疲れたんだ」


 だが、それも持久戦に限った話だ。

 残存する全ての魔力を一撃に込めて使えば、それがどの方向に転ぶかはわからない。

 試す価値は大いにあるし、エンドリックにとっての突破口はもはや、それしかないように思われた。


「だから、こいつで最後だ。決めてやるよ。待たせて悪かったな」

「気にすんな」


 エンドリックの両手が雷気を帯びる。

 雷は手元の金属製のメイスに集まり、迸る力を先石に集積させる。


「“天罰のエンドリック”。その全力で、ロッカ。お前の石山を天辺から圧し折ってやるよ」

「かかってこいよ。そんな鈍らメイスじゃヤマの仕事にはなんねえってことを覚えて帰りやがれ」

「上等だ――」


 エンドリックの口角が釣り上がる。その身に帯びる雷が激しい音を立てて青白く輝く。

 彼の身を汚す砂埃は一瞬にして蒸発し、後には髪を鋭く尖らせた彼の獰猛な立ち姿があるだけだった。


 その手に握るのは金属のショートメイス。

 雷を通すには都合の良く、取り回しも簡単でいざとなれば近距離戦にも応用できる優れものだ。

 しかし今このメイスは、雷を蓄積させるという、ただそれだけの役割しか担っていない。

 蓄積し、いずれ解き放つ。ただそれだけの、媒体だ。


「ぼさっとしてんな……オラァッ!」


 もちろん、ロッカがそれを行儀よく待つわけもない。

 彼女はスコップ形態になったアンドルギンで地面を景気よく掻っ捌き、無数の石礫で彼を牽制した。


 エンドリックに避ける気配はない。


「“イグジム(雷撃よ)”……」


 詠唱の途中ですらある。

 だというのに、彼の身の回りを取り巻く雷属性の渦は、迫り来る小さな石片のほぼ全てを消し飛ばしてみせた。

 その猛威にロッカは目を見開くが、ある意味当然の結果でもある。


 残存する全ての魔力を、たった一つの魔術に詰め込んで解き放とうというのだ。

 そのような無茶を行使しようとすれば、事前動作の余波だけで些末な術を打ち消すことなど何ら不思議ではないのである。


 巨大な魔術が来る。最大の、正真正銘最後の魔術が迫り来る。ロッカは白く明滅するエンドリックの姿を見ながらそれを悟った。

 もはや、手の中に握り込んだ小さな礫ひとつでどうにかなるものではない。

 彼女は手の中の石を地面に放り捨て、俯いた。


「ふう――」


 だが同時に、嬉しくもある。

 眼の前でバチバチと警戒音を響かせる彼が、宣言通りの本気を出したのだから。


「いいぜ、やってやるよ」


 久方ぶりの“喧嘩”だ。

 彼女の中で、試合とはまた一味違った一対一の殴り合い。

 思い出されるのは故郷の景色と、薄灰色の立ち込める濁った空気。


「――“ロウ(吼えろ)・ラ”……“ギルディス(裁きを下せ)”ッ!」


 メイスを振り下ろしたエンドリックから、太い雷光が放たれた。

 魚の跳ねる様のように弧を描いて迫る雷撃は、しかしその太さでもって避けることを許さない。

 影響範囲は大。直撃せずとも雷気の余波が全身を襲うことは必至の、強烈な大魔術だった。


 まさに“天罰”の名に相応しき、敵に有無を言わさぬ一撃だ。


 ロッカは――。


「“スティ(岩よ)ガミル(蜂起し)”――」


 逃げも隠れもしなかった。


「“ステイ・ボウ(牙を剥け)”!」


 ただツルハシを石山に突き立て、詠唱を叫ぶだけ。


「はっ……」


 それだけで、フィールドに山積する石屑は“牙”を剥いた。


 長さ十メートル近く。

 ロッカの扱う魔術の中でも規格外のスケールの生成物が鋭い切っ先を天に向けて伸び上がり、迫り来る雷を突き破ったのだ。


「マジかよ」


 エンドリックが最後に練り上げた雷は強力だった。

 ロッカの生み出した規格外の(ガミル)の大部分を消滅させるほどには、威力があった。


 だが、それだけ。

 彼の天罰は落ちきることなく、岩山より築かれた牙に噛み砕かれ、消失したのだ。


 残ったものは、中途半端に蝕んだが故に根本から折れ……こちらに倒れ込まんとしている、巨大な岩のガミルだけ。


「完敗だ」




 ゆっくりと倒壊した岩の巨錐に巻き込まれ、エンドリックは轟音と共にフィールドから姿を消した。

 立ち込める砂煙の中に、彼の姿はない。


「ふう……なんだ。いや、やっぱり……私も、疲れたわ」


 誰もいなくなった正面を見て、ロッカはツルハシを肩に乗せ、大きく息を吐いたのだった。


「勝者、“クランブル・ロッカ”ッ!」


 嵐のような喝采と怒号が、広大なラリマ競技場に余すことなく響き渡った。



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