針005 言い含める再三
式典は巨大なドラムの音から始まった。
ドーンドーンと足元にまで響く音が、だだっ広い会場で鳴り響き、私達の待つ廊下まで揺らしていたのである。
「すげえ音。鼓膜がブルブルしそう」
「すぐに慣れる」
ミネオマルタ学園の入場は最初の方だ。出番はすぐにやってくるだろう。
私は少しばかり緊張していたが、前に立つクラインの後頭部はいつも通りの涼しげな水色だった。
「ミネオマルタの魔道士諸君、行進開始だ。話した通り、付かず離れずの距離を保って進みたまえ。なに、多少のミスは許容される。気軽にな」
そう言われてもな。なんて愚痴りたかったが、クラインが歩き始めてしまった。こちらも遅れるわけにはいかない。すぐさま、いや、少しの距離を開けながら歩いてゆく。
今の私にあるのは、左手に握ったアンドルギンだけだ。ひどく寂しいというか心細いが……いや、大丈夫だろう。
長鳴りするドラムの重低音に合わせ、管楽器の“ボーン”みたいな音も加わり始める。あ、高い音も入ってきた。
それがどんな楽器なのかはわからないけれど、きっとブラスで作られたようなすごい高級なものなのだろう。
「うわ」
廊下を抜けて競技場のフィールドに出ると、そこは私が初めて体感するような、人為的な音の暴力に満ちていた。
観客席を埋め尽くす人々が喝采の歓声をあげる。
四方の楽隊席では弦楽器を構えた楽団が弓を弾き、甘やかな音色を重ねる。
フィールド上の白壇には大きな管楽器と打楽器を抱えた楽隊が座り、この空間で最も主張の強い音を奏でていた。
私達魔道士は陽気な音楽を奏でる楽隊らのいる白壇を囲むようにして競技場をぐるりと行進し、観客席に手を振ったりしているわけだ。
前を見ると、ミネオマルタ学園の面々はそれぞれ思い思いの仕草で手を振ったり声援に応えているようだった。
魔術を使って目立つことは禁止されているが、そのくらいならば構わないらしい。
「おー……すげぇ……」
適切な距離を保ちつつ行進しながら、私は当事者であるにも関わらず、浮ついた気持ちでこの空間を眺めていた。
背の高い三メートル近くの人造ゴーレムは大きなドラムを持ち、規則的にドーンドーンと叩いている。
それも非現実的だったが、私達魔道士の左右で一緒にキビキビと行進し続けるゴーレムもまた異様だ。
ご丁寧にミネオマルタ学園を示す長い旗を掲げて私達の所属をはっきりと目立たせてくれているが、動きは軍人さんのように鋭く洗練されていて、近くにいるとどうにも落ち着かない。
おかげでペースを崩さずに歩けるんだけどね……私のわがままか。
「あっ、皆がいる」
私が競技場の縁際を三分の一ほど歩いていると、ライカンとボウマによるやたらと目立つタワーが観客席に生えているのが見えた。
隣のソーニャが他人みたいなふりをして少しだけ距離を置いてるけど、彼女も含めてみんな私に手を振ってくれている。
あっ、よく見れば近くにマコ導師もいる。合流できたんだ……。
「おーい!」
私はアンドルギンを掲げ、柄を掌の中で回転させる。
それを皆も見てくれているのだろう。ボウマは頭の上で手をばちばち叩き、目に見えて喜んでくれた。
さすがに高いところで好き勝手やっているのが危ないだろうということでヒューゴが塔を優しく崩しにかかっているが、まぁ係員や警備員のお世話になるよりはずっとマシだろう。
「……まったく、賑やかなこって」
アンドルギンを肩に預け、大きく鼻息をつく。
でも、やっぱ私もこうして観衆の下で練り歩くよりは、みんなと一緒に騒いでいる方が肌に合いそうだ。リュミネには悪いけどね。
その後、式典は八人の豪華極まる監督者を交えて行われた。
楽隊は掃け、ゴーレムの集団はゾロゾロと退出し、こざっぱりしたフィールドで粛々と進められてゆく。
私達百人の魔道士は白い壇上に作られた座席に腰掛け、中央に立つ人達の話を聞くばかりだ。
話をするほとんどは関係者というか、偉そうな人たちの挨拶だとか、私達への激励である。
とはいっても、彼らの言葉は“将来の理学会を牽引する魔道士として”とか“魔術を極める若き原石”とか、いまいち自分に向けられていなさそうな喩え方ばかりなものだから、あまり自分の事のように聞いていられなかった。どれも同じだしね。
それに理屈っぽいというか理想っぽくてなんか駄目だ。
ためにならないクラインの話って感じがして、退屈のあまりあくびが出そうになる。
私は話のほとんどを聞き流していた。悪いとは思ったけど、ルウナのお父さんの話も含めて、だいたい全部。
「旧貴族はこれだから嫌われる。靴でも投げ込まれれば良い」
どうやら長ったらしい挨拶などは、クラインも好きではないようだった。
あくびを堪えた私の隣で、彼は彼で貧乏ゆすりを我慢しているらしい。
「なんで靴投げ込むのさ」
「靴を投げ込むと挨拶を切り上げる素晴らしい習慣がこの国にはあるからだ」
「そりゃ良いね」
是非とも前の方に座ってる人にはブーツでもパンプスでも何でも投げ込んでほしかったが、残念ながらこの式典にはお行儀の悪い参加者はいないようだった。
『次に、影の監督者席よりグリンダ=マッキンリィ様からの諸注意です。魔道士一同、起立』
うおっとあぶねえそうはいかねえぞ。
私は遠のきかけていた意識を瞬時に覚醒させ、周囲の皆に遅れることなく立ち上がることができた。
……畜生、なんだってこうなんども立ったり座ったりを繰り返すんだろうな……。
『影の席を務めるグリンダ=マッキンリィだ。老婆心ながら、本戦が始まるこの丁度いい機会にまたいくつかの注意喚起をさせてもらおうと思う』
競技場中央に孤立したステージに上がったのは、魔女会の長たる妙齢の美女グリンダ=マッキンリィさんだ。
そこまで歳をとっているようにも見えないのだが、相も変わらず子供魔女のアリアネに車椅子を押させているらしい。腰でも悪いのかな。
『まず開会式にも説明したことだが、違法性のある魔具の使用は厳禁だ。危険な違法魔具、古代製の高出力魔具など、基準を超える道具の使用は禁じられている。不安があるならば一度我々の検査を受けると良い。試合中に使えるかどうかは私が判定を下してやろう。いいね? くれぐれも破らぬことだよ』
違法魔具の禁止。そう言われてもいまいちわからないんだよな……。
『そしてポーションに類する薬物の使用も禁止だ。今年の大会においてはポーションを飴にして口の中に隠し持っていた者も多かったが、それは明確な違反行為だ。わかっているね? 勝ちに目を眩ませ、馬鹿なことをするんじゃないよ』
ポーションドロップか。この話はよくわかる。
というか、解決まで導いたのが私とクラインだったので、全然他人事でもない。
……予選では買った人がいたし、買ったけどまだ使っていない人もいるかもしれないから釘を刺したのかな。
『あと……必要無いだろうが、一応これも伝えておこう。試合中は闇及び光魔術が禁じられている。言うまでもなく、壇上の式や機構に作用し得るものだからだね。これも禁止行為なので、くれぐれも変な気は起こさぬように。重い罰則を覚悟してもらう』
その時、グリンダさんは赤い目でジロリとクラインの方を見た気がした。
『以上だ』
「……ふん、誰がそんな初歩的な過ちを犯すものか」
クラインは心外そうに鼻を鳴らしている。
……彼は闇も光魔術も使えるし、警戒されているのかもしれない。
というか、やっぱりクラインの光魔術の話はもう監督者にも伝わっているんだな……。
「ねえクライン、闇魔術は危ないっていう話はよく聞くからわかるけどさ……大会って光魔術も駄目なの?」
「当然だ。複雑な転送魔術装置が足元にあるんだぞ。誤作動を起こしたらどうなるかわかったものではない。それに、闇や光は転移のための短期的な魔術外膜を破壊するからな。そもそも演習を成り立たなくさせてしまう」
「なるほど」
「わかってないだろう」
「うん」
式典は豪華だった。
特に楽団の演奏は凄かった。華やかで、だだっ広い会場全体に音が満ちているかのようで。
時折広場を訪れる吟遊詩人や路上演奏家とは違った、鍛え抜かれた集団による本物の技術って感じがして、終始圧倒された。
もちろんそれがなんて曲かも演奏の技術の妙だとかも私にはさっぱりわからないんだけど、それでも言い表せない感動があるってことは、きっと何か凄いものを含んでいるんだと思う。
演奏の他には、銀色の大杯とか色とりどりの旗だとか記念品の杖みたいなものがお披露目された。
それぞれ上位入賞者に送られるものらしい。優勝者には杖が贈られるそうだ。いらね。
これらの品は水国立タンザ美術館に展示され、大会期間中は一般公開されるとのこと。私たちは前に行ったばかりなので、別にいいかなって感じである。
「勝てばいくらでも間近で見られる」
とはクラインの言であった。
お前の言うこといちいち凄いよな。でも私は、クラインだったらそれも出来そうな気はしてるよ。
私がそう言ってやると、奴は傲岸にフンと鼻を鳴らすのだった。
「ご苦労、諸君。これといった問題も起こらなかったようで何よりである。本番に強い者はあらゆる場面で重宝される。この式典での立派な立ち振る舞いは、多くの組織や団体の目や耳に届いていることだろう。マルタ杯本戦前に相応しい幕開けだ」
再び部屋に戻ってきた私たちは、司会を務めたネルベレヒトさんの挨拶を聞いていた。
式典中、もっとも長々と喋っていたのが彼である。私たちなんかよりずっと忙しそうにしていた彼は、今は肩の荷が下りたように穏やかな表情で微笑んでいた。心なしか、最初に会った時の嫌味な雰囲気も霧散しているようにも感じる。
「だが、本戦はこれからだ。無論、明日からの試合にはより厳しい目を向けられるだろう。時に新聞や風聞などは諸君らを着色し、誇張することだってある。だが、それが上に立つ魔道士というものだ。魔道士は狡猾に理知的に闘うべきだが、同時に何者よりも気高く、誇りを持っていなければならん。魔女会の長からも注意があったが、今一度言わせてもらおう。恥を晒すような真似は、くれぐれも慎むべきだとな」
ネルベレヒトさんは言い終えると、首元を高そうなきめの細かいハンカチで拭い、ロープタイを締め直した。
「……私からの言葉は以上だ。この後は明日の試合に備え、各自解散となる。ああ、気になっている試合の組み合わせについては後ほどロビーに掲示されることになる。試合は全てこのラリマ競技場で行うので、くれぐれも遅れることのないように……あー、それと」
出口まで歩いたところで、ネルベレヒトさんは立ち止った。
「あまり屋台で買い食いするのはおすすめしない。何を混ぜられるかわかったものではないからな」
最後に彼が言い残した言葉は、なかなかに恐ろしいものであった。
「予選からもあっただろうが、本戦では試合の結果に賭ける連中が大勢出てくる。その結果を操ろうと画策するならず者もな」
「マジかよ」
用は済んだと部屋から出ていく人を見送りつつ、クラインは語る。
「ポーションドロップのような不正薬品を試合前の魔道士に摂取させれば、わかりやすいだろう」
「それでも失格になっちゃうのか。自分でやったわけでもないのに」
「そういうものだ。君も気を付けるといい。怪しい相手から供される食事は当然のことだが、知らぬ間にポケットに魔具を仕込まれ、気が付けば失格していたということもあり得る。そのような敗北はつまらないだろう」
「最悪だね」
私は急に怖くなって、両ポケットをまさぐってみた。
変なもの入ってないだろうな……あれ、何かひとつ小さいの入ってる。
「飴出てきた」
「なにっ」
「ハッカ飴」
「紛らわしいことをするな」
物凄く冷たい声で怒られてしまった。
でも確かに今のは私が悪かった。ごめん。ていうかこれいつのだろう……あ、大丈夫だ。美味しい。
「……本戦自体もそうだが、あまり無防備になるなよ。ただでさえ君の持つ杖らしき品々は高価なものばかりだ。盗みを働く者は何もバジリスクばかりではない」
「うん。それは気を付けてる。クラインこそ、その指環高かったんだから気を付けなよ」
「当然だ」
鉱夫の商売道具なんか二束三文だし、持って帰ったところで需要もないし売れないんだろうけど、魔道士は皆こういった高い品を持たなきゃいけない。大変な職業だ。
「貴方が“あの”クライン=ユノボイドですね」
私が杖の防犯について下手な考えを巡らせていると、見知らぬ男がクラインに寄ってきた。
口ぶりからして知り合いではない。彩佳らしい長い青髪の、いかにも知的そうな顔の男である。
「そうだが」
「ふむ。そちらは僕のことは知らないだろうから名乗らせてもらうが……」
「“深海のホレイシオ”。水魔術の環境戦を得意とする六属性術士。だろう」
「……知っていたか」
自分から名乗りたかったらしいホレイシオという男は、既に自分のことを知っていたクラインに瞠目しているようだった。
まぁ、そりゃ驚くわな。初対面の相手が自分のことをつらつらと先んじて説明するのだから。
「その通り、僕の名はホレイシオ=デイケンズ。かつてマルタ杖士理学研修院に属していた導師フラウツの孫だ」
「ああ。研修院。あの潰れた犯罪者共の巣窟か」
クラインの言葉に、ホレイシオは眉間の皺を深くした。
「……いかにも。祖父は過ちを犯し、捕らえられた。それは真実だし、消えることのない汚点だ。しかし今でこそ僕は理総校に身を移したが、研修院で培った力が真実であったからこそこうして、本選に出場している」
「それで」
「……ミネオマルタ学園の連中には、決して負けないということだ」
「そうか」
聞いていればわかるけど、クラインの言い方からは全くもって興味というものが感じられない。
それはホレイシオも感付いているのだろう。引き締められた口角はピクピクと動いていた。
……しかし、マルタ杖士理学研修院か。私でもその名前は覚えてるぞ。
灼鉱竜や地下水道では随分とお世話になったからな。それらの事件を手引きした黒幕の孫ってことか。
私個人としちゃあ、別に下罪人の子供が下罪人って考え方はしないけどよ。
そうやって事件の当事者相手に雰囲気悪く近づいてくるってのは、どうなんだ。私もクラインも殺されかけたんだぞ。勇気があるなオイ。
「ロッカ、やめろ」
私は無意識に左手の指を鳴らしていたらしい。それをクラインに窘められてしまったようだ。
……いや、でも“なんだこいつ”とは思ったけど別に怒ってはいないぞ。あの時のことを思い出して、ちょっと警戒しただけだ。
「……もし本選で当たるようなことがあれば、必ず僕が実力を証明してやろう。デイケンズの魔術は決して田舎貴族に敗北しない。覚えておけ」
最後の方はかなり早口で捲し立て、ホレイシオは返事も待たずにさっさと歩き去ってしまった。
言うだけ言ってこれである。あいつちょっとビビってたな。
「なんだあいつ」
「旧貴族の劣悪な部分を寄せ集めた見本のような男だ」
「ああいう感じになるのか」
「概ねはな」
酷い言い草である。
けどまぁ向こうの言い分としては“闘うときになったら見てろよ”ってことなので、刺々しい所はあったものの健全な方だろう。
過去にその親類の謀略で殺されかけた記憶から仲良くしようとは思えないけどね。
「食事に毒を混ぜるならああいう手合いもだな」
「やめとけって」
「おい、君。クライン=ユノボイドだろ?」
「うわまた来た」
「俺は“天罰のエンドリック”。そっちの試合は全部見てたぜ。本戦の組み合わせはまだ見てないけど、当たったら全力でよろしくな」
「当然だ。オレは手を抜かない」
「その意気だ。ホームだからって油断してくれるなよ?」
どうやらこの部屋にいると、常に宣戦布告され続けてしまうらしい。主にクラインが。
私もされてみたいけど今のところ誰もこっち来ないな……。
「ウィルコークスさん!」
あ、ルウナが来た。
そうだな。私とルウナは互いに一勝一敗だ。この本選で決着つけるってのが当然だよな。
ルウナは旧貴族らしい豪奢な水色のケープを整えながら、いかにも無害そうな感じで、私に微笑みかける。
「今日の夜、サナドルのお屋敷で大会の方々をお招きした食事会があるの! よかったら貴女もいらして?」
おい、本戦で当たったらどうとか、そういうの無いのかよルウナ。
「行く」
「わあ、ありがとう! 楽しみに待ってるから!」
「おいロッカ。オレが先程怪しい相手からの食事を断れと言っただろう」
「ちょっと! どういうこと!」
ああもうやめてくれって。どうしてクラインが話すとすぐに喧嘩が始まるんだ……。




