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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第二章 貫く鉄錐

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擦011 仇討つ錫杖

 やがてフィールドから導師の姿が消え、だだっ広い石壇上には女性二人だけになった。

 凛とした目線をまっすぐに向け放つルウナの表情は、とても険しい。


「試合だから、こうして向かい合っているけど」


 ルウナは、私の扱うタクトの二倍の長さはあろう、それでもまだまだ取り回しやすいワンドを振ってみせた。

 威嚇らしい仕草。彼女の強い目線は、試合を前にした覇気だけではない。ナタリーへの敵意も込めていた。


「その憎たらしい顔、正面から見たくもない」


 開始の合図を前にルウナの口から飛び出したらしい言葉が、ただの試合相手に向けられるものでないことは明らかだ。

 演習に収まりきらない彼女の剣呑な雰囲気には、観覧席のざわめきも凍てついた。


「貴女はこの闘技演習場で、何人もの魔道士達を過剰に傷めつけ、倒して、そんな彼らを嘲笑ってきた」

「アタシは別にルールを違反してないんスけど?」


 本気の敵意を前にしてもナタリーの態度は変わらない。

 導師の小言を流して聞くような、気の抜けた声で返している。


「決していた闘いに追い打ちをかけた。それは間違いないでしょう」

「ごちゃごちゃうっせえなあ。だから、別に規則を違反したわけでも、罪を犯したわけでもねーだろっつーの」

「ええ。悩んだけど、法では貴女を裁けないとわかったから……だから」


 再びワンドが空を切り、先石がナタリーへ向けられる。

 杖を人に向ける。それは闘いの意思表示。


「その下卑た薄ら笑みを床に沈め、跪かせてやる」

「闘技演習、開始!」


 演習が、いや、これはもう演習などとは言えない。

 ルウナ側から、それ以上の意味を含めた宣言が上げられたのだ。

 中級保護とはいえ、壇上の空気はまるで果たし合いである。


「そうだよクソッタレ女! 正直に最初から言えってんだ!」


 ナタリーはメイスも構えず、本当に愉快そうに腹を抑えてケラケラと笑っていた。

 壇上で試合開始の号令を聞き漏らしているはずもあるまい。その笑いは、わかりやすい挑発だった。

 対するルウナは相手の仕草に一切の動揺も怒りも見せず、初期位置から杖を振りかぶった。

 いつか読んだ書物にもあった構え方だ。

 “逆横振り”。大きな飛距離が得られる投擲杖術の動きである。


「“キュー(水よ)ディア(襲え)”」


 杖の先石から巨大な水の塊が顕れ、それは宙で弾けてすぐさま流れを形成する。

 空中に生まれた水流は散らばり落ちることなく、見えざる勢いに押されて放物線を描いた。

 それはただの水であるはずなのに、まっすぐ見えない水路を流れるような作為的な動きだった。


「おっとっと、メイスが錆びるじゃん。やめてよねぇ」


 初期位置からの攻撃だ。距離は二十メートルもある。

 水流は強かったものの、水魔術は投擲には向かないようで、すぐに重力に負けてナタリーの手前に落下してしまった。

 それでも、床の上で射出の勢いが死んでいない。

 大きな飛沫をあげて落下した水は、波のように床を洗い流す。


 ナタリーはブーツを濡らさないように。そんな表現が似合う動きで水たまりを迂回した。

 彼女の足運びはちっとも焦っていない。


「こっちも反撃しちゃうわよん? “スティ・レット(いでよ鉄槍)”!」


 水を避ける動きのまま、ナタリーは緩慢な動きでメイスを振り切った。

 ゆらりとした動きの割にはかなり速い速度で、顕れた鉄針はカエルのように飛んでゆく。


「ふん、甘い」


 しかし、距離が距離だ。

 弾速の早い鉄の魔術投擲であっても、放物線を描きながらの攻撃は容易く避けられてしまった。

 ただナタリーの狙いだけは正確無比で、避けなければならない位置には撃っているらしい。

 両端とも尖った長い鉄針はルウナのすぐ傍の床に突き刺さり、黒い針を下から延べている。


「“キュー(水よ)ディア(襲え)”!」

「“スティ・レット(いでよ鉄槍)”!」


 遠距離からの水と鉄の撃ち合いが、静かに始まった。




 ルウナはワンドを巧みに操り、左右にステップを踏んで、飛来する鉄針を紙一重に避けてゆく。

 ナタリーの撃ち出す鉄針は、ルウナのゆったりしたローブに掠るかどうかといった正確さで襲ってくるものの、決して当たることはなかった。

 遠間であるにも関わらず、ナタリーの投擲精度は見事。

 しかしそれ以上に、ルウナの避け方が上手かった。

 無駄な動きを省いたステップの後には、取り回しに長けたワンドが水流を吐き出してゆく。


 ルウナの素早い反撃は、ナタリーの正確な射撃に追いついていた。

 魔術の行使速度は、両者共ほとんど互角と言っていいだろう。

 ただし、状況は拮抗しているわけではなかった。


「おっと……こりゃまずいな」


 撃ち放たれる水流は、ナタリーに直撃することはない。その前に落下してしまうからだ。

 そのため、水は床の上を浸してゆく。

 魔術の水は乾きやすいとはいえ、短時間に何度も水流がやってくれば、水溜りは小さな存在にとどまらない。

 浅く濡れただけの床は次第に波紋を立て、泡立ち、ブーツにあたって飛沫を上げ始める。


 もはや、ナタリーが地面の水から逃れる術はなかった。


「床の環境は私の水で満たされた」

「へいへい、環境戦環境戦……アタシにゃ関係ない話でござんすよ」

「投擲だけで私を倒せると思わないことね。魔術環境を自ら捨てたこと、後悔させてやる」

「へぇー? 面白ぇじゃん。させてみろよ」


 ルウナのワンドが頭上高く掲げられる。

 わかりやすい、隙も多い立ち姿である。同時に、その分の強い自信に溢れる構えでもあった。


「“テルザム(風よ)コヘテル(逆巻き)ディアー(襲いかかれ)”!」

「おっほ!?」


 振り降ろされたワンドが風を巻き起こす。

 風という不可視のエネルギーは、床の上の微量な砂をその身の色としてフィールドを疾走した。


 真正面へ吹き抜ける突風が水溜りを割る。

 跳ねた飛沫を巻き込んで、その勢いのまま巻き上げて、風は水を含みながらナタリーを襲う。

 その一撃はまさに、局所的な豪雨と烈風。嵐と呼ぶに相応しいものだった。


「ざっけんな! メイク落ちんだろうがよぉ!」


 それまで余裕な表情を見せていたナタリーも、飛沫煙る風のかたまりだけは全力で避けていた。

 衣服が水溜りに濡れることも厭わない大胆な前転が功を奏したか、なんとか本命の直撃だけは免れたようだ。


「死ねクソ女! “スティ・レット(いでよ鉄槍)”!」


 ナタリーは切り返しも早かった。

 激しい動きで乱れた髪の間から相手を捉え、正確に重いメイスを振り、魔術を放つ。


 しかし風の塊を避けるのと、細い鉄の槍を避けるのとでは、使われる労力が圧倒的に違う。

 ナタリーは暴風雨の回避のために全力の動きを要したが、ルウナが槍を避けるために必要な動きといえば、身体ひとつ分ずれるだけである。

 短いモーションによる正確な投擲杖術ではあったものの、ナタリーの反撃は、これもまた容易く避けられてしまった。


「嵐の中では鉄の戦車も、蒸氣の船も動きを止める。床に満たされた水と常にそこにある風こそが私の武器よ」


 水は激しい風に叩きつけられ、霧となって宙にも満たされる。

 決して縮まることのない二十メートルの間合いを隔て、わずかに姿を霞ませた両者が相手を睨んでいた。


「戦車に蒸氣船ねぇ……キッヒッヒ、人間一人相手に天から厳粛なるお裁きでも下してるつもりか?」

「私は自然を司っているつもりはないけど、ええ。こればかりは裁きとも言えるわね」

「裁きねえ、善良なアタシが一体なにをしたってのさ? ウヒヒッ」


 遠目からでもわかりやすい、人の心を逆なでする笑みだった。

 ずっと平静のまま心を揺すられることのなかったルウナは、この時初めて瞼を大きく反応させた。


「ケイティ=マグミルトンを覚えているか」

「あ?」

「なら、私から語ることはない」


 ルウナは再び杖を掲げる。

 今度は先ほどよりも一層、鬼気迫る表情で。


「“テルザム(風よ)コヘテル(逆巻き)ディアー(襲いかかれ)”」


 叫ぶような詠唱と共に、再び嵐が巻き起こる。


「ヒハハハッ!」


 ナタリーは自然の猛威を前に笑っていた。




「“スティ(黒鉄の)ドット(城塞)”」


 風雨は霧を歪め、その姿を明らかにして襲いかかる。

 しかし風は、突如として顕れた鋼の壁に阻まれた。


「……!」

「嵐は戦車をコカせても、城までは無理だろ?」


 ナタリーの前に現れたのは、人一人を覆い隠せるほどの鉄の壁。

 厚さはおよそ十センチ。風を一身に受けて凌ぐには、充分すぎる質量と言えた。

 風雨を面で受けてもなお、強靭な壁はビリビリと震えるのみで、幾つもの支柱に支えられた本体が倒れることはない。


「“スティ・ディ・レット(いでよ鉄槍)”」

「!」


 鋼鉄のハリボテの真上から二本の鉄針が飛翔する。

 ルウナからは杖を振る動きが見えなかったためか、ワンテンポ遅れて鉄魔術を回避した。

 その仕草は洗練された無駄のない動きだった。ただ、それまでにあった余裕だけがなかった。


「“スティ・ディ・レット(いでよ鉄槍)”」


 壁から姿を見せたナタリーは、すぐさま杖を振った。

 またもや二本の鉄針が生み出され、豪速球で浅い弧を描く。


「くっ……」


 ルウナは床を滑るように避ける。

 距離があるので避ける事自体はさほど難しくはないものの、撃ち出される本数は二倍に増えている。

 ただ一人分の身を動かすだけでは対処できない攻撃に、ルウナの目は宙に釘付けだった。


 避けることに精神を集中させる。それはつまり、反撃の手を緩めるということだった。


「“スティ・ディ・レット(いでよ鉄槍)”」


 ナタリーの追撃は矢継ぎ早に続く。

 大きく振られた長いメイスが撃ち出す鉄針は、とてつもなく速い。

 風切り音も小さな針の襲来に、ルウナは身を投げるように退避する。


「はあ、はあっ……!」

「おいおい、なぁにクライマックスみたいな顔してんのよ、ルウナちゃんさぁ!?」


 身体を床に擦る勢いで避けた二本の鉄針。

 それは、観覧席から見てるだけの私の目にも止まらない速さだった。


 ナタリーが試合中に放ったどの鉄針よりも速く、軌道が鋭い。

 つまり、今まで撃っていた鉄針は手加減されていたものだったのだ。


「“スティ・ディ・レット(いでよ鉄槍)”」

「……!」


 素早く投げられる鉄の魔術を先に詠唱されては、水や風の魔術では対抗のしようがない。

 生半可な物量では止めることもできないのだ。非力な魔道士は逃げに徹する他ない。

 安全な席から他人の目線として見ていても、その判断は正しく思えた。

 反撃をする隙などはない。とにかく身を守らなくては、危ない。


 ルウナの身のこなしは、身体強化を駆使していないにも関わらず見事なものだった。

 針に当たる面積を減らすために姿勢は低く、時に床の上を滑るように、転がるように、降り注ぐ鉄針を避けている。

 一本くらいは当たってもおかしくない状況だった。

 それでもルウナは、辛くも完璧にいなし続けていた。


「避けてるだけかぁ!? “スティ・ディ・レット(いでよ鉄槍)”!」


 避けていればいつかは反撃の時が来るだろうと、私は思っていた。

 再び魔術の応酬が始まるのだろうと、肝を冷やしながらルウナを見守っていた。


 しかしいつまでたっても、鉄針は降り止まない。

 ナタリーはいつまでも鉄針を放ち続ける。精神が擦り切れる気配などない。魔力が途切れる様子もない。

 激しく動き続けるルウナは、苦悶の表情に滝のような汗を流し始めている。


「くっ、はあっ、はぁっ……!」


 呪文を紡ぐ息もない。

 魔力などの精神的な部分以上に、身体的な要因でルウナの魔術は封じられていた。


「良い避けっぷりじゃねえか! こりゃ楽しくなってきたねぇ、イヒヒヒッ!」


 ナタリーは浅い水面を乱暴に踏みつけながら、前のめりにメイスを振るう。

 相手の表情には“恐怖”が映り始めていた。



挿絵(By みてみん)

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