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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第五章 見えざる人影

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鈎016 復権する骨董


「“イオニス(業火よ)ラダルス(夜明けに)エリオンエッグ(現れいでよ)”。これは古い魔術だ。属性の段階で既にカビ臭い。何より燃費が悪すぎる。使っている者は多くないと断言できる」


 クラインは壇上を清掃する業者の仕事ぶりを無感動そうに眺めながら、誰に対してというわけでもなく語る。


「あれは数暦後期の水国式古代詠唱に分類されるものだろう。後期とはいえ黎明期、相当に古いものだ。当時はまだ理学式にも不完全部位が多かったし、何より魔術そのものが大味で、術をそのまま現代で使おうとするには幾つもの問題がある。故に、個別の文法は伝わっていても、術がそのまま受け継がれる事は稀なのだ」


 なんかすごい難しいことをモゴモゴ言ってるので、多分私に話しているのではないのだろう。


「“エリオンエッグ”はまさにその典型だな。強力ではあるが魔力の消耗が激しいし、投擲のような命中性能があるわけでもない。定点で動かない環境魔術など、相手からすれば一定の距離を取ればどうにでも回避できる。使いどころの難しい魔術だが……それでも当時は決闘も盛んだったし、それ故に広まっていたのだろう」


 今は昼だ。

 ロビナの試合の後にもう一試合だけ挟まっていて、それが比較的速やかに終わり、休憩時間に入った頃合いである。

 昼食と柔らかな座面を求めて、多くの観客が場外へ掃けていった。

 一気に観客がいなくなるタイミングなので、席取りをするには今が最も楽なのではあるが、ここの硬い椅子で昼食を取ろうとする人はなかなかいないらしく、ざっと見渡しても三分の二以上が空席であるように見える。


「だが、発動すれば強い。熱源としてはかなり巨大なので、相手の投擲魔術を迎撃するにはかなり優秀ではある。今回は相手が飛び込むように動きながら投擲を発動したのも大きいな。“チッパー・ロビナ”は生半可な身体強化ではどうしようもない落とし穴に、運悪く飛び込んでしまった訳だ」


 せっかくなので、私たちはそうして空いた席の良い感じの場所に移動し、腰を落ち着けている。

 昼からはすぐにクラインの試合が始まるので、昼食も場内で軽く済ませる形だ。


「しかし謎が多い。何故“整備人のベロウズ”はあの魔術を習得しているのか……」

「クライン、試合前なのによくそんなこと考えられるね」


 私は干し肉を齧りながら、隣で他人の戦いを淡々と講評できるクラインをわりと真剣に褒めた。


「先ほどの試合では検討すべき点が多かった。オレもまだ自分の頭の中で整理できていない」

「クラインが?」

「オレでも悩むことはある」


 どんな難問でも一瞬でパッと解いちゃう印象があったけど、さっきの試合はそんなに難しかったのか。


「そうね。クラインが言ったからというわけじゃないけど、私もさっきの……“整備人のベロウズ”だっけ。あの子の使っていた魔術、結構珍しいと思ったわよ」

「ソーニャも?」


 あまり試合に関心のなさそうなソーニャも、先ほどのはちょっと思うところがあったようだ。

 私は鉄魔術以外はあまり詳しくないので、さっぱりだったんだけど。


「術の挙動が特殊だったわね。ほとんど見ないというか……独性術みたいだった、というか」

「独性術でもあながち間違いではないだろう。あの火球を後から膨張させた魔術など、一体どのように発動させていたのかも見当がつかん」

「そうそう。火属性としてはかなり珍しいのよね。私も専門家ではないから、偉そうには言えないけど」

「一般的な火属性の挙動とは言えんな」


 クラインが見当つかないって、そりゃすごいな。

 二つ名とはいえ名誉司書なんて呼ばれているほど研究熱心なクラインが知らない魔術って……そもそもそんなものが存在するとは思わなかった。


「でもよぅ、あの火の球がボワッってなるやつさぁー、あれならあたしでもできそうじゃね?」

『ふむ。どうなのだろうな? 確かに、爆発に似てはいたが』


 火球を膨らませ、破裂させる。確かにボウマだったら簡単にこなせそうではあるけど……。


「んー、ボウマだと難しいんじゃないかな? 彼が使っていた術を見た感じだと、発動させた火属性魔術に追加で干渉して火を与えていたような感じがしたし……あーでも風も使ってたかな?」

「なんだ、無理なんかぁ。つまんね」

『これこれ。……まぁ、今は人がいないから構わんか』


 ヒューゴの冷静な分析はいらなかったのか、ボウマはふてくされたように石のベンチにごろりと腹ばいになってしまった。

 姿勢が楽そうなのはわかるけど、それ絶対冷たいし寒いだろ。

 案の定ボウマは“うきゃー”とか言いながらすぐに元の体勢に戻っている。忙しいやつめ。


「風か。まぁ、遠隔で干渉するならば風も不可欠だろう。単純に火だけを増幅させていたわけでもなさそうだったからな」

「クラインはあの魔術が気になってるの」

「当然だ。オレは火と影属性使いは入念にチェックしている」


 クラインは火属性と影属性を扱う魔道士が苦手らしく、それらには入念な対策を練っているらしい。

 彼は水魔術に特異性があるために、環境魔術を使った戦いが苦手なのだろう。

 影に関しては多分強さとかは関係ない。クリームさんのせいだと思う。


「それにあの術は……いや、オレも無学だ。推測でものは言えんな。しかし……」

「クライン、考えるのも良いけど昼食は早めに食べちゃった方が良いんじゃないの」

「あの魔術は前にも……」


 うわの空でブツブツ自問自答しているようだったけど、それでもどうにか私の言葉が耳に入っているのか、クラインは不味そうな野菜サンドをモシャモシャと咀嚼するのであった。


 ……ロビナは敗北した。

 あいつはあいつなりに、かなり全力で戦っていたと思う。砂埃にまみれても、怪我をしても、それでも最後まで戦い抜いたのだ。


 けど、それでも負けてしまった。……悔しいだろうな。

 今日、ナタリー達の地下のバーに行ったら、元気づけてやろう。多分、ロビナは飲んで泥酔するんだろうけど……。


 ……他人事じゃねえな。私だって昼過ぎから試合だ。

 クラインどうこうじゃない。こっちも、気合い入れなおさなきゃ。


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