鈎015 膨張する片鱗
「ジキルが警戒してるってんなら、油断はできねーよなぁ……」
ロビナはショートメイスを上段に掲げた後、腕を倒して逆横振りの構えに変更した。
魔術投擲において、これは遠距離に向いた構えである。
マルタ杯は開始距離がかなり離れているけど……鉄魔術でも、あの位置から投擲を当てる自信があるということか。
「Aクラスだからなんて関係ない……“激昂”だって倒したんだ。ぼくならできる……ぼくなら……」
対するベロウズは半身になり、腰を低く落とした。
重そうなスパナ型のロッドは、その先端が床をこすっており、構えというよりは“半分置いている”というような状態に近い。
「珍しい構えだね。全体的に低いっていうのかな」
「そうね。魔術投擲をするには、あまり良い構えとは言えないけど……」
ヒューゴとソーニャが意外そうに論じているが、私としてはそんな感じ方をする人がいるという方が、むしろ物珍しく感じられた。
「いや、あれ多分投擲の構えじゃないと思うよ」
「え?」
「多分あれ……回避とか、そういうのだと思う」
私も正直、専門的な構えとか動きなんて習ってないからあてずっぽうな所があるけれど。
「試合、開始ッ!」
「“スティントゥ・ティーラ”!」
ベロウズのあの体勢は、跳ねる前の獣そっくりだった。
「ふッ――」
跳んだ。
向かい来る術に対して、真横に。
それも一や二メートルなんてものじゃない。ベロウズがやってみせたのは、四メートル近い長距離回避だった。
「んなぁッ!? 強化使いだぁ!? 聞いてねえッ!」
「軽量投擲物……なら、まだ得意……!」
予め大きく回避したベロウズの直感的な目論見は正しかったようで、ロビナの投擲物が遅れて着弾する。
それは鉄片。無数の小さな金属片による、個々の威力は低いが防御の難しい、厄介な魔術投擲だった。
「強化持ちってなると数打ちじゃ退場してくれねえか……!? いくつだ、五個まで減らせば威力は十分か……!?」
「大丈夫、怯えるな。僕ならできる」
ベロウズはそこそこの身体強化が扱えるようで、距離を詰めるその動きは非常に素早い。
重そうな長いマントは勢いよく翻り、スパナロッドは床スレスレの位置で構えられている。
近づけば殴れるし、遠くからでも横振りができる。そんな威圧的な動きだった。
「チッ! “スティントゥ・ティーラ”!」
「っ」
「“スティントゥ・ティーラ”!」
「うわっ」
が、ロビナの魔術はなかなか素早い。
射出速度は並ではあるけれど、発動と発動の間が短いのだ。
一回を避けても、二回目がすぐに飛んでくる。これは厄介だ。身体強化持ちとはいえ、反射神経には限界がある。力技で運良く回避出来たとしても、高速で動きながら相手の投擲動作を見切るのは困難だからだ。飛来物が小さく複数ともなれば、それは天敵と言ってもいい。
「く……そんなに甘くないか……!」
「どうしたよ六年! 火専攻ってな強化で殴るほうがお得意かぁ!?」
「……」
さすがに身体強化による接近戦では不利を悟ったのだろう。ベロウズは対応できない距離で身体強化による突撃を諦め、スパナロッドを両手で構えた。
その間もロビナは何やらガミガミと叫んでいるようだったが、ここまでは聞こえてこない。おそらく挑発か、それに類するものなんだと思う。
しかし、ベロウズは相手の誘いには乗らず、冷静にロッドを構えている。
「最良の選択だ。馬鹿の戯言に付き合う必要などない」
まぁ確かにクラインの言う通りなんだけど、もうちっと私の中ではマイルドだ。
「鉄片系の投擲……威力はないけど近づけば危険だし、他の術の警戒も……いや、弱気になっちゃ駄目だ」
ベロウズがキャスケット帽を素早く被り直し、ロッドを大きく横に広げた。
……投擲の構えだ。
「――“イアノ・テルス”!」
それは平凡な、きっと初等魔術だった。
火球を生み出し、魔術的な勢いをつけて射出する、そんなもの。
速度はある。ただ火球は小さく、人の上半身までならどうにかといった程度で、撃たれる側としては威圧感のないものだろう。
あれが床に落ちて環境になったとしても、たかが知れている程度の、小手調べのような魔術だ。
「はっ、それだけかよ」
しかも正面から堂々と飛んでくる。
言っちゃ悪いが、入学したての私にでも対処できそうな火球だった。
ロビナも悠々とワンドを振り、対抗する術を発動させようとしているが――。
「――“ロゥガス・イオニオ・イオニアル”」
その寸前にベロウズのロッドが妖しく輝いたのを、私は見逃さなかった。
「は……」
小さかった火球。
平凡で、片手間で対処できるような、小さく矮小な攻撃魔術。
それが、ふと少しだけ意識を反らしている合間に、膨れ上がっていた。
「な!?」
巨大に。ロビナを縦に三人も飲み込めるまでに。
「“スティ・ドット”!」
着弾。
大火球は爆風を伴う火炎を発散させながら、派手にロビナに着弾した。
……飛んでくる間に、しかもほんの手前で一気に巨大化する魔術なんて、たまったものじゃないな。
「なあクライン、炎の術ってあんなにいきなり大きくなったりするの? あれやられたら私、かなりきついんだけど……」
「しない」
「え?」
「普通は、しない」
横を向くとクラインは、とても真剣な……そして僅かに戸惑っているような揺れた目で、壇上を見つめていた。
「あまり……聞き覚えのない、魔術だ」
「……クラインでも?」
「そういうものも……中には、ある」
爆炎が晴れる。
柔い白の石壇は火球の着弾とともに僅かに砕け、灰色の煙となって立ち込めていた。
それも爆風の余波がすぐに拭い去り、爆心地の様子を全ての観衆に露呈する。
「あ、ロビナいた。まだ負けてない」
「……そうだな」
ロビナはまだフィールドに残っていた。どうやら咄嗟に発動させた“スティ・ドット”が良い防壁になってくれたようだ。
が、壁は跡形もなく消滅し、残っていない。
床に刻まれた傷跡は壁のあったであろう場所とその手前がはっきりわかるほどで、膨らんだ火球の威力を物語っていた。
「ゲホッ、ゲホッ……! くっそ、やべぇ……なんだ今の」
ロビナは防壁のおかげで無傷だったようだが、汚れ一つなくとはいかなかったらしい。
煤を被ったような彼女の姿は、見た目だけなら相当な痛手を負っているかのように見えた。
「飛ばしてる途中の火属性に、あそこまで干渉だと……嘘こけ、ふざけやがって……」
「“イアノ・テルス”」
「ばッ、まず、“スティ・ドット”!」
再び、火球投擲。そしてまた壁を壊し尽くすほどの膨張がくるか。
「……よし」
と、思いきや来ない。
火球はそのまま頼りないサイズで弓なりに飛んでゆくだけで、壁にぶつかっても弱々しく破裂するだけだった。
ロビナの鉄壁による防御は完璧だった。
「なんだ、全然手応え……いやちげえぞ、やべぇ!?」
「“イアノ・テルス”!」
一発目は囮。相手の防御を誘発するためのちょっとしたフェイント。
本命はこの二発目。壁を隔てて状況を把握できないロビナに対し、かなり上向きに放たれた火球の方だ。
小さな火球は打ち上がる。壁を越えてゆく軌道を描き、真っ直ぐに。
ロビナも遅れて相手の狙いに気付いたのだろう。彼女はロッドを慌ただしく壁にくっつけたり上向きに動かしたりしながら、対処を迷っているようだった。
そうこうしているうちに、火球は壁の上を越え、
「“ロゥガス・イオニオ・イオニアル”」
ベロウズがロッドを差し向けたその瞬間に、真っ赤な輝きを炸裂させたのだった。
壁の上に躍り出た火球の、急速な膨張。
それはボウマの爆発よりも緩慢ではあったが、火炎としての熱量ではこちらの方が圧倒的に上だろう。
赤熱する巨大な球体はロビナを包み込み、間もなく緩やかに爆ぜた。
それは、爆風を撒き散らすというよりは、辺りに吹き付けるような弾け方。水中で破れ、緩やかに混じってゆく色水のようだった。
「はぁ、はぁ……クソが……熱いんだよ……!」
直撃かと思われた。今度こそ終わるかと、私以外にも多くの観衆が思っていたに違いない。
けれど、ロビナはまだフィールドに立っている。満身創痍な風であっても、まだそこに。
「粘るな」
クラインも意外そうに呟いた。
粘る。確かにその通りだ。ロビナはこれで二回も、あの唐突に巨大化した火球を凌いだことになる。
……“スティ・ドット”は消滅している。上空からの火炎によって、焼き尽くされたのだろう。それはわかる。
けど、ロビナを守る防壁には成り得ないはずだ。一体どうやって……。
「足元の床が一部だけ無傷のまま……そうか、咄嗟に“スティ・ピュラムス”を真上に生成し、シェルターにしたか。良い判断だ」
クラインが何か言ってるけどよくわからん。けど、多分術で防いだってことなのだろう。
詳しいことは後で聞いてみよう。今は……。
「防いだ……やったと思ったのに。いや、でも熱までは……」
「はぁ、はぁ……!」
「……棄権、してくれないかな。これ以上ぼくとやっても、勝てないのわかってるでしょ……」
まだロビナは動けている。負けてはいない。
が、先程の魔術は完全には防げなかったのか、顔色は悪かった。服はボロボロだし……何よりブーツの底の方が焦げ、傷んでいるように見える。
コンディションは悪いはず。それでもロビナは諦めようとはしなかった。
「……“スティ・フェイブルム・スティラトル”」
「!」
鋭い眼光を曇らせることなく、ロビナは魔術を発動させた。
派手な魔術ではなかった。ショートメイスは振られておらず、だからベロウズも反応していない。
「レドリアのためにもよぉ……無様に負けられねーんだよ、こっちはよぉ」
何が起こったかと言えば……彼女の持つショートメイスの先端が、変化している。それだけだ。
先石を防護する六枚のフランジに囲まれているだけだったその先端に、六本の太い針が備わっていた。
枝箒のように広がる六本の棘。メイスがよりメイスらしくなったとでも言えば良いのだろうか。
しかし、ロビナの持つ杖に現れた変化はそれだけで、戦況がひっくり返せるようなものにも見えない。
「まだ戦うつもりなの……? ぼくと相性悪いのわかるでしょ……諦めてよ……」
その見るからに“鈍器”、あるいは“凶器”と呼べる姿のメイスは、至近距離でしか活用されない武器であるようにしか見えない。
ベロウズとロビナとの距離は、目算で二十メートルはあるだろう。到底その武器の威力を活かせそうにない間合いだ。
先程の膨れる火球を放たれては、今度こそロビナに為す術は無いだろう。
「なんで今、あの術を使ったんだろう」
『いや、あれは』
「あれはスティヘイム……鉄城騎士団特有の独性術だ」
「え?」
私の疑問に、ライカンとクラインが答えてくれた。
「君も見たことがあるだろう。“パイク・ナタリー”や“弩針のデリヌス”が使っていたような、武装を整えるための魔術だ。あれはただ、近接戦闘能力を高めるだけのものではない」
デリヌスの方はぱっと浮かばなかったけど、ナタリーの方はすぐに思い出せた。
メイスから槍を生やし、全身に鎧を纏うという、見たこともないような魔術。
ミスイとの闘いで使っていたそれ。
「あれは、鉄城騎士団が矜持を賭けて戦う時にのみ発動させる、非常に練度の高い魔術だ」
フィールド上で何度か棘メイスを素振りして、ロビナが構えを取る。
横振りとか逆横振りとか、そんな形式張ったものではない。
振り、殴りつける。魔術とは一切関係ないような、そんな接近戦の構えだった。
「……正気?」
「わかってるよ、そっちが強いことくらいはな。私だって何度も闘技演習に出てる。敵わない相手くらい、嫌でもわかるってんだよ」
二人の間合いは遠い。そこで何か言葉が交わされていたとしても、きっと互いに聞こえることはない。
「なんでまだ……棄権するよ。ぼくだったら」
「けど三年の鉄専攻はなぁ? どんな闘いでも諦めねえからこそ天辺目指せるわけよ。負けた時の言い訳を残しておくほど、お行儀良くは無えわけさ」
ロビナの身体が、得物を定めた猫のように沈む。
「だからよベロウズちゃん。私の本気、受け取ってくれな……!」
瞬間、ロビナは前へ駆け出した。
ベロウズが最初に試みたときと同じ、接近戦。それを今度はロビナが行ったのである。
しかも、それはただの接近ではない。身体強化をかけた上での、全力疾走による試みだった。
「強化使い!? まさか、そんな!」
ベロウズはロビナが身体強化を使うとは想定しなかったのだろう。突然の疾走に、一瞬動きを鈍らせていた。
気持ちはわかる。序盤に接近を拒み続けていた魔道士がいきなり近づいてきたら、そりゃ驚くだろう。
「“チッパー・ロビナ”参るッ!」
ロビナが強化を込め、勢いよく跳躍する。
高さは三メートル強。棘だらけのショートメイスを空中で振り被った殺気溢れる姿で、風を切っている。
「い――“イオニス・ラダルス・エリオンエッグ”ッ!」
「“スティントゥ・ティラトール”――!」
白熱する球体が壇上に現れる。
メイスの先端に生えていた六本の針が、振り下ろしと共に勢いよく射出される。
互いの術の発動はほとんど同時。
強大な火炎の熱と、殺傷能力の高い鉄針の強襲。それらがぶつかり合い、視界が白熱の輝きに埋め尽くされる。
試合の結果は……。
「……ふむ。……勝者、“整備人のベロウズ”!」
辛うじて壇上に残っていた、ベロウズの勝利に終わったらしい。
「……か、勝てた。勝った。……やった……!」
会場からは見ごたえのある接戦に対して多大な声援が送られた。
大規模で派手な魔術と、手に汗握る接近戦の応酬。それが観客を良い具合に興奮させたのだろう。
「……あの魔術。あれは……」
私も両者の見事な闘いぶりに対し、惜しみない声援と拍手を送った。
けれど、隣のクラインは神妙な顔で、試合内容を振り返っている様子だった。




