鈎012 激励する上位者
私達の試合会場はトルメリア煌石闘技場である。つまり、前回試合をやった場所と同じところに割り当てられたのだった。
そして監督者はまたしても同じ、鉄国将軍のレドラル=ハワードさん。
昨日目を付けられたばかりなので記憶にも新しいし、だからこそ“内々で決まってたのかな”と深読みしてしまうのは仕方ないことだろう。
ただ、これは何も邪推しているわけでもない。というのも、今回の会場には私とクラインの他にも、ナタリーら鉄専攻の面々まで割り当てられていたからだ。
“同郷として目を掛けているぞ”と直接会って伝えてくれた将軍さん。そんな彼が、私とナタリーの関係者全員の試合を見ようとしている。
これもまた、偶然だとでもいうのだろうか。
いや、きっとそんなことはないのだろう。
あまりにも出来すぎている……が、しかし。
「まぁ、後で合流しやすいし、別にいっか」
別に監督者の間でどんな話が動いてようと、変な審判をされるわけじゃなければどうだって良いことだ。
私としてはナタリーら知ってる人たちの試合がその場で見れるので、むしろ有り難ささえ感じてしまう。
ひょっとするとの話だけど、試合の組み合わせや会場の割当などは、そういった個人の事情も考慮されているかもしれない。
「なんとか第一試合の開始前に間に合ったね。席は……前後列で三人で座ればまだ空いてそうだ」
「横一列だと声も聞こえなくなっちゃうし、丁度いいわね」
ちょっとギリギリの時間にやってきたものの、幸いにして空席は多かった。閑散としているわけではないし、まだまだこれからも増えていくことを考えれば、結構丁度いいタイミングだったのだろう。
それに加え、座席が石だということも、会場が大入りしていない要因のひとつなのかもしれない。
「ちべてー!」
『うむ。そして固いな。入り口で古びた木板を貸出していたのは、そのせいだったか』
「あの木の板、なんだったんだろ。ひょっとして椅子代わり?」
トルメリア煌石闘技場の座席は石製だ。
石の座面は恐ろしいほど冷たい。ソーニャは既に持参した薄いクッションを広げているし、そのくらいの工夫は前もって準備しておかないと、長時間座りっぱなしでいるのは困難だろう。
まあ、私はジャケットが分厚いから全然平気なんだけど。むき出しの岩肌にだって座れるしね。
「あの木板は、昔の観戦料代わりとして使われていたものだ。今でこそほとんど残っていないが、行われる催しによってはあの板がなければ飲食を振る舞われなかったり……」
クラインは色々と説明してくれたが、要するに自前で敷くものもってくればタダだということらしい。
「若き魔道士が集うマルタ魔道闘技大会、今日はその三回戦となる日だ。既に二度も勝ち抜いてきた諸君らは、この水国内においても屈指の実力を備えているであろうことは、既にこちらも承知している」
闘技場の中心で、レドラル将軍が拡声魔具も無しに良く通る声を張り上げていた。
無数の聴衆は大勢ながらも静まり、彼の言葉に耳を傾けている。
「会場の一つがここ、トルメリア煌石闘技場だ。会場の外にはミネオ山の自然が僅かに望めるだけだが、かつてはミネオマルタ城の一部が見えていたという話だ。ここはミネオマルタでも数少ない、非常に歴史ある、由緒正しき闘技場の一つと呼べるだろう」
言葉につられて会場の外を見てみると、まぁ確かに城らしいものは見えない。
山の自然がちょっと見えるくらいで、特に面白みはなかった。
「かつて煌灯に用いられていた煌石は、非常に高価な魔石として取引されていた。その希少性は金の価値さえ凌駕するほどで、公共の施設の照明として用いるなど考えられない時代でもあった。それは今だって言えることだろう」
煌石。すごく高いんだよな。
「だがその煌石は、努力を惜しまぬ魔道士や戦士の修練のために、惜しげもなく使われることとなった。無数の煌灯によって照らされたここトルメリア煌石闘技場は、夕時や夜間でも明るく照らし、数多くの競技者達を輝かせたのだ」
煌灯が公共施設に、それもこんなだだっ広い競技場のために使われる。
それはきっと、並々ならない決断だったのだろう。
「この競技場によって紡ぎ出された伝説は数多い。指導書にある名勝負と呼ばれるもののいくつかも、トルメリア煌石闘技場で生まれたものだという。……諸君ら若き魔道士が、脈々と受け継がれし輝きの一つとして奮戦することを、私は期待する」
その言葉を最後に、将軍は腰の長剣を抜き放って高く掲げてみせた。
高名な騎士であるレドラル=ハワードがそんな格好いい締め方をして、観客が静かでいられるはずもない。
石造りの闘技場が砕けんばかりの喝采と歓声は、将軍さんがフィールドから離れるまでずっと続いていたのだった。
「耳いてえ」
「手も痛いじぇ」
『凄まじい熱気だったな。ボウマは叩き方がちょっと雑だったようだな。どれ、見せてみろ』
「あい」
試合の始まりを告げるには、まさに最良の挨拶だったんじゃないかと思う。
歴史どうたらはよくわからないけど、将軍さんが参加者の皆を応援しているという気持ちはよく伝わってきた。
ああいう風に言われると、やっぱり頑張りたくなってしまうものだ。
「オレ達の試合は昼からだ。今ここで戦意を高揚させても仕方がない。先発の試合をよく観察し、魔道士が術を放つ際の呼吸というものを掴んでおくといいだろう」
「術の呼吸、ねえ……」
呼吸といっても、術って詠唱するから吐くだけじゃないのか。
「運の良いことに、今日は見る価値のある試合が多そうだ」
クラインはすました顔だったけど、それでもどこか嬉しそうに新聞を眺めていた。
それは今日、このトルメリア煌石闘技場で行われる試合の組み合わせと順番が書かれた表である。
「確かに、そうだね」
そこには、私達の試合の前にナタリーやらデリヌスさんやらの鉄専攻の面々が名を連ねている。
「……うん、よく見ておかないとな」
特にナタリーと同じ鉄専攻の“チッパー・ロビナ”と“整備人のベロウズ”による試合は、絶対に見逃せないものとなるだろう。
さて、問題の試合である。
今回は会場が四つに絞られており、一つの会場につき五十人が試合を行うこととなっている。
試合は午前に十三試合、午後に十二試合が行われるのはこの前と同じ。違う部分といえば、これまでの試合を勝ち残ってきた凄腕の魔道士達が揃っているということと、監督者が二人になっているということくらいだろう。
『見定めさせてもらうぞ。所詮は子供のお遊びだろうがな』
「アックス殿、我々はあくまで監督者です。篩にかけるような威圧は、控えるべきですよ」
『ふん』
そう、監督者が二人になっているだけだ。
たったそれだけのことなんだ。極力気にしないほうが良いだろう。
というより、あの席周辺の物騒な雰囲気は視界に入れるのも控えておかないと精神的にキツい。
「最初の目ぼしい試合は……“パイク・ナタリー”か」
「午前はあの鉄専攻の子達ばかりみたいね」
『午後はほとんど男ばかりのようだな。ふむふむ』
「ライカン、私女なんだけど」
『はは、わかってるとも。ほとんどと言ったからな、ほとんど』
私達が注目すべき試合の組み合わせは、こんなところだろう。
“パイク・ナタリー”対“霙のシュェ”
“円鉄のレドリア” 対 “天罰のエンドリック”
“チッパー・ロビナ” 対 “整備人のベロウズ”
“名誉司書クライン” 対 “閉ざされた氷室のメイボルド”
“クランブル・ロッカ” 対 “日陰者のリュミネ”
“雷鎖のジキル” 対 “闇討ちのサリデ”
“弩針のデリヌス” 対 “階段清掃員ジョルジオ”
クラインの試合から午後なので、午前中の私達はただ観戦しているだけだ。
それでも術の速度を見切る訓練にはなるだろうし、ぼーっとしているわけにもいかない。
そろそろナタリーの試合も始まるし、真剣にチェックしておかないと。
……ていうかなんだ。デリヌスの対戦相手、階段清掃員ってどんな奴なんだ。
それはそれで、すげえ気になるんだけど……。
「これより“パイク・ナタリー”及び“霙のシュェ”による、マルタ魔道闘技大会三次予選、第二戦を開始する!」
ナタリーの対戦相手は背の低いナタリーよりも小柄な、ちんまい少女のような魔道士だった。
しかし意志の強そうな黒く大きな瞳と、しっかりと切りそろえ整えられた濃紺のショートカットは、彼女を背丈よりも理知的な大人っぽく見せている。
杖は、なんと両手に一本ずつメイスを握っているという、初めて見るようなスタイルだ。
服装もローブのようなものとは違い、身体にピタリと張り付くような造りらしい。短めのズボンや肩までしっかり出した装いは、あまり魔道士っぽくはないものの、私の目線では非常に動きやすそうに見えた。
「エクトリア国立理学学園から来ました、シュェです。宜しくお願いします」
「へいへい、アタシは“パイク・ナタリー”。どぞ、ヨロシク」
「……貴女、礼儀がなっていませんね」
「キヒヒ、んなもん随分昔に水路に捨てちまったね」
両者は短く言葉を交わした後、距離を取って位置につく。
黒い石碑に手をかざして魔力を登録も完了し、白壇の下に石碑が沈み込んでゆく。
「やれやれ。レドラル将軍からの覚えめでたく、なぁんて思ったのにねぇ……ハハッ。こりゃ別の意味で大ハズレ引いたわ」
やがてフィールドが白一色となり、全体に僅かな魔光が灯る。
大会仕様の保護設定が稼働し、いつでも試合開始ができる準備が整った。
「あの小さい子、見ないけど結構可愛い服着てるわね」
「え、ソーニャ今それ言う……」
「試合、開始ッ!」
ソーニャが雑感を述べている間に、試合は始まった。
「“キュー・ディア”ッ!」
先に動いたのは両手メイスのシュェの方だ。
素早く横にステップを踏み込んで、片方のメイスを大振りしつつ、水の塊を斜め上に向かって放射した。
水量は、まぁ普通くらい。距離はあるので当たることはないだろう。せいぜい中間あたりでちょっとした水たまりを作る程度に留まるか。
「“スティ・リオ・レット”」
対するナタリーはバトルメイスを横薙ぎに振るい、三本の鉄針を魔術投擲。
鋭く巨大な針は一撃でも当たれば相当な痛みを齎すだろうし、薄い守りを貫くだけの破壊力を持っている。特に水属性術だと氷による防壁の構築が一般的だそうだけど、果たしてナタリーがそんな下準備を整えるまで待ってくれるかどうか……。
「う、わっ!?」
ナタリーから放たれた三本の鉄針を、シュェはかなり危なっかしいタイミングで回避した。
あともうちょっと横に転がるのが遅ければ、そのまま脇腹が串刺しにされていたかもしれない。術を撃とうとしてたんだろうか。ちょっと反応鈍かったな。
「おいおい勘弁してくれよ、三回戦っしょこれ? ……せっかくの御前なんだぞテメェ。マジで……」
ナタリーからの追撃はない。というか、あいつ髪を掻き上げて余裕そうにしてやがる。
特にバトルメイスを構える様子も見られない。彼女はゆったりと立ち位置でも調整するかのように、横に歩いているだけだった。
「なかなか、速度はありますねッ……“キュー・ディア”ッ!」
素早く起き上がったシュェは、今度は自分のやや手前側に水を落として環境を増やし始めた。
「“キュー・ディア”!」
右手と左手、交互にショートメイスを振りながらの連続発動だ。
繰り返す度に水音は派手さを増し、水たまりをより大きく、盤石なものへと変えてゆく。
……壁、のための布石なんだろう。
水魔道士にとって、水環境は命のようなものだ。炎を防ぐにも防壁を出すにも、とにかく水がいる。
そして水は、大技でない限り少しずつしか出せないもの。着実に水量を増やしながら戦うのは、正しい魔術戦の形なんだろう。しかし……。
「……つまんね。“スティグマ・スティ・レット”」
「投擲じゃない!? 何――」
ナタリーがシュェに向けてメイスをまっすぐ伸ばして、魔術を発動したその瞬間。
「勝者、“パイク・ナタリー”!」
闘いは呆気なく終了した。
……フィールドに立っていたシュェには、最期の最期までわからなかったことだろう。
全く想像もしていなかったに違いない。
自分が最初に回避した鉄針が、背後から再び襲ってくるなど。
「……はーぁあ。もっと培ったモンを出させてくれたって良いだろうがよ、雑魚女が……」
瞬殺。そして鮮やかであった。
見ている分にはちょっと味気ないところもあったけど、ナタリーが位置を調整して上手く相手を誘導し、最初の布石を回収して仕留めた一連の流れは、とてもわかり易く、綺麗なものだったと思う。
それは沸き立った歓声が証明しているし、私自身もそう感じている。
が、壇上のナタリーは不完全燃焼だったのか、勝ったというのにやけに不機嫌そうにメイスを揺らしながら、ダラダラと退場してゆくのであった。
「ちなみにウィルコークス君。オレと君が闘った試合はあれよりも無残だったぞ」
「……もうその時の話思い出させるのやめない?」




