鈎004 気遣う着床師
ベロウズが下宿しているノーマ機人整備店は、ミネオマルタの外周部にある。
少し道が複雑だけど、一度行ったし、また行くこともあるかなーとは思っていたので、場所はちゃんと覚えている。
幸い、道中何かに邪魔されるようなこともなく、私は整備店までやって来れたのだった。
「うん、空いてる、よね」
曇りガラスは向こう側の様子をはっきりと映してはくれないが、扉には“営業中”の札が掛けられている。
物怖じせず、入ってしまうのが良いだろう。
「おじゃまします……」
客なのにお邪魔も何も無いのだが、こじんまりとしている店だったのでつい口から出てしまった。
内装は以前と変わらず、整頓されていて結構綺麗だ。
『あら、いらっしゃい』
全機人の女性店主は、古いポリノキ張りのチェアで新聞を読んでいたらしい。
彼女はそれを脇に置くと、手早く皮エプロンを締め、接客の体勢でこちらに歩み寄ってきた。
『あら、この前の。それに、新聞に載ってた』
「え? あっ、どうも。ロッカ=ウィルコークスです」
つい自己紹介してしまった。
『あらあら。どうも、私はノーマです。記事、読んだわよ。相手は強い学徒さんだったみたいね? なのに勝ち進んで、本当に凄いわ。おめでとう』
「え、あはは……ありがとうございます」
ノーマさんは暖かく笑い、丸みのある眼光ランプを穏やかに瞬かせた。
一度しか来たことないし、しかもちょっと見に来ただけなのに、まさかお祝いまでされてしまうなんて……けど、やっぱりおめでとうと言われると悪い気はしない。
店内に、彼女はいる。けれど、ベロウズはどこだろうか。上の階にいるのかな……。
『今日は、腕の整備かしら? 何か不調でもあったかしら』
「あ、いやそういうわけでもなくて。あー……でも、前の試合でちょっと無茶のある動きをしたから、やっぱり見てほしいかも……」
『点検ですね、かしこまりました』
ベロウズに会いに来てみた、なんてそれだけの要件で訪れたのがなんとなく恥ずかしくて、軽く診てもらうことにした。
実際、前の試合では終盤の岩投げが結構無理があったので、気になってはいるのだ。
部品が歪んでいたりしたら、次の試合が怖くて仕方ないし……。
『お茶淹れますね。お砂糖は?』
「あ、どうも……一杯だけ入れてもらえますか」
『はい』
椅子に座り、施術台に腕を乗せると、丁度お茶もやってきた。ついさっきモヘニアと一緒に飲んでいたけど、そこはそれ、気にしない。
左手側に置かれたそれは使い古されているものの、元々はそれなりに高そうなカップのように見える。
味は……まぁ、普通な感じ。
『それで、ベロウズに会いに来たのかい?』
「えっ」
右腕の点検が始まってしばらくして、ノーマさんは唐突に訊ねてきた。
こっちからは一言も切り出した話題ではないので、私はとても驚いてしまった。
『さっき、なんだかベロウズを探している風だったからねえ』
「あー……はい。実は、それもあって」
本当はそれが主目的で来たんだけど。
『そっか。ひょっとして、ベロウズの試合のことかしら』
「……」
何から何まで的中すると、なんでだろ……言葉が出なくなるんだけど。
『ふふ、あの子も、勝ったからねえ。昨日はここでお祝いしたのよ。手作りのミートローフでね。ああ、匂いが残ってたらごめんなさいね』
「あ、いえ、そうだったんですか……ミートローフ、良いですね」
『うちに伝わるレシピは格別でねぇ。あの子も昨日は喜んでくれたわ。いつもはそこまで話さないけど、お酒のせいもあったのかしら。興奮冷めやらぬって感じで、ふふ』
ノーマさんは嬉しそうに話しながら、私の右腕を掃除している。
『次の試合も頑張るって、張り切っていてね。こういう機会だから、私としても応援してやりたいものだし……。あの子はしばらく、どこかで魔術の特訓とやらを続けるみたいだよ。ベロウズを探してたのなら、残念だったねぇ』
「……あの、ノーマさん。なんでそんなに、私の考えてることわかるんですか?」
『アッハハ、顔と雰囲気を見ればわかるさぁ。遠慮がちで、探ることに慣れていない感じがするもの。私じゃなくても、ばればれだよ』
「うっ……ごめんなさい」
『気にしなくて良いのよ、別に悪いことしてるわけじゃあないんだから。あの子が言うには、昨日の大金星は、本当に凄いことみたいだしねぇ。気になった友達が少しでも来てくれるのなら、それはベロウズが注目されている証。むしろ、誇らしいものさ』
簡単な整備はあっという間に終わり、鋲を嵌め終えたノーマさんは私の右腕をポンと叩いた。
『それに、あんたの義腕と魂からは、清らかな性根が伝わってくる。……あの子はちょっと気難しいところがあるから、難しい頼みかもしれないけど……ウィルコークスさん。どうか、ベロウズの友達になってあげてくださいね』
「……」
参ったな。性根が清らかとか、真正面からそんな風に言われたらどうしようもないじゃんか。
「はい、あの……うん。接点は、正直まだそんなにないんですけど……もし、機会があるのなら。仲良くなりたいなって、思います」
『ん。ありがとう』
結局、ベロウズはしばらく店に戻ってこないようだし、どこで訓練しているのかもわからなかった。
帰ってくる時間も定かではないし、わざわざ遅い時間に押しかけるほどのことでもないだろう。
けれど、ベロウズを心の底から思いやるノーマさんの話を聞いた私は、確かにベロウズとはほとんど接点が無いんだけれど、もう少し話せる関係になれたらなと思うのだった。




