鈎003 脱衣する娘
「ふーん……」
朝一で購入した日刊クレイモアは、概ね予想通りの内容だった。
私が喋ってもいないような変な言葉も入ってないし、写真写りも多分、そんなに悪くはない。アンドルギンの刃先もいい感じに煌めいている。……ように、見える。
あと、活字だ。私の言葉が活字になっている。
なんかもう、それだけでものすごく頭が良さそうだ。
クラインも短く何か喋ってるけど、沢山喋ってる私の方が一枚上手っていうか。そんな感じ。
……けど、自分の姿が新聞に、しかもそこで喋った言葉まで掲載されているっていうのは、かなり気恥ずかしい。
大会でも大勢の観客の前で色々暴れたりはするけど、それとはまた違ったむず痒さがあるのだ。
だから今朝はいつも愛用しているオイルジャケットは部屋に置いて寝間着用の格安ローブを来て外に出たし、髪を下ろして伊達眼鏡まで着用している。
別に後ろめたいことをしたわけじゃないのに、完全な変装を整えてしまった。
やってることは、外に出て新聞を買っただけなんだけどね……。
「今大会でも注目されている安定の一体型メイス、ショートドージェ! 壊れず、音も出ず、手入れも簡単。先石の保護も頑強で、何年だって使えるよ!」
威勢の良い客引きの声は、マスケルト戦杖店からのものだ。
どうも今朝から大々的な安売りを行っているようで、私がここにやってくる頃には既に様々なお客さんが店の前に列を作っていた。
並んでいるのは若い魔道士風のローブやケープ姿の男女であったり、裕福そうな人だったり。
いずれも身体強化に向いてそうな雰囲気はなかったけど……まぁ、とりあえず買っておきたい、くらいの気持ちで来たのかもしれないな。
……私のインタビュー記事で名前が出ていたので、その影響もあるのかもしれないし。
「ん、ここがマスケルト戦杖店か。見つけたぞ」
「ほほー、すごい人だねえ」
今もまた、私のすぐ近くにいた観光客が店の取り巻きに混ざっていった。
……商売繁盛しているようで、何よりです。
明後日行われる第三試合の組み合わせは、今日の昼に発表される。例によってラリマ競技場だったり、各地の掲示板や新聞で一斉に明らかとなるのだそうな。
およそ二百人が争い、百人に絞られる闘いだ。最初と比べて、随分と減ったものである。
とはいえ新聞社としては、対戦表を見開きに載せやすくなって安堵している頃合なのだろう。
学園に来た初日、活字で長文を組み上げた時の経験から言わせてもらうと、前回のような対戦表を作り上げるのは軽い悪夢だ。
インタビューの時みたいに、上手く喋って相手から情報を聞き出すなんて難しそうだし……私が将来何をするにしても、多分新聞社とかに務めることはなさそうだ。
「……将来、何しようかな」
近くの屋台で買った焼きたてのジャガイモを齧りつつ、通りを行き交う人々を眺める。
特に目的はないし、待ち合わせをしているわけでもない。ただぼんやりと、街の人を眺めているだけの緩い時間だった。
マルタ杯の影響はまだまだ顕在で、地元在住の人よりも、旅人や観光客の姿が多いのだろう。
大きな背嚢を背負った姿は珍しくないし、中には傭兵らしき装備の男女が一塊になって動いてもいた。
杖を売る店の前では利口そうな顔立ちの若者が立ち止まり、魔石専門店の前には身なりの良い連中が知ったふうな顔でふらついている。
いつもだったらもう少し地元らしい生活臭があるんだけど、今のミネオマルタは常にお祭りムードを維持したままだ。
どうも二つ折りピザやチキンの屋台もこの期に乗じて僅かな値上げをしているようで、朝のちょっとしたおやつを買い食いするのにも一苦労だった。
足下見やがって……とは思うけど、稼ぎ時ってのはこんなものなのかもしれない。
「あら。そこにいらっしゃるのは、ロッカ=ウィルコークスさんでは?」
「んぐッ」
変装しているのに急に呼びかけられたので、芋が喉に詰まりかけた。
「んっ……はぁ。あー、えっと、あ。モヘニアさん……」
「ええ、おはよう」
「……あー、うん。おはよう」
声をかけてきたのは、何かと縁のある酒飲み魔道士、モヘニア=ムータニアスさんだった。
格好は普段と大きくは変わらず、脚の長いゴブレット型ロッドを持っていないことを除けば、いつも通りな妖しい女性である。
どこか熱を帯びたとろんとした目を向けられると、つい視線を逸したくなってしまう……っていうか、なんだ。もしかしてこんな朝っぱらからでもお酒飲んでるのか? この人……。
「モヘニアさん……は、何してるの? こんな朝から。ていうか、今この格好の私に気付けるのって、凄いね……」
「んー? まぁ、お散歩かしら? 普段と違う町並みって、歩くだけでも楽しいから。フフッ、ロッカさんもいつもと違った雰囲気で、面白いわ」
「お、面白い……」
この格好って面白かったのか……そんなに変なのかな。
やっぱり私ってローブとか似合わないのか……。
「そうそう、ロッカさんの載った新聞、読んだわ。格好良く映ってたわね?」
「あ、うわー……やっぱり見られちゃってた。そう言われると、なんだか恥ずかしいかも……」
「恥ずかしがることはないと思うけれど? そんな変装みたいな姿をしているより、胸を張っていつも通りの格好でいたら良いのに」
「……やっぱりわかるんだ。んー……けど、なんだか新聞のままの姿でうろつくのも、正直……」
「そっちの方が、ずっとロッカさんらしいわよ?」
……私らしい、か。
……そう言われちゃうと、なんだかコソコソした格好でいるのが急に煩わしく思えてきたぞ。
「よし、じゃあもう良いや」
「あらっ」
見ためばかりの眼鏡を取っ払い、その場でローブをぐいっと脱ぎ、白レースの髪留めでいつものように高く結い上げる。
生憎とオイルジャケットは無いけれど、ローブの下はいつもと同じ、暗いスカートと袖なしのシャツ姿だ。
「うん、確かに。こっちの方が落ち着くかも」
「フフッ、そうね。思い切りがよくて、見てて気持ちが良いわ?」
正直ちょっと腕とか腋が肌寒い感じはあるけど、平気だ、平気。
脱いでる姿が目立ったのか、通りの人がちらっとこちらに目を向けてきたけど、もう気にしない。
「そうだ、ロッカさん。今日は古物記念館で特別展示があるのだけど、一緒にいかがかしら?」
「え? 別に暇だし平気だけど……私と?」
モヘニアさんに誘われてしまった。
まぁ、特別嫌いな人でもないし予定も無いから、断る理由も無いのだが……。
「実はね? フフッ……古物記念館の横で、宮廷食器を使ったワインの試飲会が行われるのよ。錫鋏祭に向けての、前年のお酒の仕上がりを確認する恒例行事ってやつね?」
って、酒かい。
「ロッカさんはお酒が好きそうだから、一緒にと思ったのだけれど……? 無料だし、気にいると思って……」
いや、まぁ。
「無料だったら行きたい」
「ウフフッ、良かった」
好きですけどね、お酒。
ワインは特別好きなわけじゃないけど、タダなら朝から飲んでやらぁ。
モヘニアさんは、ヒューゴに勝った魔道士だ。
私が見た試合はそれだけだったけど、彼女の強さは歴然としていたし、昨日クラインが教えてくれた情報でも、それは紛れもない事実らしかった。
「その場では少しお硬い行事なのだけれどねぇ、フフ……簡単な書類にお酒の感想を書き込むだけで良いから、毎年参加しているの」
「お酒の感想……へえー……む、難しそうな……」
「大丈夫。どんな書き方でも良いの。迂遠で抽象的な、意味をなしていないかのような言葉を並べただけでもね? ウフフ……」
会う度に酒の話しかしていないように思えるこんな人でも、魔道士としての実力は備わっている。
しかし前を歩く彼女の足取りは、五歩に一歩くらいはふらりとしかけていて、どう見ても危なっかしい。
……色々、謎の多い人だ。
「あの、モヘニアさんはなんでそんなにお酒が好きなの?」
「んぅ?」
私が問いかけると、モヘニアさんはこちらを覗き込むように首を傾げる。
私はその時初めて、髪に隠れた彼女の右目に、錫製の眼帯が張り付いていることに気がついた。
「なんでお酒が好きか、ねえ。深いわねぇ? フフッ……」
「んん……深い、のかな……?」
「そうねぇ。お酒を飲むと……調子がいいから? かしら?」
「具合悪くなったりとかは……」
「そんなことないわ。たまに、お酒飲んでいない時がちょっと辛い程度かしらね?」
それって結構お酒に呑まれてるんじゃ……。
デムハムドで酒がないと大暴れする質の悪い野郎を知ってるから、なんだか心配になってくる。
「お酒は万能薬。飲み過ぎはよくないけれど、常に少しずつ飲めば身体に良いの。フフ……」
いや、まぁ、そうかもしれんけどさ。私、あんまし健康とか身体のことはわからないけどさ。
多分それ、正しくないっていうか。ヤマにいた大酒飲みも似たようなこと言ってたから、間違ってると思うよ。
千鳥足の先導の割には遅いわけでもなく、明後日の方向に迷うこともなく、すんなりと現地に辿り着けた。
古物記念館。国立美術館よりは小さいけれど、角の丸くなった白レンガが歴史を感じさせる、それなりに大きな建物だ。
縦長の大きな窓は高い位置にあって内部の様子は見えないが、入り口の脇に置いてある看板には“陶器博覧会”と書いてある。マルタ杯開催期間中限定の特別展示らしい。
中はまぁ、つまり、私の興味を惹かない展示物でいっぱいなのだろう。こっちの方に入りたいとは思わない。
私の気を引くものといえば、それはやはりここに来た目的である、古物美術館の隣に設営されたちょっとした天幕だろう。
「なるほど、一年経つと違うものですね」
「一昨年のもありますが、比べてみますと顕著です。しっかりとしたコクが……」
「今年は甘めだという話だけど、どうなるかねぇ」
「周期的には、そろそろ当たり年が来るはずなのだが……」
大きな天幕の下には、身なりの良いおっさんやらおばさんやらが、ピューターのグラスを片手に浅く注いだワインを飲んでいた。
老人などは酒樽椅子に腰掛けているが、ほとんど全員立ちながらである。とはいえ、不思議とその光景に酒乱じみた騒々しさはない。
肴もなく、まったり、一口を楽しむような酒といえばいいのだろうか。
私にはあまり馴染みのない飲み方をする人たちだったので、こんな光景を眺めるだけでもかなり新鮮だった。
「おや、そこなお嬢様方も、試飲されますか」
「えっ」
じっと見てたら声をかけられてしまった。
どうしよう。いや、どうしようも何も、飲みに来たんだけど。
「ええ、是非飲み比べさせてください。フフ、彼女も」
「あ、はい。お願いします」
「それは良い。若い方の感想も今では貴重なんです。何分、ほら。この行事も年寄り連中ばかりですからね」
「こら、年寄りとは何ですか。うら若き紳士淑女に無礼ですよ」
「ははは」
ああ、なんだろう。
語調の差はあれど、酔っぱらいの言い合いって基本どこでも、あんまり内容は変わらないんだなぁ。
名簿らしきものに名前を記入し、感想を書くための紙とピューターのグラスを受け取ると、なんとそれだけでワインを注いで貰えた。
微々たる量ではあるものの、後からおかわりもできるらしい。紙にある記入欄を見る限り、過去数年分のワインも飲めるようだ。これがタダだというのだからお得である。
つまみが無いのは少し物足りないけど、まぁたまにはこんな風に落ち着いて飲むお酒もありかなーなんて思う。
「さ、ロッカさん。乾杯しましょ?」
「うん。乾杯」
「乾杯」
カチン、と硬質な音が鳴る。私とモヘニアさんは杯を交わした。
「ふふ。ロッカさんとお酒を飲むのは、これが初めてね?」
「あ……そういえば、確かに。うん、確かにそうだ。もう何度か飲み交わしてると思ってたなぁ……何だろ、モヘニアさんっていつも飲んでるから、ちょっと会うだけで一緒に飲んだ気になってたのかも」
「これで私達、飲み友達ね?」
「そうだね」
どこか上品に笑うモヘニアさんに苦笑を返し、私はグラスの中身を一気に口に含んだ。
……うん、渋い。ワインだ。
あと……酸味? 甘……いや、なんだろ、渋い……お酒……。
……いや、要するにワインだよ。どうするんだこれ、味なんて私、そんなの気にしたことないんだけど。
美味しいとは思う。飲みやすいとも思う。
欲を言えば一緒に肉なんか食べたくなる。
できれば指一本分の余裕がある程度まで注いで欲しかったと思うくらいには、良いお酒だ。
でもこの味をどう表現すればいいんだろう……“肉と一緒に飲みたい、美味しい”って書いて良いのか……?
「奥ゆかしい旨味、でも底の方ではしっかり主張している……雨の味。いえ、朝露を集めたような……澄んだ薄灰色……」
なんか隣でモヘニアさんが変な呪文作り出してるんだけど。
ええ……なにそれ。雨の味? 朝露? 水じゃん……わかんねえ……私の頭が悪いせいなのかこれは……。
あと澄んだ薄灰色ってなに……泥水……?
いや、多分きっとこれ気にしたら負けなやつだ。
惑わされるな。とにかく、私は私で書ける感想を書いてしまおう。
「んー……」
数秒だけ悩んだけど、正直に書くことにした。
私に詩的なものは書けないし、まだ素人だから新しい詠唱も発明できないので、誰にでもわかるような稚拙な感想だけど。
“ほどほど渋くて美味しかった。飲みやすかった。肉なら何でも合いそう。”
「よし」
よしも悪しもわからないんだけど、まぁもうこれでいいだろう。
十文字以上の言葉を書いたんだ。それだけでなんとなく体裁は整ってるでしょ。
……こんな文字でも、活版印刷で打ち出してればもっと頭良く見えるのかもしれないなあ。
それから私は過去の年度のワインもちょくちょく頂いて(その都度なぜかグラスを交換させられた)、一つ一つどの肉に合いそうだーとか、何々が食べたくなるーみたいなことを書いて、最終的に受付さんに手渡した。
紙をちらりと見た受付さんは心なしか含んだような笑みを浮かべ、私に一言“やっぱり若い人がいると良いものですね”なんて言ってたのだが、程々に酔いが回っていた私には、それがどんな意味の言葉なのかは気にならなかった。
「ふふ、美味しかった」
「おー、モヘニアさん。モヘニアさんも飲み終わったんだ」
「ごちそうさまでした? ふふっ……開けたてを何本も飲み比べできるなんて、本当に素晴らしいわね」
モヘニアさんは相変わらずいつもどおりの緩やかな千鳥足だった。
しかし顔はほのかに赤っぽく上気しており、彼女もそこそこ酔っているのだろう。お酒が強そうなイメージがあったけど、案外ザルというほどではないのかもしれない。
「さー、ロッカさん? ウフッ……二軒目、どこにしましょうかー……?」
「いやいや、さすがに昼間からはしご酒はどうなの……」
「あら釣れない? フフ……仕方ないわね、じゃあ歩くだけ。あとお酒ばかりだったし、何か口に入れたい気分だわ」
「確かに。この時間だったら屋台も、いろんなのあるかな」
「だったらこっちが良いわね。この前美味しそうなの見つけてね? ウフフ」
なんだか成り行きでモヘニアさんと一緒に遊んでる感じになってしまったけど、悪い気分ではない。
せっかくの機会だし、もう少しふらふらと遊んでますか。
案外、モヘニアさんと過ごす時間は悪いものでもなかった。
ソーニャと一緒にいる時のような、話が合って盛り上がるとか、そんな感じではないんだけど、穏やかに変な会話を続けていけるというか。
私が串焼きの肉を食べている時も、その肉の産地はどこそこで、そこのワインが酸っぱくて美味しくないとかなんとか、奇妙な雑学まで教えてくれる。
話している感じ、クラインに近いのかもしれない。彼よりはもうちょっと人間味があって(失礼か?)、穏やかな語り口調に癒される感じだ。いや、もちろんクラインとの会話が嫌だとかそういう意味じゃないけどさ。あいつとの話はためになるし、私も結構楽しんでいるし。
モヘニアさんは変なところで笑うのが少し慣れないけど、悪い人ではない。意外と教養もあって、とても良い人だと思う。
常に酩酊状態で不気味な雰囲気でなければ、素直に素敵な女性と表現できたかもしれない。
そんなこんなで、私とモヘニアさんはいくつかの屋台を冷やかしたり食べ物を買い食いしたりして、休日を存分に楽しんでいたのであった。
「ロッカさんと一緒にいると、お酒が進んで楽しいわ。フフ」
「そう? ありがとう……って言えばいいのかわかんないけど、ありがとう」
通り沿いにあるオープンカフェで、私たちは何をするでもなくだらだらとお茶を楽しんでいた。
そう、お茶である。お酒ではない。さすがのモヘニアさんも、文字通り一日中お酒を飲み続けるわけではないらしい。今はシナモンをたっぷり入れた香り高いお茶を飲み、ほっと一息ついている。
「それに、魔術の話をしない人って新鮮だから、話していて落ち着くの。学園では、そういう人があまりにも多過ぎるから」
モヘニアさんは通りを行き交うローブ姿の人達を見て、独り言のように零した。
「派閥。家柄。杖士隊。お見合い……」
表情のほとんどは、前髪と眼帯に隠れていてよく見えない。
けど、断片的に呟くそれらには酒気のない哀愁が篭っているように思えた。
「ごめんなさい、少し退屈な話だったわね?」
「いや、いえ……別にそんなことは。モヘニアさんは、そんなに魔術とか、好きじゃないの?」
私が訊くと、モヘニアさんは苦笑した。
「そういうわけではないけれど、ねぇ。学んで、実践するのは好きだったんだけど、属性科の人たちは皆、思い詰めたように取り組むから。少し、息苦しいの」
モヘニアさんはたしか、火属性専攻五年生だったはず。
五年……六年の期間のほとんど終わりだ。そのくらいになると確かに、将来のことを考えてピリピリするのかもしれない。
……ほとんど通っていなかった初等学校の終わり際では、クラスの子たちがやけに緊張していたのを他人事のように眺めていたっけ。今では不思議と、彼らの気持ちがわかるような気がする。
「ひょっとしたら、私も。潜在的に。……意識、しているのかもね? 上位入賞者のカップだけではなく……もっと普遍的な、実績というものを。皆みたいに」
「……モヘニアさんも、緊張してるってこと? マルタ杯」
「そうね、そうなのかも、しれないわね? ……フフ」
恥ずかしそうに微笑むモヘニアさんは、頬が少しだけ赤く染まっていた。飲んでいるのは、間違いなくお茶だというのに。
「……お酒、足りないわ。注文しちゃうわね」
「えっ、まだ飲むの? もうお茶飲んでるのに……」
「お酒がないと、駄目なんだもの。私」
「気をつけたほうが良いよ」
「わかってるけど……無いと、本当に駄目なんだもの」
モヘニアは酔っている時以上に赤い顔を手で抑えながら、一杯のグラスワインを注文したのだった。
不思議なことに、モヘニアさんの言う通り、彼女はお酒が入るといつもの調子に戻っていた。
朗らかで、どこか余裕があって、ちょっと変だけど大人っぽい。そんないつもの調子である。
そこに気恥ずかしさや暗さはない。感情を深読みしようとしても、楽観的な酒気に紛れて窺えない。ミステリアスなモヘニアさんが出来上がっていた。
今まで生きてきて、色々な飲ん兵衛に出会ってきたけれど……こんなはっきりと性格を変える酔い方があるとは思わなかった。
しかし凄いなと思う反面、モヘニアさんがお酒に依存してないかと少し心配にもなってしまう。
程々が良いと思うんだけどな……。
「あの、モヘニアさんって火属性専攻なんだよね」
「んぅ? ええ、そうねぇ。私は五年だけれど……」
とろんとした目は、どこか色っぽく私の目を覗き見ている。
「二回戦を勝ち上がった人に、火属性の六年で……ベロウズ=ビスマロイドって人がいたんだけど」
「へえ、そうなの。ビスマ……ということは火の国出身ね。流季系で、きっと赤髪かしら? フフ」
「知ってるの?」
「いいえ? 姓から予想しただけ。けど合ってるんじゃないかしら?」
「……うん。確かに、赤髪だった」
「ふふ、いかにもビスマトーレ出身って姓だものね?」
博学だ。苗字だけで出身までわかるのか……私もわかるのかな?
ひょっとすると親からも聞かされてない私の先祖についてもわかっちゃったりして。
「じゃあ私は? ロッカ=ウィルコークス。ウィルコークスっていうんだけど……」
「んー……ロッカさんは流季と臥来の中間っていうところかしら? 臥来の黒は強めだけど、きっと流季は鮮やかな赤系だったのね。だとすると、火の国か鉄の国が出身地としてはポピュラーかも」
「おおー……私、鉄の国出身なんだ」
「このくらいは見た目でね? 訛もあるし」
「あるの」
「あるわ? ほんの少しだけね? ふふ」
訛ってるんだ……どこだろう。自分でわからない訛ってあるのかな……。
「んー……鉄で絞れるなら、あとはウィルコークス、か。少し自信ないけれど……リトネイヨか、イーストヘイムかしら……?」
「二つとも違うよ」
「あら。だとするとちょっとわからないわね」
「私、デムハムド出身なの」
「へえ? あの鉱山のある? 巨大な蜘蛛の魔族が出る、あの……」
「そうそう。デムテイカーの……やっぱわかんないか」
「ごめんなさい、少し難しかったわね。ふふ、でも楽しかったわ」
さすがに姓だけでデムハムドまで絞り込めたら、私はモヘニアさんのことを心から尊敬してしまうことだろう。
それでも、炭鉱があるというリトネイヨという答えは結構近いかもしれない。あそこからデムハムドへ流れてくる鉱夫も結構いるみたいだし……。
「ああ、それで。なんだったかしら。ベロウズって人だったかしら」
「あ、そうそう」
そうだ、その話をしてたんだった。話がなぐれた。
「そのベロウズって人がね、三年のイズヴェル=カーンっていう子を倒したんだけど……モヘニアさん、イズヴェル知ってる?」
「ええもちろん。あの子を知らない火専攻はいないくらい……カーン君、負けたの?」
イズヴェルの敗北を聞かされたモヘニアさんは、酔っていても隠せないほどに驚いているようだった。
それほど意外な情報だったのだろう。
「うん。私もイズヴェルの強さは知ってるから、それが信じられなくて」
「確かに。カーン君は私達五年や……下手をすれば、六年よりも強いと噂されていた子なのに。へえ、負けたの。……しかも、六年の……ベロウズ? さんに?」
「そう、今朝の新聞にも載ってたよ、ほら」
私がクレイモアの新聞を取り出して見せると、そこにある戦績表を見て、モヘニアさんはふんふんと頷いた。
「だからベロウズの情報とか、できれば知ってる人から聞きたかったんだけど……その様子だと、モヘニアさんは知らないよね」
「ええ、初めて聞いた名前だから。ごめんなさいね。ベロウズって人が、男か女かもわからないわ」
「そっか……」
なんて言いつつも、未だに私もベロウズが男か女か、よくわからなかったりするんだけどね。
結局どっちなんだっけ……多分男かな? 組み合わせ表には書いてないんだよな……。
「フフ……ロッカさんがそこまで気になるなら、本人から聞けばいいんじゃないかしら?」
「え?」
「一度でも、話したことがあるのでしょう? だったらその人と会ってみて、お酒でもおごって、本人から詳しく話を聞けば良いじゃない?」
ね? と軽く首を傾げ、モヘニアさんは可愛らしく微笑んだ。
……そうか。本人に訊く、か。
なるほど確かにその通りかもしれない。
……クラインからは“要注意だ、隙あらば探るべきだろう”と聞かされてたから変に警戒してたけど……言われてみると、別に警戒したりされたりするほど、私とベロウズの仲って緊張してもないよね。
だからといって友達ってほど親密なわけではないけど……歩み寄って話をするくらいなら、自然で良いかもしれない。
「うん、ありがとうモヘニアさん。私、それ試してみるよ」
「ふふ……がんばれ」
幸い、ベロウズの下宿先らしい機人整備店は知っている。
そこで腕の調子を見てもらうついでに、接触してみようかな。




