槌004 合流する教師
試合をやるのは私とボウマとクラインの三人だ。
今日行われる二回戦は八つの会場で行われるので、三人がそれぞれ別の会場に押し込まれる可能性は充分にあったんだけど、幸いなことに最初のクラインの試合を除き、私とボウマの試合は同会場だ。
クラインは昼前の早い段階で試合をするみたいだし、次のボウマの試合までは結構な時間がある。
今回は会場が八つに絞られたけど、どれも結構大きい所ばかりだし、それぞれを行き交う馬車も多い。
何なら辻馬車だって簡単に捕まるかもしれない。時間は気にしなくて良さそうである。
「じゃあ、まずはクラインの会場まで一緒に行こうか」
『うむ。幸い中央部に近いようだ。移動にせよ飯にせよ、困ることはないだろう』
そんな感じで、私たちはひとまず中央部に向けて移動を始めたのだった。
目指すは水国立ラリマ競技場。マルタ杯の開会式が行われた、無駄に大きな会場である。
「歩くのに支障はないが、人は多いな」
会場前に到着した時、ぐるりと見回したクラインはこの辺りをそう評した。
確かに、歩くのに支障はない。広場はとてもゆとりがあるし、道幅だって大げさな程だ。それでも馬車が飛ばせない程度の人混みなのだから、なかなかの盛況ぶりであると言えるだろう。
「皆さーん」
「あっ、マコちゃんだ」
『何ッ!? おお、本当だ!』
会場前に熱気の予感を覚えていると、競技場の方から走り寄ってくる人物がいた。
女性物のロンググローブを身にまとい、首元にふかふかのストールを巻いた彩佳系の美女。……いや、美男?
私達の担任、マコ導師だ。
『先生、き、奇遇ですな。どうしてここに……?』
前に出て、すかさず話の主導権をもぎ取ったのはライカンである。
……横からでもはっきりわかるぐらい眼光ランプが輝いてら。
「ふふふ、ポールウッド君の姿が見えたので……」
『え!? 俺の!? ですか!』
「……あのね、ライカン。多分背が高いから見つけやすかったってことだと思うわよ」
『あ……そうか……』
そういうことか。なるほど確かに、これだけ辺りに人が居てもライカンがいればわかりやすいもんな……。
ある意味、彼がいれば待ち合わせ場所は適当でもどうにかなりそうだしな。
「私の方の仕事や企画が落ち着いたので、皆さんの試合を観戦しようかと思いまして。あ、遅れてしまいましたがユノボイド君、ボウマさん、ウィルコークスさん、一回戦突破おめでとうございます。ノムエル君は……残念でしたね」
「はは、いや。まあ、次回があればその時は頑張りますよ。ありがとうございます、先生」
「わーい! 今日はマコちゃん見てくれるんだ! がんばろー!」
おお……マコ導師も見てくれるとなると、事はいよいよ大きくなってきたって感じがするな。
完全に学園の外での活動なのに、学園の先生に見てもらえる……なんか、自分の魔術が認められたって感じがして嬉しいかもしれない。
いやまてよ、よく考えたら私そんな試合で魔術使ってないな。
……魔術が認められたってのはただの気のせいだったか。
「ふふ。魔道士は人に見られると、当然緊張もしますけど、技が冴えるとも言われていますからね。今日の試合は監督席も一つ用意されているみたいですし……普段通りの調子で、頑張ってください!」
はい……と頷きたかったけど、聞き捨てならない言葉を聞いてしまったぞ。
「あの、マコ先生。監督席って?」
「えらい人いるの?」
「はい、会場は八つありますし、今回は二回戦目から一つの会場に一人の監督者が常駐するみたいですよ。最高審判役ですから、くれぐれも相手に無礼の無いようにしてくださいね? 過去、相手に無礼な発言をした魔道士が失格と永久追放を言い渡された事例もあるそうですから」
監督者……いるのか。あの偉い人達の内の一人が、試合を見てる……。
ってことは、私の試合も偉い人に見られるわけか。……もしかすれば、将軍さんに……。
……その“もしか”が充分に有り得る確率だから怖いな。
私の予想では、もっと後の方で……決勝戦間際になってようやく観戦するような人達だと思ってたんだけど。
「ロッカ、聞いてた? 試合中はどんなに相手がひどいこと言ってきても、口汚く返したら駄目よ」
「……え、それ私に言う?」
「だって相手は“砦のクレア”なんでしょ? 前に嫌いって言ってたじゃないの」
……確かに。そう言われてみると、なんかすごい不安だ。
『ボウマも、相手に何を言われても暴言はいかんぞ。わかってるな』
「はあい。でも魔術でぶっ飛ばすのは良いんでしょ?」
『うむ、健全だ。許す』
それは健全なのかと言いたかったが、魔道士としては真っ当な教育なのかもしれない。
考えてもみれば、試合中に相手を罵るよりかは実際にぶん殴ってやった方が効果的だ。なるほど、悔しかったら直接ぶっ飛ばせってことだな。
……相手の口車に乗って変な事を言い返さないよう、私も気をつけておこう。
「さあ、ユノボイド君は最初の方ですよね? そろそろ会場入りしておいた方が良いと思いますよ」
「ふむ……では、そうします」
こうして私たちは、マコ導師と共に雄大な競技場へ足を踏み入れたのであった。
巨大な石造アーチをくぐり抜け、ラリマ競技場の中へ踏み入る。
人は……二回戦というわりにはかなり多いように思う。波紋柄に並ぶ床タイルの目地がほとんど見えないくらいの人の多さだ。
……今の時点で既にこの人の多さってことは、もしやこれから回を経るごとに各会場の人が多くなるのでは。
なんてことを考えていた私だったのだが、観客席まで足を運べば、その疑問は容易く解消された。
貴賓席の一番目立つ所に、監督者であるリゲル=ゾディアトス導師が座っていたからだ。
「……あいつに見下されながらの闘いか。気に食わんな」
それに気付かせてくれたのは、クラインの不機嫌そうな呟きである。
リゲルさんの隣で手を振っているクリームさんを見ての言葉なのだろう。しかしクリームさんはリゲルさんの護衛でもあるのだから仕方あるまい。
護衛といったが、リゲルさんの周囲にいるのはそれだけではない。
見た目からして魔道士であろう大人が三人と、軽い鎧を着込んだ剣士らしき者も数人いるようだ。
人の多い競技場で身を守るためには、あそこまでガチガチに護衛を固めなければままならないのだろう。
「ふーん……この人の混みようは、リゲル導師の影響もあるのかしらね」
「無関係ではないだろうね。この大きな会場も、それを意識してるんだと思うよ」
さすがに開会式の際の人の多さと比べれば、観客席にはまだまだ余裕がある。
だが見渡した感じ、この人数を他の……特に人の少ない会場に押し込むのは、難しそうだ。
『一際大きな会場に、今や時の人が見守る中での闘いだ。クライン、プレッシャーに負けずに頑張れよ』
「さっさと終わらせて、昼食の時間を捻出しておこう」
「強気だなアンタ」
「負ける要素がない」
……普段から大口は叩いてるけど、今のところほとんど有言実行してるんだからすごいよな、こいつ。
クラインは重圧など微塵も感じさせないいつもどおりの空気を纏いながら、皆の声援もそこそこに控室へと向かっていった。
「ああ、怪我しないか心配です……」
私達がクラインの余裕に苦笑している仲、唯一マコ導師だけが……。
「相手の選手、大丈夫でしょうか……」
……いや、なんでもない。
うん。クラインの快進撃は、まだまだ続きそうだな。
目当てのクライン戦が始まる前に、幾つかの試合が挟まっている。
いずれも見たことのない、私の知ってる学徒の名前は無かったので、特に気をもみながら観戦する必要はないか……と最初は思っていたのだが、よくよく見返してみて気がついた。
「あっ、スズメの試合あるじゃん」
「ああ。あの二つ結いの子ね」
「そうそう。魔術見てもらったり、地下水道の付き添いしてもらったり、結構世話になってるんだよね」
クライン戦の二つ前の試合に、リゲル導師の付き人をやらされていた少女、スズメの試合があるようだ。
壇上には、確かに見覚えのある小柄な女の子の姿が。
「これより“キュールズ砦のキアラ”及び“ひよっ子のスズメ”による、マルタ魔道闘技大会二次予選、第五戦を開始します」
スズメの二つ名は“ひよっ子のスズメ”。
他の参加者たちが“勇敢な”とか“業火の”とかつけている中で、やけに弱気を全面に押し出したような二つ名である。相手の“キュールズ砦のキアラ”と比べたら金と石ころの差がありそうだ。
なんでわざわざこんな名前を……いや、まてよ……実際スズメは気弱な性格だったし、物腰は丁寧だけど、どこかいじられやすそうが雰囲気はある。ひょっとするとこの名前、クラスメイトか誰かに無理矢理つけさせられたのかも……。
「変な二つ名だじぇ」
ボウマが言うように、観客も可笑しく思っているのだろう。会場は控えめな失笑に包まれていた。
……二つ名の由来、今まで色々聞いた来たけれど、今のところ一番気になるやつだなぁ。
「……矜持も何もない二つ名ね。どこの田舎者か知らないけど、手加減はしてやらないから」
スズメの相手、“キュールズ砦のキアラ”は学園のどこにでもいそうな彩佳系の女子だった。
遠目なので歳はわからないが、私と同じくらいかもしれない。長い紺髪を背中で三つ編みにした、真面目そうな奴だ。茶色のまっすぐなロッドにも性格が表れているかのようである。
晴れ舞台故だろうか、着込んだローブの裾やら袖は銀糸に彩られており、ひょっとすると彼女もまた、旧貴族だかそこらへんに縁のある人物だったりして……。
色々と素朴な疑問は浮かんだけれど、ヒューゴに聞いて返ってきた答えは“キュールズ砦っていうのはサナドルにあるキュールズ連邦にある砦のことだよ”という豆知識だけだった。
「わあ、すごい人……緊張する……」
対するスズメは、地味。
相手が慎ましい“素朴”だと表現するならば、スズメはといえば田舎っぽさのある“地味”であった。
二つ結の緑髪はどこか子供っぽいし、ケープも裾が羽のようにひらひらしそうなデザインは可愛くはあるんだけど、相手と比べてしまうとどうも、“晴れ着”には見えなかった。
杖は相手と同じロッド。材質は不明だが、金属製の鳥の翼らしき石台が特徴的だ。それ以外は、傍目からはこれといった特徴のない平凡な魔道士に見える。
リゲル導師の付き人、スズメ。
ご飯食べに行くほどの仲ではないけれど、それでも知り合いということで、私の内心はひっそりと、彼女のことを応援し始めていた。
「試合、開始!」
開戦の声が響き、歓声が突沸する。
「さあ、いくわよ……! “キュー・バル・ディア”!」
「わ、始まった……どうしよう、あの服高そうだし……」
戦いは、巨大な水塊を撃ち放ったキアラの魔術投擲と。
「なるべく汚さないようにしないと、後で怒られるかなぁ……」
「なん……!」
それを焦りもせず、数歩だけ歩くことによってギリギリでやり過ごすという、スズメの肝の座った回避から始まった。
紙一重で術を掻い潜ったスズメの動きに、どよめき声が上がる。
しかしそれは、序の口に過ぎなかった。
「スティ・アンクっ」
「ッ!?」
スズメが回避したその返しに、素早く杖を振る――が、術は出ない。
「のフリからのー“スティグジム”っ!」
「えっ――」
一回目のはフェイントだ。術の出ない杖の素振りから何を警戒したのか、キアラは慌ただしく横に跳んでおり……。
スズメが二度目の振りにて放った魔術は、隙だらけの体勢に素早く押し寄せた。
「きゃっ!?」
雷光を帯びた鉄針は、直撃しなかった。
しかし針に込められた電撃はすれ違いざまに弾け、キアラの杖を伝って命中する。
雷魔術の直撃!
致命打ではなかったのだろう、転移は発動しなかった。
しかしキアラの身体は大きく仰け反って一瞬の動きが止まったようだ。それを見逃すスズメではない。
「ごめんなさい、“アイザック・テフトペンタル”!」
「くぅっ……“キューズ・ラギレルテル”……!」
スズメが放ったのは、三種の輝きを捻って纏めたような大きな槍。
対するキアラが杖を前に突き出し、苦し紛れに使ったのは……あれ? 何も発動してない。
「そんな……!?」
「杖に雷が流れましたからね。軽い対杖反駁が起きてますから、魔力を強く流さないと不発になりますよ」
「うわッ」
無抵抗のキアラに、炎と水と雷の槍が衝突する。
三属性の槍は電気を帯びた蒸気の爆発を巻き起こし、後方の床を何メートルも抉りながら炎を撒き散らしてゆく。
「うわぁ……」
「すっげぇ!」
『ほー……』
水蒸気で隠れているが、キアラの姿は無いだろう。勝負ありだ。
彼女を貫いた後も水は床を滑るように流れ、それを伝って電撃が迸り、間では炎が舞っている。
三属性を束ねた遠距離魔術……威力もさることながら、どうやらあれは直撃した後も尾を引くもののようだ。
スズメが最初に放った鉄針と雷の魔術も、ギリギリで避けても効果を及ぼすやつだったけど……こっちは更に凶悪さを増している。足元に炎や電気を帯びた水たまりが出来ているところからして、きっと踏みしめても駄目なやつなんだろう。
「勝者、“ひよっ子のスズメ!”」
なーにがひよっ子だ。
観客席のほとんどはきっとそんなことを考えながら、喝采を送っているのだろう。
かくいう私達も、苦笑いを交わしながら拍手していたのだった。
「スズメさんが最初に放ったのは、鉄属性と雷属性を複合させたスティグジムという魔術ですね。基本が小型の金属針を投擲する魔術なので、直撃しても致命傷にはならないのですが、そのかわりに掠る、あるいは避けたとしても雷の追撃が発生するという、非常に回避のし辛い魔術です」
「へえー……そうなんですか」
『ふむふむ』
「ただ、小型の投擲かつ属性を帯びた魔術ですから、撃ち落としに非常に弱い側面があります。小型の炎を正面からぶつけるだけでも、仮に鉄針が消滅しなかったとしても雷気は激減するので、対処は難しくありませんね。先程のスズメさんの使用は、非常にタイミングが良かったと言えるでしょう」
マコ導師は先程の試合で使われた魔術について、丁寧に教えてくれる。
クラインの解説とはまた違ったわかりやすさがあった。
「二度目、最後に使った魔術はアイザック・テフトペンタル。火・水・雷の三属性を複合させた遠距離攻撃魔術ですね。こちらは使用するに当たって非常に高度な技術と理学への理解が必要です。あれを使える人って、実は結構少ないんですよ」
「へえ……確かに、僕もあまり聞いたことがの無い魔術だなあ。スズメが使っているのしか見てないかも」
実は以前、私たちはスズメのあの魔術を見たことがある。
地下水道を探索していた時、水路に落ちたヒューゴが泳竜デオルムに襲われそうになった際、スズメが咄嗟に使った術がアイザック・テフトペンタルだったのだ。
あの時は突然のことで頭も回らなかったけど、スズメはなかなか豪華な魔術を使ってくれていたらしい。
……そうして咄嗟の場面で強力な魔術が使える辺り、スズメってやっぱり凄い魔道士なんだろうなって思う。
「彼女は理総校でも特に好成績を収めている魔道士ですから、大会期間中は上位に食い込むかもしれませんね」
……スズメと戦うことになるかもしれないのかぁ。そいつは怖い。
いや、私はそんなこと心配してる場合じゃないな。今日勝てるかどうか、まずはそっからだろう。
「ロッカ、緊張してる?」
「うん。かなり」
クラインの試合前にトイレ行きたくなっちゃったけど、さすがにもうそんな時間はなさそうだ。
スズメの試合の後も知らない名前の人同士が闘ったけれど、結果は彩佳系の男の勝利で終わった。
時間にして五分もかからない、そこそこ早めの勝負だったんじゃないかなと思う。
『次はクラインだな』
「おっ、いよいよかぁー」
白い壇上がじわじわと修復されるのを待っていると、フィールドの両脇から魔道士が入場する。
一方はクラインだ。緊張感を感じさせない猫背のまま、どこかつまらなそうにメガネを拭いている。
……あ、今レンズ砕いた。楽勝とは言っても、試合前はちゃんと交換するんだな。
対戦相手は………………剣。
かなり大きな長剣を手にした、金髪の男が相手のようだ。
「って、剣かよ」
「剣だね。あれも杖の一種なんだろうね。魔剣ってやつかな」
「あんなのありかよ。接近戦に持ち込んだら最強じゃん」
「ロッカ、そういう文句は自分の杖を見てから言いなさい」
自分の杖? ああ……。
……まぁ、よく考えられた杖だよな。良いんじゃないの、ああいうのも。
でも、接近戦で強いからって強いとは限らないし。振るのだって、重さからして杖ほど楽にはいかないだろう。
「見た感じ星藍系だし、魔剣持ちってことは多分雷国からの留学生ね」
「ソーニャ、わかるんだ」
「地元でああいう剣を持った騎士さんをよく見たからね」
「へえー……ああ、そういえば独性科の試合でもあんな人いたかも」
剣を振るって魔術を発動させる、通称魔剣士。
導芯と先石が剣と一緒になっているのだろう。原理は普通の杖やメイスと何ら変わらない。
しかし、この大会は身体強化の使用が許可されている。強化しながら繰り出す剣技に、果たしてクラインはどう対処するのだろう。
「これより“名誉司書クライン”及び“切り込みのガルハート”による、マルタ魔道闘技大会二次予選、第七戦を開始します」
ん? 切り込みのガルハート?
聞き覚えがあるな。ということはあの剣士、私が前見た時の人ってことか。




