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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 粉砕する戦杖

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杭012 煙立つ炸薬

 試合会場の広さは、私達がいた所とほとんど変わらない。

 観客席の高さが若干低めで、フィールドに近い程度だろうか。それにしても、この程度であれば術の暴投がやってくることもそうそうは無いとは思う。


「うわー……やっぱりこうして人の試合見てみると……皆すごい連発するんだな……」


 今、壇上では二人の若き魔道士が互いの魔術をぶつけ合っている。

 飛来する火球を水魔術の投擲で消火したり、防げなかったものは風魔術で散らしたり。

 そのような激しい応酬を続けていく内に、壇上は火と水たまりで一杯になる。両者の歩く場所は、どんどん制限されてゆく。


「お手本のような魔術戦だな。ああしてお互いの環境系投擲魔術の練度をぶつけ合い、地盤を詰めるのは基本の流れだが……そうだな、最終的にはやはり、ああして鉄魔術での決着を図ろうとするものだ」


 クラインの指摘するように、足場が狭まり回避し辛い状況になると、壇上の闘いも静かに変化してゆく。

 それまで火や水といった環境に残りやすい攻撃だったものが、一転して鉄属性を織り交ぜた一撃必殺の応酬へと変遷するのだ。

 鉄の銛や礫といった、一発もらえばただでは済まないような重い魔術の撃ち合いである。撃つ方も当てようと必死だし、撃たれる方も避けようと必死だ。


「鉄魔術は避けやすい。だが、当たれば致命傷となる。逃げ場を削った上で鉄魔術を投げ込む戦法は堅実だし、非常に有効だ。……ほら」


 おっと。

 片方の魔道士は、どうやら相手の鉄魔術を避け損なったらしい。

 何の変哲もない鉄銛を射出するだけのものだったし、距離も二十メートル以上はあったけれど、咄嗟の逃げ場を確保できなかったのだろう。

 それまでほとんど無傷だった魔道士は、たった一発の鉄銛を腹に受けたがために退場することになってしまった。


 ……うーん。さすがに上級保護でもあの位置に受けたら退場になるのかな?

 この大会は中設定以上、上設定以下って話だけど……いやいや、あんなもの一発退場だったとしても受けたい術じゃない。あまり深くは考えないようにしよう……。


『……む。よくよく見てみれば、今勝ったのはうちの学園の奴じゃないか?』

「え、本当?」


 ライカンの言葉にハッとして、私は壇上に残っていた男の姿をよく注視してみた。

 これといって特徴のない格好。特徴のない杖。臥来系の白髪。


 ……んん? 誰だっけ? どこかで見た気が……あ、そうだあれだ。あいつだ。


「あれ、ジキルって奴だ」

「誰よそれ?」

「んー、私も詳しくは知らない。ナタリーの友達で料理上手い人?」

「……そう」


 ジキルは壇上で、自分の勝利を噛みしめるかのように拳を掲げて悦に浸っているようだった。

 会場の声に紛れて聞こえないけれど、多分雄叫びも上げているのかもしれない。


「地味な試合だったな」


 けどまぁ、クラインの総評はそんな感じであった。

 なんとか言い返してやりたいけれど、実際地味だったので仕方ない。




「さて。ボウマもヒューゴも控え室に向かったようだが」

「……次の試合が、ボウマだよね。相手の名前が“コラルド=ストランス”……」

「得意とする魔術はわからんが……ボウマも弱くはない。相手のタイプによっては、圧倒することもあるだろう」

「え、そうなの」


 クラインの思いもよらぬ一言に、私はちょっとびっくりした。

 私はボウマがまともに闘っている所を見てないけれど、強いのかと。


「ああ。近距離では出来る限りオレも闘いたくない相手だ。……学園の闘技演習では身体強化が封じられているから、そこまで脅威でもないが……今は、そのような制約もない。奴は、暴れるだろうな」


 ボウマが、暴れる……。


 ……あのやんちゃで、いつもいたずらばかりやらかして、落ち着きがないボウマが、好き放題……。


「怖い」

『だろ?』


 私の言葉に返事を返したのがライカンだったのが、なんとも印象的な一時であった。




「これより“樹氷のコラルド”及び“炸裂のボウマ”によるマルタ魔道闘技大会一次予選、第十四戦を開始します」


 “炸裂のボウマ”。そんな二つ名だったのか。なんて私が頷いている内に、壇上の両者は戦闘準備を整えてゆく。

 方や、少女と呼んで差し支えない華奢な子供。一方で、ヒューゴと同じくらい背が高い大男。

 そんな二人が向かい合って闘うなど、にわかには信じられない光景だ。


 けど、魔道士なのだ。こんな体格差のある両者が闘うというのも、マルタ杯では有り得ない話ではない。


「……子供。だからと侮ることはない。俺は、この大会で闘いに向ける“覚悟”を示し……国に仕えねばならぬのだ」

「ほぇ」


 大男の持つロッドは、長い。その長さたるや、三メートル近くはあるだろうか。

 身の丈ほどもあるロッドを扱う魔道士はこれまでそれなりの数を見てきたけれど、自分よりも明らかに長いロッドを扱うような人を見るのは、さすがにこれが初めてだった。


 それに相対するボウマといえば、無手である。

 ……文字通りの、手ぶらだ。彼女はロッドもワンドもタクトさえも付けず、かといってクラインのように指輪をつけることもない、正真正銘の手ぶらだ。


「故に。……“炸裂のボウマ”とやら。お前のような、生半可な覚悟で来た者にも……手を抜くわけにはいかん」


 男がロッドを手に持ち、それをまっすぐボウマに向けた。


 ――長い。手の長さもある。けどそれよりも、やはりロッドの柄が長すぎる。


 もし、あの長いロッドで縦振りをして……魔術投擲を行ったら。

 ……一体、どれほどの速度の術が放たれるのだろう。


「んぁー。あたし、良くわかんないけどにぇ」

「む?」


 ボウマは噛んでいた爪から口を離し、大きな口の端を釣り上げ、楽しそうに笑った。


「おまえ、なんかムカつくからぶっ飛ばすじぇ」


「試合、開始ッ!」


 闘いの始まりを告げる声が響き渡り、壇上の両者は同時に動き出した。


「うひひっ!」


 ボウマは前へ。距離を詰め、近距離戦に持ち込もうというのだろう。

 それに対する大男、コラルドは長いロッドを真横に振るった。


「うおぉッ! “クォンタム(氷塊の侵攻)”ッ!」


 放り投げられたのは、丸く歪な、しかし大きな氷塊だ。

 氷塊のサイズは、直径にして三メートル近いだろう。中は真っ白で、かなりスカスカなようではあるが……長い杖の投擲によって射出されたためか、地を滑る速度は凄まじい。直撃すれば間違いなく、一発退場モノだろう。


「にひぇ」


 氷塊は真っ直ぐ、小柄なボウマ目掛けて襲いかかる。

 脆いがそれなりの体積を持つ氷の突撃。しかし、それを目の前にしてさえも、ボウマの笑みが絶えることはなかった。


「“ボカーン(爆発しろ)”!」


 ボウマが人差し指を掲げ、高らかに“詠唱”を叫ぶ。

 それと共に、彼女を押し潰さんと滑走していた氷の塊は……一瞬で、木っ端微塵に爆散してしまった。


「ぬぁっ……!?」


 それは、正面から見ていたコラルドこそが一番驚愕していることだろう。

 直撃したかと思った自分の術が突然爆発したのだから。

 だが、驚きの波は会場全体にも及んでいたらしい。あちこちから困惑するざわめきが聞こえてくる。


「今のは!?」

「爆発した。火……いや、風……なんだあれは?」

「独性術か? 見えなかったぞ」


 ……ボウマの特異性。それは“火属性魔術が爆発になる”というものだ。

 特異魔術自体がかなり珍しいものである上、ボウマの放つ爆発は火属性らしい赤い炎もほとんど見えない。初めて見る人にとっては、とにかく奇怪なものに感じるのだろう。

 まぁ、私は知ってるから驚いたりはしないけど。……とはいえ、あそこまで爆発の力が強いとは思わなかったけど。


「ぐぬぅ……独性術か、それに類する何かか……だが、“樹氷”の名は伊達ではないぞ!」

「うっせぇ、ぶっ飛ばす」


 コラルドはボウマの使った未知の魔術に、多少脅威を覚えたようだ。

 表情を引き締めた男は再度ロッドを掲げ、新たな魔術を準備する。


 もちろん、そのような隙を黙って見逃すほど、ボウマはお人好しではない。


「にひぇっ!」

「何っ!」


 コラルドが緩慢な投擲予備動作を始めたのを見切り、ボウマはそれまで使っていなかった身体強化を解禁した。

 機動力と走力を何段階も底上げしたボウマは、相手が呆気に取られる間にも走り続け、杖側へ回り込むように近づいてゆく。


 基本的に、杖を持った側の魔道士の側面は危険とされている。しかし、ああやって杖を振る最中の相手の場合は逆で、その瞬間だけは非常に対処し辛くなるのだという。私が読んだ本にも書いてあった。

 果たしてボウマが、その弱点を的確に突いたのかは……わからない。


「まさか、強化を使えるとは!」

「おまえも使えば? でくのぼー!」

「……貴様ッ、言わせておけば! “コイズ(水よ)ディア(襲え)”!」


 長大な杖が再び振られ、水の塊が飛来する。氷塊では爆破されてしまうと警戒したのだろうか。


「“バーン(爆ぜろ)”!」


 だが、水であろうとボウマには通用しない。

 距離にして二十メートル地点から降り掛かってきた水では、どうしてもその途中で広がり疎らになってしまう。ボウマの爆発を持ってすれば、多少の水を吹き飛ばすことなど造作もないのだ。


「なぁっ……!」


 ……ああ、強いな。

 ていうか……これ、相性が悪いのか。


 普通、降り掛かってくる水を防御なんて出来るはずがない。

 同じ水で撃ち落とすなんて神業が誰にでもできるとは思えないし、鉄魔術で防御しようにも水は床に落ちて環境を侵食する。

 だけど、ボウマの爆発なら簡単だ。ただ、近くに来たものを吹き飛ばせばいい。それだけで大抵の水魔術は吹っ飛ばせるのだから。


 ……なんか、ずるいぞ! ボウマ!

 強いなお前! なんだそれ!


「なんだ、なんなんだ、その魔術の威力は……!」

「うひひひ! 身体強化できる試合って最高だじぇ!」


 迫りくる水は全て爆ぜ、足元の環境を構築しようにも同じように吹き飛ばされる。

 コラルドは長い杖を何度も振り抜き、今度は術の飛翔速度で競おうとしているが……たった一言の詠唱で魔術を発動させるボウマの爆発が相手では、一撃を与えることは非常に難しかった。


「有り得ない……このような、闘いは……魔術は……!」


 水魔道士にとっては悪夢のような相手が、じりじりと追い詰めるように近づいてくる。

 ボウマとコラルドの距離は、既に十メートルを切っていた。


「見下しやがって。お前みたいな奴がなー、あたし、いっっっちばん、嫌いなんだよにぇ」

「……! “キュア(氷よ)ラヒル(佇み)ケイジ(壁を成せ)”!」


 ボウマが余裕を持って歩く姿に何を感じ取ったのか、コラルドは長い杖を床に押し付けて、今度は投擲しない魔術を発動させた。

 発動し、変化が訪れるのは彼の周囲に飛び散った水の環境。それが新たに生成された水を呑み込みつつ、彼の周囲に円形の氷壁を構築してゆく。


「はあ、はあ……! 魔力を、ほとんど……注ぎ込んでやった……! 接近しなければ威力を発揮しない魔術ならば、これで……!」


 出来上がったそれは、以前に闘技演習場でライカンが闘っていた時にも見たような、霜の城壁によく似ていた。

 だがこのコラルドが生み出す氷壁は高く、そして何よりも透き通っており、分厚く頑丈そうに見える。これならばボウマの爆発にも耐えられる……かも、しれない。そう思わせるほどの、見事な要塞だった。


 ……闘技演習場なら、脅威だっただろう。

 そう、闘技演習場であれば……身体強化が“禁止されている”場所であれば、この戦法も、悪くはなかったかもしれない。


「おーい、強化禁止されてないんだじぇ?」

「……ひ、ぁ、ああ!?」


 大技を使って精神的な疲労に見舞われていたコラルドを絶望させたのは、軽々と氷の城壁の上に飛び乗ってみせたボウマの姿であった。

 ……そう。この大会ではあまり……隔てる壁というものは、意味を成さないのだ。

 強化が使えない魔道士同士の闘いであれば変わるのかもしれないが、使える奴相手に持久戦前提の壁を作ったところで全くの無意味である。


「おまえさー……やっぱし、ムカつくなー……?」

「お、おおおッ……! 魔道士の風上にも置けぬ小童め!」


 ボウマから不気味な気配が立ち上り、コラルドはそれに怯えるかのように叫んで、がむしゃらに杖を振りかぶった。


「 “クォンタム(氷塊の侵攻)”ッ!」


 大振りの投擲で発動したのは、泡混じりの氷塊を打ち出す魔術。

 壁の上に立つボウマ目掛けての、最後の抵抗。


「“ドッカーン(弾けてぶっ飛べ)”」


 そしてそれは、コラルドさえも巻き込む凶暴な爆風と共に、あえなく砕け散ったのだった。


 鼓膜を苛む轟音。空気に伝わる衝撃。白壇から立ち上る煙。そして……敗北し、消滅したコラルド。

 観客席に座る人々は自身の耳を押さえながら、どこか恐れるように壇上の勝者を見つめていた。


「にしし……あたしの勝ちな! よっわ!」

「し、勝者、“炸裂のボウマ”!」


 しかしそのように向けられる奇異の視線とは裏腹に、壇上に立つボウマはいつも通りの天真爛漫な笑顔を浮かべ、純粋な勝利の喜びに小躍りしていたのだった。


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