杭011 送迎する談話室
クラインは危なげなく勝利した。
最初から最後まで主導権を握り続ける闘い方は、さすが闘技演習で四十五連勝もするだけのことはある。一方的で、そして余裕を感じさせる試合だった。
「お疲れ、クライン」
「ああ」
観客席に戻ってきたクラインは、ローブに汚れ一つ貰っていない。
それもそうであろう。彼は試合中、一歩も動いていないのだから。
「いやあ、流石だねクライン。鮮やかな勝ち方だったよ」
『おめでとう。まずは一回戦突破だな』
「つまんねぇぞぉー、もっと長引かせろぉー」
ボウマ、無茶言うな。いや、クラインだったら無茶って程でもないのか。
クラインは皆からの労いの言葉に、“ああ”だの“うむ”だの、適当な返事を返している。
私よりも鮮やかな勝ち方をしたんだから、もうちょっと誇らしくなっても良いと思うんだけどな……。
「それよりも、さっさと北部公開修練場へ移動するぞ。ここにはもう用は無いんだ。後はヒューゴとボウマの試合だけだろう」
どこか急かすような言い方で、クラインは出口を指差した。
……うん、まぁここでは私とクラインの試合は終わっちゃったし、確かにいる必要はないんだけど……。
「なんでそんな焦ってるの」
「“砦のクレア”に纏わり付かれたら面倒だ」
「あー」
そうか、そいつが居たな、ここには。
何ならクラインの試合が終わった直後だし、こっちの方にまでやってきて“おめでとうございますわオホホ”とか言って来そうだもんな。
私達としても、別に親しくもない奴を相手に時間を浪費したくはない。
クラインの意見は皆に受け入れられ、私たちはヒューゴとボウマの試合会場となる北部公開修練場へと移動することになった。
期間中、それぞれの試合会場を往復する馬車は定期的に何本も出ているらしい。
が、大抵は乗車人数が多すぎて、何本か次の馬車を待つほどの混雑ぶりなのだとか。
ヒューゴ達もこちらの会場へ来る際に馬車に乗ろうとしたらしいが、人が多すぎて歩いてきたのだという。
「下り馬車はそう混んでないとは思うんだけどねー、本数も少なそうだから歩いたほうが早いかもしれないよ」
『ヒューゴ達の試合も、そう早くは始まらないのだろうが……歩いて間に合うのであれば、さっさと歩き始めた方が良いのかもしれんな』
「ふーん……お店の数も少ないつまらない通りだけど、歩いてれば菓子屋の一つくらいは見つかるかしら。次の試合は、ゆっくりお菓子を食べながら観戦したいわね」
「歩くなら、さっさと歩くぞ。不確定要素に任せたくはない」
じゃあ大した距離でもないし、皆で歩きで行ってしまうか……という流れだったのだが、そう思っていた矢先、私達の前にちょっと豪華そうな馬車が停まった。
「ん? なんだこれ。辻馬車……?」
「違うな」
「辻馬車にしてはちょっと豪華だね。……ん? というよりこれ、絢華団の馬車なんじゃ……」
あ、確かに。側面に見覚えのある絢の華の紋章が刻まれてる……。
それを認識するのと殆ど同時に、馬車の扉が開かれた。
馬車の中から姿を見せたのは、多くの革ベルトで装飾された煤色のロングコート。
鮮やかな紅の髪。そして、緋色の瞳……。
「あら、貴方達は確か……ミネオマルタの特異科学徒さん、でしたか」
世界最大の傭兵ギルド、“絢華団”の女団長。ケンカ=クレナイさんが、そこにいた。
あまりにも唐突すぎる大物との遭遇に、私や他の皆も閉口する。
近くで停まった馬車から有名人が降りてきて、しかも向こうから話しかけてくる……そんな事があって驚かない奴なんていないだろう。
一度開会式で見ているとはいえ、まさか同じ日に自分たちの目の前に現れるだなんて、一体誰が想像できるものか。
『ええ、いかにも。我々は特異科学徒です。そちらは、絢華団の団長様のようですな』
しかしさすがは年長者のライカンである。これといって動揺を表にすることなく、余裕を持って応対してくれた。
見るだけで眩しさを錯覚してしまいそうな、燃え盛るような髪と目。そして大人の女性っぽい美貌。それらに一切気後れしないなんて、さすがである。これもマコ導師への熱狂ぶりの成せる業なのだろうか。
「ええ。はじめまして。私、ケンカ=クレナイと申します。……ん、そちらにクライン=ユノボイドさんもいらっしゃる、ということは……」
ケンカさんは私達から目敏くクラインを見つけ、名前を呼び当てた。
何故クラインのことを? そう思う間もなく、私達の背後から人の合間を縫うように、一人の女が進み出る。
「護衛中」
期間限定でクラインの護衛をしているという女傭兵、レティーだ。
音も気配もなくいきなり私達の間を通ったのと、ここ最近視界に入っていなかったので、彼女の存在自体にも少し驚いた。
「フランクスさん、お仕事お疲れ様。ユノボイドさんの護衛は……問題は無いようですね?」
「特には。ただ、目の前の馬車が停止してる意図が不明」
「あら……ギルドの長として、買っている優秀な傭兵に警戒はされたくないのですが……」
「上の人間ほど、末端を消すことに躊躇しない。路傍の見知らぬ顔よりは危険」
「フランクスさん、それがギルドを纏め上げる人間でも?」
「三年前は将軍の主導で多くの人間が殺された」
私達の前に進み出たレティーは、どうやら目の前のケンカさんを警戒しているようだ。
大きな外套に包まれ中は見えないものの、もしかすると中では武器の柄に手をかけているのかもしれない。護衛人らしいピリピリした気配に、ちょっと感心してしまう。
……けど、自分を雇っているギルドにも警戒心を出すって、ちょっと警戒しすぎじゃないかとも思う。
「……ふう。できれば偶然を装いたかったんだけど、疑われるんじゃ仕方ないか。……早い話が、クライン=ユノボイドさん。貴方と少し、お話がしたかったのですよ」
「オレと……ですか」
ケンカさんは観念したように白状し、クラインの言葉にも素直に頷いた。
「試合も終わり、これから移動されるのでしょう? でしたら、この馬車へどうぞ。良ければ友人の皆様もご一緒に」
「えっ、良いんですか」
結構大きくて、綺麗で豪華そうな馬車だ。少なくとも私は、これほど造りの良い馬車には乗ったことが無い。
心なしか先頭にいる四羽の馬鳥の毛艶も良さそうな気がするし……。
「勿論。絢華団でも最も揺れが少なく、外敵からの奇襲にも強い頑丈な要人用馬車です。乗り心地は保証しますが……?」
私たちは顔を見合わせ、お互いの腹を探り合った。
だが、まぁ悪い顔が覗くわけもない。皆概ね、“タダで良い馬車に乗れるらしいぜやったー”みたいな顔をしているように見える。
けど、決定権があるのは多分、一人だ。
「クライン、どうするの。この馬車、アンタは乗るの?」
「だね、クラインに決めてもらおうか」
「あたし乗りたいけどなぁー」
ケンカさんはクラインに話があるのだという。
しかもどうやら、込み入った話のようだ。もしかすると、気難しいクラインのことだ。難色を示すのでは……。
「さっさと“砦のクレア”から遠ざかりたい。乗ろう」
なんて思ったりもしたが、即決だった。むしろ私達の中で一番乗り気だったらしい。
どれだけクレアから逃げたいんだよ、アンタは。気持ちはわかるけど。
馬車の壁面は、暗褐色の艶やかな木材でガッシリと囲まれていた。
色合いは暗く重いが、二重に嵌められた丈夫そうなガラス窓が左右のドアにそれぞれ据えられているので、意外と採光は成されているようだ。
煌灯の吊るされた半円筒状の白塗り天井も、馬車内の明るさを確保するのに役立っている。
「すごい馬車……」
私たちは絢華団の団長であるケンカさんに誘われ、要人用らしい豪華な馬車に乗り込んでいた。
内装はまるで偉い人の部屋か何かのように豪華で、心なしかちょっと広い気さえする。
「煌灯使ってるんだ……良いなぁ……」
『むぅ。頭をぶつけないように気をつけねばならんな……』
「はは、弁償するとなると洒落にならなくなりそうだね」
「そん時は他人のフリするじぇ、ライカン」
私達は普段は乗れないような馬車の中をぐるぐると遠慮なく見回し、そのたびに“ほー”とか“はー”とか、田舎者っぽく感動していた。
私、ソーニャ、クライン、ライカン、ボウマ、ヒューゴ、そして護衛のレティー。
新たに八人が乗り入れてもまだ窮屈とは感じないのだから、やはり実際に広い馬車なのだろう。
「ノダチ、出しなさい。北部の公開修練所よ」
「はいよ。……あー、お嬢。ここからだと一旦遠回りになりやすぜ」
「構わないわ。安全にお願い」
「へい」
私達が両端の座席に腰掛けると、馬車が進み始めた。窓の外の景色が、ゆっくりと左へとスライドしてゆく。
「あら、本当。殆ど揺れないのね」
「おー。おーおー、凄い凄い」
順調に走り始めた馬車は、なかなかに快適なものだった。
もちろん、舗装された街中ということもあるだろうし、速度も街道ほどではないからかもしれないけど、それにしても静かなものだと思う。
絢華団の荷馬車に便乗させてもらった時はお尻とか腰が大変な事になったので、私にはよくわかる。この馬車は良いものだ。
「で。オレに話があるとの事ですが」
クラインの尖った口調に、丁寧さがくっついている。
普段はマコ導師相手くらいにしか発揮されない喋り方に、私は一瞬ついギョッとしてしまった。
クラインの視線の先、御者台のすぐ近くにはケンカさんが座っている。
話を促されたケンカさんは口元を手のひらで隠し……多分、笑ったのだと思う。
「……ええ。ですが、その前に。ユノボイドさんとしたいお話というのが、魔術の件についてなのですが……」
「こいつらは皆、オレの光属性術の事を知っています。問題ありません」
クラインが先読みして言い当てると、ケンカさんは少しだけ驚いたような顔を見せ、すぐに穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
どうやら、光魔術の話が私達に聞かれても良いかどうか、という確認だったらしい。
「率直にお聞きします。クライン=ユノボイドさんは、光属性術を扱えるということでよろしいのですか?」
クラインとケンカさんの会話だ。私たちは余計な口を挟まない。
しかしその質問を聞いて、私の隣に座るソーニャは膝の上の手をぎゅっと強く握りしめ、クラインの直ぐ側ではレティーの身に纏う魔力が強化寄りに傾いた……気がする。
「正式な場での発表はされていませんが、事実です。公然の秘密として、学園では既に広まっています。光属性術は属性使用試験の内容が定まっていないので定義が曖昧ではありますが……初等術ならば問題無く発動可能です。それを扱えると定義するならば、オレは光属性術を使えるということになりますが」
「……それは。素晴らしいことですね。理学史の進歩ですよ。おめでとうございます、ユノボイドさん」
物凄く丁寧な言葉で喋るクラインと、それに対しごく自然に返すケンカさん。
……何だろう。これ。話の内容はすごく、真面目なのに……。
「ぷくっ……うひ、ひひ……」
『馬鹿者、笑うな』
「いで……くくっ……でもさぁっ……」
ほれみろ、ボウマが笑い出してる。
講義中もこうなんだよな。クラインが丁寧な言葉でずっと喋ってるとなんか……いや、私だって失礼だとわかってはいるんだけど、なんかな。変なんだよな。
わかるわその気持ち。私もちょっと辛いもん。
『ッ……』
畜生、ライカン。ボウマを諌めたくせに自分も笑いを堪えてんじゃねーかよ。
こういう時だけ鉄仮面は良いよなぁ、本当に。
「リゲル=ゾディアトス導師の他に、光属性術を扱える人が現れた……やはり、ミネオマルタまで足を運んで来て良かったです。クライン=ユノボイドさん。貴方に会えて光栄に思います」
「……ええ」
ケンカさんはおもむろに手を差し出して、クラインと握手を交わす。
どうやらケンカさんは本心から、クラインの成し遂げた功績を尊敬しているようだった。
その時、クラインが私達をチラリと横目に睨んで来たので、私は慌てて口元を強く引き結んだ。
「ユノボイドさん、光属性術を修められた貴方に、折り入って相談があるのですが……」
「……相談。とは」
「率直に申し上げます。火国の理学学園へ移籍し、導師として光属性術の講習をお願いしたいのです」
「えっ?」
ケンカさんが口にした提案に、当人よりも先に私達の方から戸惑いの声があがった。
火の国。移籍。そして、導師になる。あまりにも寝耳に水な提案だ。驚くなと言う方が無理のある話だった。
「……それは、何故」
「不思議なことではありません。ユノボイドさんは数多くの魔術を修められ、理学式にも精通していると聞き及んでいます。貴方は既に導師としての素質はお持ちであるはずです」
……確かに、考えてみればクラインは導師さんと比べても全く遜色がないように思う。
教えるのは上手いし、一つの魔術について調べようとすれば何冊もの本を挙げられるほどだ。
「そして、光属性術を扱える。ユノボイドさんはあのリゲル=ゾディアトス導師と同じ、光属性術を教える側に立てる非常に希少な人材なのです。水の国は確かに、理学の聖地ではありますが……だからといって、他の国々が理学や魔学を疎かにしているわけではありません」
「……つまり、オレに。火国の理学機関に勤める導師となれ、と?」
「はい」
火の国。それは、水の国からかなりの距離にある大陸の国だ。
私の母国である鉄の国と言えば伝わり安いだろうか、地理的に言えば、デムハムドよりも遠い場所である。
そこへ移るとなると……それはもう、相当な覚悟が必要になるだろう。
……けど、ケンカさんの言っていることの重要性はわかる。
今、この水の国には光魔術を扱える人が二人いるのだ。一人は開祖であるリゲル=ゾディアトス。そしてもうひとりが、クライン=ユノボイド。光属性術を唯一扱える人間が、同じ国の同じ都市にいる。
なるほど、確かにそれは光属性術を教え広めるという意味では……勿体無いことかもしれない。
けど、クラインが火の国へ行くだって?
それはちょっと、なんだろう……いきなりすぎるし、大事すぎる気がするんだけど。
「お嬢、そろそろだ」
クラインが沈黙していると、御者の方から声がかかってきた。
馬車の走りも段々と速度が落ちている。どうやら、もうすぐで目的地に到着するらしい。
「……着いたようですね。ユノボイドさん、急なことですぐに結論は出せないことと思います。ですがこの導師のお話、是非ご検討いただければと思います」
「……はい」
最後に紡がれたクラインの返事は、どこか固く、ぎこちないものであった。
北部公開修練場に到着した。
ここは私やクラインがいたキャドバリ魔術演習場よりも更に質素な作りで、天井のない白壇だけの演習場らしい。闘うための設備だけを整えただけの、簡単な施設である。
そのため、周辺も牧歌的だ。ミネオマルタとは思えないほどに葡萄畑や煉瓦工房も多く、寂れ具合で言えばさっきまで居たキャドバリ魔術演習場の比ではない。
……とはいえ、私の居たデムハムドよりもずっと栄えてはいるんだけど。
「着いたな」
馬車駅について、真っ先に声をあげたのはクラインだった。
私たちは、彼が声を上げるまではずっとだんまりだ。
それも仕方ないだろう。なんたって、先程までクラインが……学園を去るかどうかの話をしていたのだから。
「……クライン!」
あまりに冷静な彼の一言に、堪えようもなく叫んだのはボウマだった。
「なあクライン。学園、出てくの? あたしたち、置いてっちゃうの?」
「……それは」
ボウマの震え声に、クラインは答え辛そうに視線を反らしている。
彼のその挙動はまるで“そうだ”とでも言いたげで、余計に私達の心を煽った。
「クライン、導師になるの?」
「……いや」
私が聞いても、彼は目を逸らす。
答えたくないのか、それとも……まだクラインの中にも答えが見つかっていないのかはわからない。
……私はどうだろう。
もしもクラインが導師になって、すぐにでもこの国を離れて他の場所へ移ってしまったなら……。
……おめでとう、とは言える。凄いことだと思うし。私と同い年で導師さんになるんだ。拍手だって出来る事だろう。
けど……かといって、別に嬉しくはない、かな。
多分、私だけじゃない。きっと、ボウマや皆も私と同じように思っているはずだ。
クラインが居なくなったら……寂しいぞ。
「んー……ははは。いやー、すごいスカウトが来ちゃったな。いきなり導師とはね」
『引き抜きというやつだな』
さすがのヒューゴも、いつも通りの余裕ある笑顔ではない。彼も少なからず動揺しているのだ。
ソーニャは特に何も言ってないけれど、彼女は彼女でクラインの様子をじっと観察しているように見える。
唯一、ライカンだけがいつもと同じように見えた。
『ふむ。クライン、流石のお前も突然の事で驚いているだろう』
「……そう。そうだな。オレは……考えている。まだ……」
『当然だ。すぐに結論を出せるはずもなかろうよ。なに、焦る必要はない』
ライカンはその大きな手をクラインの頭の上に置き、まるで子供にするかのように薄水色の癖っ毛をガシガシと撫でた。
『ケンカ=クレナイか。絢華団の団長だという話だが……全く、これから試合が残っているというのに、わざわざ心乱すような事を……失礼な奴だ。機会に貪欲なのは良いが、何を焦っているのやら』
「……撫でるな」
『おお、すまんな。まぁ、そういうことだ。焦ることはない。クラインが今何をしたいのか、それを考えて答えを出すのが良いだろう』
そう言ってクラインの頭から手を離すと、ライカンは“はっはっはっ”と呑気に笑った。
ライカンのいつもの笑い声に、私達の中に立ち込めていた不穏な空気が一気に霧散する。
「……もちろんだ。オレは……まだ学園で、やるべき事が多く残っているからな。将来的に、導師……という道を排除するつもりはないが、まだまだ、オレは自分の腕を磨かなければならない」
「じゃあ、クライン。まだ学園やめない?」
「ボウマ。お前はオレの事よりも自分が卒業できるかどうかを心配したらどうだ」
「……むきーッ! 」
心配そうにしていたボウマも、いつもの嫌味ったらしいクラインの言葉で元通りになった。
クラインに組み付いたり噛み付いたりしようとしているのを、良いようにあしらわれている。
「……やれやれ、びっくりしたけど……この分だと、心配する必要は無さそうかな?」
「そうだね。……クラインが居ないのは私も嫌だし、良かったよ」
「えーんあぁ、そうだねロッカ。クラインが居てこそって感じもあるもんな」
「うん」
「……これからも同じような引き抜きや勧誘があるかもって思うと……クライン、冗談抜きで忙しくなりそうだな。仕方ないけど、同情するよ」
求婚されたり、勧誘されたり。本当、クラインは色々な所から引っ張りだこになってるな。
私も私で、ちょっとした有名人にはなったけれど……これからはクラインの方に、色々な注目が殺到するのかもしれない。
……護衛が付くのも納得だ。
さて。クラインに突拍子もない勧誘はかかったけれど、これから先はヒューゴとボウマの試合がある。
気を抜いてはいられない。むしろ二人にとっては、これからが本番なのだ。
『二人の試合は、もう少し後だが……先に闘うのはボウマか』
「にしし……あたし、全然緊張してないよ?」
『おお、それは凄いな。将来は大物になれるかもな』
「わかってるにぇライカン」
私たちは修練場前の広場にドンと置かれた掲示板を眺めている。
辺りには私達と同じで、試合の順番や出場する魔道士のチェックをしているのであろう、ローブやケープ姿の若者でいっぱいだ。
ただ、既に試合が終わった人もいるのだろう。広場の隅では祝勝会なのだろうか、小さな瓶を手に楽しそうにひっそりと酒盛りしている魔道士の姿も見られる。逆に、さめざめと涙を流している女の子や、それを励ます友人の姿もあった。
「ボウマの対戦相手は……“コラルド=ストランス”か。聞かない名だ」
『ふむ、クラインが知らないとなると別の学園だろうか』
「有り得るな」
水国中の学園から魔道士が名乗りを上げてやってくるのだ。そりゃ知らない奴ばかりだろう。
そもそも、私は自分のいる学園の人でさえ、あまり詳しくないし……。
「ふーん……で、ヒューゴの対戦相手は?」
「ああ、僕の方も知らない人だね。“モヘニア=ムータニアス”って人だけど」
「へー……ん? モヘニア?」
聞いたことあるし、覚えのある名前だった。
ふと、反射でソーニャやクラインの方に顔を向けると……二人とも私に“これは……”というような目配せをしてくれた。
どうやら、これは私の勘違いではないようだ。
「あれ? なんだい皆して。……僕、いきなり強い人とは当たりたくないんだけど?」
「んー……どうだろ。知ってる人だけど、強いかどうかは知らないっていうか」
「変な先輩、ということは知ってるわ」
属性科の五年生、モヘニアさん。
常に酒を飲んでいる酔っぱらいの女の人、という印象しかないけれど……はてさて。
二人の試合、どうなることやら。




