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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 粉砕する戦杖

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杭010 連打する歩

「これより、“名誉司書(ライブラリアン)クライン”及び“暗雲のニット”による、マルタ魔道闘技大会一次予選の第五戦を開始します!」


 フィールドに立つのは、背筋を伸ばしたクラインと、その対戦相手。

 クラインの相手であるニット=モルドロアという男は、背の低い金髪の男だった。

 線は細く、普段から体を動かしているようには見えない。顔立ちも華奢で、少年のようにも見えてしまう。

 だが、彼の手には身の丈程もあるロッドが握られており、それは確かな魔道士としての証だ。

 彼が見た目通りの軟な男かどうかは、そのロッドの使い方を見るまではわからない。


「こ、この大会……将軍様やギルドの団長様が見てらっしゃる……負けるわけには、いきません……!」


 何やら手を握りしめて、気合を入れている様子だ。

 見た目はちょっと頼りない男だが、やる気はあるらしい。


「体格とロッドの形状、材質から見て、投擲用の杖ではない……照射系か。火や水で無ければ手間はかからない。安全で助かる」


 対するクラインはいつも通り、冷静そのもの。

 試合開始位置から一切微動だにせず、じっと相手の姿を見つめていた。


 ……そういえば、こうしてクラインの試合をまじまじと眺めるのって初めてかもしれない。

 もちろん、私の試合は抜きだ。あの試合はいつになったら忘れられるんだろうか……。


「試合、開始!」


 なんて考え事をしている間に、試合が始まった。


「“スティ・ボウ(いでよ鉄銛)”」

「“イグズ(雷よ)”……! うわっ!?」


 先手を取ったのはクラインだった。

 試合開始と同時に手を振り払い、凄まじい速度で鉄銛を放ったのである。


 相手の長い詠唱を許さない初手の一撃。

 定石だし、来て当然とも言える一手ではあるけれども、いざやられてみるとやはり、焦るのだろう。

 相手はそれなりに必死な様子で回避せざるを得なかったようだ。


「ふむ、動きは鈍いな。“スティ・ボウ(いでよ鉄銛)”」

「この……くっ!」


 相手は回避の後に反撃に移ろうとしているようだが、クラインはそれを許さない。

 ニットが回避した直後を見計らい、的確な位置へ魔術を叩き込み続けている。

 放つのは最初から常に同じ、“スティ・ボウ(いでよ鉄銛)”のみ。

 投擲される細長い槍のような生成物はナタリーの使う“スティ・レット(いでよ鉄槍)”と非常によく似ているものの、こっちの方が断然単純で、扱いやすい魔術なのだという。


 それだけに、ある程度連射したとしても魔力はそう尽きることはない。

 クライン程の魔道士ともなれば、そのあたりはきちんと把握していることだろう。


「いやー、それにしてもクラインは凄いねぇ。あの開始位置からずっと的確に魔術を投げていられるんだから」


 嫌がらせのように一定間隔で鉄魔術を放ち続けるクラインを眺めつつ、ヒューゴが感心したように唸っていた。


「やっぱり、魔術投擲ってあのくらいの距離でも難しいのかな」

「断然、難しいね。僕も水の投擲はできるけど、そうそう遠くまでは飛んでいかないし……何より、三十メートル先の人に当て続けるなんて、あと五年経ってもできる気はしないよ」

「そうね。私もいくつか投擲できるけど、狙った場所に当てるのは凄く大変だと思うわ」

「へー……じゃあ、やっぱりクラインって凄いんだ」


 なるほど……三十メートル先の人に当て続けるのは難しい技術なのか。

 ……ということは……魔術投擲って、手で投げる感覚と一緒にしたらいけないのだろうか。

 投げれば三十メートルくらいだったら、わりと狙ったところに当たりそうな気がするけど。


『今、相手のニットはクラインの攻撃をひたすら避け続けているが……普通ならば、そろそろ外れる攻撃が出てきてもおかしくないのだろう。あの男はどうも、クラインが術を暴投する隙を伺っているように見える』

「引け腰だにぇ。男らしく突っ込めば良いのに」

「……いや、それも仕方ないんじゃないかな。防御魔術が使えたとしても、それには魔力を必要とする。自分の魔力消費無しに相手の攻撃を避けられるのであれば、それが一番だろうさ。避ける度に、相手は勝手に魔力を浪費してくれるんだからね」


 そうか。一見防戦一方に見えても、実際はクラインが魔術を撃ち続けて、少しずつ消耗しているんだ。

 だから順調に避けられる間は、その状況に甘んじていても問題ない。

 反撃の隙が生まれるまで、待てば良いだけだ。


 ……でも私なら、あの状況……どうするだろう?

 きっと私だったら、避けるだけのあのままの状況は耐えられないと思う。避けるのが無理というわけではない。避け続けるという闘い方が性に合わないから、避けるという選択肢を捨ててしまう気がしてならないのだ。

 それに、私には身体強化がある。今闘っているニットは強化なしに必死に避けているけど……強化さえあればサッと大きく避けて、着地の衝撃を一瞬で押さえ込んで、すぐに魔術の発動に踏み切れると思う。

 後は壁を出すなり何なり……うん。やっぱり、身体強化が試合で使えるのって強みだな。


「“スティ・ボウ(いでよ鉄銛)”」

「く……精度ッ、良すぎだろ、この人ッ……!」


 試合は依然として、クラインの一方的な攻撃が続いている。

 開始から数十秒経っても、発動した魔術はたったひとつ。クラインのスティ・ボウのみだ。

 しかしそれをひたすら正確に、遠距離の相手に当たるように投げ続けるのだから、クラインの技術は凄まじい。見てて地味だけど、確かに凄いと思う。


 一定間隔で放たれ続ける銛。

 それを大きなステップで避け続けるニット。

 この状況は、あとどれくらい続くのか……私が、おそらくは観客もそう思っていたであろう、その時。


「“スティ・ボウ(いでよ鉄銛)”」

「!」


 クラインの放った鉄銛が、僅かに直撃コースを外れるように射出された。

 狙いは正確だ。けれど、半歩も動けば避けられるだろう。そのくらいの、微妙なコースだ。


 あの程度の位置であれば、避けることに苦労はしない。それはきっと、今まで必死に避け続けてきたニットが待ちわびていた隙だったのだろう。


 クラインが定間隔で術を放つタイミングを、呼吸を、既にニットは身体で覚えている。

 だから彼は、その隙間に自分を魔術を発動させることは可能だと踏んだのだろう。


 飛来する“安全な銛”を眺めつつ、避け続けるだけだったニットが、杖を強く握る。 

 精神を集中し、頭に、杖の中に魔術を構築する。


 いざ、反撃の時――。


「フッ……“スティ・ボウ(いでよ鉄銛)”ッ!」

「“イグズ(雷よ)”……!?」


 だが、それは罠だった。


 一定間隔で放たれ続けた鉄銛。

 術の間隔に慣れた頃を見計らってやってきた、芳しい“隙”。


 それらは全て、クラインが用意した布石だったのだ。


 確かに魔術を使い続ければ、魔力は減る。精神は摩耗する。

 だが、それを避ける側はどうだろうか? 確かに避けるだけなら魔力は必要ない。だが、着実に足腰は疲れてくる。


 そんな時、突然に両の脚を落ち着けられる場面がやってきたら。

 “もう避けなくても良い”と頭でさえ考えていたら。


「嘘、こんな……!?」


 ……きっと、“それまでとは比べ物にならないほどの速度の鉄銛”を避けるのは、難しいだろう。




「勝者、“名誉司書(ライブラリアン)クライン”!」


 故意に緩急をつけた攻撃の波は“暗雲のニット”の感覚を欺き、一撃の元に勝敗を決した。

 相手に攻撃を許さず、隙を見せた瞬間にすぐさま刈り取るかのようなこの勝利は、まさに“完封”と言っても良いだろう。

 結局、“暗雲のニット”はその二つ名の由来を観衆に見せることなく姿を消し……。


「ふむ、腕は鈍っていないようだ。良い練習になった」


 クラインは“スティ・ボウ(いでよ鉄銛)”のみで勝利をもぎ取ったのであった。


「……何時もどーり、地味な試合だったじぇ!」

『うむ! その通りだな!』

「ははは……けど、クラインらしい試合だったよ」


 ……まぁ、観客の喝采があまり派手じゃないのは、仕方のない内容だったと思う。

 勉強になる試合ではあったけどね。うん……。


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