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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 粉砕する戦杖

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杭004 誘い込むそよ風

 セイラの祝祭の盛り上がりは、マルタ杯開催までしばらく続く。

 それまでロッカ=ウィルコークスは、初めて目にする大規模な祝祭を楽しみ、束の間の安息を得るのだろう。祝祭期間中の彼女の予定は、既に友人との交遊や指導書の復習などで程よく埋められていた。


 だが、既に何度か祝祭を目にしている者や、そもそも祭りというものに興味を示さない者にとっては、逆に予定らしい予定もない、退屈な数日間である。

 特に、学園の立ち入りが制限された現状は、クライン=ユノボイドにとって非常に非生産的なものであった。

 退屈なあまり、クラスメイトであるヒューゴからの食事の誘いを受ける程には。


「いやー、悪いねクライン。僕も大会前だし、入念に術を確認しておきたくてね」

「構わない」


 山菜中心の素朴な郷土料理を提供するその店は、ミネオマルタ北部の閑散とした裏通りで細々とした営業を続けてきた。

 少々店内の日当たりが悪く、薄暗い雰囲気が間口を狭く見せているものの、出てくる山菜料理はどれも北方面領土の味付けとして洗練されている。

 人によって好き嫌いが別れる料理が多く、決して万人受けするような飲食店ではなかったが、それでも一定層の途絶えることのない支持によって、今や三十年以上の営業を続けていた。


「このような店があるとは知らなかった。ここの存在を知れただけで、ヒューゴの頼みを請け負うには十分だ」

「お、気に入ってもらえたかい? クライン」

「ああ。味付けに気に食わないものはあるが、量があって良い。時々来るとしよう」

「それは何よりだ」


 ヒューゴはクラインが暇であろうこの祝祭期間を利用して、彼をこの店に誘った。マルタ杯に向けて、魔術に関わるアドバイスを請おうというのである。

 クラインは魔術について助言を与え、ヒューゴは情報を提供する。普段のクラインが寡黙であるためにあまり目立っては居ないが、二人はこういった取引じみたやり取りを幾度も行っており、友人としての仲や信頼はそれなりに深かった。


「それで、ヒューゴ。何故今年は大会に出場したんだ」

「ああ……やっぱり意外に思うかい?」

「これまではほとんど、参加しようともしていなかったからな。意外というよりは、その心境の変化を知りたいだけだ」

「んー、まぁ心境の変化っていう程でもないんだけどさ……」


 ナガイモとオクラのサラダを口に放り込み、暫く沈黙が訪れる。


「……ん。そろそろ、僕の魔術も実戦で使えるかなー……と思ってね」


 ヒューゴが不敵に笑うと、クラインが目を細めた。


「ないな」

「そんなにはっきりと言うなよ」

「ないだろう。身体強化有りの大会で、強化のできないお前が善戦できるとは思えん」

「うわー、だからそういうのやめてくれよー、夢見させてくれよー」

「いや有り得ないな。そもそもお前の術の射程は……」


 その後もヒューゴの魔術戦における不足点や至らない部分などがちまちまとクラインに指摘され、彼はいつしか正論の嵐に耐えきれず、テーブルの上に突っ伏してしまった。


「うああ……も、もう良いだろうクライン……これ以上言われると僕の魂に傷が付きそうだ……」

「……助言を求めたのはお前だろうに」


 クラインは呆れたように溜息を吐き、サラダの上に申し訳程度に乗っていた小さな生ハムをヒューゴの皿に弾いた。


「うーん……ロッカも射程に制限のある中でもよく闘ってるから、僕でもひょっとしたら大会で善戦できるんじゃないかなーと、思ってるんだけどなぁ……難しいのかなぁ……」

「……ウィルコークス君は身体強化が使えるし、強化が無くとも動きは敏捷性に秀でている。魔術を回避する能力が高ければ、オレとしても悪くはないと思っている」

「だろ? そうなんだよ、やっぱり距離と防御関係がネックなんだよなー……。僕の場合、ある程度近付きさえすれば、ちょっと魔術を使うだけでズタズタに出来るんだけど」

「誰だって長槍を持てば強いだろう」

「そう言われると……辛いものがあるねぇ」


 ヒューゴはそう苦笑して、生ハムとオクラを纏めてフォークで一突きし、口の中に放り込む。

 しばらく口の中で二つの食材の微妙な食べ合わせに小首を傾げつつ、飲み込んで、頷いた。


「……うん。そう考えると、やっぱりロッカって強いんだな」

「……まぁ、弱くはないな」

「未だに、ナタリーやルウナに勝ったことを“偶然”って言ってる人も学園に結構いるけどさ。あの動きの良さとか見切りの正確さを考えると、彼女って魔術戦に向いているのかもしれないね」

「……不向きではないな。事実、ウィルコークス君は反応に優れているし、通常は身体強化を使って回避すべき場面も、何度か素の能力だけで対応している」

「ただの初等術で投擲魔術を受け止めたりしてたもんな。僕あれ見た時鳥肌立ったよ」

「本来、ああいう状況に陥らないように動くべきなのだがな」

「ははは、辛辣だ」


 二人の話題は魔術戦に関するものから、ほんの少しずつではあるが、ロッカ=ウィルコークス中心のものへと変化してゆく。


「そういえば、クライン。思い出したくないかもしれないけど、お見合いの話ってまだ続いてるのかな?」

「ああ。嘆かわしいことにな」


 苦いものを噛んだような顔で、クラインが呻いた。


「最近は特に、カーター家からの接触が煩わしいな。エクトリア方面の家など、ユノボイドと手を結んだところで何の益もないというのに」

「湾港関係だっけ? そういえば前に追いかけられていたな。大変そうだ」

「造船もだな。ユノボイドも沿岸部だが、距離の問題もあるし何よりこちらは海運に力を入れているわけでもない」

「ああ、確か養殖だっけ? あとは波を使った……」

「そうだ。……光魔術を習得して、まさかここまで大事になるとはな」

「ははは、大物らしい台詞だなぁ。僕もいつか言ってみたいよ」


 世界で二番目に光魔術を習得した者であり、旧貴族。

 未だ公式の場で発表されていないというのに、クライン=ユノボイドの名は既に水の理学会において最も注目されていた。

 今も店の外では、クラインにつけられた護衛であるレティー=フランクスが待機している。本来であれば護衛も屋内に控えておくべきなのだが、クラインが人を嫌がるために最低限の警備に落ち着いている。

 罵倒にも近い抗議を無限に吐き出せるクラインならではの妥協措置であった。


「けどな、クライン。前にクリームさんからも言われていたかもしれないけど、あまり女の子に悪い言葉を吐くのは良くないと思うよ?」

「連中がしつこいのが悪い」

「いやまぁね。うんざりしてるのはわかるさ。けど、ああいうのには綺麗なあしらいかたっていうものがあるし……いや、この言い方は良くないな。うん、そうだな……扱い方っていうのがあるんだ」

「その方法論に効力があるならば、是非とも実践してみたいものだがな……」


 普段なら頑なに自分の行動を曲げようとはしないクラインだったが、どうやらヒューゴの示した話題には興味があるらしい。

 それだけ、日頃の女子学徒からのアプローチに辟易しているのだろう。

 前向きなクラインの態度を見て、ヒューゴは待ってましたと言わんばかりに笑みを深めた。


「まぁ、何度も来るような強引過ぎる人は、クラインらしくぞんざいに突っぱねる方法が一番だね」

「ほう。なら現状維持か」

「いやいや、それだけじゃない。クラインの場合、カーターさんのようなしつこい人もいるんだろう? そっちはまた別口の方法が必要になるのさ」


 クレア=カーター。

 “砦のクレア”の二つ名を持つ、属性科六年の女性である。

 臥来系のような黒髪と黒目を持つが、歴とした水国の旧貴族であり、今でも鉄国方面との玄関口である水路街エクトリアに深く根ざしている。

 一見すると彩佳系には見えない彼女であるが、家の歴史も精神も、立派な旧貴族と言える。しかしその旧貴族らしい精神が、今回クラインへの強烈なアプローチを実現させているのだろう。

 親の命令であれば、どのような相手であっても婚姻を結ぶ。“籠絡せよ”と言われれば、全力で実行に移す。

 大抵はクラインの取り付く島もない態度に早々に諦めるものだが、クレア=カーターの精神力は他の一般的な旧貴族の女子を遥かに上回っていた。


「クラインは確かに、人から嫌われることにかけては天性のものを持っていると思う」

「そうなのか」

「え? ああいや、それはともかくだ。……けど、僕が見る限りではね。クラインの場合、とにかく全ての人を等しくぞんざいに扱っているっていう事が多いから、多くの人に嫌われているように見えるだけなんだと思う。実際、クラインが率先して嫌いになろうと動いているわけではないよね?」

「よくわからんが、今のところ頷く要素はない」

「おお、当たりだ。つまり、クラインは積極的に人に嫌がらせをして嫌われているということは、あまり無いってことなんだ」

「そうか」


 ヒューゴの言葉に、クラインは淡白な反応しか示さない。

 しかし話の興味自体はあるのだろう。ヒューゴの言葉を聞き、どうにか頭のなかで処理しようと深く考え込んでいるようだった。


「つまり、何かって言うとね。クレア=カーターさんのようなしつこい人からのアプローチを跳ね除けるだけの嫌われ要素が、まだクラインには無いってことなんだ」

「……ふむ。オレがその嫌われ要素とやらを獲得すれば良いということだな」

「さすがだ。そういうこと。わざと人に嫌われる。愛想を尽かせる。これができるようになれば、いくら親からの指示であっても、クラインと積極的に関わろうとはしないはずだよ」


 要は、しつこい女に嫌なことして効率よく嫌われようということであった。


「で、オレはどうすれば良い」

「まずは、人に嫌われる……というより、女の子から嫌われるポイントを抑えておくべきだね。幸い、クラインの場合は無意識にその多くを日常的に実践してるから、覚えるべきことはそう多くないと思う」

「よし」

「良しじゃないんだなこれが。クライン、その嫌われるようなことって、常日頃誰にでもやってるんだからな。抑えたほうが良いものは多いんだからな」

「……ふむ」


 ヒューゴの言葉に、クラインはどこか考えるような顔で俯いた。


「……まぁ、嫌われる、といえば……そうだな。手っ取り早いのは、不潔さを押し出すっていうのがあるけれど……」

「不潔など論外だ」

「そう。自分が嫌になるような状態は以ての外だね。だから、ピンポイントでその人とのやり取り限定で効果を発揮するような嫌われ方を覚えておくと良いと思う」

「例えば」

「……そうだね。わかりやすく言えば、デリカシーのない言動かな。まぁクラインの場合は結構……いや、なんでもない。そうだね、わざと言うのであれば、相手がコンプレックスを抱いている体型や体重を指摘したり……相手のセンスを否定したりすると効果的だと思う。うん、クレア=カーターの場合、こっちが効きそうだな。……人におすすめするようなことじゃないけど……」


 旧貴族はほとんどの者が誇りを持っている。

 直に相手の家柄に唾を吐くような言動は以ての外だが、相手の身につけているものや使っているものなど、そういった節々で見下したり否定的な言葉を投げかければ、誰でも怒るし、悲しむものだ。

 解っていてやる分には人として最低ではあるが、止むに止まれぬ事情があるのだから仕方がない。そもそもクラインの日常的な対応であしらわれてもなお這い上がってくる相手が異常なのである。


「なるほどな。相手の粗探しをして酷評すれば良いわけだな」

「あー……一応、やるときはお手柔らかにね。あとできれば泣かせないようにね」

「虫を叩き殺すのも踏み殺すのも同じだろう」

「うん。クラインの場合は、そのデリカシーの無い行いを意識的に無くす努力もしてみると良いと思うよ。それはそれで、勉強になると思うしね」

「気が向いたらな」


 方策を得てクラインは満足そうであったが、ヒューゴとしてはただ心配になるばかりであった。

 また良からぬことを吹き込んでしまったかもしれない……と思いつつも、結局他人事ではあるのだが。


「……女の子が髪型を変えたり、服とか、アクセサリーとか……あと髪留めとか……普段と違うものを身に付けているのに気付いたら……さりげなく褒めてみたりすると相手は喜ぶと思うよ」

「……そうか」

「逆に、変わっているものをわざとこき下ろしたりするのが、悪い使い方ってわけさ。その髪型失敗したのかい? とかね。いや、これは本当に酷いけど」

「……ふむ。なるほど。参考になった」


 サラダを食べ終えた皿を暫し睨むように見つめ続け、クラインはじっと考え込む。

 その集中力は魔術の自主学習を行っている時にも匹敵するかのように見えるのだが……ヒューゴはあえてそれを指摘して茶化さず、静かに生ハム付きサラダのおかわりを注文するのであった。





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