杭003 隠れ潜む蒼玉
前に美術館を訪れた時は時間帯もあって静かだったけれど、今日はそこそこの人で賑わっていた。
とはいえ、さすがに館内で馬鹿騒ぎする人は居ない。せいぜい何人かで一つの絵や作品を囲みながら、それについて和やかに語るといった、知的で上品な賑やかさである。
で、私たちは知的で上品かといえば、別にそんなことはない。
いや、クラインは知的だしソーニャは両方兼ね備えているとは思うけれど、かといって皆がそれに倣うことはないのだ。
ボウマなどは一番に自由行動を始め、それを恐れたライカンがいつでも確保できるように慌てて追跡。二人が消えた。
そしてヒューゴはしばらく周りを興味深そうに眺めていたものの、途中で何に気を取られたのか知らないが、知らぬ間にかどこかへと消えていた。
「ヒューゴはともかく、待ち合わせもしてないのにあの二人はほんと……協調性無いっていうか、もぉお……」
「あはは……まぁ、いつものことだし」
残されたソーニャは、ちょっとだけお怒り顔である。
私は慣れたものだから気にしないし、このくらい緩いほうが気楽で良いと思っているからそんなに不満はない。多分、そのうちソーニャも慣れると思うけどな。
「元々、ボウマ達は先生の作品を見るためだけに来たようなものなのだろう。それをもって解散で妥当だと思うがね」
「むっ……」
そう言いのけたのは、展示中の奇妙な杖に目を向けるクラインだ。
こいつはこいつで一点の作品を見る時間が異様に長いので、揃わない足並みのぶっちぎり最後尾である。
「そうはいってもね……せっかくお祭りの日に皆で時間合わせて集まったのに。ねぇ?」
「まぁ……確かに?」
「ちょっとロッカ。なんでしっくりこないのよ」
「えー、でもなぁー、いつもだいたいこんな感じだし……」
発表会の時だって大体そんなもんだったし。
気付いたらみんな好き勝手動いててどこかいってて、各自興味のあるところにふらーっと歩いていた気がする。途中で出会えたらめっけもん、みたいな。
ソーニャはいまいち釈然としない様子だけど、うん。これも多分慣れだろう。いつかきっと、ソーニャも私達みたいに適当になるさ。
そんな感じで、大所帯は早々に空中分解してしまったわけだけれども。私とソーニャとクラインは辛うじて一つの団体として繋ぎ止められていた。
ソーニャが“これ以上離れ離れになるのは嫌だし”と言ったので、私もまぁ確かにそうだという思いもあったので、なるべくじっくり見て回っているクラインからは離れないようにしている。
「ほう……噂には聞いていたが、まさか本当に出展していたとは……やはり今年は違うな……」
彼も彼で協調性が無いほどに遅いけれど、それだけ熱心に展示物を見ているという事なのだ。急かすのは失礼だし、私もクラインを見習って、じっくりと展示物を見ようと思う。
前に来た時は展示物の名前の下にある薀蓄なんかザーっと読み流してたしね。
……とソーニャに言ったら、さすがに呆れられてしまった。
……けど、美術館の薀蓄って歴史の用語が多すぎて眠くなるんだよ。本当に。
「数暦第一期の帝国魔金鎧……ふーん、変な形」
「昔だもの。今でこそ機人の製造技術で上手いこと作れているけど、以前は一つ一つ手作業で作っていたのよ」
「へー……あ、こっちは昔の杖なんだ」
「そうね。魔具は昔からあったし……というより、古代の方が栄えていたっていう研究も多いんだけどね」
「え、そうなの? 」
昔の方が栄えている技術って言われても、ピンと来ない。
確かに古代まで遡れば、人と人との戦争だったり魔族との戦争だったり、魔術も需要はあったと思うけど……現代に勝るほどだったとは思えない。だって昔だよ。私は、そういう歴史とかもズブの素人だけど……。
「昔は光魔術なんてなかったんじゃないの? だったら、今のほうが発達してるんじゃ……?」
「そうね。光魔術の発見は……私から見ても素直に、凄いと思う。ここ数百年……いえ、千年間で一番の進歩と言っても良いんじゃないかしら」
「お、おお……」
「一応、光魔術そのものは無いことはなかったんだけどね。独性術として自然発生することもあるし。夜魔とか実態の薄い魔族を討伐する物語もあるわけだから、存在自体はあったのよ。けど体系化したのは本当に最近なわけ。偉業と言えば、まあ偉業なのよ。とても凄い、ね」
そんなに凄いの……それはさすがに予想外なんだけど。
「……けどね。やっぱり一部の魔術や呪い、特に今では禁術扱いされている多くの闇魔術を紐解いていくと、どうしても古代の魔道士の方が優っていたんじゃないかって、考えられているのよね」
「闇魔術……」
禁術である闇魔術が使われ、優れていた時代。
……とてもじゃないけど、まともな時代だったとは思えない。いや、それなりの秩序はあったとは思うけれど……それでも今とは比べ物にならないくらい、危険な世の中だったんだろうな。
なんて私は真面目に考えていたんだけれど、今更にソーニャの顔色が浮かないことに気付いた。
……やっちゃった。ソーニャの前でこんな、闇魔術の込み入った話をするなんて。
「あ、あー。それにしても昔の杖って、本当に格好良いの多いんだね。この杖なんて、真っ二つに分かれて……ええっ、なにこの杖……!?」
「……ふふっ」
咄嗟に話を逸らそうと近くの適当な展示物を指し示すも、奇妙なものに当たってしまった。
なんでこんな、急を要するときに普通な感じのものじゃないんだよ! なにこれ!
「あはは、もう、なにやってるんだか……」
「も、もう。笑わないでよソーニャ……」
「ごめんごめん。でも、うふふっ、面白くて……」
「……おや」
奇妙な杖の前でソーニャにからかわれたり苦しい弁解などをしていると、そこに小さな一人の影が歩み寄ってきた。
誰かがこの展示物に興味を示したのだろうか……と顔を向けると、そこに立っていたのは、背の低い子供。
「お久しぶりですね。覚えておいででしょうか」
「あー……」
私達のすぐ傍に立っていたのは、黒いボロのケープを身にまとった魔道士風の少女。
彩佳系の夜空じみた色合いのボブカットに、月のような黄色い瞳。何よりも特徴的な頭上の三角帽を見て、私は彼女が以前にも遭遇したことのある子供であることを思い出した。
「えーっと、確か……魔女? 魔女会? の人だっけ」
「はい、その通りです。魔女会に所属するアリアネと申します。ロッカ=ウィルコークスさんに覚えていただけていたとは、ミネオマルタにてこれ以上栄誉なことはそうそうありませんね」
「いや……そうかな?」
「以後も、お見知り置いたままでよろしくお願い致します」
アリアネと名乗った少女は仰々しすぎるほど丁寧に、ローブの裾をドレスのように摘み上げ貴族っぽいお辞儀を見せてくれた。
過剰に持ち上げるような言葉もあって、かなりこそばゆい気持ちだ。
……この子は確か、発表会の時にもちょっとだけ会ったことのある人だよな。
その時はやたらとクリームさんに興味を示して、魔女会とかいう組織に勧誘なんかもしてたっけ。
勧誘……っていうことは、まさか今日も?
「ちょっと。貴女、誰だか知らないけど……ロッカは魔女会になんて入れさせないんだからね」
私が心配していたことは、ソーニャが一足先に敵意を込めて代弁してくれた。
そんなに邪険にしなくても……とは思うけれど、魔女会ってそういう類の相手なんだろうか。
まるですぐに割れる粗悪品の箍を売り歩く押し付け商人みたいな扱いだけど……。
「私は魔女会のアリアネと申します。……魔女会なんて、とは酷い言われようですね。とはいえ、的外れでもありませんか。全ては組織上層部の腐敗が招いた事とはいえ、皆様に魔女会の悪いイメージが蔓延しているのは事実です。この度は諸悪の根源たる大婆様に代わり、末端でこき使われているだけの罪なき私が謝罪させていただきます」
「いや……べ、別にそういう謝罪とかは求めてないけど……」
……丁寧そうな物腰だけど、今のやり取りだけでなんとなくこの子供が“変”っていうのはわかった。
うん。魔女会、変。よし覚えた。前にも注意された気はするけど、魔女会にはあまり近づかないようにしよう。
「ところで、今そちらの杖の前でお話をされていたようですが」
「あ、うん。この変なやつね」
「ええ。“分かたれた杖”ですね。こちらの変なものは、我々魔女会からの出展品となっております」
……出展主とは知らず、つい知らずに変なやつとか言っちゃったよ。
あ、でもよく見れば名前の下にちゃんと出展主が書いてある……よく見ておけば良かった。
「これは数暦第二期初頭の仕込み魔具です。説明にもありますが、ただの杖とは違って特殊な運用がされる品なのですよ。現代では再現することも難しい技法が多く使われています」
「へー……」
「ほう」
「わっ、びっくりした!?」
魔女っ子が説明をしていると、薀蓄の匂いを嗅ぎつけてかクラインまでもがやってきた。
アリアネはクラインを見て少しだけ驚いたような顔をしたものの、すぐに口元に薄い微笑みを浮かべ直した。
「今回はセイラの祝祭による特別展示ということでして、魔女会からは多くの点数が出品されています。“分かたれた杖”以外にも、古代のルナジェリ製造組織が取り扱っていた陶器小瓶ですとか、今は失われた古代魔導書の宝石入り装丁部分ですとか……芸術品も多数です」
「ほう、それは良い。魔女会もついに隠し財産を開帳したというわけか」
「時期に乗って大盤振る舞いした事は否定しません。あ、ちなみに向こうでは幻の名工、クァルケル=ガ=クェチカ作の彫刻“転倒の木”が展示されておりますよ」
「何!? クァルケルの作品まであるのか! それを早く言え!」
「誠に申し訳ございません」
「爺様が昔競り落とせなかったという品か!? いや、とにかく見なければ……!」
アリアネもかなり風変わりな子供だとは思うけれど……それ以上にマイペースなクラインを見ると、なんか安心できるな。
誰が相手でも自分を曲げずに話せるのって、ちょっと羨ましく思う。
「皆様もいかがでしょうか。曖昧な芸術を愛でることもまた、魔の理解を深める一助になるかと」
「……せっかくだし、私達も見てこうよ」
「まー……そうねぇ。魔女会の人の言う通りにするのってちょっと癪ではあるけど……そうしましょうか」
私たちははしゃぐクラインを追うように、展示場をゆるゆると歩くのだった。
「わぁ……」
「へー……これは……」
私達の目線が止まったのは、一つの彫刻。
材質は石なのだろう。黒っぽく、お世辞にも澄んだ色合いとはいえない、濁った石だ。
しかし、その石が象る姿は……まるで天地とも根っこのような……不思議な樹木のようだった。
作品のタイトルは“転倒の木”。
作者は“クァルケル=ガ=クェチカ”。
舌を噛むような、発音もよくわからない作者名だし、彫刻の内容もまたよくわからない。
確かに、おどろおどろしく捻じれ波打つ枝の一本一本は精巧に作られているように見えるし、幹の杢目……のようなものも植物を思わせるように緻密だけど……私の感性は“不気味”、以上の感想を持ち得なかった。
「変なの」
真っ先に出た言葉がそれである。
むしろまじまじと集中して見つめるほどに、なんか……根っこの流木みたいに見えてきた。
……あ、だめだ。もう流木にしか見えない。
「造型は凄いと思うけど……こんな植物、実際に存在するのかしら? クモガスミソウに似てるといえば似てるけど……」
「私には良さがわかんないや」
「ふん、エスペタルやウィルコークス君にはわからないだろう。これほど緻密な自然石の彫刻は、一画一画に強化を込めなければ成し得ないものだ。芸術品としての完成度もさることながら、この膨大な量の強化の痕跡……これはもはや、奇跡と呼ぶしかあるまいよ」
クラインは彫刻を前に、珍しく褒めちぎっている。
……しかし、言われてみれば確かにこれは自然石だ。見た感じ、素材は凝雷石だろうか。あまり上質とはいえない質感だけど、凝雷石は人工的に作り出せるものではない。
なにより、この石はかなり硬い。脆くはあるのだが、しかし表面は非常に硬質で、飛散する礫が時折肌を傷つけることさえある。
彼の言う通り、この石で彫刻を行うのは非常に困難だ。刷毛跡のような傷を再現するにしても、鋭利な金属を入念に強化しなければならないだろう。
「不思議な作品でしょう。我々魔女会が二十年ほど前に買い付けた物です」
私達の背後から、アリアネが平坦な声で語る。
「二十年前の、ミネオマルタのオークションだな?」
「はい。ここ半世紀で最高取引総額を出した年ですね。幻の彫刻師、クァルケル=ガ=クェチカの作品が出品された記録はその時にしかありません。魔女会がその一点を落札できたのは運が良かったのと、当時の買い付け役が非常に優秀であったからということに他ならないでしょう。中でも“転倒の木”は、遥か南に位置する大地、死の国に棲息する魔樹であると言われ、この彫刻は貴重な資料として今でも注目されています」
死の国……それは、高位の魔族達が生きる大陸……だったか。
海を隔てたずっと向こう側の、魔族の楽園だと聞いたことがある。酷寒の地であり、そこに人の姿はなく、大地には砂鉄の砂漠が広がっているような、恐ろしい場所なのだとか……。
……なるほど、そんな土地に生きる魔樹だと言われれば、この得体のしれない不気味さにも納得できる。
「果たしてこの植物は実在するのでしょうか。それとも、人の空想が生み出した虚構に過ぎないのでしょうか。いえ、私はそのようには思いません。この植物は実在すると、確信しております」
「何故だ」
「その方が、ロマンがあるでしょう。だからこの植物は、存在するのです」
「……どうでもいいな」
クラインは途中までは興味深そうにアリアネの話を聞いていたが、相手の答えが気に入らなかったのか、唐突に中腰をやめて背筋を伸ばした。
「論拠を持たない持論を振りかざすような人間とは長く話すだけ無駄だ。転倒の木そのものは見事だったがな」
「おや、これは手厳しい。他にも見所のある魔具を用意しておりますが……」
「いらん。君達もあまりこのような魔力信奉者と長話はしない方が良い。魔女会は優秀だが、同じくらい害悪でもあるからな」
クラインはどこまでも辛辣にそう言いのけて、魔女会の展示コーナーから歩き去ってゆく。
私は魔女会のアリアネに“まぁ気にすんなよ”くらいの慰めの言葉はかけてやりたかったけど、彼女は彼女で面白そうに含み笑いを浮かべていたので、結局何も言わずにクラインの後を追うことにした。
「……まぁ、ちょっと唐突で酷かったとは思うけど」
「ん? なに、ソーニャ」
「クラインの言うことも、最もよ。魔女会はいつの間にか子女を洗脳して組織に組み込んでいるっていうし、あまり近づかない方が良いわ」
「……そっか」
クラインの後に続くようにその場を離れた私は、去り際に一度だけ後ろを振り返った。
「ふふふ……」
そこには、相変わらず薄気味悪い笑みを浮かべている少女が立っているだけだった。
色彩豊かな美しい風景画は、ミトポワナの風光明媚な山岳や、サナドルの夕暮れの棚田など、幻想的で素晴らしいものだった。
こういう解りやすく“綺麗”っていうのは良いな。難しいことを考えなくて良いから私でも理解できる。
逆に、ちょっと離れたところにある抽象画みたいなのは全然駄目だ。
“魔力の天啓”って何だよ。明るい色グチャグチャしてるけどどこらへんが天啓なんだろうか。作者に聞けるなら聞いてみたいけど、作者が数暦二期の二百年に死んでるらしいので、この疑問は永久に解消されることはないだろう。
人の頭モヤモヤさせやがって。忘れよう。
「セイラの祝祭っていうだけあって、芸術品も理学関係の品が多いのねぇ」
「あー、そうなんだ?」
私は風景画や肖像画の方にしか興味が向かなかったけれど、ソーニャは意外とそっちの方面の芸術にも興味があるらしい。
「魔力を題材にした抽象美術って、大昔は流行っていたのよ。魔道士から名を轟かせた芸術家も大勢いたらしいわね。……腕のある魔道士が普段見ているであろう魔の世界、っていうだけで、本人の技能とは特に関係なく評価されることも珍しくなかったから。今はそんなことないけどね」
「へー……」
……いつもは居眠りばかりなのに、ふとしたところで教養を感じさせるから、侮れない子だ。
「ウィルコークス君は知らないようだから教えておこう。当時の貴族共は、どこも理学的抽象美術に熱狂していたのだ。あらゆる家が有望であろう画家を大金で抱え込もうとしていた背景もあり、それによって抱え絵師を目指すべく画家を志望する者も爆発的に増えていた。作品が多いのには、そういった理由がある」
そしてクラインは得意気に補足説明を入れてくれる。相変わらず説明の好きな男である。
……しかし、昔の貴族にもやっぱりブームなんてあったんだなぁ。貴族制は水の国も雷の国も、隠五国の法によって解消されたって聞いた気がするけど、芸術品に惜しげもなく金を注ぎ込みまくって多くの人を動かしていた辺り、昔はよほど自由だったんだな。
見るものは見た。そんなに見たくないものも見終わって、私達三人は途中で誰とも合流することなく、とりあえず美術館を出ることにした。
だだっ広い中ではそうそう見つかるものではないし、声を上げるわけにもいかない。なので、出口で皆を待ち伏せていようということになったのだ。
そもそも、ボウマとかはさっさと飽きて外に出ちゃってそうだしね。
そんなつもりで、預けていたアンドルギンを返却してもらおうと受付に近寄った時だった。
「おや。これはこれは……もしや、貴女はウィルコークスさんでは?」
出口の受付に立つ白スーツの男が、口元に笑みを浮かべてそう訊ねてきた。
歳は、五十過ぎだろうか。薄水色の髪と理性的な細い眼差しが、口元の薄い笑みも相まって、どこか冷酷さを感じさせる。
そして彼の手には、私の愛杖アンドルギンが握られていた。
……受付にいるし、変なことをされているわけじゃないんだろうけど……私の杖を他の人が手に持っているっていうのは、ちょっと落ち着かない。
「はい、私ウィルコークス……ですけど」
「おおー、やはりそうでしたか。私は館長のラムネス=レオパール。今話題のミネオマルタの若き英雄にお会い出来るとは。いやはや光栄です」
「あ、はい。どうも……」
誰かと思ったら、まさかの美術館の館長さんだった。
低頭平身で自己紹介してくれるのはそんなに悪い気はしないけど、白いスーツは高級そうだし、この建物にある美術品全てを統括できる立場ってことは……ぽっと出のなんちゃって英雄なんかよりも、この人の方がずっと偉そうに思えるのだが。
「そしてそちらは、おや。もしやユノボイド家の?」
「……クライン=ユノボイド」
「おお、やはりユノボイドの。以前の立食会以来でしょうか? 学園ではお見かけすることもなかったものですから、久しぶり……ということになりますか」
「ふん、家のことはどうでもいい」
クラインはちょっとしたやり取りで不機嫌そうになってはいるけど、顔見知りではあるみたいだ。
話からして……家絡みだろう。立食会なんて、ちょっと洒落た話題が出てきてるし、私には全く縁のない事に違いない。
「ああ、そうだ。お預かりしているこのウィルコークスさんの杖、勝手ながら拝見させていただきました。いやね、預かり品の中に普段あまり見ない……鈍器があったものですから。気になってしまいましてね? しかし、よくよく見れば間違いなく奇杖職人エルナの杖ではありませんか。いや、驚きましたよ。まさかこのような見事な品に出会えるとは。ラストネールやピアグースを並べてお見せしたいところですが、何分当美術館では持ち合わせていないもので」
「あ……どうも」
「ああそうだ、退館されるのでしたらお返ししなければ。どうぞ、お気をつけて」
「は、はい」
杖を褒められても、なんて返したら良いのかわからない。
それなりに仲の良い人だったら遠慮なく“だろ?”とでも返してるんだけどな……。
というか、奇杖職人エルナの作品だってわかるものなんだ……やっぱ館長ってすごいんだな。
「……ところで、ウィルコークスさん。やはりその杖は……マルタ杯に備えて購入されたものなのでしょうか?」
「え」
核心を直接狙った館長の質問に、私は言葉を失った。
「いえ。やはり時期が時期ですから。こうして持ち歩いているのですから、隠されていることでもないのでしょう?」
「あ……まぁ。購入っていうか、まぁはい」
「あの、すみません? 館長さん、私達そろそろ外で友人を待たなければならないので。このくらいで」
私が質問にどう返そうかと口をモゴモゴさせていると、ソーニャが手っ取り早い脱出艇を用意してくれた。
「そ、そうだ。外で待たないとね」
「ええ、そういうこと。それでは館長、失礼します」
「おや、それではお引き止めするわけにも……ううむ、仕方ありませんね。どうぞまたご来館ください。数日後には、マルタ杯のカップも展示される予定ですので、その際には是非とも!」
……やたらと最後まで食らいついてくる館長さんを尻目に、私たちは美術館を出た。
「……ロッカ。あの館長さん、そんな悪い人っていうわけではないけど、ああやって真面目に受け答えしてたら駄目よ。あのままの流れだと、そのアンドルギン、話の流れで“譲ってくれ”とか言われてたかもしれないし」
「えっ、そうなの!?」
「そういうものよ。気をつけなさい」
「……ああ、そうだな。あの男は貴族時代並に財力に物を言わせる蒐集家だ。あまり、関わらないほうが良いだろう」
……どうやら国立の美術館とはいえど、人によっては油断ならないらしい。
じゃあ、一体誰が相手だったら心休まるんだろう。都会って恐ろしい。




