杭002 吹き出す研究成果
祝祭の期間中なので、私たちはマコ先生の出し物を見に行くことにした。
マコ先生の出し物は水国立タンザ美術館の特別展示場に展示されているらしく、祝祭中は他にも色々な所からの展示物もあるのだとか。
美術館といえば、以前もソーニャと二人でちょっとだけ見て回ったことがあるけれど、本当に流すように回っただけなのであまり覚えていない。興味が無かったとも言えるのだが、まぁ今日は特別な日らしいので、みんなと一緒にじっくりと見て回ろうと思う。
「でも入場料、やっぱり三百YEN取られるのかー……」
そう。美術館では入場料が発生するのだ。
三百YEN……屋台のピザ二枚分である。美味しいご飯二食分と言い換えても良いだろう。
「ははは、そりゃもちろん取られるさ。こういう時にこそ、美術館は資金回収しなくちゃいけないからね」
「でもたかいじぇー」
『マコ先生が“見て”と言ったのだぞ? 支払うしかあるまいよ。むしろ率先して複数回分支払いたい』
「うわぁ……」
あ、ソーニャがライカンから露骨に距離取った。
気持ちはわかる。なんか眼ぇ光ってるし。
「あまり理系史学を学んでいない君達には理解できないことだろうが、タンザ美術館に展示されている物は世界中から集められた至高の品ばかりだぞ。歴史的に価値が高く、魔具の発展を紐解く上では欠かせない文化財ばかりだ。無論、現代でも通用するような強力な魔具も多い。だが無知というものはそういった物の価値さえも……」
そんなわけで私たちは、ミネオマルタの中央部を目指したのであった。
やはり、人は多い。
中央部は何度も来たことはないけれど、それでもわかるくらいには大勢の人で溢れているようだった。
幸い、タンザ美術館の周囲には程よいスペースが広がっているので、呑気なピクニックや散歩を楽しみたい老人達が邪魔になることはない。
外周部とは違って道も広かったので、存外人の多さに辟易することもなく目当ての場所にたどり着くことができた。
タンザ美術館の外観は、薄水色の石柱をふんだんに用いた荘厳な神殿のようである。
最初見た時は何かの宗教施設かなとも思ったけれど、ここもまた学園と同じように、昔の腕の良い職人さん達によって作られたものなのだという。
聞いてもいないのにクラインが言うには、学園のような水を集める機構が備わっていて、それが一部の絵画や作品の保全にも利用されているとかなんとか。ふーん。
「皆さん、ようこそいらっしゃいました!」
「あ、マコ先生。……どうも……おはようございます」
そして、以前と同じように美術館の受付でお金を払い、杖を預けて中に入ると……入ってすぐの広いロビーで、既にマコ先生が待っていた。
『おはようございます、マコ先生! 今日はまた一段とお美しい……!』
「あらあら、うふふ。ありがとうございます、ポールウッド君」
……露出が多いわけではないけれど、ドレス姿で待っていた。
いや、似合っていないわけじゃない。むしろ、最初の口から“似合ってますね”が出かかったくらいには似合っている。
ただ、私の中にある一握の悔しさが彼の晴れ着を褒めることを拒んだのであった。
「いつも思うけど……マコ先生って衣装持ちよね……」
「うん……」
ソーニャもよくコロコロと服を変える印象があるけれど、マコ先生もそれに負けず劣らずおしゃれ好きだ。その上、彼が新しいものを着ているとやたらと印象に残ってしまう。
私なんか、同じような服ばっかだってのに……いや、気に入った袖細いやつは着れないし、かといってぶかぶかなのは嫌だし……今のは好きで着てるから良いんだけどさ……。
「それで、マコ先生。学園導師一同の展示物はどういったものなのでしょうか」
「あ、はい。そうでしたね! 見ていただいた方が早いかと思います。こちらへどうぞ!」
しかしそんな中、マコ先生の格好を特に評価せずいきなり本題を切り出したのがクラインだった。
挨拶もそこそこに、マコ先生も私達の案内役に切り替えてくれる。
「ふぁー、金持ちの匂いがぷんぷんするにぇ」
「そりゃあね、美術館だからな。展示物を覆うガラスひとつとっても、僕らの財布から出てくるような物じゃあるまいさ」
ボウマやヒューゴの言う通り、ちょっと歩くだけでも目につく展示物はどれも見るからに高級品である。
ガラスケースだって、まっ平らな綺麗なガラスばかりである。ちょっとでも肩をぶつけて割ろうものなら、私のなけなしの全財産が吹っ飛んでしまうかもしれない。
受付でアンドルギンを預かってもらえて良かったと心から思う。あの杖は、こういう場所には持ち込んじゃいけない特級の危険物だ。
「はい! こちらが導師一同が作成した展示物のコーナーですよー!」
「お、おおー……?」
「あら。こっちは結構庶民的でいいわね」
しかしマコ先生の先導の末に行き着いた区画は、そこまでの高級そうな展示とはまた別の、発表会でも見られたような学術的な展示物の多い広間であった。
壁には絵画とは思えないような、文字と図ばかりの掲示物が張られていたり、お世辞にも芸術的とは言い難い謎の数式だらけの図なども掛けられている。
五種類ほどの鮮やかな色で線や記号を色分けされた巨大な理学式などは、ぼさっとした目で見れば先鋭的な芸術品に見えなくもないけれど……やはり内容は、どこまでも理学なのだろうと思う。
「これが、私が担当した展示物の一つです!」
そんな品々と比べてみれば、マコ先生は誇らしげに指し示してくれたそれはまだ、芸術寄りであるように見えた。
『これは……杖、ですな?』
「はい! 名づけて“霧のロッド”です!」
言われなくても展示物の直ぐ側に名札が立てられているので名称はわかるのだが、それでも“やはりこれなのか”という驚きが私にはあった。
「え、これが……ロッド、なんですか」
「ええその通りです! かなり大型ではありますが、私が開発した魔具なんですよ!」
「ほぇー……でもロッドっていうより……」
「オブジェって言われたほうがしっくりくるわねぇ」
そう。それはロッドというよりは、確かにオブジェや彫像だと言われた方が頷けるほどの大きさを誇っていた。
長さはゆうにライカンの身長を超え、太さは細い部分もあるにはあるが、ところどころでは複数の柄が絡まり、色々な場所で繋がっているような、魔石か何かでゴテゴテしてるような……そんな感じで、普通のロッドのようにスマートな棒の姿を保っていないのである。
当然、普通のロッドのように握れる形状をしてはいない。持ち上げると呼ぶべき形状だし、何より重そうだ。
仮にこれを私が杖代わりに触れと言われたら、身体強化に回すのでまともに魔術を発動できないだろう。
『むむむ、これは……?』
「ほう。マコ先生。この杖を使って水魔術を発動すると、霧状になる……と?」
「はい、その通りです! この杖で水魔法を発動すると、先石からはふわーって霧になって出てくるんですよ!」
なるほど。どうやらこの杖は見た目なりには、他のものとは違った効果を発揮するらしい。
「ただ……その……やっぱりサイズがネックといいますか……それに魔力消費がちょっとだけ嵩張るのと、霧の粒が結構粗いのが難点でして……わ、私なりに魔具を使って、特異性の影響の大きさを再現してみようかと思ったのですが……」
「……先生、凄い。こんなのまで作れたんだ……」
先生は謙遜していたが、杖で特異魔術を再現してみせたのだという。
そう聞かされただけで、私はこの杖が物凄い魔具にしか見えなくなってしまった。
重い。魔力消費が嵩張る。あとなんか、他にも色々と欠点がある。
けれど、特異性を模したというこの杖からは……マコ先生の特異科に対する真摯な、誠実な想いが伝わってくるようで……私はその気持を尊敬はしても、馬鹿になんてできるはずもなかった。
「えっ、そ、そうかな……?」
「うん、すごいすごい! それになんかかっこいい!」
「あ、は、はい! 見た目はちょっとこだわりまして、あの本当は後回しにすべきだったんですけど!」
「そうですね。僕も正直もうちょっと子供だましな研究だと思ってました」
「あぅ、酷いです、ノムエル君……!」
「ははは」
『いや、ヒューゴとは違って俺は最初から……』
マコ先生と大きな杖を囲んで盛り上がる私達。
クラインだけは難しい顔で黙々とマコ先生の杖を見ていたけど、彼も彼なりに、というより彼こそ一番マコ先生の展示物に興味を持ち、楽しんでいるに違いない。
私たちは褒められて嬉しそうに微笑むマコ先生としばらくの間、そこで普段の講義室のような雰囲気で過ごすのであった。




