鑿010 受け継がれる夢想
工作実験室は、作業テーブルの周りに椅子を並べ、正面には大きな移動式黒板を配置することで講義室のような体裁を整えている。
私達特異科は各々が好きなテーブルについて、魔具科の作業者さんのご厄介になる形だ。
だいたい、ひとつのテーブルには既に三、四人ほどの魔具科の人がいるので、そこに私達特異科が二人ほどつく感じになるだろうか。
「えっと……よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ。まさか講義時間でご一緒するとはね」
「はは……」
私はソーニャと一緒の席が良いという思いもあったのだが、魔具科には知り合いのイツェンさんもいるし、知らない人よりかはということで、そちらに座ることになった。
「失礼」
「おお、ユノボイド君、来てくれましたか」
しかし、私と同じようにイツェンさんの知り合いであるクラインも、我が物顔で一緒のテーブルに腰を落ち着けてしまった。
まぁ、クラインは以前にイツェンさんの作ったゴーレム……ドライア・ゼクスの調整やらアドバイスをやっていたらしい。ある意味私よりもイツェンさんとは縁があるわけだし、こうなるのは当然だったのかもしれない。
ソーニャの近くに座れないのは残念だったけど、講義に集中できると思えば別に良いか。
「これから行いますのは、我々魔具科によるゴーレムのおさらい講義です。今回は特異科の皆さんにも来ていただけましたので、内容も基礎的なものに……そうですねぇ、私の解説を中心にやっていきたいと思います。しばらく理式関係の話が多かったので、魔具科の諸君にとっては丁度いい息抜きになるやもしれませんな?」
小太りの男性導師がそう言うと、魔具科らしい人達からは軽めの笑いがおこった。
冗談めかした面白そうな導師さんと、和やかな学徒たち。この魔具科の講義風景は、あまり厳粛なものではないようである。それがわかっただけでも、私はちょっと安心できた。
「では早速、本題に入らせていただきましょう……ラルーダ、こちらへ歩いてきなさい」
導師さんが棒状の石を掲げて言うと、講義室の奥から重々しい足音が聞こえてきた。
誰だろうと思って振り向くと、そこには二本の足で立って歩く機人……のようなゴーレムがいるではないか。
少々不自然な足取りではあるものの、ゴーレムの歩みにすぐ転んでしまいそうなほどの不安定さはない。ガシンガシンと一定のリズムで上手な歩行を見せるゴーレムは、導師さんのすぐ隣で動きをやめる。
……私たちに背中を見せた状態のまま。
「おっと。ラルーダ、あちら側を向きなさい」
しかし導師さんの命令を受けると、ゴーレムは滑らかな動きによって実行に移る。
私たちに体を向けたゴーレムは、ラルーダという名前らしい。眼光は機人のように怪しく輝いているが、体はピクリとも動かない。なるほど、人の魂など入っていない、正真正銘本物の人形であるようだ。
「さて、これは汎用ゴーレムのラルーダです。当学園の教材用としてはもちろんのこと、水国では広く使われているタイプですね。屋敷内の衛兵として、警備として使われることが多いので、見たことのある人も多いのではないでしょうか」
……ゴーレムって個人で所有するものだったのか。驚いた。
私としてはゴーレムという言葉に悪いイメージしかないので、衛兵だの警備だのというのがいまいちピンとこないのだが。
「ゴーレムの利点は、なんといってもその労働力です。充填された黒魔石さえあれば、ゴーレムは我々が定めた命令に従い、文句も言わずに働き続けてくれます」
そういって導師さんが掲げたのは、黒っぽい丸い石だった。
大きさは、手で丸を作って丁度いいくらいだろうか。片手には収まりきらず、頭よりはずっと小さい。
「これが黒魔石。魔力を保持する能力に優れた魔石の一種ですな。魔力の蓄積には専用の魔具や場所が必要になりますが、十分に魔力が充填されたこれがあれば、ラルーダを五日ほどは自立歩行させることができるでしょう」
五日も勝手に動いてくれるのか。いや、歩くだけか?
それにしても、荷物を持ってくれるのであれば助かるな。ひょっとしたら何体かのゴーレムを使って、馬車の真似事さえもできるかもしれない。
「とはいえ、黒魔石もそう安いものではありません。当然、このゴーレム本体もです。理式楔晶も替えがきくものはそう多くない。ゴーレムは労働力としては魅力的ではありますが、残念ながら現代において、あまり普及していないのです。無防備な場所で働かせていては、すぐに盗まれてしまいますからね?」
ああ……まぁ、そうだろうな。でかい魔石を持った機体が外をふらついているようなものだ。
盗む側からしてみれば、お宝が勝手に散歩しているように見えるだろう。
「ここミネオマルタでさえ、犯罪は各所に見られます。他の街ともなれば、治安の程度は推して知るべしでしょう。となれば、盗賊団に狙われることだって起こりえますな。それはあまりにもよろしくない。故に現状、ゴーレムは封鎖された施設内部で単純作業を行わせることが多いです」
閉鎖された内部での単純作業。
そう聞いて真っ先に思い浮かぶのは坑道内での採掘作業だが……ゴーレムに複雑な石の仕分けや採鉱ができるかと思えば、多分できないのだろう。
他にはスラの運搬くらいのものだが……それはちょっと怖い。そもそも、坑道は真っ直ぐ伸びているというわけでもないのだ。場所によっては蛇行することもあるし、高低差が生まれることも多い。
変な歩き方をされて坑木をへし折られでもしたら大変だ。
「とはいえ、ゴーレムは我々の目につかぬ場所で大いに役立っております。火の国は飛空船ギア・ピスクの内部整備、鉄の国はアークトロッコ急行の整備など……そして、影の国の大監獄コケージにおいても、大罪者達への食料運搬を行っているそうですな」
ギア・ピスクか。私は遠くで飛んでいる所しか見たことないけれど、あれにもゴーレムが載っているんだな。
でも乗ったことないから驚きはないなぁ。
アークトロッコ急行も似たようなものだ。乗ったこと無いし地下だからわからない。
大監獄コケージなんかは存在があるってことしか知らない。大罪者がぶち込まれるという、影の国のクレバスの底の底……多分、私には一生縁のない場所だろう。
知らぬうちに王様とか将軍をぶん殴ってたりしたら、まぁひょっとしたらお世話になるかもしれないけど……あれ、もしかしたらあり得るのかな……。
「しかし昔、数歴第一期の時代などでは、ゴーレムの大群に様々な事業を肩代わりさせていた国もあったそうです。諸君らもご存知でありましょう、今や魔族として扱われてはおりますが、太古のダンジョンを守る守護像ガーゴイルなどもその名残です」
「……本当に基礎しかやらないのか」
私は結構楽しく聞いていたのだが、クラインは小声で文句を言っている。
しかも聞く姿勢さえも解き、持参した魔導書を開いて明後日の勉強を初めてしまったではないか。
……こいつは相手がマコ導師じゃなくても、こういうことするんだな。
「ゴーレムの性能は年々上がっております。とはいえ、ゴーレムの役目は過去も現代もあまり変わりません。国の方針によってその規模こそ違いますが、任せられるのは単純労働、そして番人。これらは数千年もの間、不変のままであったのです……が」
導師さんが石の棒を振ると、ゴーレムが軽く腕を上げて……グッ、と。握りこぶしを作ってみせた。
……え? それだけ?
「我々魔具科はそれを打ち破るために存在する! 」
「「「うおーッ!」」」
うわっ、びびった。なんだこの歓声。
魔具科か。魔具科の学徒達がいきなり歓声を上げたのか。……なんで?
「単純作業? 警備? ……いいや、ゴーレムの持つ可能性は、それだけに留まることはない! ここに集まった聡明な諸君らは、ゴーレムに今以上のものを与えんとしているはずだ!」
導師さんは身振り手振りで熱弁し、彼の握る石棒に合わせてゴーレムのラルーダも、ガシンガシンとその場で足踏みしている。
そして魔具科の皆は、よくわからないけど変な盛り上がりを見せている。
私達特異科は全て置いてきぼりであった。
「いえーぃっ!」
いや、一人だけしっかりノリノリのボウマがいた。
けど多分、あいつは意味もなく盛り上がっているんだと思う。
「リブリック君! 君の夢を教えてくれたまえ!」
「はい、導師!」
導師に指名され、一人の男子学徒が立ち上がった。
髪を短く切りそろえた、視力の悪そうな細い目をした男である。
「僕の夢はS級の魔族とも張り合えるような、戦闘特化のゴーレムを創ることです! 四本の魔導剣を自在に操り、肩に仕込んだ魔導炸薬によって敵を粉砕します!」
なんだそれ怖い。
「素晴らしい! しかしそれは現実的かね!?」
「いえ全く! ですが実現に頑張ります!」
「そう! 敗色濃厚! それでも立ち向かう! それこそ魔具科の学徒に相応しい! 諸君、リブリック君に拍手を!」
再び、工作実験室が拍手に包まれる。
湧き上がる熱気。同時に感じる圧倒的な温度差。
難しい講義が始まったわけでもないのにこの……突き放されたような感じは、一体何なんだろう。
「次、エイケイン君!」
「はい!」
「君の夢は何かね!?」
「はい導師! ぼ、ぼ僕の夢はっ、そ、空を飛ぶゴーレムを創ることですっ!」
そして拍手。うるせえ。
「空を飛ぶ! 大いに結構!」
「で、ですが、それだけではありません!」
「ん? それだけではない、というと!?」
なんかあの導師さん、嬉しそうな顔で聞いているけど……多分知ってるんじゃないかな。
「はい! ぼ、僕の創る……予定の、空飛ぶゴーレムは、合体します!」
「「「おおー!」」」
駄目だ、私には歓声が沸くタイミングが全然掴めない。
何なんだこの人達。
「翼の部分と胴体の部分は、べ、別々のゴーレムで、飛ぶ時にこう、合体するんです!」
「流石だ! エイケイン氏はわかっておられる!」
「やはりそうこなくてはな!」
「黒魔石を二十個ほど搭載しなくてはならぬが、些細な問題であるな!」
賑やかな工作実験室の中を見回すと、魔具科の人達は誰もが活き活きとした表情で語り合っていた。
イツェンさんに目をやると、彼も何か感じ入るところがあったようにウンウンと頷いている。
なんとなく、私とは違う世界に生きているような感じはするけれど、それでも彼らの熱意は本物なのだろうと思った。
「素晴らしい! それでこそ魔具科! それでこそゴーレム技師! そう、ゴーレム作りは熱意です! 過去を踏襲するのではなく、思い切り飛び越えること! それこそが今のゴーレムに必要なものなのですぞ!」
盛り上がりが最高潮に達して沸き立つ実験室。
両腕を上げて左右にステップを踏むゴーレム。
有り体に言って、変な講義である。
私が助けを求めるように講義室の後ろを振り向くと、ソーニャは既に突っ伏して眠っていた。
その更に後ろでは、私に気付いたクリームさんが苦笑いを向けている。
……私は馬鹿だし、こういう、魔具の事とかよくわからないんだけど……。
……ゴーレムって、なんか……最初っから面倒くさいんだな……。
文字通り理屈を抜きにした盛り上がり方をしてみせたゴーレム騒ぎではあったが、さすがに最高学府であるだけあって、合計二百分の講義はそれだけに終わるはずもなかった。
当然である。ただ魔具科の連中が同じ調子で盛り上がるだけだったら、私もクラインと一緒に読書に移っていただろうよ。
「ほぼ全てのゴーレムには、反駁石と呼ばれる特殊な魔石が内蔵されております」
小太りの導師さんが、手のひらに収まるほどの小さな石片を手に持って掲げた。
それは褪せた灰褐色の石で、特別な紋様があるわけでも、粗っぽいわけでもない。しかし私でも見慣れないような、特別な石であることはなんとなくわかる。
それに、初めて聞くような代物でもなかった。
反駁石。私はこれを知っている。
「反駁石とは、簡単にいえば一定の属性術を無効化する石のことです。無効化には安定した魔力供給が必要となりますが……起動中の反駁石に触れた一定の属性術は、すぐさま自壊するのです」
そう、私は反駁石をよーく知っている。
なにせ、同じテーブルに座っているイツェンさんが制作したゴーレムの希少部品……反駁石を殴り壊したのは、他ならぬこの私なのだから。
加害者として、損害額に纏わる事を調べるのは当然のことである。ビビってたとも言う。
現金で弁償するつもりではあったのだが、幸いにも現物を手に入れる機会があったのが本当に救いだった。
現物支給はイツェンさんに喜ばれたので、結果万事オーライである。
……イツェンさんに渡した反駁石は、例の地下水道事件で闘ったゴーレム、サードニクスに内蔵されたものだ。
サードニクスは私達でどうにか倒せたものの、最初のうちはかなり追い込まれていたことは、今でもよく覚えている。
驚きだったのは、やはりサードニクスが私達の魔術を打ち消したことだろう。私のガミルでさえも無効化されて消えてしまったのだ。倒せると思ったら全然効いていなかった。あの時は事前知識も何も無かったから、本当に焦ったものだ。
「何故ゴーレムに反駁石を内蔵するのか。それはつまり、ゴーレムが反駁石を機能させるに都合の良い動力を持っているからに他なりません。つまりは黒魔石ですな。安定した動力源によって、反駁石は上手く発動するのです」
反駁石を発動させるには安定した魔力源が必要、か。
なるほど、魔具科らしい石だな。
「反駁石はゴーレムをある程度の魔術から守ってくれる。しかし、反駁石を入れる理由はそれだけではありません。予期せぬ方向からの魔力干渉を抑え、ゴーレムの動作を正常に保つ。そのためにも、反駁石は必要となります。むしろ、こちらの理由の方が大きいでしょうな」
へえ。てっきりゴーレムをひたすら強くするためだけに反駁石を入れてるもんだと思ってたよ。
「反駁石が大きいほどに、ゴーレムは大型化することが可能になります。小型のゴーレムとなれば、反駁石は拳ほどですが、しかし巨大な……サードニクスやガーゴイルほどのものともなれば、その大きさは子供程にもなるでしょうな」
随分と差があるものだ。だが、デムハムドで見かけるような鉱兵があのサードニクスと同じとはとても思えない、力の差を思えば、その違いにも納得がいく。
「さて……では実際に、ゴーレムが属性術を打ち消す所を見ていただきましょう。当然、このラルーダにも、小さいながらも反駁石が含まれております。小さくとも、並の反駁石であれば初等術程度は打ち消すものです。実際にご覧になられた方が良い」
そう言って、導師は懐から木製のタクトを取り出した。
短いが、飴色の高級感のあるタクトである。
「“イアノス”」
詠唱とともに、タクトの先端に炎が灯った。
大きくも小さくもない、トーチのような炎である。それがボウボウと音を立てて燃え盛っており……ゴーレムの胸部へと近づけられる。
ラルーダはゴーレムだ。全身は機人のように金属のプレートで覆われており、一見すると頑丈そうに見える。
しかし金属とはいえど薄いし、ずっと炙られれば変形するし、壊れることもあるだろう。なにより、繊細であろうゴーレムの内部はもっと悲惨なことになるはずだ。
しかし……導師が胸部ギリギリまで近づけた火は、少しもプレート部を焦がすことがない。
むしろじわじわと、灯っている炎の方が弱まっていく有様だった。
やがて導師さんがタクトを完全にゴーレムに密着させると、炎はすぐさま消滅した。まるで、魔術の炎がゴーレムによって鎮火されてしまったかのように。
「これが、反駁石の効果です。単純な構造の属性術であれば、反駁石はいとも簡単に術を反駁、逆祖してしまいます」
なるほど、こうして見てみるとゴーレムとはなかなかに厄介なものだ。
ここにいるラルーダのような貧弱そうなゴーレムであれば、ぶん殴ったりぶっ叩いたりしてやればいくらでも壊せるけれど、またあの時のサードニクスのようなものが現れたらと思うと……ちょっと厄介である。
まぁ、結局私はぶん殴ったりするしか能が無いんだけど、他の魔道士さんであれば問題はより切実だろう。身体強化もできない、魔法一筋のような人であれば特に悲惨だ。
「そして……反駁石が効果を及ぼすのは、普通の属性術に限ったことではありません。実は反駁石による魔術の無効化は、今日共に講義を受けられている……特異科の皆様が扱う特異魔術でも、同様の結果が得られるのです」
導師さんがそう言うと、場がちょっとだけ「おー」という具合に湧いた。
意外そうに感じた人もいるのかもしれない。けど、私は実際に自分の魔術が打ち消された所を見ているので、特に驚きはなかった。
……ん? ってことは私がここにいる人達の何人かよりも、ちょっと先の知識を持ってたってことになるのか……?
本分である魔具科の人達を凌駕するほどの専門的な知識。なんだかちょっと頭良くなった気分だな……。
「では、実際に特異魔術が消滅する場面を見ていただくことにしましょう。……特異科の皆様! 実験に協力していただける方はおりませんか!?」
普通の属性術と、普通じゃない属性術。
結果は見えてはいるけれど、なんだかこうして実技を交えた講義って、やっぱり楽しいな。
「いや……まぁ、ちょっとは楽しいなとは思ってたけどさ……」
「ロッカ、頑張れー」
「ロッカぁ! ぶっこわしちゃれ!」
『壊すのはいかんな。だが、せっかくの実験だ。壊すくらいの気持ちでやってしまえ!』
「いや駄目でしょ……ロッカ、普通で良いからね? 普通で」
何故か、私は移動式黒板の前で、ゴーレムと向かい合っている。
突き刺さるのは皆の目線。学術的興味やら面白半分やらの雑多な気配のせいで、ちょっと首のあたりがむず痒くなってきた。
「えー……このゴーレムに魔術、使うんですか……」
「いかにもその通り! 大丈夫、このラルーダには大抵の魔術は通用しません。おっと! ただし胸部目掛けてでよろしくお願いしますぞ。末端の方までは反駁効果が行き届きませんからな?」
「はぁ……まぁ、いいですけど……」
特異属性でも打ち消せる。その言葉に“じゃあ私のも消せるのかなー……”と呟いてしまったのが運の尽きだったかもしれない。
私は学習意欲旺盛な学徒ととられ、こうして衆目に引きずり出されてしまったという顛末である。
……とはいえ、私の魔術が通用するかどうかが気になっていたのは事実である。
見世物になっているのはちょっと気に障るけど……大会ではこうして人前でやらなければいけないんだ。
今回はその予行演習と思ってやってみよう。どうせなら前向きに構えるのが一番だ。
「……魔術投擲ができないんで、ちょっと準備から入りますね」
「おお、どうぞどうぞ。好きなスタイルでやると良いでしょう」
許しも出たのでさっさとやってしまおうか。
「よし」
アンドルギンを肩に担ぎ、精神を研ぎ澄ませる。
「失礼、ウィルコークスさん。ひとつよろしい……?」
「あ、はい」
なんだよ今頭の中に式がバーッってなってたのに。
「それは……杖ですかな?」
「あ、はい。もちろんです。私の新しいメイス、破砕杖アンドルギンです」
「……なるほど? いや、止めて済まないね。続きをどうぞ」
なんか止められたけど、まぁいいや。
どうせ今から使う魔法は、失敗したこともないような簡単な魔術である。
試しに使った時も一発成功。魔力消費もそんなに無いし、やろうと思えば無詠唱でだって出来るものだ。
「……“スティ・ラギロール”!」
アンドルギンの先で床を小突き、魔術を発動。
一瞬の仄暗い魔法と共に、床の上を灰色の岩石が覆ってゆく。
「おお、これが噂の鉄特異魔術……!」
「鉄が岩になる。なるほど……」
岩石質の床は工作実験室のタイルの上を滑るように広がり、私とラルーダを巻き込んで少し伸びた辺りでようやく止まった。
突然足場が変質したが、ラルーダはピクリとも動かない。だがそれも当然だ。この魔術はアブロームなどとは違い、ただ広く延びるだけ。誰かの足元などには、思うように効果が現れないのである。
そして、当然ながら足場を出して終わりではない。
ここからラギロールを起点に、私の中でほとんど唯一と言っても良い攻撃魔術を発動させるのだ。
「ふぅー……」
これは特に難しい魔術で、習得にはかなりてこずったものだ。
けどそれだけ練習したし、理学式は今でもしっかり覚えている。大丈夫。故郷でもやったし、こっちに来てからも練習は積んだ。
絶対にいける。
衆目が息を呑む静寂。そして僅かな精神集中の後に、私は再びアンドルギンを床に押し付けて、詠唱する。
「“スティ・ガミル・ステイ・ボウ”!」
私の魔力がラギロールの内部を伝い、ラルーダの前方にまで駆け、魔光となって迸る。
そして岩石質の床が隆起して、一本の太い棘が現れた。
鋭利とは言えないまでも、尖ったそれが質量と勢いを伴って伸びてくるとなれば、正面から受けてまともで済むはずはない。
威力だけで言えば、ナタリーの“スティ・レット”をも上回るであろう一撃だ。
それが棒立ちするゴーレムの胸部目掛けて勢い良く突出し……。
「え」
……貫いた? けど音らしい音はない。
針の先端が、ゴーレムの胸部にずっぷりと埋まり込んでいる……ように見える。
それなりの勢いを込めたはずだが、ゴーレムは僅かに揺れた程度で吹き飛ばされもしていないし、串刺しのまま宙ぶらりんにもなっていない。
目を離していたわけでもないのに、理解できない光景が目の前に広がっていた。
……なんだこれ、何が起きた? 今ゴーレムはどうなってるんだ?
「あれ、刺さってるのか?」
「いや……でも音が……」
どうやら見ていた面々も、今の現象がよくわかっていないらしい。
学徒たちのざわめきは拍手するような盛り上がりでもなく、納得のいったような感嘆でもない。
「ほら、よく見てください皆様、反駁石はしっかりと効果をはっきしておりますぞ!」
そんな中で、導師さんが自信満々の顔で言ってのけた。
「ええ!? でもこれ、棘がちゃんと刺さってるし……!」
当然、私は狼狽える。私はちゃんと魔術を発動させたし、しっかりとゴーレムにガミルが突き刺さっているようにしか見えないのだ。
いや、貫いてたらそれはそれでまたゴーレムを壊したのかってなるから駄目なんだけど、今の私にとってはなんとなく、自分の魔術が勝っていると思いたかったのである。
「いーえ、ゴーレムと魔術をよく御覧ください。こうしてゴーレムを操作し、ちょっと後ろに歩かせれば……ほら」
「あ……」
ゴーレムが僅かに後ろに後退すると、真実が明らかとなった。
ゴーレム、ラルーダの胸部には大穴どころか、傷一つも無い。
逆に、ごっそりと無くなっていたのはラルーダの胸部目掛けて伸びていった私の術……ガミルの先端だったのである。
刺さっていたように見えたのは、私の錯覚だったのだ。
……なんか、いや、実演しただけなんだけど……負けた気分だ。
「見ての通り、起動中の反駁石は触れた属性魔術を、それがたとえ特異性のある魔術であっても無力化できるのです!」
めでたいことが証明され、私は拍手に見守られながら席についた。
負けたのに拍手されるのってなんだか悔しい気分だな。いや、勝負なんてしてたわけではないんだけど……。
……しかし、私の術でも消されるとはな。
思えばサードニクスと闘った時も、私のガミルは同じように効いていなかったように思う。あの時は気が動転してて気づかなかったけれど、あれと全く同じ現象が起こったのだろう。
魔術が効かないゴーレム。こいつはなかなか厄介だ。
「というわけで、特異性があったとしても反駁石はしっかりと機能するわけです。このことを踏まえた上で重要なのは、光魔術によって機能停止しないセーフパーツを備えたゴーレムのこれからの有用性でありまして……」
その後、ゴーレムの横に再び語りだそうとした導師さんであったが、その続きが勢い良く開いた扉の音によって遮られた。
「なにかね騒々しい」
どうやら誰かが入ってきたらしい。
体を後ろの入り口の方へと向けると、そこにはゾロゾロと列を成して歩く学徒達の集団の姿があった。
……いや、なんだこの人達は。まだ講義中だっていうのに、なんで入ってきてるんだ。
魔具科の導師さんも、突然の来訪に少し戸惑っているように見える。
「失礼、導師ガノマンテス。講義中に申し訳ございません」
「導師セザルナ? 後ろは属性科六年ですかな? 何故ここに、それもこのような時間に……?」
どうやら集団でゾロゾロやってきたのは、属性科の六年生のようだ。私から見れば大先輩の学徒さん達である。
その頭の良さそうな学徒を率いていたのは若い男性導師さんだ。
喩え方がしっくりこないけど、マコ導師よりも何歳か歳を重ねたくらいの、金髪の男の人である。彼はセザルナというらしい。
「実は……近くで講義を行っていたのですが、先程私の方に緊急の呼び出しが入りまして。かといって、そこで自習させるわけにもいかず……導師ガノマンテス、この時間だけ六年の面倒を見てやってはもらえないでしょうか……?」
「緊急? ふむ、今日は多いですな。実は特異科とも合同なのですよ」
「なんと……それは……弱ったな」
「いえ、席には余りもあるので問題はありませんぞ。ゴーレムの基礎講義でよければ、私が見ておきましょう」
「おお、それはありがたい。何分、私も急ぎなもので……申し訳ない、導師。私はこれにて」
「いえいえ、お任せを」
若い男性導師さんは早口でいくつか言葉を交わすと、一秒も無駄にはできないとばかりに小走りで部屋を出て行ってしまった。
残されたのは、属性科六年生の学徒たち。
とはいえ、さすがにこれで六年全員ではないのだろう。三十人ほどの属性科学徒達は、どこか寂しそうな、気まずそうな感じで私達を見回している。
「……はい、先程導師からお話がありましたように、突然ではありますがここで属性科六年のみなさんも加え、講義を続けていこうかと思います!」
なんと、どうやら私達の他にも一緒にゴーレム講義を受ける人達が増えるらしい。
ただでさえ賑やかな講義室だったのに、どんどん人が増えてゆく。しかも、自分の学科ではないものを受けさせられるときた。
今日は一体、どんな日なのだろうか。
やけに導師さん達が慌ただしく見えるけれど……。
「ふん……」
「クライン、これなんなんだろうな」
「さあな。オレにも見当がつかん」
クラインがわからないんじゃ私が考えても無駄だな。
ぼーっとしておこう。




