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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第二章 吹き込む熱風

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鑿008 挑む河原

 兵舎場は、屋外演習場よりもずっと広い……だけの、ただの広い場所だった。

 所々に大きな木材や原木で作られた訓練用の構造物が点々と配置されていたりもするが、基本的にデコボコした低品質の煉瓦の床が延々と続くばかりである。

 広範囲であるにも関わらず辛うじて土が露出していないのは、ミネオマルタの気候が関係しているのだろう。雨の多いこの土地で土や砂を露出させると、流水ですぐに荒れてしまうからだ。


 兵舎場へ入るのは簡単だった。ナタリーが兵舎場の入り口で番をしていた警官に学生証を見せるだけで一発である。

 学生だったら自由に出入りできるのだろうか? ナタリーに聞いてみたところ、身元がわかっていれば誰でも問題ないらしい。


 何もない煉瓦の平地が続くだけの兵舎場には等間隔で街灯が並んでおり、うっすらと明るい。

 遠方の僅かな光の中には、警官らしき機人達の影が一列になって走っているのが見えた。警官達はこんな夜暗くなってまで訓練しているようだ。

 もっと視野を広く眺めてみれば、他にも訓練しているらしき一団や個人などがちらほらと確認できる。

 一体ここは、何時くらいまで人がいるんだろう?


「こんなところにも街灯があるんだね」

「ああ、夜に訓練しなきゃなんねー連中もいるからな。油屋は儲かって仕方ねえだろうよ? キヒヒ」


 この広い範囲に光を齎すほどの灼灯だ。一日に使われる油の量も相当だろう。

 長い目で見れば、いっそ煌灯に変えた方が安上がりかもしれないようにも思える。


「ま、んなこたどうだっていいんだよ。アタシ達が用あるのはこっちの方だしな」


 しばらく歩き、ナタリーが立ち止まったのは広場の中でも一際薄暗い場所だった。

 街灯もあるにはあるが、少し距離があるせいか光は薄い。逆に言えば、広さがあって魔術を使うには丁度いい場所にも見える。


「よし……」


 早速、肩に預けたアンドルギンを手に握る。

 実用的な“スティ・ドット”を発動させるための訓練だ。雑念は色々あるが、今は意識を切り替えて、本気で取り組もう。


「んじゃ、ロッカ。これからナタリー式の特訓で術の精度を高めてもらうわよん」

「ああ、ドンと来い」

「言ったな? ヒヒッ……やってる最中に後悔してもおせぇぞ?」


 ナタリーは脅すように嫌らしく笑ってみせるが、今更そんなことで気圧されたりはしない。


「弱音なんて吐かないよ。やるったらやる」

「ほお……言うねェ。んじゃ、もう御託は良いな。始めっぞ」

「おう」


 こうして、ナタリーによる私の魔術訓練が始まった。




 訓練内容は簡単だ。

 私が壁を生成し、その強度を確かめる。今日のところは、それに終始するだろう。


 言うは易しな内容である。しかし、実際のところは過酷だ。

 なにせ私の出現させる壁の強度を試すために、ナタリーは様々な威力の魔術を放ってくる。ナタリーが術を放つ度に、私は何度も壁を再生成しなければならない。


 もちろん、ナタリーのことだ。私がノロノロと壁を生成するのを行儀よく待ってくれるわけもない。


「“スティ・レット(いでよ鉄槍)”!」

「ぐっ……!?」


 バトルメイスの一振りによって、大きな黒針が矢のような速さで打ち出される。

 それはつい一瞬前に創り出されたばかりの岩壁の上半分を容易く食い破り、夥しい量の破片を私にぶちまけた。


 正直に言って、痛い。口には出さないが、自分の術の破片だというのに恨めしさすらある。


「ボケっとしてんじゃねぇよカス! まだ十二枚目だろうが!」

「わ、わかってる! まだ全然いけるッ……“スティ(黒鉄の)ドット(城塞)”!」

「薄いッつってんだよマヌケ! “スティ・レット(いでよ鉄槍)”!」

「ぐあっ……!」


 出しても出しても、壁は壊される。出した傍から壊されていく。

 しかも、なんてことはない。ナタリーが撃ち出す、たった一本の鉄針によって。


 だが、考えてみればこれは当然の結果であった。

 私とナタリーが闘技演習場で戦った時には“スティ(鉄よ)ラギロ(隆起し)アブローム(柱となれ)”を防御壁として活用していたが、あの柱でさえ裏側まで針が出て来るほどのダメージを受けるのだ。

 柱と同じか、それより僅かに薄い壁面を貫けない道理など無かったのである。


「跳ね返せとは言わねぇよ、どうせ無理だしな。けどな、真ん中にブッ刺されたくれぇでポッキリ折られてたんじゃ話になんねーよアホ。もっと気合入れて発動させろや腑抜け」

「ぐ……」


 絶え間ない術の乱発は、私の精神と魔力に少なからぬ負荷を与えている。

 その上で更に高精度かつ高品質な術の発動を要求してくる。最初からわかってはいたことだけど、ナタリーの教え方は非常に厳しかった。

 まさに“ナタリー式”と呼ぶに相応しいだろう。


「まずは“スティ・レット(いでよ鉄槍)”の投擲を二発は防げるようになれ。アタシの“スティ・レット(いでよ鉄槍)”は“スティ・ボウ(いでよ鉄銛)”よりも威力が高ェしな。それでひとまず及第点はくれてやる」

「……一発でも厳しいのに、二発か……気が遠くなるなぁ」


 しかし、一発だけしか防げない防御魔術というのもなんだか頼りない話だ。

 やはり私としても、二発……いや、三発くらいは受け止められるだけの防御壁を目標にしたかった。


「アタシの“スティ(黒鉄の)ドット(城塞)”なら当たりどころが悪くても三発は耐えるだろうよ」

「うおお……」

「アタシなんざ防御は大したことねえよ。この系統の術で学園一番の使い手といったら……“砦のクレア”になるな。あの人の壁なら五発は凌ぐんじゃねえかな」

「……“砦のクレア”」

「もちろん、守り専門だけどな。攻めだったらアタシはそこらの五、六年にも負けねェよ」


 クレア。その言葉に私の精神が一瞬乱されかけたが、集中して落ち着きを取り戻す。

 ……なに、気を乱す理由なんてない。

 相手が誰だろうと、学園の中じゃ私の魔術なんて下から数えたほうが早いんだ。誰に対しても遅れは取っている。


 私はただ、どん底から這い上がっていくだけ。それに変わりはない。

 変なことに頭を使えるほど、私は賢くないのだ。今は魔術のことだけ考えろ。


「すー……はー……」


 深呼吸。休憩は終わりだ。ちょっとした雑談を挟んで、割りと精神力も回復したように思える。

 今なら、良い感じにいけそうだ。


「……“スティ(黒鉄の)ドット(城塞)”!」


 精神を集中し、より厚みのある壁を生成する。

 僅かな魔光と共に出現した岩壁。それは発動の手応えからして、今日の訓練中においてはなかなかの大きさであった。


 ……が。


「ふーん……“スティ・ディ・レット(いでよ鉄槍)”ォ!」

「うわっ!?」


 連続した二つの轟音と共に壁面の中央に大きな亀裂が走り、壁の上半分が私の方へと傾いてくる。

 壁が二発同時の攻撃に耐え切れず、破壊されてしまったのだ。


「はい不合格でぇーす! もう一回だアホンダラ!」

「くっ……ちっくしょ! やってやるよッ!」


 やってもやっても破壊される壁。

 一体私の壁は、どれだけ厚くすれば最低限の防御力を備えてくれるのだろうか。


 先の見えない目標に不安と恐れを抱きかけてしまったが、そんなものは今にも私に倒れ込もうとしている壊れた壁のようなもの。


「オラァッ!」


 不合格の烙印を捺された壁の残骸を強化したアンドルギンによって強引に殴り飛ばし、跳ね除ける。


「今度こそ頑丈なの出してやるぞ!」

「ァアン? 口だけか岩女!? やるならさっさと出しやがれノロマ! アタシはさっさと寝てーんだぞッ!」

「上等!」


 過酷だし、休みはないし、時々痛みや危険すらもある。

 けどナタリー主導で行われる魔術の特訓は、どうしてか私の中では心地の良い時間だった。



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