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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第二章 吹き込む熱風

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鑿006 手に余る高級品

 夕時。


「ナタリーいる?」


 結局、私はナタリー達がたむろする地下のバーを直接訪れることになった。

 学園では彼女らの姿が見つからなかったのである。


 重々しい扉を開けると、どうやら彼女は今日もここにいるらしい。扉の隙間から漏れ出るオレンジっぽい暖かな光が、皆の存在を語っていた。


「なんだ、来たのかよ。諦めて来ないもんかと思ったぜ」

「諦めてねえよ。ちゃんと覚えてきたし」


 前は突然の訪問に良い顔をされなかったが、今日はそうでもないようだ。

 ナタリーはいつものテーブル席に座り、特に何を食べるでもなく水を飲んでいる。その正面には同じくロビナが座っており、何故か私を無言で睨んでいた。


 カウンター席にはレドリアとデリヌスが椅子一個分だけ開けて、ひっそりと並んでいる。

 二人とも入店した私に、小さく手を振って挨拶してくれた。


 ……あれ、ジキルがいないな。

 いや、奥のほうで調理しているような音が聞こえている。今日の料理か、または酒のつまみはジキルが担当しているのかもしれない。


「魔術を覚えたか。“スティ(黒鉄の)ドット(城塞)”はロッカにしてはそこそこ難しかったはずだけど……ま、個人のセンスもあるしな。早く覚える分には何も問題はねぇ、上出来だ」


 ナタリーは存外、素直に褒めてくれた。

 センスが良いと言われて悪い気はしない。


「屋外演習場で何度かやったけど、出来は大丈夫だと思う。狙った通りの形には、なかなかならないけどね」


 私は肩に担いだアンドルギンを手に取って、くるりと回す。

 黒光りする鶴嘴が独楽のように動く様は面白いが、この癖は父さんに見られると“危ないだろうが”と怒られてしまう。

 直したつもりだったけど、つい無意識でやってしまった。ここには注意してくれる人もいないし、直さなければ。


「おい、あんま物騒なもん持ち込むんじゃねーよ。そんなもん持ってくるならメイス持ってこいよアホ」

「いや、これメイスだし」

「そんな馬鹿げたメイスがあるかマヌケ。エルナの杖ならタンザ美術館に寄贈してこいや」


 冗談めかしたことばだったけど、ナタリーの悪態はかなり正確に的を射ている。

 まさかエルナ作の杖だと看破……はされてないみたいだけど、連想されるとは思わなかった。


「いや、これちゃんとしたメイスだよ。そのエルナって人が作ったやつ」

「はぁ……?」


 ナタリーは“何を馬鹿いってんだこいつ”みたいな顔で私のアンドルギンを睨んでいたが、段々と何かに感づいたように、その顔が驚愕へと変わってゆく。


「は? 嘘だろ。それ、ダークスチールか」


 ナタリーが小さな声でつぶやくと、カウンター席からガラスの割れるような音が響いた。

 見れば、デリヌスがグラスを握り割った状態でこちらを振り向いている。隣のレドリアも、同じような体勢で目を見開いていた。


「は、は? ダークスチールっすか? ナタリーさん、それはさすがに……」

「おいおいおいおい、いやアタシだってこんなモン……信じたくァないが……」


 ナタリーが自然な手つきでアンドルギンを取るものだから、私も素直に渡してしまった。

 彼女の手に渡ると、鉄専攻の皆はこぞってナタリーを取り囲み、一緒になってアンドルギンを調べている。


「おいおい、混ぜ物なしか、これは。柄は……又目樫木(まためかし)。……馬鹿げている。ああ、間違いない……これは奇杖職人エルナの作品に違いない」

「酷いわ……」

「なんつー勿体無い真似を……」


 アンドルギンがメイスだってことは信じてもらえたらしいが、反応は芳しくない。

 総ダークスチール製のツルハシは彼ら鉄国騎士を目指す学徒達にとっては、“もったいない”としか映らないようだ。


 ……自慢の杖のお披露目なのに、なんだろう、この冷めた目は。


「いや、良いじゃん。破砕杖アンドルギン。私エルナって人よく知らないけどすごいと思う。尊敬してる」

「ロッカお前それ一本でいくつ宝剣作れると思ってンだよ……」

「晩年、耄碌したエルナは財力に任せてより奇抜な杖を作ったというが……金を持った年寄りほど厄介なものはないな」

「ひでぇよ……アタシの武器なんて魔金も何もないフツーの鋼なのに……」

「あ、ちなみにこれ取っ手の所に多く魔力を流すとね」


 私はアンドルギンの柄に魔力を流し込み、杖の形状を変形させた。


「スコップになる!」

「テメーふざけんなコラァ!」

「いってぇ!?」


 ナッツ飛んできた!?


「えっ、なになに!? 何があったの!?」


 ジキル出てくんのおせえ!




「はーっ。まぁ、マスケルト戦杖店が言ったことだしな。アタシらには関係ねえ。勿体無いとは思うが……教える身としては高い杖が良いからな。こんくらいで勘弁しといてやる」


 それでも遣る方なしといった風に、ナタリーはパスタを噛みちぎりながら言った。

 私の額にはナタリーから投げつけられたピスタチオの殻による幾つかの赤い跡が残っていたが、まぁ、大事はないだろう。

 ジキルが作ったパスタを少しだけ分けてくれた恩もあるし、許してやる。


 ……あ、このパスタめっちゃうめえ。なんだこれ、店か。店のメシだ。


「ロッカ=ウィルコークスよ……わかっているとは思うが言わせてもらう。ダークスチールとは、宝剣くらいにしか使われぬ最高峰の魔金だ。メインヘイムの騎士団でさえ、この原料を用いた装備はなかなか見られないだろう……」

「デリヌスさん、結構根に持ってますね……まあ、さすがの私も、同感ではありますが……」

「当然だろう。ダークスチールだぞ、それを、こんな……いや失礼、しかし、このような……」


 スコップにもなるツルハシ。

 その素晴らしさは、騎士志望の若者には全く伝わらなかったようだ。

 しかし私からしてみれば、逆に剣や盾に使うほうが納得行かないというものだ。普段からガンガン使うツルハシにこそ、こういった金属は使われるべきだと思う。

 もちろん、同じ鉄の人間として、軍事を疎かにしろとは言わないが……。


「ていうかこれ美味しいんだけど。貝柱となんか……貝のパスタ。すげー美味い」

「おう。俺特製ミネオマルタ海鮮パスタだ。そう言ってもらえると嬉しいぜ」


 ジキルは白いエプロンをつけたまま、いい笑顔で私に親指を立ててみせた。まるで料理人である。

 実際、これを食べてみた感じでは私よりも料理が上手いことはすぐにわかった。なんか自分の領分を取られたみたいで少し悔しい。


「まさかあの地味なやつにこんな特技があったなんて……」

「あれ? 今俺のこと地味って言った?」

「ああ、ジキルは何でも出来るからな。魔術だって六属性使える六属性術士(ハニカマイスタ)だ」

「まじか」

「へへ、けどジキルは全部中途半端だけどなっ」

「やめろ。万能と言ってくれ」


 属性術を六つも使うなんて、私には想像もできない次元の話だ。

 一度だけ鉄じゃない魔術の理学式を見たことがあるけれど、形が第一から全く別物で理解不能でびっくりした。

 全く造りの違う魔術をいくつも使えるのは、素直に尊敬できる。


「……ま、ダークスチールのことはもういいや。で? ロッカ。せっかく覚えたってんなら、ドットを見せてくれよ。できんだろ?」

「おー」


 ナタリーにそう言われ、私は残ったパスタをペロリと平らげた。

 みんなにいじくり回されたアンドルギンを手に取って、何度か振ってから構える。

 その時、ふと思った。


「……ねえ、杖って振り方はわかるけど、構えってあるの?」


 今、私はアンドルギンを握って正眼に構えている。まるで剣のような構えだが、この位置が最も色々な動きに対処しやすそうだとも思うのだ。


「あー、好きにしろ。投擲できねえんだろ? なら動きやすい構えにしとけ」

「うむ。投擲を考えるならば重心の後ろに構えることもあるが、そうでなければ好みだ。直感でやれ。そういうタイプだろう」


 結構適当な返事が来た。じゃあこのままでいっか。


「“スティ(黒鉄の)ドット(城塞)”!」


 アンドルギンで軽く床を小突き、魔術を発動させる。

 すると床に魔光が閃いて、グオーっと岩の壁がせり上がってきた。

 少し緊張したものの、今回も問題なく発動。最初は戸惑ったけれど、ドットもさして難解な魔術ではなさそうだ。


「高さは天井まで、か。横幅も良い。つかマジで二日で覚えたのか」

「昨日ね」

「昨日かよ」

「アドバイスくれた人もいたから、そんなに難しくなかったよ」

「ほお。まあ、上出来だ。術を使えるようになるまでが山だと思っていたが、この分ならすぐに実践に移れるだろ」


 ナタリーが私の出した壁を手で小突きながら、にんまりと笑う。


「じゃ、次はこの壁の強度を試してみるぞ」

「……え、強度を試す?」

「当然だ。そこそこの術を受け切れないようなら、どんどん分厚く作ってもらうわよん?」


 ……どうやらまだまだ、私の覚えた魔術には手を加える必要があるらしい。




「ロッカとクラインの演習……だったか? まぁ、無様なアレ、あっただろ。クラインが放ったあの規模の魔術を真正面から防げとは言わねえよ。金属ならともかく、ロッカの岩じゃ強度が足りねえからな」


 正直に言ってあの演習は皆の記憶から早々に消え去って欲しかったが、反省点を振り返らないわけにもいかない。

 私はナタリーの言葉に、大きく頷いた。


「そういう点で言えば、ロッカの魔術は鉄魔術に(よえ)ぇ。“スティ・ディレリル”や“スティ・アンク”を受けきるには相当な厚みと、それを支えきれるだけの頑強な“足”が必要だ」


 ナタリーは、私が出現させた壁を支える二本の足部分を、軽くつま先で蹴った。


「ここが“スティ(黒鉄の)ドット(城塞)”の足だ。ここが二本とも折れれば、壁は術者側に傾いてぶっ潰れる。わかるな?」

「まぁ」

「足が貧弱な盾は敵と同じようなもんだ。適当に戟振り回してる素人と同じ、クソだ。“スティ・ドット”は足の角度や太さも調整できっから、たとえ防御面がぶっ壊れても足は壊れねえように作っておけよ。その強度を常に保つのが、この術の基本だからな」


 防御面が壊れても、足は壊れないように……か。

 なるほど、確かにこの巨大な壁がこちら側に倒れてくることほど厄介な状況もなさそうだ。

 つい考え方が術全体のサイズばかりに囚われていたけれど、そうか……足も結構重要なんだな。

 じゃあ発動させるときに、もうちょっとこの部分に集中して……となると、この魔術って意外と魔力を食うんだな……頑丈な魔術はそれなりに燃費も悪いってことか。


「具体的な目標を教えてやる。状況にもよるが、この“スティ・ドット”に関して言やァ、最低でも環境系初等魔術の二段までは耐える必要がある」

「……え?」

「二段まで耐える防御力にしろっつったんだ」

「……ごめん、その前」


 聞き覚えの無い単語だった気がするので、つい聞き返してしまった。

 ナタリーの眉を見る限り、明らかに苛立っているが、中途半端な理解のまま進みたくはなかった。


「……環境系初等魔術の二段な」

「……っていうと……?」

「だあああ、火と水だろ!? マジかよお前そんなことも知らないくせに……! 学費払えッ!」

「いって!? 蹴るんじゃねーよ!」




 環境系魔術。

 それはつまり、場の環境を支配することに長けている火属性と水属性の二つのことを指す。

 “ラギロール”のように地を覆って環境を取りに行くタイプの鉄魔術もあるが、鉄魔術は環境系魔術とは言わないらしい。“ラギロール”のような環境の広げ方はかなり強引で、実際の鉄魔術の運用はほとんど投擲のみで、場に残す用途として使われるのは壁などの防御くらいのものなのだそうな。


 で、その初等術なので、属性の文頭のみを発現させる基本魔術ということだ。

 火なら火を生む。水なら水を生む。

 呪文で言えば、(イアノス)(キュート)。最短の詠唱ならそれだけで発動し、魔力消費もお手頃なので、主に小手調べでバンバン使われる魔術だ。もちろん、飛ばすなら投擲する必要があるのだが。


 そしてこれらの二段。

 二段というのは、なんか色々と難しいのだが、詠唱に“ディ”などが付け加えられると、だいたい二段なのだとか。

 段が上がると術の威力や量が増加し、その分の魔力は消費するものの効率よく果敢に攻めることが可能らしい。

 どうやら魔術の習得時に、理学式の中に“ディ”や“リオ”といった要素を加えた形を覚えておくことが重要みたいだ。みたいだ、というのは、ナタリーがそう言っていたからに過ぎない。私は真面目に聞いていたけど、実のところ全然よくわからなかった。

 この話私に関係あるか?


「大有りだ馬鹿野郎」

「いって」


 また蹴られた。

 畜生が。腕相撲は私の方が強いからって足だけかよ。私もその気になれば足だって負けねえんだぞ。


「相手はこっちの防御や行動範囲を見極めた上で術の規模を調節して撃ってくるだろうが。一段が通らなかったら二段で、二段が通らなかったら三段で撃ってくるかもしれねーだろアホ」

「……こっちも、相手の術の威力を見ながら対処する?」

「そういうことだ。といっても、“リオ”みてえな三段積みの魔術なんざ早々相手も使ってこねえがな。燃費は悪いし、そんなもん撃つなら素直に別の術使った方がマシだ」


 だから二段目までの初等術に対抗できる壁を出せ、っていうことか。


「つっても、環境系で一番怖いのは水だ。火は広がったあとの実害がシャレになんねえが、重みは水と比べりゃ段違い。アタシら鉄としちゃ、重要なのは水の投擲だと考えてくれりゃいい」

「……水初等魔術の二段の投擲に耐えられる壁を作らなきゃいけないわけか」

「そーいうこった」


 そこで、ようやくナタリーは満足したように口元を歪ませた。

 心強いというよりは、凶悪で獰猛そうな笑顔である。


「で、問題がひとつある」

「え……何?」

「アタシは鉄魔術の強度は誰よりも詳しいくらいの自信があるつもりだ。このくらいの幅でこのくらいの厚みなら、この程度まで耐える……とかな。だが、さすがのアタシでもロッカの壁の強度までは全然想像もできねえわけさ」

「あー」

「間違いなく強度は低いんだろうけどな」


 そこらへんも手探りになるのか。

 まぁ、最初から全部手探りでやってるようなもんだし、気にもならないけど。


「なあデリヌスさん、今日って夜は兵舎場空いてたっけ?」


 ナタリーがバトルメイスを手の中でくるくると回しながら、カウンターのデリヌスに訊ねる。

 デリヌスは食事を取りつつも注意は常にこちらに向けていたようで、間をあけずに大きく頷いてみせた。


「うむ。夜は基本的に開いているぞ。この時期は広間を使った特別訓練もなかったはずだ」

「おー、ありがてえ。キヒヒ、んじゃ、大事に使わせてもらいますかねぇ」


 ナタリーは不気味に笑うと、メイスを持ったまま出口へと歩みを進めてゆく。


「おいロッカ! なにしてんだよ、さっさといくぞ!」


 って、あれ? な、なんだ。出かけるのか?


「ここでやるんじゃないの?」

「馬鹿か! デリヌスさんのバー水浸しにする気かよ! 夜でも使える専用の屋外演習場みてーなのがあるんだ、そこいくぞ!」

「な、なるほど……」

「ったく、マジで何も知らねえんだな……」


 ……悪かったな、どうせ馬鹿だよ。



 兵舎場は、ミネオマルタにいる警官達が訓練を行うための広い施設である。

 五階建てにも及ぶ無骨な屋内訓練場と、だだっぴろい屋外訓練場があり、そのうち私達が目指しているのは屋外の方である。


 兵舎場はミネオマルタの西部馬車駅付近にあるので、ちょっと距離がある。

 時間も時間で、街中は夕食を食べたのか、これから食べに行くのか、そんな人達で溢れかえっているので、進むのも一苦労であった。


 混雑は面倒だけど、かといって屋根を跳び歩きたいほどでもない。

 私はナタリーに先導されながら、人混みをグイグイと押しのけるようにして進んでいた。


「やれやれ。観光客共が、うざってぇなマジで」


 そう悪態づきながらも、ナタリーの人混みの押しのけ方はなかなか力強いというか、強引だった。

 強化を込めた手で掻き分けてゆくのだ。やられる方としてはたまったものではないだろう。人混みだって、言うほど密集しているわけでもないというのに。

 ……まぁ、後ろを歩く私としては楽で助かるんだけどね。


「都会って本当に人がいっぱいで歩けなくなるんだからすごいよな」

「アタシんトコもそう変わんねーよ」

「ああ……ナタリーはメインヘイムだっけ」


 鉄城都市メインヘイム。

 通り道で立ち寄ったことはあるけれど、すごい場所だったな。時間があれば、あのでかい城壁もよく見たんだけど。


「……つっても、アタシが住んでんのは外周部だけどな」

「なにそれ」

「外側ってことだ」


 外側も内側も、どっちだって首都であることには変わらないだろ。

 ……いや、外側の方が田舎ってことか。


「私の住んでるとこよりはずっと都会だよ」

「当たりめーだ」


 その通りだから苛立ちようもない。

 けど故郷は故郷だ。デムハムドはデムハムドで、大事な場所なんだよ。


「……ん?」


 私がデムハムドの良いところを思い浮かべようとウンウンと頭を悩ませながら歩いていると、人混みの中に見知った顔を見つけた。

 どう手入れしたらそうなるのかもわからないほど綺麗でサラサラな金髪。ぱっちりと開いた青い瞳。あと凄く邪魔そうな胸。

 ちょっと離れた場所に、ソーニャが歩いているではないか。何か目当ての店でもあるのだろう、足取りは迷いなく、私には気づいていないようでスイスイと進んでいる。


「おー、ソ……」


 私は声をかけようと、片手を上げて彼女に呼びかけようとしたが……。


「に……ぁああ!?」


 ソーニャのすぐ後ろをついて歩くヒューゴの姿を見て、変な声を上げてしまった。

 ヒューゴとソーニャが歩いている。それは良い。けれど、他にライカンやボウマも連れずに、二人だけで……しかも、どこか親しげに話しながら歩いているなんて……。


「っけねっ……!」


 咄嗟に、声がばれているんじゃないかと変に焦ってしまって、その場で低くしゃがみこんでしまう。

 人混みの中でも、私の背だとギリギリ見えてしまうかもしれない。あんな二人にばったりと鉢合わせるのは、ちょっと嫌……というよりは、気まずすぎる。


「……オイ、何やってんだ?」

「ごめんナタリー、ちょっと静かに。あと少しだけでいいから待ってくれる?」

「……まぁいいけどな」


 ナタリーの白髪は目立つけれど、背は低いので見つかることはないだろう。

 私はそっと腰を上げ、恐る恐るソーニャ達のいた場所を再確認する。


 二人は、いた。どうやらこちらには気づいていない様子で、あさっての方向を向いて立ち止まっている。

 混んでいるからか、とはいえ、二人の距離は近い。そのまま手でも繋げそうなほど、ソーニャとヒューゴの距離は近かった。なんでだ。そうなのか。知らなかった。そうなのかソーニャ。そしてヒューゴ。


「あ……」


 二人は何か話しながら、そろそろと近くの店に入ってゆく。

 そこはどうやら飲食店らしく、暖かな光が漏れるいくつかの窓からは、どこか高級感のある店内の様子が伺えた。


「ああ、あそこは酒がほとんどワインしかねぇけど、飯は美味いところだ。悪くはねえよ」


 私が店の外観をジロジロと見ているのがわかったのか、ナタリーが丁寧に説明してくれた。


「食事……レストランか」

「俗に言う、落ち着いた良い雰囲気の店っつーやつだな。五人や六人で馬鹿騒ぎする雰囲気じゃないし、何よりちょっと割高なもんだから、アタシはほとんどいかないけどねぇ」


 ナタリーは肩を竦め、わざとらしく馬鹿にするようにキシシと笑う。

 ……なるほど、つまり高級で……大人っぽい店ということか。私にはあまり縁が無いし、知っててもあまり行かないタイプの店だろう。私なら食事も酒も安くないとちょっと困る。


 けど……じゃあ、あの二人はどうしてわざわざそんな店に?

 一体そこで何の話をしようっていうんだ……いや、まさか……そんな……。


 ……ソーニャとヒューゴか。

 私の知る限り、学園の中で一番綺麗で可愛いソーニャと、同じクラスの……ちょっと何考えてるかわからないけど、飄々とした雰囲気は親しみやすい、ヒューゴ……。

 ソーニャは言わずもがな。しかし、ヒューゴの顔も悪くはないし、性格もまぁ、ちょっと悪戯好きで遅刻癖が重篤なこと以外は……いや、良いとは言えないなアイツ……。


 ……けど見た目だけでいえば、ソーニャとヒューゴはお似合いだと言えなくもない……のか?

 二人とも噂話には詳しいし、流行には敏感だ。今まではそんなに接点がなかったみたいだけど、話が通じるところも多いだろうとは、思う……。


 まさかあの二人……本当に……!?

 なんだそれ……ソーニャ、どうして私には黙ってたんだ?

 私にも教えてよ! そういうなんかもう、面白そうな話は……!


「おいボケ」

「ってぇ!?」


 内心で勝手に盛り上がっていると、案の定ナタリーによって脛を蹴られてしまった。

 今日は一体何回こいつに蹴られただろう。


「ロッカちゃんよぉ……アタシはな、親切心で手伝ってやってるんだ……おわかり?」

「ご、ごめん! ごめん本当にごめん……ちょっと、知り合い見かけてさ……」

「チッ……さっさとついてこい。兵舎場はいつでも空いてっけど、アタシは夜更かしは嫌いなんだ」

「悪かったよ。ごめんって」


 不機嫌そうに前を歩くナタリーを追うように、私も小走りでついていく。


 ……そうだ、いくら衝撃的な光景を目の当たりにしたとしても、今は魔術の事を考えていないと。

 雑念は魔術によくない。しっかりしなければ。


 ……でもソーニャ、ヒューゴ……実際のところどうなんだ……?

 すごい気になるんだけど……。





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