鑿005 弦を張る弓
“スティ・ドット”が使えるようになった。目標達成である。
が、マグレの一発ってこともあり得るので、その後も場所を変えて何度か発動させてみたのだが、問題なく魔術は成功した。これなら正真正銘、魔術を習得したと言っても良いだろう。
その代償として寮の前に奇妙な岩のオブジェが出来上がってしまったが、アンドルギンさえあればぶっ壊すのも簡単なので何も問題はない。
逆に自分で築き上げた物を快適に壊せて病みつきになりそうですらある。
……欲を言えばアンドルギン担いで切羽ぶん殴りにいきたいな。
いや、今の私は魔道士だから、そんなことしないけどさ。
「へえ、じゃあちゃんと期日通りに覚えたの。凄いじゃない、ロッカ」
「えへへ」
翌朝。講義室へ赴いて真っ先にソーニャへ報告すると、かなり本気で褒められた。
こうして真正面から自分の成し遂げたことを褒められるということがあまり無いので、こそばゆい。いや、面映ゆいっていうのかな、これは。
「ロッカはこれまでも色々な術を短期で習得してきたし、結構才能あるのかもしれないわね」
「本当!?」
「え、うん。まぁそりゃあね。この学園でも、今までのロッカほどのペースで術を習得できる人って、あまりいないと思うわよ」
おお……やめてくれよソーニャ、そういうこと言うの……。
そんなこと言われたら私また調子乗っちゃうかもしれないだろ……。
「でもロッカは基本的な知識が壊滅的に駄目なところがあるから、中級魔術以降を使うなら要勉強なんだけどね」
「うっ……」
「あはは。ま、ロッカでも真面目に基礎からやっていれば大丈夫よ。術のセンスが良ければ、大抵の人は上手くなれるんだから」
ソーニャはなんて事ないように笑っているが、私にとってはその知識面こそが一番の課題なわけで。
……やっぱりもっと勉強に力を入れた方が良いのかな。良いんだろうな。そのために学園に通っているわけなんだしな。
「ウィルコークス君、“スティ・ドット”を習得したのか」
理学式の各種記号を記したメモ帳を読み込んでいると、隣のクラインが声をかけてきた。
声を掛けてくるわりに、身体はこっちに向いていない。顔も黒板の方をじっと眺めている。なんとなくイラッとくる会話の切り出し方だったが、まぁ今では慣れたものである。
「昨日、屋外演習場でね。最初は読み間違えてた式の記号があって何度か失敗してたけど、属性科のベロウズって人が教えてくれたら出来るようになったんだ」
「ベロウズ?」
気になるのか、クラインの眉間に皺が寄った。
「六年生なんだって。クラインは知ってる?」
「いや、聞いたことがないな。六年でオレが知らないということは、記憶する必要もない学徒ということだろう」
「お前、クラインな。ここにいないとはいえ、一応先輩なんだぞ」
「成果を出せず、実力を備えないままに、何ら特別なものを得ることなく学園から出て行くだけの人間だろう。そのような連中を、どうしてこのオレが敬わなければならない」
私は強めに言ったつもりだったが、返すクラインの目はどこか不機嫌そうだった。
彼は彼で、この学園内で全力を振り絞って勉強している。
学園内のあらゆる設備を使い、あらゆる資料を読み込み、時には金を稼ぐことだってある。
今にして振り返ってみれば、クラインには学園外の自分の時間がないのではないかと思ってしまう程に、彼は多忙だった。
……クラインはこの学園で、本気で学ぼうとしている。
そんな彼が“怠けている”と言うのであれば、確かにその通りだ。
……それでも、やっぱり年上の人に対して言い過ぎじゃないかと、私は思うのだが。
「で、“スティ・ドット”を習得してどうするつもりだ」
「……ん。とりあえず、今日ナタリーに見せに行くつもり」
「……何故“パイク・ナタリー”に?」
あれ、話してなかったっけ。
「“スティ・ドット”は、ナタリーに教えてもらってたんだよ。私から教えてくれって言って、頼み込んで。そうしたら良いって言ってくれて」
「嘘っ、あいつが? 意外……」
ソーニャ、気持ちはわかるけどその反応を本人の前で見せたら多分、脛とか蹴ってくると思うよ。
同じような感じで殴られたり蹴られたりしてるジキルとロビナの姿は何度も見てるんだ、私。
冗談抜きに、なるべく気をつけたほうが良いと思う。
もちろんソーニャが蹴られたりなんかしたら、私が退学覚悟で殴り返してやるけどさ。
「……ふむ。“パイク・ナタリー”の提案で覚えようとしたのか」
「うん」
クラインはどこか難しそうな顔で、くるくると跳ねた水色の髪を掻く。
力強いわけでもなく、痒いところがありそうな搔き方ではない。あくまで髪を整えるためだけのような、そんな優しい手つきだ。
「参考にした本は、君の前に置いてあるそれだな?」
「あ、うん。ありがとうクライン、これナタリーも良いって言ってたよ」
「当然だ、オレが選んだ本だからな。粗悪品よりはよほど良いに決まっているだろう」
「うん。……でもまあ、えっと。一人で読むには、ちょっと難しいけどね。昨日も記号がわからなかったりしたり……」
「難しいと思うのであれば、人に聞け。なるべく、魔術の面で信頼できる相手にな」
「うん、そうするよ」
教材をクラインが選び、ナタリー直々に術を選んでもらい、細かなミスを先輩から修正してもらう。
なんというか、理想的な学習環境にいるなぁ……って感じだ。
これがデムハムドだったら、そもそも魔導書からして無いんだもんな。魔術の話をする相手すら存在しない。
……そう考えると、なんだか私も勉強する気になってきたぞ。
「ちょっとヒューゴ、ヒューゴこっち」
「ん? どうしたんだいソーニャ」
「良いから来なさい、廊下集合」
「? ……あー、まぁわかったよ。はいはい」
ソーニャとヒューゴがどこぞへと消えていったが、猪突猛進な私はその些細な変化に気付きつつも、特に気にすることはない。
マコ導師と二人が帰ってくるまでの僅かな間、私は魔導書を開きながらの朝の自主学習に励むのであった。
ちょっとした講義も終わり、昼休みになった。
他の学科はまだまだ講義があるけれど、特異科学徒はもうここから自由時間である。
私は昨日の間に修得した“スティ・ドット”を早くナタリーに報告したかったので、早速第二棟へ向かうことにした。
「あ、ロッカ……いや、なんでもない。また明日ね」
「おー。ソーニャ、また明日ね」
もちろん、アンドルギンも忘れずに。
学園にこれを担いで持っていけるというのが、最近の密かな楽しみだったりする。
ナタリーは第二棟だ。
三年の、鉄専攻Aクラス。だったかな。
一応、そういった細かなクラス分け毎に割り振られた講義室もあるらしいんだけど、あまり使われているわけではないらしい。
あくまで講義は大きな場所で、一度にいくつかのクラスが合同で参加するのが基本なのだそうだ。
例えばナタリーのような優秀なAクラスの学徒などは、時々上級生に混じって講義を受けることもあるらしい。
目の前の初歩の講義で手一杯になる私には、まだうまく想像できない話である。
だから、というわけではないんだけど。
「ナタリーどこだ」
今は昼休み。それは共通のはずだ。
けど、なんだ。
ナタリーって、いつもはどこでご飯食べてるんだろう。
「……一階の食堂かな」
休み時間内に見つかれば良いんだけど……なんだか、そう上手いこといかないような気がしてきたぞ。
できれば帰り際に正門前で待つなんてことはしたくないな……。
食堂は相変わらず、人が多い。座れないわけではないけれど、あと十分もすればテーブルのほとんどは誰かしらが座ってしまうだろう。
テーブルは大きく、それぞれの肘や料理が当たるなんてことはないけれど、相席となるとそれはそれで落ち着かないものだ。
水の国の人は特に、気にしいなところがあるし……。
「んー」
ざっと食堂に入り見回すが、ナタリーの姿は無い。
あいつの見た目は、黒いコルセットドレスに白髪。色合い的にもかなりわかりやすい見た目だけど、食堂にはいないようだった。
あいつは、常日頃からここで食べているわけでもないのだろうか。
……いや、食堂は観葉植物や柱で句切られている所も多い。それにナタリーはチビだし、見落としているということもある。もうちょっとだけよく探してみるか。
アンドルギンを肩に乗せ、見回しながらテーブルの合間を歩く。
好奇の視線は感じるけれど、今はそこまで不快でもない。
しかしこうして見てみると、やはりこの学園に通う学徒たちは金持ちが多いのだろうか。頼んでいるメニューも、どこか豪勢なものばかりである。
ぱっと見た感じ、コビンのもも肉ステーキを食べてる人が一人もいないような気がする。
……やっぱり学園の食堂とはいえ、余裕のある人はより美味しいものを求めているんだろうなぁ。
以前食べた物凄く高い串焼き肉の味が思い出される。余裕が……本当に余裕ができたら、また食べてみたいもんだ。
「まったく、粗末な味ですこと」
なんてことを考えて思わず腹を鳴らしていると、すぐ近くの窓際のテーブルから不機嫌そうな声が聞こえてきた。
思わずそっちに顔を向けて、ちょっとだけびっくりする。
なにせ、そこにいた女の胸元が、あまりにも開放的だったから。
「“安いけれど値段より何倍も美味しい”と聞いたからわざわざ注文しましたのに……値段の半分ほどの価値があるとは思えませんわね」
胸元がばっくりと開いたドレスローブに、艶やかな長い黒髪の上に輝く豪奢なティアラ。
まるで物語に出てきそうな女王様のようなその女は、六人がけテーブルの中央に小さな料理を置き、そこでぶつくさと文句を垂れていた。
あの女は確か……一度独性科の闘技演習場で見たことがあった気がする。
観覧席にいた人で……なんだっけ。クラインが言っていたけど、名前が思い出せないや。
しかし、この学園の食堂が出す料理にそこまで文句を言いたくなるようなものがあるとは思えないけれど……一体彼女は何を食べてそんな不機嫌になったのだろうか。
「って……それか……」
気になってさらに良く覗き込んでみたら、なんと彼女の皿の上にあったものはコビンのもも肉ステーキではないか。つい思わず声に出てしまった。
あれのどこが粗末な味だろう。
仮にあれが粗末だとしたら、私がデムハムドで喜んで食ってきたポルの肉鍋は一体何だったというのか。肉ですらないってか。あれも結構美味いのに。
というかこいつ、一口しか食ってないじゃないか。もう食べないのだろうか。勿体無い。
「……何です? 人の食事を不躾に眺めて」
「あ、いやなんでも」
私のつぶやきが聞こえていたのか、女王は鬱陶しそうな目で私を睨んできた。
こっちとしても無意識に反応してしまったところがあるので、つい恐縮してしまう。
しかし、私のそんな引け腰な態度が良くなかったのだろう。
私の顔を見ていた女王は不意に口の端を吊り上げ、意地悪そうに笑ってみせた。
「あら……よく見たら貴女。ロッカ=ウィルコークスさん……だったかしら」
「あ、うん。はい」
「そう。貴女の活躍は新聞記事で読みましたわ。礼儀を知らないのも仕方ありませんわね……岩山出身では、せいぜい読み書きが限度でしょうから」
「……は?」
にやつく口元を質の良いハンカチで拭いながら、女は優雅そうに席を立つ。
だが、その際に出てきた一言を聞き逃がせるほど、私の耳は馬鹿ではない。
「おい、あんた」
「私はクレア=カーター。属性科六年の“砦のクレア”よ」
どこか勝ち誇ったような顔で、クレアは微笑む。
……礼儀を知ってるなら、目上は敬えとでも言いたいのか、こいつは。
「……クレアさん。人の生まれを馬鹿にするのは、礼儀正しいことなんですか」
「あら、馬鹿にするだなんて人聞きの悪い。私はただ土地柄を評しただけですわ」
ああ、こいつあれだな。のらりくらりと交わして、自分は悪くないっていう奴だ。
私としては一番嫌いな奴だ。ミスイと同じで、こういうのは殴るまでが七面倒臭いんだよな……。
「水の国で生まれれば美に聡く、火の国に生まれれば理に疎くなる。私はそれを、ウィルコークスさん。あなたの故郷に当てはめただけですわ」
「……」
むかつく。
けど、私でもわかる。ここは声を荒げても、拳を振り上げても良い場面ではないのだ。
こいつは、クレアはそんなに間違えたことを言っているわけではない。
ただ私の故郷を、ちょっとした悪意を込めて引き合いに出しただけなのだ。
……悔しいけど、デムハムドの人たちがそんなに頭良くないっていうのは、本当のことだし。
「食事中のテーブルを宛もなく横切ったり、ましてそれをジロジロと眺めるのは、とても卑しいことです。以後、礼儀を意識するのであれば気をつけるべきでしょう」
「……はい」
説教かよ。
……まぁ、見てた私もどうかなとは思うし、仕方ない。
言い方や例え方は気に喰わないけど、この人はマナーを教えてくれているだけだ。
デムハムドを悪く言われたのはちょっと癪だけど、ここは素直に頭を下げておくとしよう。
ほんの、小さくだけど。
「では、失礼」
私にまでぐちぐちと文句を垂れて満足したのか、クレアは二人分の椅子を占めるように置いてあった宝石だらけのロッドを手に取って立ち上がった。
私はこれ以上面倒な言い合いをするのも嫌だったので、特に何も言うことはない。
「ああそうだ……ウィルコークスさん?」
「……はい」
まだ何かあるのかよ。
「私はあまり美味しく感じられなかったのだけれど……もしウィルコークスさんのお昼がまだでしたら、あの肉の残り、お食べになる? 気になっていたのでしょう?」
……。
破砕杖アンドルギン。
アンドルギンは、ツルハシだ。
ツルハシは近くに人がいる時に振ってはいけない。
父さんから口酸っぱく言われていたことだ。何度も言われていたので、私の身体はそれを覚えていてくれたらしい。
無意識の内に、なんとか物騒な真似をせずに済んだ。
「結構です」
「そう? では、自分で下げなくてはなりませんわね。ああそうだ、シェフにも一言言っておくべきかしら……」
そう、なんとかブツブツ言いながら、クレアは小さな皿を手に去っていった。
私はその高飛車な後ろ姿を眺めながら、右手に握ったアンドルギンの柄で、何度か自分の肩を叩く。
「……ふう」
なんどかそんなことを繰り返していると、クレアは私の視界から消えて、私の心も落ち着いた。
「……帰ろ」
気がつけば、食堂の一角の視線が全て私に集まっているようだった。
最初はちょっと良い気分で受けていた視線も、今ではちょっと不快に感じられる。
……嫌な気分だ。
ナタリーは居なかったし……畜生。
……クレア=カーターか。
属性科六年。鉄専攻。豪華な出で立ちの臥来の女。
あいつの名前は、よく覚えておくことにしよう。




