嘴011 落ち着かない田舎者
ロッド。それは数ある“杖”と呼ばれる魔具の中でも、最も一般的なタイプのものである。
長さは大体、八十センチメートルから百五十センチメートルといったところ。
人によっては二メートル近いサイズのロッドを使う人もいるようだが、そこまでの巨大ロッドを使う魔道士は稀であろう。
長いことには大きな利点があり、魔術投擲においては飛距離が増大する他、先石が大きく取れるので理学式の構築も安定、術と距離が取れて受ける余波が少ないなど、良いことづくめだ。
が、もちろん欠点もある。
私が今使っている杖はタクトで、長さは三十センチほど。これはタクトにしては結構長い方なのだが、ロッドはその二倍以上にもなる。つまり、持ち運びには全く適していないということに他ならない。
重く、長く、場所を取る。ロッドは魔術で飯を食う魔道士にとって商売道具ではあるが、その持ち運びの問題は何百年経っても、解決されぬままなのだ。
「私ロッドやだよ」
「なんでよ……」
ヒューゴから強引に貸し与えられた流木の杖を手にして、やはり私は首を横に振った。
ソーニャやクラインはどこか呆れたような顔をしているが、駄目なものは駄目なのである。
「ロッドってなんか、私に似合わなくない……?」
『そうか?』
「というかロッカ、似合う似合わないの問題なのかい」
「すっげえ頭良さそうな人が持つ道具じゃん……」
「まだそんな偏見を引きずってたのね……」
試しにヒューゴの使っているロッドを握ってみても、実感が伴わない。
いや、私の魔道士になりたいって気持ちは本当だけど、ロッドを手にしてる姿が想像できないっていうか。
……タクトなら小道具として扱えてたけど、これだとちょっと……やっぱり落ち着かない気持ちになる。
「ウィルコークス君。その道具はあくまで杖であり、それ以外の何物でもない。君が普段使っている鑽鏨のタクトと何ら変わらない代物であることを頭で覚えたまえ」
「うわっ、駄目だなんか鳥肌できそう」
「やる気があるのか」
「いや本当に、本当になんか駄目」
「ロッカ、僕の使っているロッドはそこまで生理的に受け付けられないのかい?」
皆は色々とアドバイスをくれたり、私の意識を変えるような言葉を囁いてくれるのだが、しかし私の先入観がどうしても“無理”と言う。
以前にリゲル導師の杖を使わせて貰った時もそうだけど、どうしても私はロッドというものが苦手なのだ。
「うーん……これはなんていうか、病的ね」
「拒否反応ってゆーやつだにぇー」
『ううむ、サイズの問題か? 一つ下のワンドなら持てそうか? ロッカよ』
「いや、ごめん。よくわからない。自信無い……」
ヒューゴの杖がばっちいみたいな感じになっちゃったので、何度も謝ってからヒューゴに返す。
それでも彼は苦笑いを浮かべて“大丈夫なのかな”と心配してくれた。心の広い良い奴である。
「リーチの長いロッドは、床を起点とした魔術のみで闘うウィルコークス君にとっては便利な杖となるだろう。最初にナタリーと行った闘技演習では機動性を重視してタクトを推奨したが、実践向きといえばやはりロッド程度のサイズは必要だ」
クラインはヒューゴから流木のロッドを受け取ると、それを軽く真上に浮かし、杖の石突き……根本付近を握りこんだ。
そして杖の下部を握った状態で、先石のある先端部分を床に振り下ろす。
丁度、ロッドの先端が床に触れる状態になった。
この時、クラインの膝は曲がっていない。元々の猫背である事は良いとして、概ね自然体であると言えるだろう。
「君は従来、タクトの先石を地面に当てなければ魔術を行使できなかった。その際には多少なり脚を開いたり、膝を曲げる必要があっただろう」
「……ロッドだとそれが無くなって、素早く魔術を唱えられる」
「そういうことだ。だからロッドを使う」
「あっ」
クラインから再びロッドを投げ渡され、私は反射的にそれを手に取った。
握り心地の良い、古めかしい柄。
厳かな流木の曲線と、包まれるように収まった大きな先石。
……そんな知的すぎる道具が、私の手の中に収まっている。
いや、駄目だ。やっぱ無性に恥ずかしくなる。
「う、うーん……ごめんヒューゴ。返す」
「あはは」
「何故無理なんだ。オレにもわかるように説明してくれ」
「これはね、無理なものは無理ってことなのよ。きっと」
“長い杖を使う”。今回クラインから提案された大きな助言のひとつがこれである。
少々頭を抱える事態にも陥ったが、こうして私の新たな戦闘スタイルが打ち出された。
ともかく、新たな杖を手に入れてから他を考えることにしよう。
「まぁ……ロッカの拒否反応が薄いようなロッドも、きっと探せばあるんじゃないかな? ミネオマルタには杖市場もあるし、小さな魔具店だって掃いて捨てるほど軒を連ねてる」
『たまに変わった杖を置いてる店もあるからな。これから行くのか?』
「……うん。ちょっと探してみようかな」
ロッドは、なんか苦手だ。持てないってわけでもないけど、手の中にあっても全然しっくり来なくて、もどかしい。
でも、だからといってクラインから提示された闘い方を簡単に諦めたくはない。
こうなったら、徹底的に自分に合ったロッドを探しだすのが一番だろう。
以前にお世話になったジューア魔具店の店主さんも、そんな事を言ってた気がするし。
「なら、今からでも探しに行くか。ウィルコークス君、この後はどうせ予定もないのだろう」
「ああ、どうせないですよ」
『ボウマも一緒に行くか?』
「うぶぇー? あたし杖興味ないじぇ……」
「ま、ボウマもついて来いよ。何か面白い物が見つかるかもしれないぞ」
こうして、私の新たな杖を買いに行く事になったのだった。
狙いは、気に入ったロッドである。
……なんとなく破壊力の高そうなメイスを選んじゃいそうな気がしてならないのだが……私はちゃんとした杖を選べるのだろうか。
タクトは安い。しかし、ロッドは高い。
何故なら、でかいからである。
「二千YEN……」
「そんなものよ、ロッカ」
「しかもそれは露店のやつだし、店舗にいけばもうちょっとするだろうね」
ミネオマルタの杖市場では大きな通りの両端に所狭しと魔道具が並べられ、露天商が道行く人々に声をかけている。
しかしさすがは水の国、声の掛け方もあまり下品なものではない。押し付けるような声色ではなく、“良かったら見るだけでもどうぞ”といった慎ましさだ。
鉄の国の青果市とは雲泥の差である。それは、客の質は当然として、扱っている品が高価であることも無縁ではないのだろう。
「大きい声じゃ言えないけど、なんだかこの市場にあるのってみんな似たような感じだね」
『ま、確かにそうだな。俺の目から見ても、違いはよくわからん』
「見てて面白くないじぇ」
杖は多い。振り返れば、視界に何十本もの杖が飛び込んでくるほどである。
しかしそのどれもが安直なデザインというか、シンプルすぎるというか、私の心を掴むものではない。
「おや、あなた……もしや、“竜砕き”のウィルコークスさんでは?」
「えっ」
私が露店の品を適当に流し見していると、つば広帽を被った露天商の男がキラキラと綺麗な瞳を向けていた。
「ああ、やはり間違いない。あなた、“竜砕き”のウィルコークスさんでしょう!?」
「え、いや、あの」
「なにっ、それは本当かい!?」
「あの学園を救った英雄がいるってのか!」
男が大きな声を上げると、周囲の店主たちも一様に騒ぎ始める。
それなりにおとなしかったはずの杖市場の通りは、あっというまにお祭りのような賑やかさに包まれてしまった。
いや、でもちょっと待ってほしい。
なんで見ず知らずの商人にまで私の素性が割れんだよ。
「ほら、これ! この新聞記事の後ろ姿! いや間違いない、彼女は間違いなくロッカ=ウィルコークスさんですよ!」
「おおー!」
「うわ」
男が嬉しそうに掲げたのは、細長く折りたたんだ一枚のくたくたの新聞紙。
その一面記事には、粗っぽいながらも大きな写真が載せられており……そこにはなんと、拳を掲げる私の後ろ姿が堂々と映っていた。
……いや、なんだこれ。なにしてるんだ私。
あっ!? これよく見たらデムハムドじゃんか!? ってことはこれ、この記事帰省した時に撮られたあれか!?
「ロッカ、人気者だなー」
「あははは、おいおい、バッチリ映ってるなこれ!どうしたんだいロッカ、この写真! 日刊クレイモアの取材を受けたのか!?」
私は人々に囲まれ、すっかり盛り上がりの中心である。
本来手を差し伸べるべきであろう友人たちはどこか面白そうに私を眺めるだけで、助けてくれそうもない。ヒューゴなんかは腹を抱えて大爆笑寸前である。てめえ陰湿だなこの野郎。
「強大な竜を一撃で葬ったというあの“竜砕き”……」
「学園の屋上から竜を地面に叩き伏せたという、あの!?」
「いや、噂ではミネオマルタに潜む窃盗団に執拗に攻撃を加えて、ついに壊滅にまで追いやったとか……」
「なんと……! “竜砕き”、誇張されたものだと思っていたが……!」
ちょっとまって。色々と身に覚えのない事が混じってるかもしれないんだけど。
屋上から竜にしがみついて落ちたりはしたけど、叩き伏せるってなんだ。そんなことできるわけねえだろが。
最後の方に聞こえた窃盗団を壊滅なんて明らかに出鱈目である。一体どこから出てきた噂だ。
あと“竜砕き”って呼ばないで。それだけは本当にやめて。
「ウィルコークスさん! 杖をお求めであれば、ぜひともこちらで! ウィルコークスさんに購入していただけるのであれば、半値……いや、それ以下にも割引してお売りします!」
「えっ!?」
最初に私の名前を見ぬいた露天商は、まっすぐ私を見つめながら宣言した。
半値。凄い響きだ。思わず身体が硬直してしまう。
「な、なにっ……それなら、こちらも同じです! かの“竜砕き”とあらば、お安くしますぞ!」
「いえ、是非とも我が店から! きっと貴女の目に適う杖を!」
「え、えええ」
そして、それは一店舗に留まらない。一つの店が宣言すれば、辺りの露店にも波紋が広がるように値下げの宣言が始まった。
四方八方から威勢の良い声が投げかけられ、私の頭は発火寸前である。
「す、凄い勢いね……でもこれはある意味チャンスよ、ロッカ」
「ソーニャ? チャンスって……」
「安く買う良い機会じゃない。まぁ、この状況、貴女はあまり好きじゃないだろうけど」
「露天商としてはミネオマルタを救った英雄に、自分の店の杖を握ってもらいたいんだろうな。宣伝文句としてはこれ以上ないからね」
半値。四分の一。百YENでも良い。今なら特別にもう一本。
とにかくどんな手を使ってでも私に杖を売ろうという商人たちの熱気が通りを満たし、正直あまり居心地はよろしくない。私が競りにでもかけられているような気分だ。
けどソーニャの言うように、杖を買うチャンスではある。
少々高めのロッドがそこそこの値段で入手できるのであれば、貧乏人の私にとってこれ以上の美味しい話はないのだ。
「えっと、えっと……!」
じゃあ、買うべきだ。でも、買いたいものはあるのだろうか?
私はロッドが欲しい。けど、露店のどこを見回しても、私が“欲しい”と思えるような杖はない。
おこがましいような話ではあるが、市場に並ぶどの杖に対しても、私は財布を開くほどの魅力を感じられないのだ。
杖なんだから当然ではあるんだけど、どれも棒の上に宝石をくっつけたような見た目のロッドばかり。
違いは色と長さばかりで、言い方には少々刺があるかもしれないが、姿はただの棒きれだ。
タクトを選ぶ時には心が踊ったものだけど、どうしてロッドだとこうまで物足りなさを感じてしまうのだろうか。
「うーん……べ、別の所、なんか無いかな?」
「気に入らないか」
「うん……」
「なら仕方ないね。まぁ、無理して買うこともないさ」
『ああ、ロッカが納得できるものを選ぶべきだ』
どんなに安いと言われても、欲しいものが無いのだから仕方ない。
随伴する友人たちも私の気持ちを汲みとってくれたようで、一緒にその場から歩き出してくれた。
「ああっ、ウィルコークスさん! 手に取って御覧ください! 私どもの方で取り扱っている品であれば……!」
未だに後ろから投げかけられる商人たちの声は私のために値下げを叫んでいるが、申し訳ない。どんなに安くても、そこにあるロッドを握りたいとは思えないのだ。
「なら、専門店で探すか」
「うん」
「なら、まずはジューア魔具店を見るべきだな」
私が少しだけわがままを言うと、クラインが次なる行き先を決定した。
ジューア魔具店。そこは私も二回ほど足を運んだ店なので、馴染みはある。そこで買ったタクトは二本ともお気に入りだったので、今回も行けば愛着の持てる品が見つかるだろうか。
特に誰からも異論はなかったので、私たちは杖市場の喧騒を後にした。
「多いな」
店に入ると、やはり店主のジューアさんはそのような感想を口にした。
六人の大所帯である。ジューア魔具店も非常に狭いというわけではないのだが、これだけの数がいれば少々窮屈に感じるのも無理は無い。
「ボウマ、店の中では静かにするんだぞ」
「ほいほい」
騒がしくすると、ジューアさんの機嫌を損ねてしまいそうである。
ヒューゴはこの中で最も騒がしくしそうなボウマに対して釘を刺していた。賢明な判断と言える。
「用件はなんだ」
「あ、あの。杖を……ロッドを見に来ました」
「前も来たタクト使いだな。また壊したのか」
「ああいえ、壊したわけじゃなくて。新しくロッドを使ってみようかなって思ったんですけど」
「ふむ」
ジューアさんは私達を胡乱げに見回した。
「他に用のあるやつはいるか」
「いえ、僕らは特に」
『ないですな』
「そうか。じゃあお前、どんなロッドが欲しいのか言ってみろ」
「え」
ジューアさんの鋭い目が、再び私だけに向けられる。
まるで責めるような目つきだが、そのくらいは慣れたものである。けど、どんなロッドが欲しいのかと訊かれると、その問いかけ自体には言葉が詰まる。
「欲しいロッドだ。お前はどんな杖が欲しいんだ」
「どんなって……」
「握りがしっかりした杖か。長く振りやすい杖か。先石の大きな杖か」
「え……いや、どうなんだろ。私、そういうの全然考えてなくて……」
私の欲しいロッド。それは、どんな姿をしているのだろうか。
問いかけられて想像してはみるが、私の空想はちっとも具体的な像を結んでくれない。
「なら、帰れ」
「え」
「ここにはもうお前の杖はない」
突っぱねるようにそれだけ言うと、ジューアさんは面倒臭そうに手を振り、背を向けて店の奥へと消えてしまった。
「……いつ見ても、頑固そうなオヤジね。ロッカ、気にすることはないわよ」
「う、うん」
『良くも悪くも職人気質なんだろうな』
「はは、杖市場の商人とは真逆だね」
「やなやつだにぇ」
「だが、彼の言い分は概ね正しくもある。杖は自らの精神に深く関わるものだ。無理して使うものではない」
その後、私はジューアさんに言われた通りに店内のロッドを見て回ったのだが、彼の言葉の通り、私の求める杖はそこには置かれていなかった。
結局、ここにも私の欲しい杖は無い。
しかし、私の欲しい杖って一体何なんだろう?
どんな形で、どんな機能で……どんな杖が、私に合っているのだろうか。
……うーん。わからない。
ジューア魔具店はかなり品揃えの良い店だ。
銀色に輝く金属の魔杖。一条の布のような不思議な立体感を持つ木製のロッド。見る目のない素人の私でも、素晴らしいと思える品々が沢山展示されていた。
けど私の心のわがままは酷いもので、そんな一流のお店の品揃えさえも突っぱねてしまうほどだったらしい。
これに困ったのは、やはり私に付き合ってくれている皆であろう。
どう見たって良い杖が揃っているのに、選択肢は幾らでも並んでいるのに、私は首を傾げて不満顔を浮かべてしまうのだ。
目当ての物があるのに、手を伸ばそうとしない。そんな奴と付き合うのはきっと、あまり気持ちの良いものではないだろう。
「……なんか、ごめんね」
店を出た私は、とにかく謝るしかなかった。
ヒューゴやライカンは“気にするな”とか“仕方ない”とか言ってくれているが、ヒューゴの顔色は店に入る時の表情とは違い、ちょっと暗くなっているような気がする。
ソーニャは頬に手を添えて悩んでいるし、クラインも閉口して思案中。ボウマなんかは退屈すぎたのか、大きなあくびをかいていた。
「ウィルコークス君。何故ロッドが気に入らない?」
「え……」
私がボウマの八重歯を眺めていると、クラインが真剣な顔で訊ねてきた。
怒っているようではなかったけれど、彼の冷淡な口調に思わず肩に力がこもる。
「何故って……ええと、なんでだろ……」
「精神的なものであるにせよ、何かしらの理由があるはずだ。それを理解すれば、解決策が見つかるかもしれん」
「え、理由……理由か、ちょっと待って」
「ロッカ、ゆっくりでいいからね」
「ありがとう」
ソーニャからの優しい言葉を受け取り、私は思考に入る。
どうしてロッドが駄目なのか。
……けど、駄目だ。私のこの感覚は、とても言葉で表わせるようなものではない。
どんな物でも、魔道士が握るようなロッドを見てしまうと“これは私のためのものではない”と思ってしまうのである。それも、かなり漠然とした気持ちで。
理由なんて全然わからない。ただただ、生理的に駄目っぽいのだ。
「ごめん、わからない」
だから私は、正直に言った。
「そうか」
反応は淡白だった。皆の表情には起伏もなく、唯一クラインだけが素っ気なく相槌を打つのみ。
私はその雰囲気から、ついに愛想を尽かされたのではないかと思ってしまった。
何も知らないのにわがままばかり言う私に、皆が付き合いきれなくなってしまったのではないかと。
しかし私の後ろ向きな想像は、ライカンの声を皮切りに裏切られた。
『ふむ、ならばロッドは諦めてメイスにするか』
「えっ」
「そうだね。まぁロッカは最初からロッドよりもメイスって気がしてたし」
「ヒューゴ?」
「てゆーか、あたしもロッカにはロッドなんて似合わないと思うじぇ」
「おいボウマ?」
「はあ。やっぱりメイス専門店に行くしかないのね……」
「ソーニャも?」
誰も彼もが、この成り行きに納得しているかのような顔ではははと笑っている。
その軽口や表情からは、最初から私がロッドを選べないことがわかっていたかのような気配さえ窺える。
「やれやれ。結局メイス頼りか。君がメイスを使うと、魔術よりも強化の方に流れる可能性が高いから後回しにしたかったのだが」
「……あのさ。私って、メイス使ったことないんだけど?」
「そうなのか」
「なんで意外そうな顔してんの?」
「まあ、それはともかくだ」
皆の怒涛のメイス推しに私の言葉は流されて、クラインはジューア魔具店の隣に佇む店の看板を見上げた。
「結局のところ、ロッドがどうしても駄目だというのであれば、あとはもうメイスしか無いだろう」
「……メイス」
クラインが見上げた木製看板に書かれていたのは、“マスケルト戦杖店”という味気ない焦がし文字。
目線を下げて外壁をくり抜く窓を見やれば、その向こうには幾つもの刺々しい杖が並んでいる。
……そうか。メイスの専門店って、ジューア魔具店の隣にあったのか。
何度か目に入ったことはあったけど、いつの間にか店の存在を忘れていたようだ。
「まあ、ロッカ。そう一人で悩むこともないよ」
「ヒューゴ」
特に何も言わずにクラインが店内に入っていく最中、私の横ではヒューゴが柔和な笑みを浮かべていた。
「それと、僕らを気遣ったりなんかして、無理に自分の気に入らないものを買うんじゃないよ? 欲しいものが無かったら、それはそれで僕達も納得するしね」
「……良いの? 迷惑じゃない?」
「なに、店を冷やかすのも結構楽しいもんだよ?」
「……はは、ま、それもそっか」
気にするな。ヒューゴからそう言われると、なんだかとても安心できる。
その気持ちは彼だけでなくライカンやソーニャも同じようで、二人共私を気遣うような言葉を投げかけてくれた。
「あたしからしたら、杖なんてどーして買うんだろって感じだけどにぇー」
最後に身も蓋もない言葉を放ちながら、ボウマがにへらと笑って店内に入ってゆく。
ある意味で彼女の言葉は、私にとって一番の励ましなのかもしれない。
……うん、そうだな。私はちょっと、焦りすぎてたかも。
特異科のみんなはマイペースだ。ここにいるのだって、同じこと。彼らは、彼らの意志で私と一緒にいる。
私が買うにせよ買わないにせよ、そのことで彼らが失望するわけもなかったのである。
そもそも呆れたのなら、多分ソーニャ以外の皆は勝手にふらふらと帰っていくだろうしね。そんな未来は容易に想像できる。
そこまですっぱりと解散されると、それはそれで薄情だな。
しかし結構あり得そうだったので、私は可笑しさにちょっと笑ってしまった。
「……よし!」
うん。変な事で気を遣うのはやめにしよう。
私はただ、自分が納得できる杖を買いに来たのだ。
無かったら無かったでそれだけのこと。天下のミネオマルタの品揃えが私の審美眼に適わなかったというだけの話である。
だから、とりあえずは見てやろう。
駄目で元々、けれど一本一本を真剣に。




