嘴003 空振る石錐
風呂に入って、義腕も調整して、全てが万全。
あとは講義開始の日を待つばかりであったが、大人しく部屋で自習していられるほど、私は室内が好きではない。
せっかくミネオマルタに来たのだ。
これから始まる講義と学園生活に備えて、自分の魔術を再確認しておこう。
「……よし」
寮の外、水路の流れるちょっとした広場。
運動する分には少々手狭な感は否めないものの、所々に植樹がなされたここは、ちょっとした庭園のような場所である。
夕時にはよくみんなで、ライカンの作った鍋を囲んだなぁ。ああいう集まりも、またもう一度やっておきたいものだ。
さて、学徒のための寮がすぐ傍にあるので少々目立つけど、一応学園の学徒のために用意された広場だ。魔術を使ってはいけないということは無いだろう。
要は都会らしく、節度をもっていれば良いのである。
久々に、魔術の練習といこうじゃないか。
「“スティ・ラギロ・アブローム”」
まずは一発目。
鑽鏨のタクトで地面を突き、慣れ親しんだ魔術を発動させる。
すると、迸る僅かな魔光と共に、地面から大きな石柱がまっすぐ垂直に生えてきた。
通称アブローム。
余談だが、アブロームというのは昔に使われていた建材の一種らしい。
その名の通り、これはただ杖を差し向けた場所から円柱を生やすだけの防御魔術である。
しかし私は今までにこの魔術に何度となく助けられており、もはやただの防御魔術とは言い切れない存在として認めている。
最初は五メートルが限界だったこの魔術も、延々と繰り返した鍛錬の結果、今ではなんと六メートルもの長さにまで伸ばせるようになった。
これを大差ないと思うかどうかは人にもよるだろうが、少なくとも私自身は、この一メートルの差はかなりでかいと思っている。
なにせ、蹴り倒した時のリーチと威力が違うのだから。
……まぁ、要はそういう使い方も、考えの上では多いわけ。
「“スティ・ラギロール”」
次の魔術もさっきと同じ、地面で発動させるタイプ。
しかしこっちは上方向ではなく、横。地面に沿うようにして広がる、平べったい魔術だ。
通称ラギロール。
この魔術は、発動の中心点から一定の範囲を鉄板で覆い尽くしてしまうというもの。
……だが、私は体質的に、鉄魔術が岩石質に変質するという特異性を抱えている。私がこれによって生み出せるのは、半径五メートルにも及ぶ凹凸のある岩場だ。
「うわっ、広場が……いや、ギリギリ草の所入ってないし大丈夫か」
半径五メートルの円形ともなれば、その範囲はなかなか広い。
ちょっと見回せば、広場の土部分のほとんどが埋まっているように見える。
こうして広い面積を岩場にしてどんな得をするのかと言うと、まぁそれを語るにはちょっと専門的で難しい理学の話をしなければならないんだけど……実際に主な使い方を見るのが手っ取り早いだろう。
私はそのまま円形の岩場の中心にてタクトを構え、もう一度地面を突き、唱える。
「“スティ・ガミル・ステイ・ボウ”!」
呪文の詠唱と共に、すぐ傍の地面から一本の巨大な岩石錘が突出し、勢い良く伸びる。
岩のトゲはそのままグンと穂先を伸ばし、高くそびえ立つアブロームの中央部分に衝突して、見事に柱をへし折ってみせた。
……同時に岩のトゲもボロボロに崩れてしまったけど、これは同じ素材なので、まあ仕方ないだろう。
今の魔術は通称ガミル。
私が生み出した岩の魔術を媒体に、そこからさらに岩のトゲを生やすという、結構高度な魔術である。
この魔術の発動には、予め他の魔術を展開している必要があるけれど……上手く発動し命中させれば、かなり頑丈な物でも力任せに破壊できるだけのパワーを見せてくれる。
ちょっとした事情もあり、この魔術は私にとって貴重な攻撃魔術のひとつ。
攻撃範囲と条件に大きな難はあるけれど、当たれば強いっていうのはなんだか魔術っぽいので、結構お気に入りだ。
そして、最後。
私が覚えている中でも特に主戦力に成り得るであろう、ある意味最も使うはずの魔術が……これだ!
「“スティ・レット”ッ!」
私は勢い良くタクトを振り下ろし、魔術を発動させる。
すると魔光と共に鋭い岩石の針が出現し……。
そのまま私の足元に、コロンと転がり落ちた。
「……まぁ、大体この三つだな」
アブローム。
ラギロール。
ガミル。
他にも基本魔術である“ステイ”もあるけれど、それは本当にただ丸っこい小さな岩を出現させるだけだし、今はなんとなく使いたくないので、ここでは省略させてもらう。
まぁ、つまりは私の扱えるは三つだけで、学校を離れる前とあまり変わっていないのが現状なのである。
多少効力や効果範囲の成長した魔術もあるし、唱える際にほとんど失敗しないようにもなってはいるけど、新しい魔術を覚えたりだとか、劇的に強い力を身につけたって成長は全くない。
「はぁ」
悲しいかな、私の長期休暇は本当に復習するだけで終わってしまったのだ。
思わず溜息が漏れてしまう。ミネオマルタに来れば、何か魔術的な雰囲気に感化されて魔術が急成長すると思ったりもしたけど、そんな都合のいい奇跡が起こってくれるはずもない。
「ねえ見て、あれ……」
「ああ、岩の……」
「何?」
「な、なんでもないですー」
そしてやはりと言うべきか、狭い広場でこれだけガンガン魔術を使っていると、どうしても人目を惹いてしまうらしい。
ああいうコソコソした反応のされ方も、ミネオマルタ特有っていうか、都会っぽくてまた懐かしい気分になる。
……まあ通りすがりの人に注目されるのは仕方ないけど、どうせ注目されるなら、成功する所を見せたかったなぁ。
いつになったら私は魔術投擲が出来るようになるんだろう。
……これは、今年の課題になりそうだ。
「ミネオマルタに似合わないやかましい音がすると思ったら、ロッカだったのね」
「……あ」
私が腰に手を当てて首を捻っていると、すぐ後ろから声が聞こえた。
鈴を転がしたような、私には出せないような可憐な声。
反射的に振り向くより先に、声だけで誰かがわかった。
「ソーニャ!」
「……久しぶり、ロッカ」
「おおー、久しぶり! ほんと、久しぶりっ!」
そこに立っていたのは、重そうな大荷物を背負った金髪碧眼の美女。
帰省中も何度も手紙をやり取りした、私の親友。ソーニャ=エスペタルであった。
「ああ、ロッカありがとうね……背骨が折れずに済んだわ……」
「背骨って……すごい荷物だね、これ」
私としては、その場ですぐに再会の喜びを分かち合いたいところだったのだが、今にもソーニャが荷物の重さで自滅しそうだったので、先に彼女の部屋まで荷物持ちをすることにした。
ソーニャの部屋は前と同じ二階だけど、放って置いたら階段の途中で潰れてしまうかもしれない。それほど窮屈そうな顔をしていたのである。
私でもちょっとだけ重さを感じるほどの荷物を、どうにか無事に彼女の部屋まで送り届けた。
ソーニャの部屋も私の部屋と間取りは同じで、見知った位置にちゃんと棚やら戸棚が設置されている。今は空っぽで淋しげだけど、彼女の持ってきた大荷物を収納していけば、すぐにスペースも賑やかになるだろう。
「あー」
しかし一にも二にも、ソーニャはまずベッドの上にどんと身を放り投げて、可愛らしい声で呻いたのだった。
「疲れたぁ……死にそう……」
「はは」
まぁ、普通は長旅の後ってそうなるよね。
「久々に里帰りしたらもう……ゆっくり休めると思ったのに、忙しくて忙しくて……」
「忙しかったんだ。そういえば、手紙でも言ってたね」
ソーニャの故郷は雷の国のハルギンにある。
彼女の話にしか聞いたことがないけど、人が多く、それなりの都会なんだとか。
「いや、まぁその疲れは別に大したことは無かったんだけど……荷物がさぁ……」
「何が入ってるの、これ」
「開けてみー……」
「うん」
お許しをいただけたので、先程から気になっていたソーニャのリュックを開封してみる。
まず、服。次に服。……なるほど、こんな道具を使ってシワができないようにしてるのか。
そして服。次に可愛らしい服。服。
「ソーニャ、服ばっかなんだけど」
「あー……」
「服しか出てこないよこれ」
「やっぱり詰め込みすぎかしら……」
「私はそう思う」
「失敗ね……」
ソーニャの大荷物の中身は、なんとほとんどが衣類であった。
下着、肌着から厚ぼったいコートや靴に至るまで、ありとあらゆる衣類がこの中に詰まっているかのようだ。
開封したのがこの寮の一室でなければ、私はソーニャに“服屋でも開くの?”と訊ねていたことだろう。
……ソーニャがお洒落好きなのは知ってるけど、まさかこんなにも沢山持ってくるとは……。
どうせならこれ全部、ギルドに頼んで郵送してもらったほうが良かったんじゃないか。
「あーこのベッドの香り懐かしいー」
けどまぁ、今の疲労に押しつぶされたソーニャにそれを言うのは酷ってもんか。
「お茶淹れとくよ。」
「ありがとうー……」
ともあれ、話し相手と再会できて本当に良かった。
見知った街とはいえ、一人で過ごすのはさすがに寂しすぎるからな。
できれば学園が再開されるまでに他の皆とも会っておきたいけど、無理に寮の前で魔術の特訓をしながら人を待つというのも、気疲れしてしまう。
会えたら良いな、くらいに構えておくか。
鉄の国の渋いお茶を淹れて、ついでにお土産代わりに持ってきたクッキーをソーニャの前に置くと、彼女はベッドの上でぐったりしながらも、ちゃんとクッキーを食べてくれた。
味そのものは淡白だけど、甘さはしっかり付けてあるので、きっとソーニャにも気に入ってもらえるはずである。そう思い、差し出したのだが。
「素朴でいいわね」
ソーニャから返ってきたのは、そんな評価。
これは褒めてもらったと受け止めるべきなのだろうか。そこのところがちょっと、よくわからない。
「ああ、私もロッカへのお土産を買ってきたのよ。お菓子とか、色々とね」
「え、本当?」
ソーニャからのお土産か。楽しみだなぁ。何だろう。
私もクッキーとか食べ物のお土産は用意しといたんだけど、それだけだし……。
「はいこれ。ヘアゴム」
「おー」
ソーニャがどこからともなく取り出したのは、緩めの布で外側を覆ったような、やわらかな白い髪留めであった。
いつも長髪を高めに括っているから、こういう贈り物はとても嬉しい。
でも白か。生地も綺麗すぎる。汚れたら困るし、棚に飾っておこうかな……。
「ありがとうソーニャ。私こういうのあまり持ってないから、すごく嬉しい」
「そう? 良かった。もしかしたら沢山持ってるんじゃないかなって心配だったんだけど……ちょっと付けたげようか」
「え、いいよ勿体無い」
「何がどう勿体無いのよ」
「汚れるよ」
「やっぱりロッカと話してると癒やされるわ」
「え?」
そのままの成り行きで、私は贈り物のヘアゴムをソーニャに付けてもらうことになった。
髪をまとめてもらい、うまい具合のところでゴムをつけて、固定する。
それだけの作業だけど、やっぱり他人にやってもらった方が楽だ。
しかも慣れているのか、ソーニャにまとめてもらうとあまり痛くなかった。
私は自分でやっても時々痛いのに。どうやってるんだろうか。
「はい、どうかしら?」
「すごい」
「鏡見てから言いなさい」
「おう」
このヘアゴムは、ハルギンで有名な装飾品店で作ってもらった物らしい。
レースのような装飾(初めて見るものなのでよくわからない)は見た目にも綺麗だけど、材質も絹製で、とにかく髪に優しい物なのだとか。
高いんじゃないかと聞いてはみたけど、ソーニャは“そうでもないわよ”と言って答えをはぐらかしてしまう。
けど多分、私の用意したクッキーよりはずっと高かったんだろうな。
「……あまり汚さないように、大事に使うよ」
「うんうん。棚に放り込んでおくよりも、身に付けてもらった方が私は嬉しいわ。きっと、そのヘアゴムもね」
「ありがとう、ソーニャ」
「どういたしまして」
ヘアゴムの手触りは滑らかで、いつまでもいじっていたくなる物だった。
けど手垢で汚してはいけないので、たまに触るだけに留めておこう。
せっかくソーニャから貰った品なのだ。大事に長く使っていくつもりである。




