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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
欄外章 舞い戻る鉱山

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灰007 突き合わせる火打ち石

 ロッカの奴め。せっかくの休みだってのに、何が仕事してえだ。

 こっちは竜だかなんだかと闘って大怪我したとかいう記事を見て、しばらく仕事が手につかなかったってえのによ。

 ピンピンした姿で帰ってきたり、いつもみてえにガーガー飲んだり……まぁ、久々のヤマだし、宴だ。それは別に構わん。


 だが、いきなり仕事ってのは認められねえ。

 あいつはもう仕事が完璧に手に馴染んでると思っているようだが、俺から言わせればまだまだヒヨッコだ。

 しばらく柄を握ってなけりゃ、腕は鈍るし目も曇る。

 勘が戻るまでは、石拾いからやり直させなくちゃあ、危なっかしくてしょうがねえ。


「おおい、ロッカ見てないか」


 坑道に入り、最初の分岐路に溜まっていた鉱夫共に声をかける。

 どれも見知ったスカブラモンの顔だ。こいつらは飽きが来るまでこの広場で長々と話をしてやがるもんだから、真面目に働きに出ているこっちとしたら存在そのものが邪魔くせえ。


「ああヘイブルさん、ども……。ロッカちゃんなら奥の難しい所に潜ってきましたよ。というか、地図見た方が早いんじゃないすかね」

「ん、それもそうか」


 こいつらは鉱夫達の噂話に詳しく、情報も早い。女鉱夫顔負けの情報屋のようなものだ。

 どこのどいつが金を使いすぎただとか、怪我をしただとか、振られただとか振っただとかを知るには、かなり便利な連中ではある。

 が、仕事のことになるとてんで話にならん。一度坑道に潜ったならば、人づてに訊くよりは地図板に刺さった待場ピンを眺めるほうがずっと正確だ。


 誰がどこで働いているのかがひと目でわかる、無数のピンが刺さった地図版。

 ロッカの番号が書かれたピンを探し、目を泳がせる。

 といっても、探すのは大して難しいことでもない。朝方張り切って出て行ったあいつのことだ。クランブル専用の切羽でやっているんだろうよ。


「ほれみろ、やっぱり奥にいやがった」


 案の定、ロッカは掘削の難しい場所で作業を始めているようだった。

 けしからん奴だ。ぶん殴って石拾いの持ち場に戻してやる。


 俺は肩に鶴嘴と大ハンマーを背負い、坑木入りのスラを引きずりながら、ロッカのいる切羽へと進んでいった。




「ロッカ、ここも掘っていい所?」

「おう、そこも大丈夫。跳ねるから目ぇ気をつけろよ」

「うん」


 俺がロッカの作業する場所へとたどり着くと、どういうわけかそこにはクロエの嬢ちゃんが作業着を着て、仕事に汗を流していた。

 ロッカは大きな鶴嘴で空間を広げ、クロエの嬢ちゃんは持ち前の低い背を活かし、細い箇所の鉱石を掘っている。

 そこそこ頭を使った仕事はしている。だが、問題はそれじゃない。


「おいロッカ、なんでクロエの嬢ちゃんがここにいるんだ」

「父さん」

「あ、ロッカのお父様。おはよう」

「……おはよう」


 いや、挨拶はいいんだがよ。相変わらずよく出来た子だがよ。


「ここはクランブル専用の切羽だぞ。嬢ちゃんはちゃんと親から許可をもらったのか」

「うん、もらった」


 許可出たのかよ。何を考えてやがんだクロエは。


「私がついてるし大丈夫だよ、父さん。それにタタミは結構上手いし」

「馬鹿野郎、そういうことじゃねえだろうが。何ヶ月も掘ってねえ奴がいきなり柄を握るもんじゃねえっつってんだよ。嬢ちゃんが事故に巻き込まれたらどうするつもりだ。責任取れんのか」


 ロッカは刺々しい目つきをこちらに向けて、振るっていた鶴嘴を肩に乗せた。

 道具を取り回す手つきは慣れたものだ。とても長い間、柄を握っていなかったとは思えない。


「だから、今は安全な層でやってるじゃん。穴はそんなに広げてもいないし、蝋燭もつけてる。別に大丈夫でしょ」

「……慣れたつもりでいる時が一番危ねえっつってるんだよ」

「だあ、わかってるよ、もお」


 確かに、安全に配慮したやり方を徹底してはいる。

 空洞を広げ過ぎていないし、欲深く石跡を深追いしてもいないし、灯りは過剰に多く、ガスにも気を配っている。

 普段ならそこまで気を配らないようなことにまで気を回している辺り、こいつもしっかり、近くにタタミがいることをわかっているんだろう。


 だが、それでも、俺は心配で来てやったんだ。

 なにせ、今日は久しぶりにやり始めた仕事だ。ロッカが何かミスをやらかすかもしれないし、石を見る目が曇って、変な事故を起こすかもしれない。

 ヤマの仕事は常に危険と隣り合わせだ。それは鉱夫であれば誰でも知っているし、ロッカだってわかっているだろう。

 確かに慣れを忘れてもいないかもしれない。自信があるのだろう。でも、そこにもうひと押しの念が無くては、鉱夫としては長生きできない。

 一度の気の緩みが即死を招くデムハムドの鉱夫は、頭で理解しているだけでは駄目なのだ。


 鉱夫は危険すぎる。

 だから、俺はロッカを留学させた。

 ほとんどこじつけるような理由を見つけてロッカをヤマから叩き出し、水の国で安全に暮らしていける方法を学ばせようとした。


 ロッカには鉱夫としての才能がある。石を見る目もある。

 俺とあいつの子だ。当然あるに決まっている。

 だが。そんな才能があったところで、早死にしたら何にもならねえ。

 いくら優秀なクランブルになろうが、魔金塊を見つけて栄誉を掴もうが、金持ちになろうが、鉱夫である以上は、常に死が付き纏う。


 クランブルである俺が言ってはならないことだが、鉱夫には明るい未来なんてものは存在しない。

 特にロッカ。お前はまだ若い。

 女として一番いい時期にあるお前が、若いモンのいないこんな田舎で、ちょっと仕事が上手い程度の馬鹿な男と恋に堕ちて、平凡な愛をこの危険なヤマで育み続けるだなんて、俺は一人の親として認められない。


 これを言えば、お前は確実に怒りを露わにして泣き叫ぶだろう。

 だが、俺は常に思い続けている。

 俺は、お前に鉱夫としての人生を歩んでほしくない。


 ロッカ、お前は昨日、あれほど楽しそうに水国での思い出を語ってくれたじゃねえかよ。

 都会は良い所なんだろう。お前が持ってきたワインもそれなりに美味かったもんな。友達も沢山できたんだよな。

 だったらヤマのことなんて、こんな暗い洞穴での仕事なんて、さっさと忘れちまえよ。

 ヤマなんざ放って、水の国で身を立てて、安全に知的に、陽を浴びてのどかに暮らせ。

 それがお前のため。お前の幸せのためなんだ。




「おい父さん! そこでぼけっと突っ立ってるなら、脇に成木でカミサシやっといてよ!」


 考えこむ俺に、ロッカの声が響く。


「……ぁあ? 俺に仕繰方やれってか?」

「そこまで気をつけろって言うなら、自分から手伝ってくれてもいいんじゃないの」

「……今日だけだからな!」

「は? 何が?」

「何でもねえ!」


 畜生、父親を顎で使いやがって。

 本当に今日だけだ。一緒に作業してやるのは、今日で終わりだ。

 明日からは絶対に出してやんねえからな。

 今日が一緒にやる最後の仕事だ。それを肝に命じて作業しろ。


「ねえ、ロッカのお父様。今日だけって何の話?」


 俺がスラに詰め込んだ坑木から丁度いい長さのものを選んでいると、小さな穴を掘っていたタタミが小首を傾げて訊ねてきた。


「…………俺の切羽で使う予定だった坑木を、ここで使ってやるのが……今日で最後って意味だ」

「ん? そう……なんか変なの」




 本来なら、俺はロッカを止めるべきだ。

 こんな危ない仕事は、軟な娘にやらせるもんじゃねえ。

 一日だけと言わず、その場で殴ってでも家に帰すべきだったんだ。


 だが、俺にはそれができなかった。

 いや、その最初の日ばかりじゃない。俺はロッカが家に戻ってきてから何日も、あいつに強く言ってやることができなかったんだ。


 ロッカは朝早くに起きて、日中は坑道に潜って仕事をし、夕時は涼みながら鉱夫仲間と談笑し、夜には家で灼灯の灯りの中で勉強をしたり、手紙を書いている。

 たまに日中も家の中で本を広げていることもあるが、時々それに疲れては、坑道へと潜ってゆく。


 坑道は危ないから、もう入るな、俺は奴に、そう言ってやりたい。

 だがロッカは、なんというか……前よりもずっと楽しそうな顔で、毎日を過ごしている。

 以前と同じ顔で仕事をするようなら、俺だって強く言ってやれた。

 勉強しろ。さっさと水の国へ戻れ。そう言ってやれた。

 だがロッカは、デムハムドを出て行く前よりもずっと楽しそうな顔で、デムハムドでの日々を過ごしている。

 やっていることは以前と何も変わらない。石を掘って、夕時に話して。たったそれだけだ。


 特段、仕事が上手くなったわけでもねえ。向こうでとびきり辛い思いをしたって感じでもねえ。だが奴はどこか楽しそうで、ここにいられるのが嬉しそうという顔をしている。

 さっぱりわからん。だが、だからこそ俺は、ロッカに強く言ってやれない。もう仕事には出るなと、そう言ってやれない。


 なあ、ロッカ。お前が楽しいのなら、俺は文句は無えんだ。

 けどよ。俺は馬鹿だから、わからねえのよ。

 お前はどうして、毎日そうも楽しそうなんだろうな。




「なあ、ロッカ」

「んー?」


 夜。軽い晩酌もそこそこに、ロッカは自室から何枚かの小奇麗な紙を居間に持ち込んで、黒鉛筆を片手に手紙をしたためている。

 友人へ宛てる手紙は親父に見られたくない物なのだろうが、居間のテーブルにドンと置いた、作業用の大型の灼灯は、家の中で一番明るい物だ。夜闇の中で文字を書くには、ここでやるのが一番だったんだろう。

 まあ、そのお陰で俺は、深酒の間にロッカと話ができるってもんなのだが。


「ロッカ、その手紙は誰に書いてるんだ」


 まずい聞き方だっただろうか。

 娘というやつは、あまり交友関係を知られたくないものだと、先輩の爺さん鉱夫から聞いたことがあるのを、言った後で思い出してしまった。

 曰く、あまり娘や孫娘に構いすぎるのは凶であるのだと。

 しかしロッカは、俺の言葉を大して気にする風でもなく、


「ソーニャだよ。ソーニャ=エスペタル。私の一番の友達」


 むしろ嬉しそうに、そう答えた。


 ……友達か。

 ロッカと歳の近い友人は、このデムハムドには一人も居ない。

 だからといって、それまでの間ずっと孤独というわけでもなかったのだが、ロッカが結ぶ交友関係というものは、常に年上や年下ばかりで、対等と呼べるような同じ背丈の相手がいなかった。


 ソーニャ=エスペタルという名の女の子は、ロッカの話から何度も出てきている。

 海の向こう、ミネオマルタの学園で出会った、一番仲の良い、とても可愛い女の子なんだとか。

 まぁロッカよりも可愛い女なんてものはこの世に存在しないのだが、お前が言うならそうなんだろうな。


「あと、ライカンにも手紙を出さないといけないな。そっちはアンダマンだから早く届くんだろうけど」

「アンダマン? ……大丈夫なのか」

「前も言ったでしょ。ライカンだよ、ライカン」


 ああ、その、なんだ。大変そうな男か。

 なら大丈夫だな。うむ。


「遠くの友達って大変なんだね。手紙を一通出すにも、結構なお金がかかっちゃうしさ」


 ロッカはどこかしみじみと、生意気にも大人びた顔でそう呟いた。


「まあ、そうだな」

「向こうの話が届くのにも時間がかかるし、凄くやきもきするよ」

「そういうもんだろ」


 知った口を聞いているが、俺は遠くの友人なんてものを、あまりよく知らない。

 そりゃあ、そこそこ人並みに長く生きてはいる身だ。鉄の国や火の国くらいには見知った仲間もいるし、手紙を出すことも多い。

 しかし、それよりも遠い場所には、さすがの俺でも縁がない。

 俺は、ロッカの言う雷国のソーニャちゃんとやらに手紙が届くまでに、どのくらいの時間がかかるのかが全くわからない。しかし俺は、その上で知った風な口をきいたのだ。


「早く返事、届くといいな」


 ロッカは安物のチェアに背を預け、出来上がった手紙を灯りに翳して息を吐いた。


 橙の火の明かりに照らされた、満足そうな顔。待ちわびるような顔。


 ……こいつのこんな表情は、ここもう何年も見たことがない気がする。


 ……良い顔を、するようになった。

 それはいい。お前が良いなら、俺はそれでいい。だが、俺は同じくらい、こいつに聞かずにはいられなかった。


「なあロッカ」

「ん?」

「……グログが切れた。明日買ってこい」

「……飲み過ぎじゃない?」

「うるせえ。普通だ。久々に相手のいる晩酌なんだ。減りも早いに決まってるだろが」

「はいはい、わあったよ」


 ……言いたい事。

 当然、酒を買ってこいなんてどうでもいい事ではない。酒なんかなくたって、俺は三日は生きていける。

 俺はもっと深く、こいつに聞いておきたい事があったのだ。


 だが、聞けなかった。

 ……今日も。

 数日前からずっと続いていたことが、今日もまた、聞けなかった。


「ふー……」


 酩酊の溜息に混じえて、憂鬱を漏らす。

 なんともまぁ、慣れないことはなんだって、上手くいかないものである。


 ……また次の機会に聞こう。

 今度、ロッカの都合の良い時を見計らってから。




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