擦002 空飛ぶ翼兎
それから数日経ったのだ。
色々あった。それはまぁ、今は置いておこう。
「なんだ今の」
頭の中を整理するために長めの近況報告をと思ったが、ひとまずはお預けとする。
それよりも、今、私の頭上を掠めて飛んでいったものが何なのか、それが気になって仕方がない。
ただの風かとも思った。
しかし一瞬だけ視界に入ったそれは、白い色をしていたように見えた。
風には色なんて無い。じゃああれは、一体何だったんだろう。
『居たぞ! ラビノッチだ!』
『追え!』
賑わう杖市場の向こうから、数人の機人がタイルを叩いて走ってくる。
耳に喧しい電子音声。デザインを揃えた外装甲。とにかくうるさい足音。
通りの人々は路肩に寄って、走る機人に道を譲る。
忙しく走る彼らは、この街を守る機人警官だ。
私の故郷では全機人なんてそんなに居なかったし、それゆえに警官も生身の人間が多かった。
しかしさすがミネオマルタは大都会か。ぞろぞろやってくる彼らは、皆が皆、機人である。
『ん?』
彼らのうちの一人が私の正面で立ち止まり、水色の眼光ランプを差し向けた。
頭ひとつ高い位置からの見下しに、以前のこともあってムッとする。
『確かお前は……馬車駅で沙汰を起こした小娘じゃないか。ほほう、この通りにいるとは、学徒というのはつまり本当の話だったわけか』
私に機人の区別はつかないが、向こうは私の区別がついたらしい。
どうやら彼は、私がミネオマルタにやってきた時、事件で世話になった警官のようだ。
「なんだよ、まだ警官の世話になるような事はしてないけど」
バレたら世話になるようなことは、一回しちゃったけどさ。
まさかあれだけのことで、今更になって捕まるなんて事もないだろう。
『はっは、用などないさ。よく目立つ、見知った顔がいたもんでな。声をかけただけさ』
「見知ったっていうか……」
私はあんたの無機質な顔を一々覚えちゃいないんだけど……とは、機人差別になりそうなので言わなかった。
機人はみんながみんな、ライカンのような個性的な顔をしてくれればありがたいんだけどな。
『今、ちょっと厄介な魔獣が街に現れててな、そいつを追っているのだ』
「魔獣?」
それはまた、大都会に似つかわしくない、物騒な話だ。
この警官と世間話をしたい訳ではなかったけど、こういう流れに弱い私は、流されるまま聞き手に回る他なかった。
『ラビノッチという小型の魔獣だ。脚に翼を生やした、兎のような姿をしている。しかも白ときた。希少な魔獣だというのに、一体どこから現れやってきたのだか……』
「ふーん、じゃあ私の真上を飛んでいったのは、そいつかな」
ついさっき、市場の先から風のように白い影がこちらへ向かってきて、ふわりと前髪を巻き上げられた。
薄ぼけた白い影にしか見えなかったので驚く暇もなかったが、そう言われると納得する。鳥にしては速すぎるな、とは思っていた。
『ラビノッチは頭が良いからな、しばらく市場の野菜が荒らされるぞ』
「そりゃ大変だね。頑張って早めに捕まえてよ」
『善処はするが、ちと骨を折る捕り物になるだろうな』
「骨を折るって……」
私の山でもウサギくらいなら時々湧いたけど、別段捕ることに苦労はしない。
それこそ、石を拾って身体強化して投げるだけで晩飯になってしまうからだ。
ウサギを捕ること以上に、他の作業員との取り合いの方が骨を折る事のが多い気がする。
翼が生えたからって、所詮はただのウサギ……。
『ぐわぁっ!?』
がしゃり、と硬質な音を立て、空から機人警官が落ちてきた。
私が後一歩でも左にずれていたら、とんでもない怪我をしていたかもしれない。
『あーりゃりゃ、やっぱりやられちまったか』
「……え? この人、屋根から落ちたとかじゃないの」
固そうな石タイルの上で大の字にのびた機人を背負い、顔見知りらしい警官は歩き出した。
『ラビノッチの風圧さ。奴はとんでもない風を吹き付けてきやがるんだ。屋根を蹴って街を見回る、俺ら警官の天敵だよ』
「そりゃあ、探すのも大変そうだね」
どうやら骨を折るという表現は、喩え話でもないようだった。
『ああ、最悪の仕事が回ってきたのさ。もう少しは頑張りもするが、昼には絢華団かどこかの傭兵ギルドへ頭を下げに行かなきゃならんだろうな。いや、最近専門のギルドも話題に上がっていたか……?』
「……まあ、気をつけて」
『おう、じゃあな』
そんな世間話を交わした、朝の市場であった。
今度は脱兎の話を隅に置いておこう。
そろそろ、私の近況について話そうと思う。
晴れて自分用の杖を手に入れた私は、杖を介した能率の良い魔術を使えるようになった。今後はこの杖を手放せなくなりそうだ。
とはいえ、今の私に出来る事といえば、石を出すこと。それ自体に変わりはない。
むしろ、持ち上げるにも大変な力がいる大きな岩ができるようになってしまったので、それを投げるためには、より高等な技術を修得する必要が出てきてしまったのだ。
身体強化を使わない私の腕力は、一般的な女の子よりも……いや、男よりも少し力がある程度だ。
人の頭ほどもある岩を投げるには、ちょっとどころじゃない無理がある。
杖を用いた魔術で戦うためには、どうやら魔術投擲とやらの習得が必須らしい。
まぁ、岩を作って真下に落とすじゃ、何にもならないのは明らかなんだけど。
杖を購入して三日経った。
その間、私は朝に追加学徒指令をこなし、マコ導師の講義に耳を傾け、昼以降は演習場にて魔術の練習に励んでいた。
朝の掃除は楽なので、特に苦もない。
マコ導師の講義は初歩的なものをわかりやすく教えてくれるので、頭の悪い私でもついていけた。ただ、内容は魔術投擲ではないから、すぐには役に立たなそうだけど。
昼に始める訓練の内容は当然、魔術を放り投げる練習だ。
これができなければ、魔術のほとんどが役に立たないらしいので、事態は結構深刻である。
なぜ深刻かというと、未だに魔術投擲が成功する気配が感じられないからだ。
まだナタリーから絡まれてはいないけど、いつあの女に目を付けられるかわからない。追加学徒指令を終えてほとぼりが冷めた頃には、相手からの動きがあるかもしれない。
本当はこの程度のことでビクビクしたくはないんだけど、学園生活に関わるから始末が悪い。
魔術が使えず、攻撃ができなければ当然、演習場では敗北しか有り得ない。学園に籍を置いていたいとはいえ、敵へ全面的に花束を譲って負けを認めるだなんて、そんな決着は嫌だ。
そんなわけで私は今、とても焦っている。
近況は、まぁ……そのくらい。
別の言い方をするなら、いたずらに時間が過ぎたとも言える。
「まずいよなあ……」
講義後の教室の窓から、外を眺めている。
高い場所から見下ろす風景にも慣れてきた。初めて見た時には絶景かな絶景かなと感動していたけど、今では案の定飽きてしまった。
それでも私は現状を忘れたいがために、こうして窓の外を眺めている。
「浮かないつらしてんなぁーロッカァー」
「うぐふっ」
私の腰にボウマが突進してきた。あまりの衝撃に、今朝の消化しきれていないバンゴを戻してしまいそうになる。
この子は時々、こうして力加減を弁えない驚かせ方をするから気が抜けない。悪い意味だけじゃないけども……。
「魔術、上手くいかないんだよ」
「あれぇ、もしかしてまだ魔術投擲やってんの?」
「ぐ……うん、まあ、ね」
頭にまでよじ登ってくるボウマの重い言葉に、私の心は更に沈んだ。
しかし、魔術の進歩が見られないというのは、かなり深刻な悩みの種なのであった。
「ねえロッカぁ」
「んー……」
肩に乗ったボウマが私の髪で遊ぶだけ遊んでいる。
髪だけは大切にしたいから、本当にやめてくれ。
「ロッカって、どこの国から来たん?」
「国って……ああ、言ってなかったっけ」
「うん、聞いてない」
ここが水の国とはいっても、学徒がみんな同じ水の国出身とは限らない。
ボウマなんかは特にそうだろう。明らかに、水の国で育ったような雰囲気ではない。
振り返ってみれば、私は特異科のみんなの出身国を知らなかった。普段良く話すソーニャともである。
「私は鉄の国、デムハムドから来たんだ」
「おお、やっぱりかぁ」
「やっぱり?」
「うん、ロッカのジャケットの匂いって、どっか鉱山って感じだったからさぁ」
鉱山ってことまで分かっちゃうか。それは少し驚いた。
特殊な油を塗りこんでいるから、特徴的な匂いではあるんだけど。
「あたしも、鉱山ってわけじゃないけどさ、火の国のアンダマンから来たんだぁ」
「アンダマンか、そこの近くにも結構ヤマがあるよね」
「うんうん! よく山で暮らしてる人と話すこともあってさぁ、ロッカとおんなじ匂い!」
「なるほどね」
アンダマンといえば、活気ある火の国でも最も危ない奴らが集まる場所として有名だ。
その近くにも鉱山があるらしいことは、よく知っている。
デムハムドのヤマで働く稼ぎの悪い男たちは、たびたびそこへ山替えしようなどと目論み、こそこそと話していたっけ。
案外、デムハムドのヤマからやってきた連中が、アンダマンのボウマと話していたりするのかもしれない。
そう考えると、ボウマとは結構身近な関係なのかも。
「ボウマはどんなきっかけで学園に来たの?」
「あたし?」
「うん」
「うーん? なんとなく? 暇だったし? まー、最初は連れてこられたようなもんだけどにぇ」
随分アバウトな話だ。ボウマらしいといえばボウマらしいけど。
「てゆーかロッカさぁ、魔術投擲の練習しなくていーのかよぅ」
「あー……そうだね。しなきゃな、今日も」
「投げらんなきゃ魔道士にはなれないじぇ?」
「うーん、わかってるんだけどさ……」
連日失敗続きだと、やる気も損なわれるというものだ。
集中して、投げて。でも普通にゴロンと落ちちゃって。
最近はその繰り返しばかりで、魔術の使いすぎで気分を害して中断する後味の悪さもあり。
魔術の特訓は、お世辞にも楽しいとは言えなかった。
「おや、ロッカとボウマは暇そうだね」
「あ、ヒューゴ」
ぶらりと力なく近づいてくる彼もまた、暇そうである。
優しげな顔つきのクラスメイト、ヒューゴ=ノムエルだ。
昼前に全ての講義が終わってしまう特異科の学徒は基本的に、かなり暇なのだ。
「いや、私は暇ってわけじゃないんだけどさ……」
「最近、屋外演習場での練習もスランプ続きみたいだね」
「そうなんだよ」
「魔術投擲か……うーん、風属性はやり方そのものが違うから、僕からはアドバイスできないなぁ」
「風って、投擲とか無縁そうだしね」
「そういうこと。悪いね」
ぼんやりと眺める、整った街並み。
薄水色のレンガ。綺麗な三角屋根。
家々の煙突から漏れ出る白い煙は、そろそろ美味しそうな香りを吹き出して、こちらまで仄かに届いてきそうだ。
昼が近い。
昼も近いので、練習よりも先に昼飯を食べることにした。腹が減っては出来ないことが多い。
一応、ミネオマルタ国立理学学園にも食堂がある。そこは美味しいと特異科の一部でも評判だけど、私は行かない。
前を通りがかった時にちらりと見たメニューの値段はそれも高く、とても毎日は手が出せないものばかりだったのだ。
なので私は一旦学園を離れ、近くの市場で適当な昼食を、というのが通例だ。
これは私だけでなく、ソーニャやボウマなどもそうしているらしい。
街での暮らしが長い人にとっても、食堂は高くつく食事のようだ。一度くらいなら、食べても良いかなと思ってるけど。
「何か良い屋台無いかな……」
昼が近くなると、露店街の装いは飲食系中心に変わり始める。
杖を並べていた店のいくつかは場所を去り、代わりに台車屋台などがやってくるのだ。
が、それらをひと通り見て回って驚く事がある。
ミネオマルタのこういった通りでは、肉系の店が意外にも少ないという事だ。
肉をタレにつけて焼くような素朴な店が、ない。ほとんどない。
どこもかしこも、袖や襟元を汚さないような、随分と改まった店ばかりなのである。
「スーチオン入荷しましたよー、一杯いかがですかぁー」
気の抜けたような呼び込み声が聞こえてくる。
あれは紅茶の呼び込みだ。何人か席について飲んでいる旅人もいるけど、今の私は紅茶の気分ではない。
私は純粋に、とにかく何かを沢山食べて、腹を満たしたいのだ。紅茶じゃ腹は膨れない。
連日、露店のバンゴやベリーパンでは味気ない。ここらで塩味の効いたものを味わいたい。
精神を削る魔法の練習を乗り切るには、そういった英気を養うことも重要なのだ。
「焼きたてのピザありますよーい」
ピザ。その一言だけで十分だ。
私は声のする方へ足を早めた。
「おや、何にするかね」
その店は、大きめの台車に小さな石窯を備えた、動くピザ屋だった。
生地は既に作ったか、どこからか買ったか、形の仕上がっているものが裏に積まれている。後から具を足し、焼いていくのだろう。
焼き手のおばちゃんは、腕に沢山の火傷痕をつけていた。
「チキンピザをひとつ、ください」
「はいよーう」
いくつかの種類があったけど、一番安いものを頼むことにした。
チキンピザは直径二十センチが一枚150YEN。ミネオマルタの物価でいえば、一般的なくらいの主食だろう。
店のおばちゃんは小さな生地の上に、ほいほいといくつかの具材をリズミカルに乗せてゆく。
それを小さなクワのようなものに乗せ、石窯へと突っ込む。
十秒にも満たない早業。良い手際だった。
ただし、焼けるにはもう少しの時間がかかるだろう。
「ベジタブルピザをくれ」
「はいよーう」
私の隣に新たな客が来た。
ぼさぼさと跳ねた水色の髪の……。
「ん?」
「おや」
そいつは、通りすがりのクラインだった。
「あんたか……」
「君もベジタブルピザを馬鹿にするのか」
「別に馬鹿にはしてないよ、いきなり何さ」
「君たちはすぐに菜食主義を否定する」
「してないって」
出会い頭から面倒臭さを最大出力にしてやってきたクラインもまた、私の隣で石窯のピザを待った。
お互いに、特に話すこともない。無言での待ち時間だ。
時折店の人が窯からクワを取り出して、上に具材を追加している。
取り出す度に色合いは鮮やかになり、美味そうな香りが立ち込める。
ただ出来上がるピザを待つ、それだけでも十分に飽きない時間だった。
「ねえ、あんたはさ」
「なんだ」
それだけで十分なのに、つい暇なので、私は話しかけてしまう。
「前に、自分は強いとか、言ってたよね。観覧席で、見てた時」
「言ったな」
「じゃあ、魔術投擲って出来るの?」
「当然だ」
「本当に?」
クラインの顔を見ると、そこにはいつも通りの、話しているのに無関心な、どこか眠そうな表情が張り付いている。
「何故オレが嘘をつかなければならない」
「悪い。じゃあさ、魔術投擲する時のコツとかって、あるの」
どことなくこの男のふてぶてしさに慣れてしまった私は、酷な反応も恐れずにそう聞いてしまうのだった。
「魔術ではなく、魔力を投げるイメージでやれ」
「……え、それだけ?」
「それだけの簡単なことだ」
「もっと何か、無いのかよ」
「ない」
淡白すぎるアドバイスを追究しようという間に、焼きたてのピザを差し出されて口が止まる。
ピザはやっぱり小さかった。
具材も種類が少なく、内側に寄っている。それでも香りや暖かみは馴染みのある本物で、屋外での早飯としては十分な出来と言えた。
焼きたてのおかげもある。味は悪く無い。
そうしてもごもごとピザを噛んでいる間に、自分のピザを受け取ったクラインはつかつかと歩き出してしまった。
「むぐ、おい! 少しは待てよ!」
気に食わない奴。嫌味な奴。そのイメージは今だって変わらない。
それなのに、珍しい事なのだが、私は早足で去りゆくクラインの後を追いかけた。
癖のある薄い色の髪。不健康な猫背。クラインの後ろ姿はまるで老人だ。
そのくせ歩幅は大きく、私では小走りでないと追いつけないほど早い。
この男が何者なのか、どんな人間なのか、私は一切知らない。
頭が良いらしく、強いらしく、嫌われ者らしく、しかしその反面慕われてもいるらしい。断片的には推し量れない、謎の男。
興味が無いとは、もはや嘘になる言葉だろう。
私はクラインに、多少の興味を持っていた。それに深い意味はないけれど。
「待てっつってるじゃん」
「なんだうるさいな」
正面に回りこんで顔を真っ直ぐに見据えると、確かに若者の顔ではあるが、それでも偏屈な印象は老人に近い。
厚ぼったいレンズの黒縁眼鏡の奥には、心底迷惑そうにしている細目が私を睨んでいた。
けど、こいつのそんな態度はいつもの事。気にすることもないだろう。
こっちはこっちの態度でぶつかっていく。
「魔力で投げるイメージったって、そんなのわかんないって」
「魔術的感覚は個人差がある、こればかりはセンスとしか言えん」
「センスだけじゃどうにもなんないんだって、教えてくれよ」
センスの問題でダメだとするなら、三日間同じことをやり続けている私には魔術のセンスが無いのだろう。
無いなら無いでいい。でも、無いからってスッパリ諦められるほど、私はのんびり構えていられないのだ。
同じ特訓をするというのも心に良くない。私は早く、ヒューゴも期待している次の段階へ進みたいのだ。
「なら指導書を見ろ」
「読んだけど全然わかんないんだ、“グンと投げろ”としか書いてなくて」
「“グンと投げろ”ね。それはニュールベルト著の指導書だな。焚いてしまえ、読むだけ時間の無駄だ」
「え、あの本知ってるの?」
「古本屋で最も安い棚に置かれるであろう魔道指南書だ。低質な指導書としてその名を馳せている」
「……」
「ふん、どうせ君もその古本を買ったんだろうな」
図星だった。
でもそりゃあ、そんな事情を知らなければ、30YENで置いてあったら誰だって買うさ。普通のはもっとするんだから。
「小脇に抱えて歩いているだけで恥ずかしい著書だ。くれぐれも学園内で持ち歩くなよ。特異科の評価なんざどうでもいいが、オレにとって目障りだ」
「わ、わかってる」
今思い返してみれば、あの本を買おうとした時の店員の顔が「してやったり」と笑っていたような気がする。
そんな顔と重なるように、クラインの不機嫌な仏頂面が近づいた。
「良いかウィルコークス君。オレはそもそも馬鹿に物事を教える自体が嫌いだが、間違った知識を自慢気に語る馬鹿と話すのは、もっと嫌いだ」
「それは私のこと?」
「ギリギリだな。だが、君がニュールベルトの著書をあと十ページ読み進めていたならば、オレは君を生涯無視し続けていただろう」
どれだけこいつはニュールベルトさんとやらが嫌いなんだ。
「中途半端な魔道士になりたくなければ、『金属術の理解 初等』でも買って読むことだな」
「な、なにそれ」
「本だ。自分で探せ。もうついてくるな」
クラインはその言葉を撒き餌にでもするように、立ち尽くす私を振り切りさっさと歩いて行ってしまった。
突き放されて立ち止まったままなのは柄ではない。しかし私はただ、最後に伝えられた本のタイトルを頭の中に留めておく事に手一杯だった。
「金属術の理解 初等、だね」
復唱して頷く。簡単でわかりやすいタイトルだ。よし、絶対に忘れない。
冷めそうなピザを口の中に放り込んで、私はそのまま書店を目指すことにした。
あの古本屋には絶対に立ち寄らない。私に粗悪な本を売りつけた罰だ、別の店で買ってやろうと。
近くに本屋があればいいんだけど、ちょっと探すはめになりそうだ。
けどこれも魔術の鍛錬の一環だと思えば、無駄な時間ではない。
「うわっ」
前触れのない突風が吹き抜け、私の髪を巻き上げる。
『ぐわぁ!?』
「……」
どこからか機人のものであろう、短い悲鳴も聞こえてきた。
……まぁ、警官さんは警官さんで、引き続き頑張ってくれ。




