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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
欄外章 舞い戻る鉱山

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灰002 暴走する汽車

 長旅の末、私は灰麗街デムハムドへ帰ってきた。

 ほとんどが険しい鉱山によって成り立つこの鉱山都市は、私の愛する故郷である。


 しかし、街だとか都市だとか言われることもあるのだが、実際に人が住めるような場所はひとつの山の中腹あたりで、その規模も全く大したものではない。

 ヤマとしての規模こそ国内、いや世界でも随一ではあるらしいのだが、険しい山脈には強力な魔族が住み着いており、人が住む場所としては全く不向きである。


 だがそんな田舎であるにも関わらず、このヤマの昇り降り自体は、大して大変ではなかったりする。

 それこそが、このデムハムド唯一の便利な点とも言うべきなのだろうか。


 ヤマにはやたらと重い鉱山資源を隣のシロエ領へ運搬するための鉄道が設けられており、そこを定期的に陸蒸気が走るのだ。

 ビスマトーレから伸びる鉄道や、ソンデイユやハンヴイテの地下を通る古代鉄道のように、街と街を繋ぐように通る便利な鉄道ではないが、単純にデムハムドの集落……にちょっとだけ近い採鉱所へ登るには、都合の良い足となってくれる。

 私が子供の頃には、よく乗り廻しさんに頼んで乗せてもらったものだ。




「こんちわー」

「ぁあ!?」


 シロエ領とクロエ領の堺にある、小さな鉄道駅の事務所までやってきた。

 申し訳程度の黄ばんだ時刻表が張られている事務所は、いつものように煙草臭く、中で昼間から酒盛りしてる爺さんの姿も、いつも通り健在らしかった。


「ぉおお!? なんだロッカじゃねえか!?」

「ログエルさん、久しぶり!」

「おおよッ!」


 相変わらず常に“何か文句あんのか”とでも言いたげな語調と眼力であるが、根は良い人である。

 彼は運搬鉄道の乗り廻し、ログエルさん。確か今年で六十一になる、乗り廻し三十年以上の大ベテランだ。私が生まれる前から陸蒸気を操っているってんだから、本当に凄い事である。

 私は事務所の小窓からログエルさんと右拳を付きあわせて、互いに笑いあった。


「んだ、もう帰ってきたのか!? やっぱ学校なんか役に立たねぇだろ!?」

「やめてないって。色々あって、しばらく帰郷するだけ」

「ガハハハハッ! なんだやめてねえのか!? 本当にクランブルやめちまうのかよ!?」

「続けてくってえの、誰がやめるか」

「いででで!?」


 バシバシと強く肩を叩いてきたログエルさんの手を思い切り握りしめ、強引にその場で立ち上がらせる。

 ちょっと扱いが乱暴だけど、ログエルさんは頑丈だ。それに、こうでもしないと話を肴に酒ばかりが入って、ちっとも動いてくれないのだ。


「ログエルさん、上まで蒸気出してくれよ。まだ時間には余裕あるでしょ?」

「ぁああ!? ああそうだなぁ!? いくかぁ!」

「おー! ありがとう!」

「ああまかせろ! ロッカのお帰りとあっちゃあ、仕事以上に張り切ってかねえとなぁ!?」


 既にべろんべろんに酔っ払っているログエルさんだが、何も心配はない。

 彼はどんな状態でも、轟々と燃えたぎる火炉の真ん前に立って生石をガンガン注ぎ足していくし、普通の人なら両手でしがみつくしかないような強風が吹き付ける先頭車両の上でも、二本足だけで立って、神憑り的な運転をしてみせるのだ。

 一度脱線事故なんかもあったらしいのだが、彼は脱線後も無理やり動かし、どうにか安全な斜面で停止させ、被害を奇跡的なまでに抑えたという逸話も持っている。


「よおーっし! ロッカぁああ!? 乗ったなぁ!?」

「待て待て待て、荷物あっち、荷物まだ向こうにあって……」


 ログエルさんは既に停車中の陸蒸気に乗り込んで、酩酊中とは思えない手つきで機械を操作し始めた。

 しかし、私の荷物は今はここにない。少しだけ話をするだろうからと、向こうに置きっぱなしだったのである。


「っしゃあああいっくぞおおおっ!」

「だー待て待て待て!」


 荷物は置きっぱなしだって言ってるのに、ログエルさんはそんなことも耳に入れず、酒瓶片手に炉の中に燃料を放り込み始めてしまった。

 次第に吹き出す黒煙。ドボドボと機関へ注がれていく水。


 もう少しすれば、白い煙と共に陸蒸気が動き始めるだろう。

 私はほとんど確定的な嫌な予感に駆られ、荷物に向かって走り出した。


「しゅっぱあああああッつぅ!」

「ああああっ! 待てっつってんだろがこのツンボジジイがぁッ!」


 結局、陸蒸気はぐんぐんと良い速度で走り始め、私が身体強化込みの全力疾走でようやっと追いつく頃には、既に山の斜面の三分の一を登ってしまっていた。


 なんで楽しようと思ったのに、ここまで疲れなきゃいけないんだろう。

 ログエルさんの腕は確かなのだが、どうも最近は耳が遠いらしい。


 ……まぁ、久々に会えて良かった。

 なんか嬉しいな、こういう再会も。




 デムハムドの安全規程を二倍以上もオーバーする速度で山を登った陸蒸気は、私が全力疾走の疲労を癒やしきる前に、目的の場所まで到着した。


「……ただいま」


 そこは、デムハムドの採鉱場。

 集落よりはずっと位置は離れているが、私にとっては居住区と同じくらい馴染みの深い所である。


「へへ」


 ついに、私はここへ戻ってきた。

 ミネオマルタでの留学は数ヶ月ほどのことであったが、気持ちの上では数年も経っているかのようである。


 心の中に思い描き続けていたこの景色を忘れることはなかったけれど、こうして実際に立って眺めてみると、色も、匂いも、何もかもが懐かしくて、嬉しくなる。


「……皆に会おう!」


 全力で走ったせいで脚はしんどいけど、それ以上に皆に会いたい。


 会って、色々なことを話して、飯食って、酒飲んで……。


 私は期待に胸を膨らませ、集落へと続く灰色の砂利道を走っていった。




 懐かしの故郷。

 たった数ヶ月ぶりの帰郷ではあるが、私はデムハムドの集落へと戻ってきた。


「このスカタンがぁああああッ!」


 その出迎えの一番手は、父さんの鉄拳である。


「いってええええ!」

「てめーロッカなんだこれはぁ!」


 頭頂部に拳骨の一撃。

 続けざまに、悲鳴を上げ切る間もなくもう一発。オマケにギュウギュウに丸めた鈍器のような厚刷り新聞によって思いっきりぶっ叩かれた。

 これらは、私が“ただいま”を発する前に行われたものである。


「なんだじゃねーよこっちの言い分も聞けや馬鹿親父!」

「おごっ!?」


 無論、やられっぱなしのままでいられるはずもない。

 私は挨拶代わりの右拳を父さんの下っ腹にぶちかまし、そのまま身体を突き上げ、宙へ放り投げてやった。


 が、特に怯む様子もなくそのまま着地される。

 釣り上がった眉は、痛みのものではない。多分、怒りによるものだろう。ちっとも効いた様子はない。

 さすがは耳の穴が腐っても現役のクランブルだ。良い強化しやがるよ。


「ロッカ! 親に向かって馬鹿とは何事だぁ!」

「ぁあ!? 聞き分けのねえ奴を馬鹿って言って何が悪いんだよこの馬鹿!」

「我慢ならねえ、ロッカてめー」

「ロッカ!」

「うごぁ!?」


 臨戦体勢に入った父さん。

 だがそれは、脇腹を貫いた容赦無い肘鉄によって中断された。


 さっきまでピンピンしていた父さんは、今や砂利の上でうつ伏せに倒れている。

 そんな変死体に目を向けずに私の方へと駆け寄ってきたのは、見慣れた小さな少女の姿であった。


「おおっ、タタミ!?」

「ロッカ、帰ってきたんだ!」


 ぼさぼさの長い黒髪。蔑むように細められた可愛げのない目つき。

 しかし内面はそこらのガキと大差ない、歳相応の女の子。

 ここデムハムドを統括する大地主の娘、タタミ=クロエであった。


「おーおー、どうしたんだよ。ここはまだ町の真ん前だぞ?」

「ロッカが戻ったって聞いて、黒恵(クロエ)の屋敷から走ってきた!」

「おいおい、また抜け出したのかよ」

「ん!」


 ここは集落に辿り着く前の、砂利道である。

 父さんとは遭遇したのだが、実はまだ町についていない。


 私が町に行こうと走っている間に、何故か砂利道の向こうから父さんも走って来たのである。

 それで、先ほどの遭遇戦に至ったわけだ。

 久しぶりだってのに、感動も糞も無い再会である。


「ロッカ、おかえりー」

「おー」


 腕に捕まったタタミを、ぐいんぐいんと持ち上げ、空中に浮かせてやる。


 こいつはクロエから良い教育を受けているので、頭の方は多分、今の私よりもずっと優秀だ。

 しかし心の方は、身体と同じ十二歳。私の腕力なら軽々と振り回して浮かしてやれるし、こうした遊びやじゃれ合いの経験もないせいか、タタミの方も楽しんでいる。


「いてて……おいクロエの嬢ちゃん、不意打ちは勘弁してくれよ……」

「うるさい馬鹿親。ロッカに酷いことすんな」

「俺には良いのか……」

「良い」


 そしてタタミは、基本的に辛辣だ。

 年上が相手でも、彼女の口撃には容赦がない。


「……父さん」

「……おう」


 父さんは脇腹を擦りながら、地に落ちた新聞紙を拾い上げる。

 丸めたり殴りつけたりで、新聞として普通は出来ないような癖や折れ目がついているが、それは紛れも無く、私がこのデムハムドにやってくる前にメインヘイムで買ったものと同じ、チェックスの厚刷りであった。


 父さんは新聞紙で膝についた砂を払い、大きな息をつく。


「……まぁ、どうせ戻ってから皆にも話すんだ。とりあえず、町に行くぞ」

「父さん……」

「おかえり、ロッカ」

「……うん。ただいま」


 “ただいま”。

 そう、私はこの一言を言いたかったのだ。


 けど、できればもうひとつだけ言わせて欲しい。

 ……どうせ町でも話すってんなら、さっき殴りつけたのは何だったんだよ。


 ヘイブル=ウィルコークス。

 私の父さんで、唯一の肉親。

 数ヶ月デムハムドを離れていても相も変わらず、勢いだけの男であるらしい。


 人を殴るにしたってさ、もうちっと考えてからにしようぜ。


「おい、ロッカ。その荷物渡せ」

「え、大丈夫だよ」


 タタミを交えた三人で並び歩いていると、父さんが私の背負う大きな鞄を軽く小突き、言う。


「良いから渡せ」

「別に重くなんかないってのに……はいはい」


 荷物を持ってもらいながら帰省するなんて、こっ恥ずかしいったらないんだけど。

 けどこうして口数少なく言ってくる父さんは、いくら言っても無駄だとわかっている。

 私は内心では渋々だが、父さんに荷物を放り渡してやった。


「ロッカ、おぶって」

「……はいよー」


 その代わりに、荷物と大して変わらない重さのタタミを背負うことになってしまった。

 まぁ、荷物持ちの父さんを隣に携えながら手ぶらで帰るよりかは、随分とマシな格好と言えるかもしれない。


「ねえロッカ。なんか前より髪の毛つやつやになってない」

「そう?」

「おいロッカ、向こうで男が出来たんじゃないだろうな」

「そういうのは全部町に着いてから話すってんだろ」

「いるのか!?」

「うるっせえぞ本当に」

「おいッ!」

「うっせえ!」




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