灰001 誇張する尾ひれ
日刊チェックス。
鉄国で最も売れているこの新聞には、薄刷りと厚刷りの二種類がある。
毎日発行され、日々の細かな事件や出来事を載せた読売は薄刷りと呼ばれ、一部辺りの金額も安く、誰にでも読みやすい。
週に一度だけ、最近の大きな出来事や、求人や広告といったものを一緒に載せた情報量の多いものは厚刷りと呼ばれ、人々に広く親しまれている。
町や集落などには、この厚刷りを張り出すための掲示板が広場などに置かれているのだが、“わざわざ買ってまで読みたくねえやい”ってケチな連中は、よく掲示板の前で群れて占拠し、好き勝手な社会への不満や愚痴に華を咲かせている。
まぁ、厚刷りは毎週買うには割高なものだ。
よほどの噂好きでもない限り、仲の良い連中同士で金を出し合って買うのがほとんどだろう。
今日の私は、きちんと自分だけのお金で買ったけどね。
……いや、そんなことはどうでもいいのだ。
チェックスの情報網がすごいだとか、求人欄は意外と役立つだとか、そんなことは今はどうだって構わない。
問題なのは、今日の厚刷りの一面を飾る記事だ。
“ミネオマルタ国立理学学園を襲ったA級灼鉱竜、女子学徒によって退治される”
デカデカと載った白黒の荒い写真には、横たわる竜の死体。
大見出しの近くには、呼ばれたら振り向いてしまうほど慣れ親しんだ個人名と、“お手柄女子学徒”などという、首が痒くなるような文字が踊っている。
「へえー。こんなでけえ竜を、十八のガキがぶっ倒したんかい」
私の横のカウンター席で、新聞を覗き見ていた爺さんが、白いひげを撫でながら呟いた。
「水の国なんて偉ッそうなだけの、大して肝ォ据わってねえ連中ばかりだと思ったけどなぁ」
「っすね」
「おうおうしかもこの女、作業用のノミでぶっ殺したんか。“竜砕き”だと。ひえー」
「っすね」
「おっかねえなぁ」
爺さんはおどけたように二の腕を擦りながら、残り少ない深煎り茶を喉に流し込んだ。
……と、思ったら、どうやら飲んでいたのは酒だったらしい。
深く息をついた老人の吐息からは、安っぽいラム酒の香りがした。
「嬢ちゃんは、こんなおっかねえ化け物女になっちゃーいけねえぞ」
「っす」
「女ってなーな、いつの時代も慎ましく、陰で男を支えるのが一番良いんだ」
「っす」
「男を支えて、癒してやるのが女だ」
「っす」
「よしよし」
顔も向けず、ただ小刻みに頷くだけの私の反応のどこに満足したというのか、名も知らぬ爺さんは、上機嫌に鼻息なんぞを歌いながらカフェを出ていった。
店の外は、鉄国の首都、メインヘイムの中央通り。
王の居城ロッドヘイム城からは離れた、馬車駅に近い所ではあるが、さすがは一国の首都と言うべきか。人通りは多く、ミネオマルタとは違った活気に満ちている。
「……“竜砕き”って何だよ」
この私、元鉱夫であり元理学学徒であるロッカ=ウィルコークスは、厚刷りの新聞を閉じて、生気の滲む息を吐いた。
今私がいる場所は、どこにでもあるような小さなカフェ。
帰省の途中、祖国の首都メインヘイムに立ち寄った私は、駅近くの煙草屋で購入したチェックスを目についたこのカフェに持ち込み、読んでみたのだが……。
常々感じていた嫌な予感は、的中していた。
いや、予想よりも遥かに悪い形で、見事など真ん中に突き刺さっていたと言うべきか。
「うわぁー、駄目だぁ。チェックスの一面は絶対に駄目だぁ……」
鉄国最大の新聞の一面に、私が巻き込まれた事件と、私の名前が載っている。
いくらデムハムドが辺鄙な場所にあるとはいえ、ここまで大事に扱われたのでは、ヤマの上の父さんの耳には既に入っていることだろう。
元々、仕入れた噂はその日の昼前までに回り切るような所だ。
新聞の四面の隅っこくらいであれば人目につかない可能性もあったが、一面となったらもう、僅かな希望もない。
故郷に戻った私を真っ先に待ち受けるのは、心配しすぎて頭のおかしくなった父さんとの一悶着だろう。
もはや、前もって送った紋信などは何の気休めにもならないはずだ。
というか、記事が悪い。
なんだよ“竜砕き”って。勝手な名前付けやがって。
ミネオマルタに居た時にはそんな変な名前付けられてなかったぞ。
……いや、もしかして私が知らなかっただけで、陰ではそう呼ばれてたのか?
……“竜砕きロッカ”。
……嫌すぎる。単純に“竜殺し”でも嫌だけど、“竜砕き”の方が力任せな感じがして、もっと嫌だ。
さっきの爺さんの話じゃないけども、竜を腕力でぶっ殺すような女を、誰が嫁に貰ってくれるというのか。
「……早めに、デムハムドに戻っておこう」
こうして新聞に載ってしまったからには、もう時間がない。
きっとデムハムドでは、既に新聞を読んだ父さんが落ち着かない状態のまま皆に迷惑をかけているはずだ。
すぐに帰ると紋信は送ってあるが、父さんは“すぐに来ないじゃねーか”と痺れを切らして、自分からミネオマルタの方へすっ飛んでいっても不思議ではない。
私の一番の恐怖は、そうしてすれ違いになり、帰省したものの家族が居ない、なんていう馬鹿みたいな状態になることである。
……本当は、船旅と馬車旅で疲れた身体を今日一日だけメインヘイムで休めるつもりだったんだけど……。
この記事を読んだ後じゃ、落ち着いて休んでもいられない。
「……行くかぁ」
私は憂鬱なため息を吐いて、新聞片手に馬車駅へと向かうのであった。
……どうか、父さんが早まったことをしていませんように。




