旋003 圧迫された外殻
その場でのことは、すんでのところでライカン=ポールウッドが取り押さえたことで、大事にはならずに済んだらしい。マコ導師による、とても軽い口頭注意だけだ。
僕としてはあんな危険人物とは少しでも一緒にいたくはなかったので、退学処分なり何なりしてほしかったのだが、まぁ、そうなったものは仕方がない。
『ほれ、謝らんか、ボウマ』
「んべー」
『こらぁッ!』
「ぎゃー! いだだだ!」
……ライカンという大柄な彼は、見た目こそ威圧的ではあるが、そこそこの常識人であるらしい。
後から聞いた話によると、彼はこのボウマという女の子を、どうにかこの学園まで無事に届けるために、半ば付き添いの形でやってきたのだという。
これは僕の推測でしかないが、もしかすると彼くらいにしか、ボウマを制御する力を持っていなかったのかもしれない。
「……わり」
『ボウマ、いい加減真面目に』
「いやいや、もう大丈夫ですよ。僕はなんともないですから」
彼も大変である。だが、変に目をつけられた僕はもっと大変だ。
同郷のよしみで、ちゃんと管理しておいてほしい。
新たなクラスメイトが加わり、問題児とそれを抑える役が追加されたのだが、二つで中和されて何事も起こらないというような都合の良いことはない。
ボウマは相変わらず騒ぎ、暴れ、手の付けられない奴だった。
「うがぁー! やってられっかぁー!」
『やめろと言ってるだろうッ!』
彼女はまるで癇癪玉だ。じっとしているということを知らない。
講義中の静けさに耐え切れず突然立ち上がって外へ行こうとしたり、誰かがじっと見ていたりすると、容赦なくその手から爆発を撃ちだしてくる。
彼女が未だこのクラスにいられるのは、事あるごとに全ての癇癪を防いでいるライカンのおかげだ。
「講義、聞いて……くださぃ……」
「うっせー!」
「ひう」
だが、講義はその度に止まってしまう。
ただでさえ新入生の登場によって、講義の進行が数歩後ろに下がっているというのに、それが遅々として進まないとなると、それは僕の損失となってしまう。
不条理だ。
何故僕が、傍迷惑な赤の他人のために無駄な一年を費やさなければならないというのか。
出来ることならライカンには手出しさせず、何か問題を起こして、さっさと学園から出て行ってもらいたい。
ここは学び舎だ。子供の遊び場ではない。
学ぶ気力の欠片も見られないボウマを傍目に捉え、僕の学園生活は曇り続きであった。
転機が訪れたのは、彼らが入学してから三ヶ月後くらいになる。
ボウマはいつものように暴れ、ライカンがそれを抑える。そんな落ち着かない日々を九十日ほど耐え忍び、不本意ながらもそんな非日常になれてきた頃の事である。
「今日の講義は、闘技演習の見学となります! 属性科さん達の闘いを見て、実際に使われる魔術に触れてみましょう!」
僕たち特異科生は、塔の十階にある演習場で実技の見学をすることになったのだ。
「なんだそれ」
それは新たに入ったボウマにとっては初めての見学で、講義が終わればすぐに外へすっ飛んでいく彼女は、存在さえも知らないことであった。
知らないのはボウマの保護者であるライカンも同じらしく、彼はボウマの問に答えられず、首を傾げている。
「なー、とうぎえんしゅうってなんだよ」
講義室内で移動が始まると、ボウマは適当に見回して、多分一番近かったのだろう、僕の方へとやってきた。
僕はこの問題児と話したくない気持ちをどうにか押し殺しながら、答える。
「魔術を使った闘いだよ。見ていると、なかなか面白いぞ」
自分でも驚くほど、僕は自分の中に抱いていた感想や真実を、そのままボウマに言い伝えた。
「ふーん、そっかー……面白いのかぁ」
また癇癪が起こるのではないかと身構えていたが、ボウマはぼんやりとそう呟くだけで、講義室を出て行ってしまった。
しかも、ある程度の興味まで抱いたらしく、彼女は他の特異科の面々と同じ、闘技演習場の方へと歩いてゆく。
普段、暴れるだけ暴れて、理学になんて少しの興味も抱かないボウマが、微かに興味を示した。
それは、僕にとって大事件に等しいことである。
「……ボウマ、やけに素直だったな」
「ほんと、びっくりした」
独り事として零した僕の呟きは、無口なソーニャ=エスペタルに拾われた。
彼女にとっても、今のボウマはそれだけ驚くべき反応を示したということの証であろう。
ちなみに、この日のソーニャ=エスペタルは当然のように闘技演習場へは向かわず、寮へ直帰したらしい。
まぁ、どうでもいいことだけど。
闘技演習は、見ていて面白い。
僕自身、あまり荒事は好きではないけれど、こうして制約と目標を定めて行う競技的な闘いは嫌いじゃない。僕も男だ。闘いという言葉には、刺激されるものもある。
何より、魔術を使って戦う技術というものは、魔道士にとって欠かせない技能だ。
よく魔術は“武器を持った成人男性を圧倒できて一人前”と言われるが、まさにその通りである。力を持つなら、強くなくては意味が無い。
力の使い道は荒事に限ったことではないにせよ、そのエネルギーで金儲けをしようというのであれば、一般的な人々よりも秀でていなくてはならない。
闘技演習場。
僕も何度か、講義後にこの場所を訪れる事もあるが、自分があの場に立ったことはない。
周囲を埋め尽くす人々。湧き上がる歓声。向かい合う相手。孤立する自分。
自分に自信がないわけではない。が、あの場に立つに相応しい実力を持っているかといえば、そこまで自惚れてはいない。
僕にできる魔術といえば、風を起こして、部分的な旋風を生み出すことだけだ。
通常、風魔術というものはかなりの距離にまで影響を及ぼすものだが、僕の場合はそれが渦を巻いているために、遠くまで届かないという欠点がある。
鋭い風で柔らかな物に傷をつけるくらいならできるが、近くでそれをやるならナイフを握った方が手っ取り早い。そんな僕は、まだまだ一人前の魔道士とは言えないだろう。
だから、僕があの場所に立つのは分不相応なのだと、そう思っているわけだ。
ま、早い話、勝ち目が無いしね。
クラスのほとんど全員が闘技演習場に到着すると、マコ導師は簡単な点呼を取ってから席へと移動した。
その中にはもちろん、あの問題児たるボウマの姿もある。隣には付き添いのライカンもいた。
僕はその二人からさり気なく距離を取ろうとしたのだが、
「おい、ここ空いてんじぇ」
とか言われて、ボウマの隣に座るしかなくなった。
……皆、安全地帯を取るのが早過ぎるのだ。僕は完全に出遅れたってわけ。
やれやれだ。
また面倒事に巻き込まれるのかと心配した僕の心配をよそに、ボウマは意外にも、なかなか行儀よく観戦していた。
隣にはライカンも座っている。何か問題行動が起こりかければすぐに対応できる準備が整っていたが、彼が立ち上がるようなことにもなっていない。
ボウマは終始、食い入るように壇上を見つめていたのである。
壇上には、鉄専攻と雷専攻の学徒達が戦っている。
迸る雷光に、飛び交う鉄片。壇上は派手な音と輝きによって瞬く間に動き、揺らぎ、観客たちをあっと驚かせる。
今は講義の時間なのでさほど観覧席も埋まっていなかったが、それでもちらほらと人のいる観覧席からは、僕達の内心をそっくり写したような感嘆の声が、大きく聞こえていた。
「……」
ボウマはじっと見つめている。
彼女の顔は、相変わらずのぼさぼさ髪で伺えないが、その手はしっかりと、目の前の柵を力強く握りしめていた。
普段はこうして横目に見ていると怒る彼女だが、今この時は何もしてこない。
だから僕は、柵を握る彼女の手が、壇上の場面の変動によって力を変えてゆく様を見ることができた。
実践を見て、心が躍る。
なるほど。彼女も決して、根っから魔術に興味が無いわけではないらしい。
僕は、いらぬおせっかいではあるし、触るべきではない神だとわかってはいたが、その時ぼそりと呟いたのだ。
「やってみれば、魔術は楽しいぞ」
今となれば、なんであんなリスクしかない冒険をしたのか、全く理解に苦しむことである。
少しでも彼女の機嫌を損ねれば、また得体のしれない爆発魔術をうけるかもしれないっていうのに。
それでも僕は、言った。そして、僕は奇跡的に、何もされることはなかった。
ボウマは僕の言葉を聞いて、わずかにこちらへ顔を傾けた後、それから何をするのでもなく、また再び壇上の方へと顔を向けたのだ。
あの時の僕の言葉が、その後のボウマにどのような影響を及ぼしたのかは、今でもわからない。
ボウマ自身。ひょっとしたらあの時の僕の言葉を覚えていないかもしれない。
けど、大人しく聞いてくれたそれが始まりだったのだ。
僕がちょくちょくと、彼女に魔術を勧めるようなちょっかいをかけ始めたのは。
やれやれ、僕は一体、彼女のどこに何をみたのだか。僕は末っ子で、彼女に面影を見るような身内も知り合いも居ないんだけどな。




