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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
欄外章 吹いた烈風

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旋001 空けられた風穴

 僕が自身の特異理質に気づいたのはかなり前のことで、初等学校の頃にまで遡る。

 カイトベルで一番大きなその学校では、簡単な基礎教育の他に、ちょっと踏み込んだ理学まで教えてくれた。それが、僕にとっての幸運として働いたのだろう。

 理学学習の一環として受けた楯衝紋の検査により、僕の衝紋に他人と違った構造の存在が明らかとなったのだ。


 “風魔術が右巻きの渦となる”。

 それが、この僕、ヒューゴ=ノムエルが先天的に抱える、理学的な特異性らしい。




 ノムエルといえば、風の国の首都カイトベルではそこそこ有名な、風車小屋を司る家系である。

 数少ないオアシスであるとはいえ、カイトベルも砂漠地帯の一つだ。決して水が豊富にあるわけではない。

 水量を上手く調整し、穀物を上手く擦り潰す風車小屋の質は、いつの時代にも重視される。それはつまり、風車を持つ者の家こそが、穀倉地帯の地主以上に重要であることを意味している。


 けど、僕は四人兄弟の末っ子だ。そういった風車小屋を取り締まるには、生まれてくるのが少々遅すぎた。

 頭の悪い兄達にまともな運営ができるとも思っていないが、僕自身に先天的な素質がないことくらいは、小さいころからわかっている。

 だから、跡継ぎに関して、僕は特に思うところもなく、逆に末っ子の気楽な身分を満喫できることに感謝していた。


 跡継ぎになれない生まれ方。

 風魔術を上手く扱えない生まれ方。

 僕はそんな、いくつかのハンデを抱えているらしいが、まぁ、そんなものは大したことではない。

 両腕が動き、両足が健在で、頭がしっかりと回るのだ。むしろ、金持ちの家に生まれた時点で、既に何の不自由もない。これで不満があると言う方がバチが当たる。

 僕は僕の生まれに何の文句も抱かなかった。




 だが、どうも兄達は、本格的に頭が悪かったらしい。

 一番上の兄は力任せでいつも偉そうにしているし、二番目の兄はズルく酷いことを平気でやるし、三番目の兄はおべっかは上手いが押しが弱い。

 父さん達はそんな兄達をどうにか一人前の商人として育てようと頑張っているらしいのだが、なかなか上手くいかず、手を焼いているようだった。

 それだけなら僕は“ふーん、大変だね”と内心無関心に相槌の一つも打てたのだが、本格的に兄達のダメさが父さんに伝わり始めると、父さんの目は次第に僕の方へと向けられ始めた。


 それまでは普通の(それでもかなり大きな)初等学校に通わされ、普通の友達や普通の遊びを楽しんでいたのに、突然の特別扱いだ。

 兄達がよく連れて行かれたらしい美味しい菜物料理の高級飯店には興味があったけど、当時の僕は十三歳。自らの分を理解し、自らの生き方にある程度の道筋を決め始めていた頃だったので、その大きな変更は、正直に言って迷惑以外の何者でもなかった。


 何より、父さんの関心や教育が僕に向くことで、兄達が無駄な嫉妬心を僕に向け始めてきた事は、何よりも鬱陶しかった。

 それまで僕に自慢話ばかりをしていただけなのに、実害まで出てくるとなると、全く手に負えやしない。


 父さんも父さんだ。教育には金をかければいいというものではない。過度に甘やかし過ぎるから、兄達はああまでどうしようもない人間に育ってしまったんだ。

 人の上に立つための本を読ませる前に、まずは隣人の心を理解するような、誰もが読んでいる本を読ませるべきだったのだ。


 ……まぁ、そんなことも、もはや後の祭り。

 自分の家が内側から崩れて行く様を見るのは悲しいものだったけど、四男の僕には関係のないことだ。


 幸い、僕の人生の予定表には、早々に窮屈な実家から出て行くことが記されていた。

 父さんの期待が本格的に僕に絞られる前ならば、まだ家を出ることも難しくはないし、僕が消えることについては、兄達も手を叩いて喜んでくれるだろう。


 僕に夢らしい夢はないし、ここを出て何をしたいか、なんて具体的な像を持ちあわせているわけではない。

 けど、外に出て色々なものを見て、色々な人と話をしたい。

 旅人となって各地を練り歩き、様々な自然を眺め、様々な建築物に触れてみたい。


 その時の若さは多少無謀ではあるものの、世界に散らばるロマンを追い求めるためには、今しかなかったのである。




 僕は密かに、家を出る準備を進めていった。


 父さんにも兄達にも内緒で、陰でひっそりと。

 さすがに危険な旅はしたくない。少々時間を割いてでもお金を工面し、安全面には最大限の気を配った。


 まずは風の国からの脱出だ。

 ここは物価は安いが広大で、疎らで、砂漠が多く、治安が悪い。

 カイトベルはまだ安全だが、一歩でも出れば自身の安全は保証されない。

 風の国を出て森の国を過ぎ、どうにか雷の国まで辿り着く事こそ、最大の問題であった。

 どうにか雷の国までたどり着ければ問題ないだろうが、着いた瞬間に無一文では困る。車輪の修理は得意だが、それだけで食いつなげるかは、少々不安が大きい。

 旅を続けるために、何らかの芸を身につけるか、軽い行商をやっていく必要があるだろう。


 勢い任せに出て行かないだけ、僕自身は堅実であると思っているが、こうして厳しい現実を前にすると、なかなか身動きが取れず、悩ましいものだ。




 結論として、野盗に襲われず、舐められずに交渉できる背丈を手にするまでは、しばらく実家で大人しくしていることに決まった。

 勘当されるわけでも縁を切るわけでもないのだが、どうせ家を出て行くならば、家に戻って泣きつかない程度には上手くやっていきたいものだ。

 そのためには、もうちょっとだけ耐えなければならなかった。

 兄達の僻みと、父さんからの大げさな期待に。あと、数年間。




 けど、人生とは何が起こるかわからないものである。


「おい、ヒューゴ」

「なんだい、兄さん」


 ある日、悪巧みを思いついた顔をした二番目の兄さんに名前を呼ばれたことで、それ以降の僕の人生は、大きく変わることになった。


「これ見ろよ。お前にピッタリだぞ」

「何それ。新聞の切り抜き……?」

「良いから見ろって」


 何気なく手渡された、新聞広告の切れ端。


 そこには、僕が後腐れなく故郷を飛び出し、未知なる外の世界へ羽ばたくために必要な、あらゆるものが用意されていたのだった。




 人生、何が幸と転ずるかは、わからないものだ。

 そんないくつかの諺は知ってはいたものの、まさか自分の持つ特異性とやらがここまでの価値を持つとは、少しも予想していなかった。


 なんでも、遥か彼方、水国の首都ミネオマルタにある巨大な理学学園では、僕のような理学的特異性を持った人間を、学徒として招き入れているらしいのだ。

 在学期間は六年。中途退学にはそれなりの罰金や返金が必要らしいが、基本的に費用は全てあちらが負担してくれるらしい。

 僕はいわゆるボンボンだが、人一人を六年間養っていくだけの費用が馬鹿にならないということは、さすがに解っている。


 さすがにそんなに美味しすぎる話はないだろう。

 そう思いつつ、切り抜きの新聞社である日刊クレイモアの支社を訊ねて聞いてみたのだが、返答は“間違いない”とのこと。

 実際、美味い話はあったのである。


 水国への留学。しかも世界最大の理学校と名高い、ミネオマルタ理学総合学校への入学だ。

 近頃は魔道士連続失踪事件など、魔道士に関する物騒な事件が多いけれど、僕には関係のない話である。入れるものなら、どんな時期であろうと入りたい。

 長期の滞在になるとはいえ、経歴に十分な箔がつくことに納得したのか、父さんたち経営陣は、僕の留学を許可してくれた。


 当然、僕をお払い箱にすることを望んでいる兄達は、ちょっとしたお祝い事を催すほどに喜んでいる。

 結構なことだ。僕だって兄さん達と会えなくなるのは嬉しくてたまらない。思わず涙が出てしまいそうなほどに。


 そういうことで、僕はそれまでの入念な準備が何だったのかというほど、あっけないくらい簡単に風の国を出ることとなった。

 十六歳。順調に背も伸びて、大人と見間違われることも珍しくない頃の話である。




 豪風と灼熱の日差しの中をサンドボートで突き進み、人気のない森の国の街道に鳥馬車を延々と走らせ、舗装の行き届いた雷国の街道で、ようやっと人心地ついた。

 長旅はただ座ってるだけでも腰が痛くなるという先人の言葉が本当であったことに感心しつつ、知っていてもどうしようもないから役に立たないなと無意味に毒づき、そうこうしている間に港に到着し、船に乗り、水の国へ至り、トントン拍子でミネオマルタに到着した。

 人間、慣れとは怖いものだ。確かに旅は疲れるが、自分の足で歩くわけでもないのでどうということはない。終わってみれば、様々な風景や乗り物を楽しめたので、またやってみるのも悪く無いと思えてくる。

 初の長旅は、不思議な体験だったというのが、僕の感想だ。


 それから僕は、まだ面接の日程に余裕があったので、親から渡された金でミネオマルタをのんびり見て回り、物価の高さに辟易したり、都会らしい品揃えに感心したりと、様々な事をした。

 これから六年間を、こんな美しい街で過ごすのかと思うと、なんとも、嬉しいばかりである。

 兄達と父さんから離れてしまえば、この時の僕はなんだって良かったのだ。




 そうして順風満帆に学園に入学した僕だったが、学園の様子は慌ただしく、僕を迎え入れてくれた学園長の様子も、どうやら余裕の無い雰囲気に満ちていた。

 小耳に挟んだ噂では、どうやらちょっと前に学園の導師が大勢雲隠れしてしまったらしく、深刻な導師不足に陥っているのだとか。紛れも無く、先の魔道士連続失踪事件の影響である。

 それでもなんとか少人数でやりくりしているらしいのだが、僕が入学する予定の特異科に割り当てられる程に導師の余裕がないそうで、しばらく講義は行われないと言われてしまった。


 特異科はミネオマルタの学園でも特に人数が少ない科で、僕のような体質だけで選ばれた学徒を集めただけの、勉強する気の薄い、いわば烏合の衆だ。

 それは事前に知っていたので、非常時の際には真っ先に切り詰められてしまう部分であることは理解していたが、入学していきなり間引きされるのは、さすがに勘弁願いたいものである。




 僕の消極的でささやかな願いが天に通じたのか、入学から暇を持て余すこと三週間、未だ魔道士連続失踪事件の騒乱も収まらない最中、特異科の講師として、新たな導師さんが学園にやってくる事となった。

 水の国に来て一ヶ月。長い待ち時間ではあったが、こうして僕はようやく、理学の勉強を始めたのだ。


 やってきた導師の名は、マコ=セドミスト。

 水国が誇る、かの有名な魔道士集団、杖士隊出身のエリートだ。

 若干二十二歳にして、ワンドフォースのヘッドリーダーを務めていたのだというから驚きだが、実際にこの人と対面してみると、そのような書面上の凄さは、どこかへと吹き飛んでしまうだろう。


 彼は、とにかく綺麗だった。

 異常な性癖を持っているわけではないのだが、そんな僕からみても、このマコ=セドミストという若き男性導師は、美しい女性のような風貌を持っていたのだ。

 姿、仕草、声までもが全くもって“それらしい”のだから、気持ち悪いなどという考えは浮かびもしない。

 彼が黒板を指し示せば誰もがそちらを注目するし、彼に声をかけられれば、不思議なことにドキドキしてしまう。

 実際、マコ導師がやってきた当初は彼の話題だけが学園を取り巻いていたし、特異科に限らず多くの男子学徒が、神秘的な彼の魅力の虜となっていった。

 なるほど、噂で聞いた“隊の風紀を著しく乱す”ために除隊されたというのにも、なんとなく頷ける。


 もちろん国立の学園がそのような風紀を認めるはずもなく、マコ導師に対するそうしたアピールはくれぐれも慎むようにという通達が成されると、雰囲気は次第に落ち着きを見せ始める。

 また、見慣れていくうちに、最初は格好つけようと背筋を伸ばして講義を受けていた特異科の学徒達も、生真面目なマコ導師に何かが冷めていったのだろう。

 彼らは机の上で眠るだけの名ばかりの学徒へと落ちぶれていき、講義に耳を傾けることもなくなった。


 マコ導師が学園にやってきた事による一時の盛り上がりは凄まじかったが、落ち着いてみれば地の姿が見えてきた。

 見下す属性科と、見下されて卑屈になる特異科。そんな構図である。


 普遍的な親の七光りだって、妬まれ、歩くだけで陰口を叩かれるほどなのだ。

 生まれ持っての特別な体質だけで、努力も無しに特別な階級に上がれる人間が、誰かの気に障らないはずもない。

 そして風当たりの強い中で根腐れを起こす人が出てくるのも、仕方のない事だ。


 大成するのは、常に耐える者。

 ここは学園だ。学びたい人間だけが学べば良い。


 僕は風当たりの強い学園内で、一人、黙々と勉強をし続けた。


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