握011 振られる鉄拳
絢華団で速信を打ってもらい、デムハムドのクロエ領宛にメッセージを送った。
速信なんて出すのは初めてだったけど、存在だけでも事前に教わっていて助かった。
こんなところで使うことになるなんて、私も思わなかったけれども。
内容は“ロッカ、キタクスル、マットケ”。これだけで十分だろう。
というより、文字数に制限があって、これ以上多く打つとべらぼうな金がかかるのだ。
こんな時にケチるのもどうかと思ったが、性分は性分。それに、いくら頭が悪い父さんだからって、このくらいで通じて貰わなきゃ困る。
引き止めるメッセージは送った。
さて、事件の風聞がデムハムドへ届くのと、速信が行き渡るのは、果たしてどちらが早いのやら。
それは、私が実際に故郷へ戻ってみないことには、わからないことである。
「……竜を倒したって言ったら、みんなびっくりするかもな」
新聞では今回のこと、どこまで載るのだろう。
まさか私の名前が世界中に……それは夢見すぎか。
というか、竜殺しなんて二つ名を付けられるのはさすがに御免だ。誰も嫁に貰ってくれねえよ、そんな女。
部屋を少しずつ片付けて、色々な人に話をして、私は出発の準備を整えてゆく。
元々備え付けの家具も多かったので、特に持ち出さなければならないような品は無い。片付けが必要だったのは、無駄に多く買い込んでしまった食べ物くらいだろう。
長く空けておくので、保存食はまあそのままでいいとしても、生物は全て食べきらなくてはならない。もちろん、沢山もらった果物も。
ソーニャやボウマに手伝ってもらいながら、それらはどうにか片付けることが出来た。
また、事件のせいもあって帰郷する人が多いためか、ミネオマルタを出る手続きはサクサクと進んだので、非常に助かった。
マコ導師に一度帰郷する旨を伝えた時には少しだけ寂しそうな顔をされたが、気持ちは私も同じである。
学園と、友達と長く離れるのは、ちょっと辛い。
それでもマコ導師は、快く手続き書類にサインをしてくれて、安価で乗れる馬車の手配までしてくれた。
“故郷に戻って、ご家族を安心させてあげてくださいね”とのことである。
マコ導師は、やっぱりすごく優しい人だ。
寮監さんにも話を通して、準備は万全。
後は適当な荷物を持って馬車に乗り、鉄の国へと赴くばかりである。
『ロッカ、道中は気をつけるんだぞ』
「うん」
ライカンの保護者然とした言葉に、私は呆れながらも頷いた。
もうこんな感じの言葉のやり取りも、三回目である。
ここは、ミネオマルタ西部馬車駅。
まだ朝方だというのに、いつもの特異科の面々が揃い、私を見送りに駆けつけてくれていた。
一応、準備や手続きなんかで二日は掛かったんだけど、それにしたって急な出発ではある。
だが、こちらも事情が事情だ。さっさと父さんに会って話をつけなくてはならないので、まったりゆっくりとはしていられない。
「僕も一度帰るけど、手紙は良いよ。風の国は遠いし、外国からのは届かないことも多いから」
ヒューゴは肩を竦め、わざと拗ねるような調子で言った。
「そっか……じゃあヒューゴとは、また学園に来る時になるのかな」
「だね。まあ、今生の別れってわけじゃないんだ。次に会える時を楽しみにしているよ」
朝も早いというのに、今日はヒューゴもちゃんと、時間通りに来てくれた。
普段は遅刻ばっかのくせに、こういう時は早めに来る。なんだかもう、ずるい奴だ。
「ロッカぁ、鉄の国のおみやげ、なんかちょうだいな!」
元気よく手を上げたのはボウマだ。
「おう、いいよ。何がいい?」
「アメ! か、お菓子!」
「はは、そればっかりだなぁ。まぁ、別に良いけどさ。何か選んでおくよ」
ボウマはいつも食い意地張ってるな。
今はまだ甘いものばかりだからいいけど、あと二年して、酒が飲めるようになった時のことを考えると、心配でならない。タガの外れやすい性格だし、面倒事を起こしてしまいそうだ。
……その時はライカンに、頑張って押さえつけてもらうしかないな。
……おっと、何も別に、二年も離れ離れになるわけではないか。
これからお別れって時に、ちょっと暗くなりすぎてたかもしれない。
もうちょっと明るくしないと、駄目だ。
『俺は手紙を出すぞ! ついでにボウマの分も出しといてやろう』
「あ、本当? なら私も、連絡先教えとかないとね」
ライカンが小さなメモ用紙を懐から取り出して、私に預けた。
そこには彼の住む火の国、アンダマンを示す単語と、詳しい住所が書かれている。字は、筆圧は強いけど、下手っぴだった。
彼とボウマとは、比較的距離も近いので、文通をするには丁度良い相手だ。
休みの間は五、六通ほどのやり取りができるかもしれない。
……けど、みんな自分の故郷に帰るとなると、それぞれの距離というものが、はっきり出てくるものだ。
ライカンとは気軽に手紙を出せるけど、風の国のヒューゴなどには、手紙を出しづらい。
土地によって違うだなんて、なんだか、やるせない話である。
「ロッカ、私にも忘れないでよ?」
「うん、わかってるって」
ソーニャはウインクしながら、私の肩を軽く肘で突いてきた。
もちろん、ソーニャとの文通は忘れない。雷の国までは少しお金がかかるかもしれないけど、それでも手紙が来たらその日に速達で出すつもりである。
「ロッカ……色々、ありがとう。元気でね」
「うん。……ソーニャも、元気で」
数ヶ月、ソーニャと会えない。
そう思うと、なんだか……二度と会えないってわけでもないのに、変な話だけど……涙が出てきそうだ。
このミネオマルタでの生活や遊びは、そのほとんどがソーニャの助力によって支えられてきた。
私の知らない街を見せてくれて、私の知らない場所へと連れてってくれた。
彼女への恩は、返し切れないほど積もっている。
ソーニャはこの前の事件で、私がソーニャを助けたんだっていう風に言ってくれているけど、それはほとんど偶然なところがあるし、それだけでソーニャから貰った様々なことを返せるとは思えない。
今度会う時には、少しずつソーニャの力になれるよう、頑張っていかないと。色々と。
「馬車が来たな」
そして、最後。
淡々と現状の解説をしたこの男、クライン。
ソーニャが街を教えてくれた恩人であるならば、彼は私にとって、理学を教えてくれた恩師そのものだ。
……まぁ、面と向かって恩師だなんて、そんなこと言えないし、言いたくもないけど、実際のところはその通り。
竜との闘いでも助けに来てくれたし、クラインには本当、頭が上がらない。
「クライン」
「……なんだ」
私は近くに止まった馬車を横目に捉えたまま、彼に言った。
「またな」
「ああ、またな」
たったそれだけ。
ありがとう。また今度会う時まで。そんな気取った言葉は一切なし。
けど、これでいい。クラインとのやりとりは、多分こんな感じが一番いいのだ。
私はクラインが嫌いなわけじゃない。
向こうも多分、私を嫌いなわけではない。
これは、お互いにお互いの心をある程度知っているからこそ通じる、そっけない別れの言葉なのだ。
「じゃあ皆……一足お先に、帰らせてもらうよ!」
私は出発寸前の馬車の荷台に飛び乗り、幌口を掴んで手を振った。
すると彼らも思い思いに手を振って、私に別れの言葉を送ってくれる。
「またなぁーっ!」
「怪我には気をつけなよ」
『故郷に戻って、あまり飲み過ぎるんじゃないぞ!』
「無茶なことはしないでねー!」
クライン以外の声が響き、私を長い旅路へと送り出す。
そのほとんどが、なんだか私への心配だったけど……まぁ、確かにそうだな。怪我や酒には気をつけよう。
また今度、健康で元気な状態で会えるよう、しっかりやってかないとな。
「じゃあねーッ!」
馬車がゆっくりと進み、皆の姿が小さくなり始める中で、私は静かな朝の馬車駅に、大きな声を轟かせた。
これから馬車は、水路街エクトリアへを目指し、長旅を始めるだろう。
それは私がこのミネオマルタを訪れた時と同じ、ゆったりと、時間をかけながら。
「……また来るぜ」
私は幌口から、遠ざかってゆくミネオマルタを眺め、一言だけ、そう呟いた。
魔道士。
それは魔術を扱い、理学と共に生きる者。
今の私は、いくつかの魔術が扱える。
短期間で四つも魔術を覚えたし、使う才能だけならきっと、ある程度は持っているのだろう。
だけど私は、果たして胸を張って“魔道士だ”と言えるだろうか?
石を出して、石を広げて、石を建てて……それだけで魔道士と、名乗れるのだろうか?
……そんなわけはない。
私は魔術が扱えるだけで、まだまだ半人前だ。
計算も苦手、魔術投擲はできない、知識もほとんど入ってない……。
私は覚えたての事を繰り返し諳んじて得意気になっているだけで、結局のところ、まだまだ新入生なのだろう。
覚えることはたくさんある。
身に付けるべきことは沢山ある。
私はまだ魔道士だなんて言える人間じゃないけれど、いつの日か絶対に、立派な魔道士になってやるのだ。
私は自分自身の意志で、確かにそう決意している。
「な、何をするんだっ!? やめろっ!」
私が未来への展望に口元を緩めていると、馬車が急に停止した。
その反動で私の身体が鞄の方へと押し付けられ、ベルトの金具が額にぶつかった。
「うるせえっ!」
どうやら、御者さんに何かがあったらしい。
幌越しに騒ぐような、やかましい声が聞こえてくる。
「俺達はエドアッド強盗団! さあ、今首都は大事件で混迷しているそうじゃないか。助けを求めたって、誰も来てはくれないぞ。大人しくこちらへ積み荷を渡すがいい」
「そ、そんな……」
「ふはは、こんな時だからこそ、こういう仕事が上手く出来るというもの。お前の運の悪さを呪うことだ……さあ、さっさと荷物をよこせ! 命が惜しければなぁ!」
外からは、なんとも柄の悪そうな男たちの声が数人分。
……何やら、面倒な事になっているみたいである。
水の国は、治安が良いって聞いていたけど……。
私の乗り合わせる馬車には、こういう事件が絶えない気がする。
「やれやれ」
私はヒリヒリと痛む額を抑えながら立ち上がり、ジャケットの襟を整えた。
高く括った長い茶髪を後ろへ流し、右腕を振り回して調子を確かめながら、左右に一回ずつ首を鳴らす。
「運賃、安くしてくれるといいんだけどな」
私は幌の入り口を蹴っ飛ばすようにして、勢い良く外へと飛び出した。
私の名前は、ロッカ=ウィルコークス。
杖より先に手が出るような、半人前の魔道士だ。
おわり




