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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
最終章 打ち砕く石

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掌010 笑い合う席

 バスケットを沢山抱えながら、食堂を目指して歩いてゆく。

 リンゴにブドウ、イツェンさんからはレモンも貰った。しかし大多数はブドウである。それは、まぁいい。

 ただ、量があまりにも多すぎて、ちょっと重い。少なくとも、病み上がりの私が運ぶような物ではない。


 目立つ傷は全て塞がっているものの、昨日はかなり無茶して動いたから、全身が筋肉痛だ。

 なってしまったものは、もう身体強化を使ってもどうにかなるものではなく、一歩ごとにズキズキと鈍い痛みが襲ってくる。

 仕事で慣れているはずなんだけど、水の国に来てから鈍ったのだろうか。




 少し歩けば、食堂に到着した。

 昼間だというのに学徒の姿は疎らで、どこか静かである。いつもの食堂とは大違いだ。


 それでも沢山のバスケットを抱えた私の姿は人目を引くのか、テーブルについた学徒の目線は、一気に集まってくる。

 私は恥ずかしさと居心地の悪さを感じながら、なるべく好奇の視線を気にしないように進んでいった。


 食堂がガラガラなのを良いことに、適当な空いているテーブルにバスケットを下ろし、見渡す。

 メリッタさんは、ここに来れば良いと言っていた。だからきっと、私が会うべき誰かが居るということなのだろう。


 そうして探すうちに、見知った顔ぶれが目に入った。

 食堂の騒がしい中央付近から離れた壁際の席で、彼らは立ち話をしているらしい。


 クライン。そして、リゲル導師だ。リゲルの後ろにはスズメも控えている。

 三人で食事もしないまま、何を話しているのだろう。


「あのー」

「あ! ロッカさん!」


 私が三人に近づくと、注目がこちらに集まってくる。

 クラインはいつもの仏頂面で、リゲル導師はいつもの笑顔で。表情を読めるのは、コロコロ変わってくれるスズメだけだった。


「ロッカさん、もうお怪我は大丈夫なんです?」

「災難だったね。竜にやられたと聞いていたけど、大丈夫なのかい。いや、大丈夫じゃない事は知っているのだが」

「え、まぁ……なんか、良い薬を使って貰ったらしくて。骨も折ったんですけど、くっついてるみたいです」


 私は折れていた方の足をプラプラと振りながら、大事無いことを見せつけた。


「三人は、ここで何を?」

「何でもない。オレがただ、導師に質問していただけだ」


 質問って、こんな時でもかよ。

 昨日あれだけ騒ぎがあったんだから、少しくらい勉強から離れたらどうなんだ。


「ちょっと、私達は外に出かけていてね。今さっき戻ってきたばかりなんだ」

「……それって、昨日のことで何かあったんですか」

「そういうことだね。事後処理というべきか、後片付けというか」

「?」

「まぁ、それも私達の仕事なんだよ。やらなきゃいけないことは、まだまだ山積みだ」


 どうも釈然としなかったが、リゲル導師はそう言って、私の肩を軽く叩いた。


「ソーニャ君を守ってくれて、ありがとう」


 すれ違いざまに一言だけ残し、リゲル導師は“では、まだ色々と残っているので”と歩き去ってゆく。

 スズメも私達に深々と頭を下げてから、その後を小走りで追いかけていった。


 二人とも、忙しそうだ。

 彼女らは現場にいたわけではないけれど、その立場上、きっと聞かれることがいっぱいなのだろう。


 残されたのは、私とクライン。

 私はお互いに顔を見合わせると、何を言うでもなく近くのテーブルに腰を降ろした。


 何かしら注文があるわけでもない。水の一杯も置いていない。

 ただ二人で向き合うだけの、寂しいテーブルだ。

 しかし肴が無くたって、話すことはいくらでもある。


「君の最後の一撃は、竜の脊髄を貫き、喉元の逆鱗を打ち抜いた」


 クラインがテーブルに頬杖をつき、話し始める。

 口から出るのは当然、昨夜のこと。


「……逆鱗?」

「灼鉱竜ラスターヘッグの唯一の弱点だ。多くの神経が集中するそこへ、君は意図していなかったのだろうが……こいつの一撃を浴びせ、葬った。今にして思えば、あれは軽い奇跡だったな」

「あ」


 クラインはポーチの中からデムピックを取り出して、テーブルの上に置いた。

 私は今まで存在を忘れていたピックに気づくや、反射的に奪うような早さで受け取った。

 せっかく返してもらったというのに、がめつい女である。けど反射で動いてしまったのだから、仕方ない。


「特定の竜種の声には、どれだけ離れていようとも血族を呼び寄せる“絆”がある。“カナルオルム”は展示用の幼竜を、親竜が既に討伐できたものとしてミネオマルタに持ち込んだが……それは嘘だった。実際は、親竜の目を盗んで奪い取ったものだったのだろう。前もって学園側に渡した逆鱗は、別の個体の品だったというわけだ」


 私が右腕にピックを格納すると、クラインは自嘲するような笑みを浮かべた。

 “オレとしたことが、こんな簡単な事に”とかなんとか言っているが、多分その話は私にとって簡単なものではないのだろう。


 誰が気付けるというのだろうか。

 学園内へ丁重に運ばれてきた幼い竜が、母親を喚び、暴れまわるだなんて……。


「思えば、ルゲ達魔族科による検査の結果を見た時点で疑うべきだったんだろう。だが魔族科でさえ確証は持てず、“灼鉱竜の新たな生態”と銘打った発表を出す始末。奴らがこの時期に学園を狙ったのにも、そんな思惑があったのかもしれん。いや、そもそも白いラビノッチが街中に迷い込んだあれも、ひょっとすれば奴らの計画のうちだったのか……」

「……あいつらは、一体」

「今は死んだ暗殺者の弟子、とは言っていたな。意志を継ぐために、魔道士を殺すのだ、とも」

「……傍迷惑な野郎共だ」

「全くだ」


 もしも私達二人があの日、第二棟にいなければ。

 私がクラインに話して、闘技演習場に急行しなければ。


 もしかしたら、この学園は酷いことになっていたのではないだろうか。


 ソーニャが人質にされ、殺され、竜はやってきて、学園は崩壊し……。

 ……考えただけでも、身震いする。


「だが、奴らの計画は全て潰えた」


 クラインが眼鏡の位置を整え、口元だけで微笑む。


「全ては、地下水道事件の謎を解き明かそうと奔走し続けた、君の手柄だ」

「……え」


 意地の悪そうな彼の微笑み。しかし他意の読めない、彼の褒め言葉。

 私はしばらく自分の頭の中で整理をつけてから、ようやく言葉を発した。


「それってもしかして……私の事、褒めてる?」

「……他に、何だと思っているんだ」


 あ、クラインの表情が一気に不機嫌になった。


「わ、悪かったよ」


 彼は眉間に皺を寄せて、耳の上の跳ねた髪をくるくるいじっている。

 意外すぎたとはいえ、他人の純粋な好意を疑うのは悪いよな。


「……全く」

「……ごめんってば」


 ……。


「……ふっ」

「……ふふっ」


 しばらく二人で気まずそうに黙りこけていたのだが、今更そんなことで仲違いするほどの間柄でもない。

 クラインが軽く笑い、私もそれに釣られて吹き出した。

 お互いが黙っているのに突然笑い出すなんて、近くのテーブルに人がいたなら、きっと変な光景に見えていたことだろう。




 笑いもそこそこに、クラインは飲み物を注文するために席を立った。

 どうやら、私の分も持ってきてくれるらしい。クラインにあるまじき優しさである。


「君は紅茶でいいんだろう」


 ただし、直接私に何が良いか、とは聞かない。

 まぁ、学園内で酒ってわけにもいかないからな。選んでくれたほうがありがたい。


 互いに一口ずつ紅茶を飲んで、昼食らしくほっと一息。

 ベッドでも水は飲んだけれど、やっぱり温かい飲み物だと違うものである。


 そんな風に向かい合い、クラインから昨夜の事件にまつわる色々な話を聞いた。


 まず、黒幕が捕まったということ。

 犯人がこれだけ早く見つかったということにも驚きだが、首謀者達が理学関係者だったという事実にも驚きだ。


 私が以前誘われた、ミネオマルタのもう一つの理学学園……というか、研修院の運営者集団が、今回の事件の全ての黒幕だという。

 研修院の幹部達は全員がこの学園の元導師であり、いずれも三年前のいざこざがあって、離別していったのだそうな。

 彼らの動機は、それにまつわるものなのだろう。


 お偉いさんとしての立場を無くし、居場所を無くし、それを取り戻すために、現状の打破を目論んだのである。

 ミネオマルタ国立理学学園の主要魔道士の一斉殺害による強引な復権。


 ……馬鹿馬鹿しい話だ。

 甘ったれた連中共である。


 立場を取り戻すために人殺し? 学園をぶっ壊す?

 まぁ、言ってる事のスケールはでかいし、目標が大きいって言えなくもないけどよ。


 デムハムドには、お前たちよりもっと苦しい立場や状況に追い込まれ、やってくるような男達や家族が、沢山いるんだ。

 仕事を、そして立場を選り好みだと。食うにも困ってねえくせに。ふざけやがって。


 ……本っ当に、馬鹿馬鹿しい。

 私をして馬鹿なんて言葉を使わせるくらい、呆れた話だ。


 朝方には色々なその道の人が一斉に研修院を襲撃して、全員を捕縛したらしいけど……今回の事件で一番巻き込まれた私からすれば、納得のいかない結末だと言わざるを得ない。

 せめてその罪人達の横っ面を、一人につき一発ずつ殴らせやがれ。

 老人だろうがなんだろうが容赦しねえ。一生粥しか食えないくらいに、下顎を粉々に打ち砕いてやる。




「ところで、あの果物はどうするつもりだ」

「え?」


 淡々と聞かされた犯人達の身の上話にむかっ腹を立てていると、クラインがふと気づいたように、横のテーブルのバスケットたちを指さした。


「ああ、あれは皆から貰ったんだよ。寮に戻ってから、いくつか食べるつもりだけど……食い切れそうもないし、もったいないから一部はジュースにしちゃうかも」

「ふむ、君はしばらく街に残るわけか」

「え?」


 街に残る。よくわからない言葉に、私は怪訝な顔をした。


「なんだ、誰からも聞いていなかったのか」

「どういうこと?」

「しばらくの間、学園が一時閉鎖されることになったのだ」

「……」


 口が開いたまま、塞がらない。

 ティースプーンがすり抜けるように、手からこぼれ落ちていった。


「えっ、へいっ、えええ!?」


 閉鎖!? なんで!?

 学園はどうなるの!? つーかどういうこと!?


「うるさい。あれだけの事があったのだ、不思議なことでもないだろう」

「で、でもっ」

「第二棟闘技演習場の天蓋ドーム、あの修理だけでも大工事だぞ。狂いのない雨水の収集分配機能を持たせるのは難しい。工事者が全力を上げても二月以上はかかるだろう。後々の闘技大会に間に合わせる必要があるが、ミネオマルタは雨が多いから、更にかかるのでは、とも言われているな」

「あ……」


 そうか、竜が来た時に天蓋が壊されて……。

 なるほど、あそこが壊れると学園全体の水機構がやられるのか。

 となると、学園が一時的にとはいえ閉鎖に陥るのも、納得出来る話だ。


「それに、首謀者が全員捕まったとはいえ、まだまだ叩けば埃が出てくるかもわからん。工事期間中、ミネオマルタはその処理にも追われるだろう。学園の導師達もしつこいほど聴取を受けることになるだろうしな」

「……そこらへんはわかった。でも、街を出て行くってどういうこと?」


 学園の一時閉鎖。一ヶ月か、下手すればもっと。

 確かに、その間は学園が忙しい事になっているだろうし、休みになるっていうのはわかるんだけど……。


「ま、ようは長い休みだ。オレ達学徒は、里帰りするということになる」


 里帰り。

 その言葉に、私はなぜか、ちょっとだけ涙を流しそうになった。


 里。故郷。デムハムド。

 灰色と、肌寒い山々と、美しい夕映え。


「今回の事件は広く世界に知れ渡り、様々な人間の耳に入る。それは当然、学徒の身内や親類にも届くことだろう」

「……心配させないように、ってこと?」

「それもある。一部は過保護だからな。もちろん、個人の自由ではあるが」


 過保護という単語に、ふとクリームさんの顔が浮かんだ。

 クラインの浮かない表情を見るに、なるほど、彼もそういった過保護な親元に帰らなければ、色々と面倒なことになるのかもしれない。


 ……じゃあ、私の場合はどうだろう?

 今回の事件は、かなり大規模だ。私も竜に襲われるまでは、まさかここまでの事態になるとは思っていなかったけど……きっと、色々な新聞にも乗るし、噂どころかニュースが、デムハムドにまで轟くだろうことは間違いない。

 で、それを読んだ父さんはどんな反応をするか。


 ……うわ、仕事ほっぽり出して水の国までやって来そうだ。


「まずい、私も帰らないといけないかも」


 思いの外、事態は深刻かもしれない。

 もうちょっと理性的だと信じたいけど……父さんは、暴走する時はとことん暴走する人だ。

 金がかかっても、早めに絢華団に速信出してもらうように頼まないと……後々に面倒なすれ違いが起こりそうな気がするぞ。


「ヒューゴやライカンも、この機会に一度故郷に戻ると言っていたな」

「……そっか。じゃあ、しばらくみんなと会えなくなるのかな?」


 食堂を見回す。

 珍しく人がいないと思ったら……なるほど。この人気の無さは、帰郷する学徒の影響もあるのかもしれない。

 まぁ、昨日の今日ですぐに戻るっていうことはないだろうけど、何日かで準備を整えたら、段々とここの人影も減ってゆくのだろう。


 特異科の皆とも、しばらくお別れすることになる。

 退学とか卒業とか、そういうわけじゃあないんだけど、単純に長期間、離れ離れになるだろう。


 ……そう考えると、寂しいものだ。


 最初は、都会の連中なんてどいつもいけ好かないと思っていたけれど。こうして色々な人と関わって、魔道士になるべく勉強して……生活に馴染んでいくうちに、私の心境もだいぶ変化した。


 ちょっと話してムカつくような奴でも、よく話してみれば良い奴かもしれない。

 特に、目の前のクラインを見ていると、そんなことを思ってしまう。


「まぁ、元気でやりたまえ…………ウィルコークス君」

「ん? ああ、まぁ、そうだな……怪我も治ってるし、久々にヤマに戻って、骨を休めるかな」


 丁度、父さんから突き返された仕送りもある。

 これを直に会って、直接叩き返してやるのも、なかなか良いもんだろう。


「クラインも、たまには勉強なんかしないで、家でゆっくりしとけよ」

「オレが?」

「光魔術の勉強もいいけど、少しくらい休めってこと」

「ふっ……そうだな、そうしておくか」


 クラインは奥ゆかしく笑い、私もまた、笑った。




 学園生活が、ひとまず終わる。

 講義と都会の新鮮な日々が幕を閉じ、懐かしいヤマでの生活が戻ってくる。


 仲間と離れる寂しさや、愛着の湧いてしまった寮の自室への想いはある。


 けど、私は都会で、こんな事をやったんだぞって。

 こんな奴と出会って、こんな物を見てきたんだぞって。

 そんな土産話を故郷へ持って帰れることを想像すると、私の心は寂しさと同じくらい、満たされてゆくような気分だった。



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