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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 砕けるガラス

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函022 砕けるガラス

 男が窓の外を眺めていた。

 男の名はクラインという。


 クラインは、持ち出しが禁止されている数の少ない魔導書を複製し、そのうちのいくつかを学園に副書として寄贈し、一冊を自分用として譲り受けることを日課のひとつとしていた。


 転入してから約一年。短い間に、彼はすっかり学園内で有名な人間になってしまった。

 図書室と字選室を往復する彼につけられた二つ名は誰が与えたか、それはすっかり定着している。


 手に入れたばかりの写本を小脇に、いつものように棟連絡橋を歩いている最中のことだ。

 彼は窓の外の屋外演習場に、見慣れない姿を認めた。


 クラインは広場に立つ少女を知っている。

 彼女はウィルコークスというらしい。

 最近になって特異科に転入し、早々に暴力問題を起こして闘技演習の見学をぶち壊しにした張本人であることを知っている。


 クラインは馬鹿は嫌いだが、自分を邪魔する馬鹿はもっと嫌いであった。

 属性科の闘技演習の見学を中断させた馬鹿な女にはうんざりするほどの嫌気が差したが、しかしそれ以上に、暴力問題そのものには興味を引かれた。


 一人の馬鹿が、もう一人の馬鹿を全力で殴った。


 一人の力なき馬鹿、ウィルコークス。

 もう一人の力ある馬鹿、パイク・ナタリー。

 あの場でこそ導師の介入もあり、赤熱した争いはすぐに収められたが、それでパイク・ナタリーの方がハイそうですかと大人しいままでいるとは、到底思えない。

 ナタリーは、やられたら何度かやり返すくらいの執念を持っている。

 きっと近いうちに、ナタリーはウィルコークスに対して何かを仕掛けてくるだろう。

 心配でも期待でもないただの予想は、クラインの中で確信だった。


 そんなウィルコークスは今日、無事に自分のタクトを買ったらしい。

 広場で一心不乱に杖を振る少女は、二人の級友に見守られながら術を発動させている。


 クラインは、彼女の特異性や、彼女の得意な属性について知らない。

 新しく入ったクラスメイトとはいえ、基本的にやる気希薄な特異科生達にはほとんど興味が無かったのだ。

 だから今、棟連絡橋から彼女の魔術を見て、クラインは少し驚いていた。


 何度も振り下ろされる杖。その度に出現する、大きめの物体。


「あの影はなんだ」


 距離が遠いため、目を細めてもそれは朧気に見えるのみ。

 先程から杖の先に顕れ、地面に転がって堆積し続ける物体の正体がわからない。

 わからない故に、クラインはより気になって仕方がなかった。


「あの物体は……」


 クラインは眼鏡を外し、レンズに手をかける。

 指に震えるほどの力を込めた、その時。


「クライン」


 連絡橋の向こうから、紺髪の少女が現れた。

 長いローブに長い髪、埋鉛帽(ウモレエンボウ)製の長杖を手に持った、一見無個性な魔道士である。

 しかし、歳の割に見事なまでの仏頂面はどこまでも無感情で、冷徹でいて、長く見つめていれば人形のように不気味な雰囲気すらも感じ取れるほど、無機質だ。

 彼女は学園で“冷徹のミスイ”と呼ばれる魔道士である。


「写本ですか」

「そうだ」


 クラインはミスイの姿を認めると、裸眼のまま彼女を見つめた。

 ミスイもまた、じっとクラインを見つめた。


「魔導書が好きなら、研究の方へ移られるべきではないですか」

「記された理論は正しくて当然だ。そんなものはつまらん」

「正しさを追求することも、立派な魔導師としての姿では」

「オレは他人を導くことに興味はない」


 ミスイのまぶたが浅く、半分まで閉じられる。


「頑固ですね」

「オレの勝手だ」


 二人の表情にはほとんど変化がない。

 傾きかけた陽が連絡橋に赤みがかった光を差そうとも、二人の間はどこまでも静かで、暗い青色の空気で満たされているかのようだった。


「オレが目指すものは、人を育てる導師ではない。自らが戦う魔道士だ」

「……クライン。あなたには、向いていません」

「それはお前が証明してみせろ」

「……」

「力づくでオレを否定してみせろ」


 眼鏡のレンズにかかる指に、強い力が込められる。

 そしてついに。

 パリン。と軽い音がして、ガラスは手の中で砕け散った。

 破片は床に落ちること無く、霞んで消える。


「侮るなら、勝ってからにすることだ」

「……」


 かけ直される眼鏡には、さらに度数を増したガラスがすげ替えられている。

 新たな強いレンズを設けた眼鏡越しでは、向かい合う少女の姿に焦点が合わない。

 見えないものを見るつもりはない。クラインはミスイから目を外し、窓の外へと目を向けた。


 すると、今度はよく見える。

 一心不乱に杖を構え、不器用ながらも、しかし魔術を使い続ける、馬鹿な女の姿がはっきりと見える。

 生み出される岩。足元をうめつくすのも、全て岩。

 既に何発もの魔術を使ったのだろう。

 それでも彼女は、杖を振るい続けていた。


「戦ってみなければわからない」


 そんな姿に、クラインは微笑まずにはいられなかった。


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