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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第十章 焼き尽くす業火

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釜002 掻い潜る入り口

「ではエルドレッド団長、こちらがバッジになりますので、左胸に」

「ふむ、これが……」


 男は導師からバッジを受け取り、しばらく興味深そうに見つめた後に、それを左胸のポケットに付けた。

 錫製の精巧なレリーフバッジには、葡萄の葉の紋様と、学園の関係者を示す文字が刻まれている。


「……はは、無骨な我々には似合わないくらい立派な物ですな」

「いえいえ、そのようなことは。お似合いですよ」

「そうですか? いや、そう言っていただけると……ありがたい限りです」


 胸元のバッジを眺めながら、団長は恥ずかしそうに微笑んだ。

 対する魔族科導師のシネン=コウガは“こちらです”と手招きし、彼を学園側へと案内する。


「さすがに発表会もそろそろ終わりが近づいていますからね。団長であるエルドレッドさんには、もうそろそろ学園内を動いていただいても構わないだろうと、会議で決まったものですから」

「ああ、それで……なるほど、これまで、導師の皆さんの手を煩わせてばかりでしたからな」

「いえいえ。幼竜の世話を見学できたと思えば、これも貴重な経験です。……魔族に興味のない導師さんにとってどうかは、わかりかねますが」

「はは」


 討伐ギルド“カナルオルム”団長のマスクルージ=エルドレッドはこの日、残りの発表会を自由見学できる、来賓としての権利を受け取った。


 彼が胸につけているのは、本来ならば招待状が届いた者にのみ付けることを許された、錫のバッジである。

 未だ小屋にいる末端の構成員には配布されなかったものの、代表であるエルドレッドに贈られたということは、それなりに彼らが学園に認められているという証左であった。

 新興に近い無名ギルドがこういった待遇を受けるのは、なかなか稀なことでもある。


「おっ……すみません、シネン導師」

「はい?」

「一度、小屋に戻らせていただきます。私が居ない間にあいつらがサボり……指示を出しておかなくてはなりませんからな」

「はは、どうぞ」


 シネンは、偉丈夫の忙しない様がどこか微笑ましかった。




「おや? シネン導師ではありませんか。おはようございます」

「うん、おはよう、ルゲ君」


 第二棟の九階で、二人はルゲと出会った。

 魔族科学徒のルゲは、どうやらたった今、檻の中の竜を観察している最中だったらしい。二人に気が付くと彼はにこやかに笑い、隈のできた目元に皺を作った。


「エルドレッドさんも、どうも……おや、バッジをつけていらっしゃる?」

「ああ、私も今朝から来賓扱いとなりましてね。これでようやく、導師の皆さんの手を煩わせることなく、残りの竜の世話ができるというものだ」


 団長は笑い、竜の入った檻を軽く小突いた。

 その衝撃が伝わったのか、竜の黄色い瞳がぎょろりとエルドレッドを見つめている。


「ところでシネン導師、我々のようなただ討伐するだけの輩には難しいことかもしれませんが……いかがでしたか、この幼竜や、逆鱗の研究などは」

「うん、研究ですか……まぁ、これまでの常識を覆す……というほどでもありませんが、色々な発見はありましたね」


 シネンは鈍色の髪を掻きながら、どこか難しそうな顔を俯かせる。


「生息数の予想が間違っているのか……それとも何らかの特別な死因があるのか……灼鉱竜は早熟なようで」

「早熟?」

「ええ。逆鱗を見る限り、かなり若い個体なのですが……それが母となると、やはり、若いのですよ。これまでの推測よりも、ずっと」


 ふむ、と団長が唸る。


「これくらいの個体が子を成すというのは、なかなか興味深い結果でしたねぇ、先生」

「そうですね。そういった意味では、まぁ、従来の定説にヒビが入るということでもあるのですが……革新的なものでもあります」

「……ううむ、私には難しい話ではありますが、我々がお役に立てたのであれば、嬉しい限りです」


 肉体派の討伐ギルドの団長は思考放棄するように、とりあえず話をまとめて笑い飛ばした。

 二人の魔族科導師と学徒にとっては、この竜を取り巻くいくつかの研究は大きな壁でもあったのだが、男の脳天気な様子を見ると、どこか肩の荷が降りた気分にはなれたらしい。


「ええと、エルドレッドさん」

「うん?」


 ルゲは爛々と輝く目を団長に向けた。


「構内の自由見学ができるようになったのであれば、是非とも、ワテクシどもの研究もご覧になってください。いくつか貼り出されておりますので、きっと興味をそそられるかと思いますよ」

「ほほう……うむ、私ごときの石頭がこの学園のどこまで通用するかはわからないが、同じ魔族に携わる者。必ず見ておきますよ」

「ありがとうございます!」


 魔族を討伐する者と、魔族を研究する者。

 両者は仕事として同じ題材を用いるが、やるべきことや得られるものはまるで別物だ。

 それ故に、両者が巡りあうことはなかなか無い。

 魔族と闘う現場を知っているであろう団長との話は、ルゲの好奇心を強く刺激するものとなるだろう。

 地下水道でレトケンオルムと戦ったロッカ=ウィルコークスにあれほど詰め寄った彼ら魔族科の学徒である。本職ともなれば、彼らの持つ興味はそれ以上滾るに違いない。


「あの悪魔め、魔族め……!」


 和気あいあいと魔族談義に華を咲かせる彼らの後ろを、一人の猫背男が横切っていった。

 無言であれば気付きようもなかったのだが、小声で呪詛を振り撒きながらの行進だ。

 話の最中とはいえ、三人の注目が一気に根こそぎ彼に持っていかれたのは、無理らしからぬことである。


「……クライン君、随分荒れていらっしゃいますなぁ」


 ルゲは不機嫌そうな猫背を呆然と眺めながら呟いた。


「ううむ、彼は……確か、特異科の学徒、でしたかな? シネン導師」

「ええ、クライン=ユノボイド……特異科の天才ですよ」

「天才?」

「ええ。どのような学科にも精通する知識を持った、素晴らしい学徒です。同じ学徒からの受けは、あまり良くないらしいですが」


 シネンの言う通り、クラインは学徒からは好かれていない。

 それは特異理質を持っていることもあるし、それを覆す技能を持っていることが妬まれているからでもあった。


 ところが、純粋に研究熱心な姿勢は導師達からは概ね高評価であり、積極的に導師を手伝うクラインは、一部から“学徒の模範とすべき”という声も挙がるほど。

 これを聞けばどこぞの新入生は嫌悪を全面に出した顔を見せるだろうが、クラインが導師受けするのは、紛れもない事実なのである。


「ふむ……廊下に佇むだけでも天才とすれ違う……やはりここは、才能に溢れた学園なのですなぁ」

「ええ、水国最高の理学機関ですから」


 髭を撫でる団長の呟きに、シネンは謙ることなく、誇るように言った。

 天才。秀才。どう思われようとも、それが知識を力強く牽引してゆくのは間違いない。団長がどのような思いでその言葉を呟いたのかはシネンにはわからないことであったが、例えそれが皮肉であろうとも、返す言葉は変わらない。自分たちには、理学機関の先をゆく者としての誇りがあるのだから。


「……ところで、シネン導師」

「はい、なんでしょう」

「特異科といえば……担当の導師が、とても麗しい方であったと記憶しているのですが……」

「……ははは、そうですねぇ」



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