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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第九章 渦巻く波濤

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盥008 擬態する組織

 大きな研究機関が催す行事なだけあって、来る人は多く、様々だ。

 もちろん、この発表会に来るような人は、呼ばれるなりの理由がある。理学に深く関わっている人物だったり、単純に大物だったり。

 そんな招待客に怪しい者などは当然、一人もいないのだが、それは変わり者がいないというわけではない。

 人を立場で選ぶ以上、性格を同時に考慮するというのは、なかなかできない事なのだ。


「クリームさん、すごい嫌そうな顔をしてたな」

「クラインも良く、嫌なことがあるとあんな顔してるじぇ」

「はは、性格は似てないけど、やっぱり姉弟なんだな」


 ソーニャはスズメらを見るなりどこかへいなくなり、クリームさんも“魔女”と呼ばれる人たちが去ると、肩を落として仕事に戻っていった。

 今は、私とボウマとヒューゴの三人で昼食を摂っているところである。


 一階の食堂は、予想通りいつも以上の盛況ぶりで、学徒以外の人の姿も多く見られた。

 メニューも、期間限定なのか軽食のようなものがいくつか増えているようで、小腹満たしにそれらが人気を博しているようである。

 まぁ、私はいつも通り肉料理を食べてるから、あまり関係ないんだけど。


「けど、魔女会……だっけ。あれ、なんだったんだ」

「なんか、あのちびっこいの、ずっとムニャムニャ変な事言ってたなー」


 魔女会。

 魔力や魔術の不思議を信奉する、変わり者の団体なのだとか。

 理学の世界の大部分をお固い連中が占めているのなら、逆にあんな不思議な連中が、少しいてもおかしくない……って事なのかな。


「魔女会ね、まぁ、僕も面食らっちゃったけどさ。でも、あの人達は発表会の時はいつも来ているよ」

「へえー……あんな変な格好してる人でも、招待されるんだな」


 ボロボロのローブに、トンガリ帽子。

 言葉遣いこそ丁寧だけど、奇妙な格好と押し売りのような勧誘の勢いには、ちょっと腰が引けてしまった。


「詳しい活動内容は僕も知らないけど、真面目なこともやってるらしいよ。国から依頼を受けて、魔道具が絡んだ事件の捜査とか、魔術が関わっていそうな事案の調査とかね」

「うわ、すごく普通だ」

「普通だよ? 組織の気風は変だけどね。移動では、箒で空を飛ばなきゃいけないとか」

「なんだそれ……」


 変な部分を除けば、活動の根幹にあるものは割と普通のようだ。

 もしかしたらこの学園の中にも、魔女会とやらに入会する学徒も……中にはいるのかもしれない。

 何も、魔道士としての道はエリート中のエリート、杖士隊だけというわけではないのだ。傭兵以外にも、魔道士の参入を受け入れる組織は多くある。

 発表会は、そんな組織が勧誘を仕掛けるための良い機会なのだろう。


「魔女会みたいな団体でも招待はされるけど、どうも聞いた話ではね。学園と縁があっても、招待されなかった人たちもいたみたいだよ」

「へえ、そんな事もあるの。例外ってやつ?」

「そうそう」


 ヒューゴが薄切りのパンに焼き卵を乗せると、ボウマは物欲しそうに口を半開きにした。

 目でパンの後を追っているのがよくわかる。


「前に、僕とロッカが一緒に学園に向かってた時のこと、覚えてるかな?」

「ああ、あったね。イツェンさんのゴーレムを殴っちゃった日だ」

「そう。あの騒動の前に、別の学園から広告を貰っただろう」

「うん……あ、もしかして」

「お察しの通り、その理学校だよ。同じ街の理学機関なのに、どうもそこのお偉いさんは招待されていないみたいなんだ」


 そう言うとヒューゴは懐から、本来私達が受け取る必要のない、発表会のパンフレットを取り出した。

 薄い何枚かの紙からなる簡単な冊子だが、びっしりと事細かに文字が印刷された、無駄の無い作りとなっている。


「ほら、見てみなよ。チラシを配っていた所はマルタ杖士理学研修院っていうらしいんだけどさ、ここのページの招待者一覧には、その名前が載っていないんだ」

「ほー……」


 見てみなよと言われても、その招待者の一覧自体が細かく書かれすぎているので、すぐにはわからない。

 けどヒューゴが言うくらいなのだから、よく探してみたのだろう。

 私は探したふりをして、“なるほどな”と頷いておいた。


「マルタ杖士理学研修院ね。名前は、結構まともに見えるんだけどなぁ」

「この学園と、あんま変わらんよね」


 ミネオマルタのマルタに、杖士隊の杖士。いかにもエリートな雰囲気が漂う名前である。

 この学園に入って勉強を頑張りさえすれば、杖士隊も夢では無さそうな感じだ。


「それらしくしているだけだよ。この学園、マルタとは名乗っているけどね。これは“ミネオマルタ”をそのまま入れることが街から認可されなかったから、略称になっているんだしね」

「えっ、そうなの」

「同じ理由で、杖士というのも勝手につけたものさ。杖士隊がこの理学校から引き抜きを行う習慣はないみたいだよ」

「げえ」


 そりゃあ、なんだ。随分と酷い……まるで詐欺じゃないか。

 もし私が奴らの街頭での甘言に乗せられて、うっかり転校なんてしてたら……笑えない事態になっていたかもしれないぞ。


「んな悪どいことしてたら、そりゃ招待なんかされねーわな……」


 人を騙す奴は最低だ。

 都会の詐欺師なんて、肩書だけでも虫唾が走る気分である。

 体裁だけは整えておいて、獲物がかかれば醜い本性を晒し、食らいつく。獲物になるのは、大抵都会を知らない田舎者だ。


「うん、けど、招待されなかったのって、多分他にも色々あると思うんだけどね……あ」


 ヒューゴがパンを食べようと手を伸ばしたところで、ようやく皿の上の異常に気がついたようだ。

 焼き卵や香草のマスタードを載せた薄切りのパンが、明らかに減っている事に……。


「……ボウマ」

「ふぁふぁひははいほ」

「こらボウマぁー!」

「うぉはー!」




 ボウマをひっぱたきながらいつも通りの昼食を終えて、しばらく食後の一休み。

 そのついでと、スズメから逃げるようにして居なくなったソーニャを探すために正面口付近で待っていたのだが、一向にそれらしき姿は見えてこない。

 こういう時にこそ魔力的な予感とやらが反応して、私とソーニャを巡りあわせてほしいものだけど……そこまでの利便性を彼女の魔力に要求するのは、ちょっと図々しいか。


「それでは、ドライア・ゼクスの長距離歩行をご覧にいれましょう!」


 と、そんな風に考えていると、屋外演習場の方から覚えのある声が聞こえてきた。どうやら、イツェンさんがゴーレムを使って、何か見世物のようなことをやっているようである。


 少し間を開けて、同じ方向から賑やかな歓声が聞こえてきた。

 イツェンさん、魔具科の発表は、なかなか好評らしい。


 私も遠巻きに覗いてみようかな。

 いや、でも私が行ったら、またゴーレムと取っ組み合いになったりして……。

 今までドライアとは出会う度に取っ組み合いをしたりどつき合ったりしているので、無いとは言い切れないくらいの不安がある。

 しかし、イツェンさんには一度ゴーレムを壊してしまったことや、メルゲコ石鹸への感謝の気持ちもあるし……うーん。


「……なーロッカ、さっきからなんで睨んでんの?」

「え」


 ボウマが恐る恐るといった声色で、私のジャケットの裾を引っ張ってきた。


「誰か、やなやつでもいるん?」

「別に、いないけど」

「ん、ならいんだけど」


 ……ちょっと真剣に悩みすぎてたかな。

 ボウマはこういう、言葉に出さないような人の感情に鋭い時があるから、私の心の中の、小さな葛藤を読み取られたのかもしれない。


 いつもとは違った庭園の賑やかな景色を腹ごなしに眺めつつ、ボウマが細かな気遣いができることについて改めて感心している、その時であった。


「ウィルコークス君!」

「お」


 私は突然名前を叫ばれ、肩を掴まれた。

 ぼーっと立っていたとはいえ、体を揺らすほどの衝撃に一瞬、思考が出遅れた。そんな虚を突かれ、肩を握ってきたそいつは、私の体を強引に正面向きに直してくる。


「ちょ、痛っ……」


 何事だ、と私が睨みつけた目の前のすぐそこには、目をギラギラと光らせるクラインがいた。


「おい」

「は、はい」


 こいつ相手に咄嗟に敬語が出たのは、一生の不覚である。


「君でいい、手伝え」


 何をだよ。いきなりなんだよ。

 そんな文句が口からひねり出される前に、クラインは私を引きずるようにして連れ去ってゆくのだった。




「おーいみんな、屋台でベリークレープ……あれ? ロッカはどうしたんだ?」

「もってかれちゃったじぇ……」

「……何があったっていうんだ」




 クラインは私の手を引いたまま、あろうことか身体強化をしながらグイグイと早足で進んでゆく。

 歩いている。だけど早足。猫背でよくそこまでの速さを出せるもんだと褒めてやりたい気もしたが、ひとまず私を掴む手を振りほどく。


「おい、急いでるのはわかったから!」


 もはや一般的な不満などクラインにぶつけたところで無駄だろう。

 なので私は、直球で彼に問い正した。


「まず事情を説明しろ!」

「緊急事態だ!」

「えっ!」


 いつになく必死なクラインの叫びに、私は思わず返す言葉を失った。

 廊下で張り上げられた大声に何人かの人が振り向くが、彼はそんなことを気に止めない。


「ライカンか、君か、どちらかを探していたが……早めに見つかったのは幸運と言う他ないだろう。ついてきて、オレを手伝え」

「命令かよ」

「もちろん金は払う」

「金!」

「そう金だ。実入りが良いことは約束しよう」


 その言葉だけで、私の頭に登った血液がドドドっと滝のように落ちるのがわかった。


「とにかく急ぎだ、ついてこい!」

「うん!」


 いや、そもそも友人の頼みだ。ここで断るのもなんだ、ちょっと、薄情ってもんだろう。

 うん、私はちょっと冷たいような、ミネオマルタの人間とは違うからな。

 デムハムドの人の温かみってやつを教えてやるためにも、クラインの緊急事態とやら、なんとかしてやろうじゃないか。


 ソーニャ探しやヒューゴの買い物のことなど都合よく忘れた私は、クラインと共に学園の棟を登ってゆくのであった。




 私が色よく頷いてからはクラインの移動も本気のものとなり、学園の廊下をほとんど走るような形で駆け抜けた。

 途中で色々な人が白い目を向けていたような気がするけど、これだけ通り過ぎるのが速ければ、一周して逆に気にならないものである。


「ここだっ」


 そんな私達が辿り着いたのは、第一棟四階の字選室……。

 の隣にある、準備室だった。

 全力疾走から急に立ち止まったクラインは、そのまま開きっぱなしの扉に直角でヒラリと飛び込んでゆく。

 私はそこまで勢い良く突入できるほど、自分の成すべき事をまだ理解できていないので、落ち着いて部屋の外で立ち止まっておいた。


「はぁ、はぁ……で、クラインっ。結局、私は何を、すりゃいいのさ」

「少しそこで待機していろ!」


 部屋の奥からは、物を動かしたり倒したりするような音が響いている。

 そんな愉快な音を聞きながら、私は扉にあるプレートをもう一度確認した。


 ……うん、資料準備室で間違いない。ここは決してクラインの私室などではない。

 この大きな物音、本当に大丈夫なんだろうな。


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